第107話 自治体の覚悟

2019年5月7日(火) Vandits garage <冴木 和馬>

 何が目的なのかは知らんが、あまりに不作法な質問に心を乱される。「配信を見た」と言うならば、あの時に話したクラブとしての姿勢は理解出来ているはずだ。なぜそれをわざわざここで再確認する必要がある。

 小松さんも高橋さんもデポルト・ファミリアが活動し始めてその後も良い関係を築けていると思っていた。しかし、この冒頭のやり取りだけ見ればとてもではないが友好的とは言えない。


 そうなればこちらもこちらでそのつもりで向かい合わせてもらう。


 「それは、どういった意味でしょう....」


 高橋さんが非常に緊張した声で聞き返してくる。他の職員の方も同じように緊張した表情でこちらを見ている。


 「そのままの意味です。我々の事業とクラブがこのまま大きくなっていけば、少なからず芸西村の今の状況を変える事になります。それに対して役場としてはどう対応なさるのかと。今から想定されて会議はされてないんですか?」

 「えっと........」


 高橋さんが周りに救いを求めるように視線を移す。しかし、他の職員は自分に振るなと言わんばかりに視線を逸らす。唯一、目を逸らさず話を聞いているのは小松さんくらいだろう。議員と呼ばれる方ですら、我関せずな様子だ。何をしに来たんだ、この人は。


 「自治体が何も想定せずこちらの好きにさせて貰えるなら、当然敷地拡張の為に周辺住民の方に説明会はさせていただきますし、土地の所有者の権利所在によっては個人的に売買や譲渡のお話もさせていただく事があるかも知れません。」


 俺の話に皆一様に驚いているが構わず話を続ける。


 「企業間で解決できる問題であれば、自治体を絡める事無く協力や移設のお願いもする可能性があります。」


 ここまで説明して、小松さんがハッとした表情をする。恐らく俺が言いたい事・動いている事に気付いたんだろう。やはりこの人は思った以上に仕事が出来る。


 「実際、我々のVandits fieldと敷地が近いMK射撃場の親会社さんにはお話をさせていただき、代替の土地を構え、建て替えの費用のご協力が出来るならば移設して土地をお売りしても構わないと言うお話もいただいております。」


 MK射撃場さんはうちのVandits fieldの北東に位置するクレー射撃などの練習場として運営されている射撃場だ。親会社は猟銃や競技銃なども製作している地元企業だ。

 このMK射撃場さんとの話し合いはデポルトの社員達にも既に伝わっているし、実際に一緒になってどう課題をクリアしていくか話し合いに加わってくれている部署のメンバーもいる。あの射撃場の敷地が手に入るのなら、今後拡張も含めた中で計画として相当助かる事になる。今までの敷地でやれなかった事が少し選択肢に挙げられるようになってくる。


 「これに関しては企業が個人として所有している土地を売買する訳ですから自治体の許可は必要ない。」

 「はい。」

 「しかし、これは私と常藤、双方共通の考えですが、クラブが地域に根付き共に発展していく為にはクラブだけが成長していてはいけない。当然、地域も共に成長していく事が大事だと考えています。」

 「なるほど。」

 「その為には芸西村の皆さんが蚊帳の外にいてもらっては困るんですよ。私達企業だけが頑張ってクラブを大きくし、それを眺められていては困るんです。」


 話の矛先が変わってきている事は分かっているはずだ。自治体に資金は求めない。ならば知識と行動力を求めていく。その中で自治体が独自に資金調達が必要な事もあるだろう。しかし、それは自治体にもメリット(利益)があるからこそ、こちらも提案している。

 そこで小松さんが会話に参加する。


 「冴木さん、無知な僕らに教えてください。自治体が関わって成長していく為に必要な事とはなんでしょう?」

 「スタジアム拡張や関連施設新設は、クラブだけの問題・課題としない事です。それは先ほども申し上げた通り、資金をお願いすると言う事では無く、うちが改修・増設・新設する事で地域に必ず起こる変化を自治体と共に良い方向へ変えていくと言う事です。言葉で表すならば、我々の改修や新設を芸西村の、高知県東部の、『都市計画』の一部と考えていただきたいんです。」

 「都市計画。」


 そこからは山下達にも以前説明した事を分かりやすく職員の皆さんに説明していく。人口4000人未満で村のほとんどが森林や山で構成されている芸西村で、J1規模のクラブ関連施設の全てを賄うのは恐らく難しい。そうなれば練習場を別の自治体に作る。ユース施設は?女子クラブの施設は?それを別の自治体に移す事でトップチームの必要施設だけを芸西村に集約する。その中で試合の際の観客を捌き切るだけの交通インフラの拡充を芸西村、出来れば高知県も一緒になって進めていく。

 交通インフラだけではない。スタジアムが出来れば周辺にお店や試合前後に観客が楽しめるスポットも欲しい。それがただの観光名所とならず、地元にしっかりとお金が落ちる施設にしたい。

 ナイトゲームの時にはホテルが必要じゃないか。飲食できるお店は。買い物できる場所も欲しい。挙げ始めればキリは無い。しかし、それをデポルト・ファミリアは全て行ってきた。芸西村内に『本陣』とは別に宿泊施設を作った。古民家を改修した趣ある建物だ。飲食と買い物は8月に直売所が開業予定だ。


 そう言ったスタジアムからの広がりを一企業だけで行うのではなく、自治体が一緒になって進めていく。何よりそうして観光事業が伸びれば、村には税収が生まれるのだ。何もかもを誰かにやらせておいて金だけ持っていくのは我慢できない。『稼ぎが欲しければ頭を捻れ、体を使え』。そう言う事だ。


 「冴木さんは現段階でどれくらいの計画を考えてらっしゃるんですか?」

 「それは役場の覚悟を聞いてからです。こちらの計画を聞かないと返事を出来ないと言うくらいの心づもりなら元より私達だけで都市計画は進めていきます。地域住民の方にはこちらからアポイントメントは取りますし、土地の交渉なども個別に行わせていただきます。」

 「さっきから聞いてればやけに高圧的じゃないか!?君は自治体を脅しているのかね?」


 誰だお前は?勝手に話に入って来るな。俺がちらりと議員を見る。その目を見た高橋さんが慌てて議員が打ち合わせに参加する事になった経緯を説明する。しかし、どのような言葉を並べても、はっきり言って自分の考える都市計画に議員も議会も必要ない。周辺住民の協力と自治体の覚悟があれば問題なく話は進んでいく。


 「そもそも5年間はあの状態を維持するのでは無いのかね!?自治体との契約を反故にするのか!」

 「....芸西村と交わした契約は五年間施設の利用に関する予約において、児童・学童のスポーツ団体や教育機関からの予約受付を優先すると言う内容と役場職員を数名研修としてお預かりする事です。施設を建て替えるな・拡張するなと言うような項目はありません。まぁ、小松さん・高橋さんが研修に来ていただけなかったのは残念でしたが。」


 俺がジッと議員を見る。議員は少し言葉に詰まっている。そして更に畳みかけた。


 「そして、自治体との契約内容をなぜ一議員が知りえているのでしょう。契約内容は公開しないと言うのがお約束だったはずでは?芸西村役場としての見解を聞かせてください。」


 議員が明らかに顔色を変える。恐らくその旨は聞いていたのだろう。自分の感情に任せて考えも無くペラペラ喋るような奴はこうなる。俺は役場職員から目を逸らさない。

 小松さんが言葉を預かる。


 「それに関しては我々も十分に気を付けて徹底しておりますし、私達の間でだけですが他者に話すような事はしていないと断言出来ます。しかし、役場全員がそれを守れているかとなると。申し訳ありません。」

 「....構いません。追及したところで漏らした人は出てこないでしょうし、責任の取り様もありませんから。ただ、これで役場以外に契約内容が漏れている事は分かりましたので、これによって当社が損害を被るような事があれば、しっかりと出るべき所でお話をさせていただく事になります。言っておきますが、これは脅しですよ。」


 そう言って議員を見る。議員は悔しそうに下を向く。そこで言い返す言葉も胆力も無い人間が一企業相手に喧嘩売るんじゃない。舐めるなよ。


 「小松さん、高橋さん。そして皆さん。はっきりと申し上げておきます。皆さんから見えているのは、私達デポルト・ファミリアが必死に芸西村や高知県東部で活動しているように見えるでしょうが、その後ろにはそれを応援してくれる地元住民の皆さん、そして県内外のサポーター、何より21社、総利益合計7000億円を超えるスポンサー企業の皆さんの期待を背負っています。子供の遊びでやっている訳ではありません。」


 それを聞いて更に部屋の中の緊張感は増す。


 「小松さんやここに来てくれている職員の皆さんがそうであるとは思っていませんが、もし利権だ派閥だと訳の分からないしがらみで我々の計画を邪魔するのであれば、それなりの覚悟を持っていただくようにその方々に忠告してください。はっきり申し上げます。一議員や一職員の安いプライドと我々の事業を同じ天秤に乗せないでいただきたいっっ!!!!」


 目線を職員から議員へとグッと移す。


 「このクラブ運営に様々な形で関わる数千人の生活を責任持って見れるとおっしゃるなら、どうぞ、口を挟んでください。その覚悟も無く軽々しく高圧的だの脅しだのと邪魔をせんでください。」


 議員は圧されたのか静かにコクコクと頷くだけだった。


 「あなた方が夢物語だと語るこの事業に、生活を、人生を賭けている人間がいるんです。馬鹿と言われようが現実が見えていないと言われようが、やると決めてこの芸西村に来たんです。お願いしますから、手を貸すつもりが無いなら邪魔だけはしないでいただきたい。」


 小松さん達が下を向いて悔しそうにしている。気持ちは分かる。若手ではどうにも出来ない状況が役場内にあるのだろう。黙っていれば勝手に税はこちらから振り込まれてくる。スタジアムを建てるのにも、その他の施設も自治体は一切資金を投入していない。これほど美味しい物はないだろう。

 しかし、この先これ以上を望むのなら自治体の協力無くしては実現が難しい。しかし、我々はやらなくてはいけない。だから邪魔だけは排除したい。


 「今日の打ち合わせで自治体も含めて我々の都市計画をもう少しお話しできるかと期待していました。残念です。」

 「まぁ、今日はこの辺にしておきましょう。これ以上の進展は無いでしょう。」


 常藤さんが仕切る。議員は挨拶もせず出て行った。小松さん達は深々と頭を下げる。他の職員が立ち去ろうとするが、小松さんだけが頭を上げない。

 その背中が震えていた。


 「冴木さんが現地調査に来てくれた時、役場に当初の計画書を送っていただけた時....僕は、芸西村が大きくなる期待感に震えました。....でも、この三年間!何も変えられなかった....冴木さん、役場って場所は日和見主義なんです。デポルト・ファミリアさんに協力しようなんて考えの上役はいないんですよ。今までに何度も上司に話をしました。いつも帰って来る言葉は俺達が何を言っても通らないの一点張りでした。....それでも、何か変わるかも知れない。そう思ってデポルト・ファミリアの皆さんとの食事会やVandits安芸の観戦、イベントのお手伝いも役場の立場を捨てて参加してきました。冴木さん、どうすれば変えられますか?........お願いします....教えてください」


 最後は消え入りそうな声だった。やはり小松さんはずっとそう思ってくれていたんだと実感出来た。色んな時に社員の皆から「役場の小松さんが来てくれていた、高橋さんは来てくれていた」と言う話は聞いていた。その度に「お手伝い出来る事はありますか」と声をかけてくれていた事も知っている。

 このような行動は形を間違えば地方公務員法に抵触する恐れもある。彼らは彼らで必死に現状を変えようとしていたのだろう。しかし、それでも変えられない現状が役場内にある。


 「小松さん、役場での立場、相当厳しい物になるかも知れませんが、それでも構いませんか?」


 グッと姿勢を正し、「もちろんです」と答える小松さん。高橋さんも隣で強く頷いている。他の職員の皆さんも気持ちは同じのようだ。

 じっと考える。出来る事。どうすれば状況を変えられるか。隣で常藤さんが微笑んでいるだろうな。また始まったとでも思っているだろうか。


 「いくつか案はあります。しかし、どれも効果がどれほど出るかは分かりません。しかし、何もしないよりはマシだと個人的には思います。」

 「はい。」

 「まず、我々の会社内でスタジアム周辺施設及び交通インフラ等の整備に伴う都市計画を『』チームを作ります。そこに小松さん達が勉強会と称して参加してもらう。実際には勉強では無く、共に計画をブラッシュアップしていく為です。そして、その都市計画案を数ケ月毎、出来れば二ヶ月くらいのスパンで地元住民の方の中で希望される方に私達がVandits fieldで今後考えている事として説明会を行う。」


 職員の方がざわつく。


 「大丈夫。この説明会には小松さん達は参加しません。何なら聞く側で出席してくれれば良い。我々もこの都市計画に役場が絡んでいる事は一切口にしません。勉強会で参加してるじゃないかと野次が飛べば、発言せず聞いているだけだと言えば良い。なんならそう言う会議を動画で撮って説明会で流しても良い。そんなものはどうとでもなります。要は既成事実を作っていくんです。」

 「それはどう言った....」

 「デポルト・ファミリアが考えているのはスタジアムを作る事だけではない。ナスだけじゃない。ゴルフ場だけじゃない、芸西村の観光事業を住民の皆さんと作っていきたいと思っている。その為には道を、駅を、水道を、そして山を、変えていく必要がある。その為には皆さんの理解が必要だと訴え続けるしかありません。」

 「はい。」

 「きっと一年やそこらで何とかなる事では無いと思います。皆さんが慣れ親しんだ村の景色が変わってしまうかも知れない。それでも我々はやらなくてはいけない。このまま人口減少の波にのまれて香美市か安芸市に合併される運命だけは避けなくてはいけない。」


 職員の皆さんの顔にピリッと力が入ったように感じた。


 「この先の芸西村を左右する都市計画になる。そう思って参加してください。」


 全員が大きく頷いた。

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