第106話 お客様との打ち合わせ
2019年5月7日(火) Vandits garage <山下 千佳>
今日の事務所の予定としては外部の企業さんとの打ち合わせが数件入っています。ほとんどが和馬さんと常藤さん、所謂運営部も同席しての打ち合わせとなるので、普段なら関係部署のメンバーは部長クラスが出席するのですが、今回はなぜか私と由紀さん、そしてさやか(入手)ちゃんと言う変わったメンバー。
この3人の中で部長クラスはリサーチ部の部長であるさやかちゃんだけ。どうして私と由紀さんが出席となったのか。しかも私達は同じ広報部。同じ部署で出席する理由....うぅ~ん。
まずは最初に高知工科大学の写真部の皆さんと高知大学の学生の皆さんが合同でのご挨拶&営業活動になります。営業活動と言っても営業するのは大学生側です。
今回、高知大学の学生達が集まってイベント製作・企画の会社を立ち上げる事になりました。そこに高知工科大学の写真部も協力する事となり、以前から写真撮影等を協力依頼していたうちへ工科大学の学生に頼んで営業するチャンスを貰った形のようです。
学生達は非常に緊張している中、起業の経緯と今後の自分達の展望、そしてどう言った会社なのかを説明してくれました。しかし、そこで話が止まってしまったのです。和馬さんも常藤さんも困った顔で微笑んでいます。でも、一切助け舟は出しません。その雰囲気は私達にも伝わってきます。
この先、どう言う話をすれば良いのか、学生達は迷っているようでした。自分達が伝えたい事は伝えたんだけど、相手からの反応が無いって感じでしょうから。
ここで和馬さんがようやく口火を切りました。
「じゃぁ、話は終わりかな?」
この一言で学生達の表情は更に焦ってきているように見えました。私達も営業活動で経験はあります。「じゃあ、そろそろ」「この辺ですかね」。言い方や文言は違えど意味は同じ。
『うちとはご縁が無さそうなので、この話は無かった事に。』
打ち合わせや面談を切り上げられる合図です。学生達が必死に何かを伝えようとオロオロしているのを見ていると胸が痛みますが、ここはビジネスの場です。それも含めて用意をしてくるのが営業の基本だと私はこの会社で教わりました。
和馬さんは非常に仕事に対して冷静で厳しい人です。でも、仕事を離れると非常に優しくて目の前の困っている人を放っておけない人なんです。私達はじっと和馬さんが行動を起こすのを待ちます。
和馬さんがふぅ~っと息を吐いて苦笑いしています。
「君達はここへ自分達の会社の自己紹介に来たのかい?」
「いや....あのっ....」
代表の子が言葉に詰まります。それを見て常藤さんも苦笑いをしていました。そして和馬さんに話しかけます。
「社長、懐かしいのでは無いですか?」
「ははは。そうですねぇ。」
和馬さんが苦笑いをして常藤さんは楽しそうです。そして、和馬さんはふと私を見ました。
「山下、彼らに足りない事を指導してやってくれないか?山下ならどう言う準備をしてこの場に臨んでた?」
やっぱり。ほらね?優しいでしょ?でも、私に話題を振られるとは思いませんでした。ある意味、私に対しての試験のようにも感じます。私は私の中のありったけの知識を絞り出します。
「はい。皆さんの会社の成り立ち等は正直に言えば営業先にはこれと言って興味が湧く話題ではありません。」
学生達の表情が曇り、何人かは肩を落としています。ごめんなさい。私も試験中なんです。
「成り立ちやどう言ったメンバーで起業したかなどは、実際に企業間のお付き合いが始まってから知っていただいても全く遅くありません。まずは、自分達の会社と仕事をする事で相手先にどう言ったメリットを齎す事が出来るのかをしっかりと伝える事が先決だと思います。」
和馬さんは腕を組んだまま学生達を見ています。常藤さんはうんうんと頷いてくれています。
「そして、その中で他のイベントプロデュース企業と何が違うのか、自社の強みは何なのかと言うのをアピールする。当たり前ですが、大学生が起業したばかりとなればアピール出来る事も限られています。それは当然ですが、相手企業もそれを承知の上で話を聞いているんです。その予想を上回れとは言いませんが、なるほどと思わせるだけのストロングポイントは作っておくべきだと思います。」
学生達が一斉にメモを始めました。メモをしていないのは代表の子のみ。さすがに全員がメモをしては失礼だと分かっているようです。それだけでも私の学生時代からすれば立派に社会人をしています。
和馬さんが学生達に話しかけます。
「どうかな?こちらが話を終えようとした理由が分かったかい?」
「....はい。勉強不足でした。」
「もしかして起業するにあたって先生方の協力は無かったのかな?」
「いえ、起業する為の知識などはアドバイスを貰いました。でも、こう言った営業などの指導は自分達でネットで調べて....先生方もこう言った経験は無かったので。」
和馬さんも常藤さんも「うぅ~ん....」と唸ります。和馬さんが常藤さんをちらりと見ながら質問します。
「この営業で常藤さんならどう判断しますか?」
「まず取引開始とはならないでしょうな。一緒にどうお仕事をするべきかあまりに可能性と選択しが無さすぎます。」
相変わらずこの手の会話でのお二人の意見は直球過ぎます。学生達が明らかに凹んでますよ。
和馬さんが呆れた様子で私に話しかけます。
「普段はここまでしないんだけどな。工科大の皆には普段から我儘を聞いて貰ってるからな。山下、自分がこの学生企業のメンバーだとしてうちにアピールするとすればどうアピールする?」
私は学生達が持って来ていたメモのような営業資料?を見せてもらいます。その中から彼らが出来る出来ないは関係なく、可能性として話をします。
「学生の最大の武器は学生同士の『ネットワーク』です。ここに来てくれている7名がこの会社の全メンバーだったとしても、例えばイベント用の販促物を作るとか、それを配る、広報活動をするとなった時に一般企業よりも手伝ってくれる人員は集めやすいと思います。ただ、当然ですが人員を雇う為には賃金が必要であり、恐らく学生が立ち上げたばかりの企業ではその資金がありませんので、その部分は取引先企業に頼らざるを得ません。その学生ネットワークを使ってSNS等での広報をお願いする事も可能です。学生同士の口コミ力は今や一般企業でも広報の手段として使われていますし、新商品開発の際にはテスターや感想を集める為の強力な力にもなっています。」
学生達はなるほどみたいな顔で話を聞きながらメモを続けていますが、こう言った話はニュースや大学の講義、もしくはどこかで耳に目にした経験はあるはずなんです。しかし、それを『我が事』に出来るかどうかは別問題。
「じゃあ、その為にはどう言った準備が必要だと思う?」
「はい。例えばSNSでの広報に着目するなら、トークアプリで学生だけのグループを作り、事前に企業広報で使う事が目的だと言う事を伝え、当然企業も見る可能性がある事を通知した上で、そのグループ内で新商品の宣伝やイベントの手伝いの募集などを行う事も出来ます。」
「他には?」
「女子の在籍の多いサークルなどに声をかけて新商品のテスターや企業へお邪魔して新商品開発のお手伝いと言いますか、意見交換を出来るようなチームを作っておきます。そう言った企業への就職を希望している学生を集めても良いかもしれません。これもアルバイト料が発生する恐れはありますが、企業にとってもメリットはあるかと思いますので。」
学生達はもう私と和馬さんの会話に釘付け状態です。
「そのメリットは?」
「先ほども申し上げました通り、学生世代の新商品や今後開発予定の分野に対する率直な意見が貰える事はもちろんですが、何よりそうして学生達と共に開発に携わる事で学生達も真剣に商品と企業の事を考えます。それは将来的に自社での商品開発の経験を事前に持った学生とのパイプは出来ると言うメリットに繋がります。」
学生達はハッとした表情に変わります。気付きました?企業からしてもメリットがあるからこそ学生と組むんですよ。ただ意見を求めるだけなら企業がそう言った場所を構える事も出来ます。でも学生を新商品開発に関わるまでの繋がりを持つ為には少なくとも大学に大きなパイプがあるか、そこに関わる関係者とのパイプが無ければなかなか難しいんです。
まぁ、手っ取り早くアルバイトの求人募集しちゃう事も出来ますが。それにしたって全く繋がりの無い企業からの依頼よりも普段から顔見知りの同級生からちゃんと企業とのお仕事として誘われる方が安心感もありますからね。人も集まりやすいんです。何より企業はその手間をお金で解決出来るのです。非常に言い方は悪いですが、効率的です。
「うん。って、具合だ。分かったかな?」
「はい!」
「って事で、じゃあ....」
学生達はそこまでの話を聞いて何とか自分達のアピールをしようとしています。そこで和馬さんが投げかけた言葉に学生達は驚かされる事になります。
「来週、また時間を取るから今日の話を踏まえて自分達がうちと組む事で生まれる相乗効果をもう少し詳しく、興味深い話にしてきてもらえるかな?」
驚いている学生達の中で代表の子が唯一、椅子から立ち上がって頭を下げました。
「ご提案、有難う御座います。自社に持ち帰り再度練り直して参ります。」
釣られて他の学生達も急いで立ち上がり、頭をさげました。和馬さんは由紀さんにも意見を求めました。
「有澤からアドバイスはあるかい?」
「はい。一度こうして顔合わせはあった訳ですから、次回には実際にうちとイベントを立ち上げるとすればどういったイベントにしたいのかを具体的な案としていくつか聞いてみたいですね。地域を巻き込んだイベントにするのか、自治体の協力は必要か、選手達も関わるモノなのか、ネット上のイベントにするのか、イベントと言っても様々な形態がありますから。」
学生達は更なる要求に少し腰が引けているようにも見えますが、これをチャンスと思えないと他にもある同業他社に打ち勝つ事は出来ません。
学生達と次回の打ち合わせの日取りを決めて、今回は終了となりました。
学生達が退席した会議室に雪村さんが入って来て、全員分の飲み物を入れ替えてくれます。こう言った所はさすが元サポート部。雪村さん自身も最近はずっと宿泊施設での指導や運営ばかりで、久しぶりの事務所仕事でやる事はたくさんあるはずなのに。
「次は芸西村役場の皆さんとの打ち合わせですね。ちなみに和馬さんが同席される事は知らせてありません。」
常藤さんのビックリ報告に私達だけでなく、和馬さんも驚いています。
「何の目的があって知らせなかったんですか?」
「打ち合わせ相手が変わる事なんてよくある事ですし、和馬さんの御意見も聞きたいと言うのが私の率直な希望でした。スケジュールを取れるかも直前まで分からなかったので。」
「そうはそうかも知れませんが....」
役場の皆さんが到着されました。来たのは6名。以前からお世話になっている小松さんと高橋さん。そして産業振興課・企画振興課・土木環境課から1名づつ、そして芸西村議会議員の岡本さんと仰る若手の議員さんです。議員さんの参加は急遽決まったようで、こちらも知らない事でした。予想通り、和馬さんがいる事に驚いていました。
話の内容としては、役場の皆さんの中でうちがファンミーティングの配信内で発言した『施設の拡張や新設に関しては自治体の補助金や公金投入は考えていない』と言う発言について、詳しい話を聞きたいと言う事でした。その中で、今後デポルト・ファミリアが芸西村でどう言った展開をされていくかを教えて貰えないかと言う事でした。
高橋さんが代表して質問をしてくれます。
「以前、Vandits安芸さんのYtubeチャンネルでの配信を見せていただきました。その中で冴木社長が発言されていた『公金投入は考えていない』と言う発言ですが、その後も考えは変わらない形でしょうか?」
「もちろんです。私共が芸西村で活動していく中で当然地域住民の皆様と役場や議会の皆さんへの説明や理解は必要だと考えていますが、それによって公金での補助や援助をしてもらおうと言う考えは一切ありません。」
この発言に少し役場の皆さんの表情が緩んだように感じました。高橋さんが疑問を投げかけます。
「Vandits安芸の成績は非常に好調で、今後四国リーグやJFLへの参入も予想されると思いますが、スタジアム拡張などに伴う資金などは自社でご用意されると言う事でしょうか?」
「用意してくれるんですか?住民の皆さんの理解も得られた状態で。」
和馬さんの発言に高橋さんの表情が少し引きつります。和馬さんが言葉を続けます。
「何やらマスコミの取材のような打ち合わせになっていますが、以前のファンミーティングでお話ししたように公金投入のお願いは今後も考えておりませんし、ご理解が得られるとも考えていません。もし、役場の皆さんの中でもそう言った不安がおありのようでしたら、今日の打ち合わせの内容を公式の発言として捉えていただいて構いません。」
まずい。これは和馬さんが少し相手に対して印象を悪くしている感じです。これまで一度もそう言った事で役場の皆さんにご相談を持ち掛けた事すら無いのにも関わらず、言質を取るように最初の話題に持ってきた事に良い印象ははっきり言って私達にも無いです。
「スタジアム拡張や敷地を拡張するにも非常に資金が必要だと思いますし、もしかするとデポルト・ファミリアさんがほかの自治体に移られる事もあるのではないかと言う話も上がっておりまして....」
あぁ....高橋さんのこの話し方。完全に誰かに言わされてますね。ここにはいない役場の上役さんでしょうか。だから、ここに来ている人たちは皆若い方ばかりなんですね。
自分達の手は汚さず、若手職員に自分達の聞きたい事をこちらに無遠慮に投げさせて、こちらが気分を害するような事になれば「若い職員が申し訳ない」なんて言いながら謝りにくるつもりなのでしょうか。でも、私でも想像出来る内容を和馬さんや常藤さんが想像していない訳がありません。
「その事に関しても配信内でお答えしましたが、現状で芸西村から拠点を移すつもりもありません。」
ホッとしている職員と議員の皆さんに和馬さんは真剣な表情で問いかけました。
「私達の動向ばかり気にされておいでですが、芸西村役場、いえ、芸西村自治体としては我々に対して、今後どう言ったアクションを起こしていただけるのですか?」
皆さんの頭の上に?マークが飛んでいるのが容易に想像出来る表情でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます