第104話 県1部リーグ 第2節
2019年5月5日(日) 春野陸上競技場球技場 <板垣 信也>
【高知県社会人サッカーリーグ1部 第2節 対 FCホペイロ】
天気は少し曇っていますが暑さも無くコンディションとしては上々と言えます。今日の相手はFCホペイロさん。高知県内のスポーツ用品店の関係者さんが中心として立ち上げられたチームですが、長い活動期間の中で卒業した高校生や大学生が趣味で入団し少しづつ実力を付けて来たチームです。
システムを忠実に守りテクニックや単独での突破などはあまり印象になく、特にDF陣を中心として選手全員がフィジカルを鍛え上げています。
それに対してうちのフォーメーションは、極端な良い方をすればスピードに全振りをしたメンバーになっています。
FWは幡君、古賀君、OHに伊藤君と大野君、SHにアランと馬場君、DHに及川君、CB大西君、SBが成田君と和瀧君。GKは和田君としました。
全員に言ってあるのはいつもと同じ。しっかりとシステムを崩す事無く約束事をこなす。そして『引っ搔き回す』。特に古賀君は自由に動き回って貰う言わば遊撃の役割を担います。それだけに前後に激しく動く事が予想されますので、フルタイムでの出場は難しいだろうとの予想です。
球技場はメインとバックスタンドに観客席が構えられており、所謂ゴール裏には席がありません。グラウンド全体が見えるように2階席のようなメインスタンドとは対照的に、バックスタンドは腰高のフェンスしか構えられておらず、最前列の観客は手を伸ばせばスローイングする選手の背中が触れてしまうほど近くに席が構えられており臨場感は間違いなくあります。(Jリーグ既定ではサイドラインから観客席まで最低5mの距離が必要なので、細かい事を言えばこの造りは認可が下りません)
ただ向月の皆さんや常連で観戦に来てくれている方は当然バックスタンド側へと向かいます。まだアップの時間ですが既にバックスタンド側は席が埋まりつつあります。昨日の勢いがそのまま今日へ繋がっているようです。
前半からボールは上手く保持出来ていて、相手はプレッシャーをかけてきますがそれほど対応に脅威が感じる事も無く、じわりじわりと相手の隙を見定めていきます。サイドからの展開で高さでは無くグラウンダーの速いパスで中を狙いますが、これに対してもそれほど上手く対応出来ていないように思います。ただGKの反応が素晴らしく良いと言うのが印象強いでしょうか。前半15分で2本のクロスを上げましたが、GKが上手くポジションを取ってキャッチングされてしまいました。
しかし、GKがいかに反応が良くてもそこへ至るまでにそれほど脅威が無ければ、後は時間の問題と言う事になります。伊藤君が判断し、サイドアタックから中央突破に切り替え、サイドは中へ切り込んでミドルやドリブル突破からのエリア内でのシュートを狙っていく戦術に切り替えたようです。
これは入ったと思った馬場君のシュートを横っ飛び一発で防がれてしまいましたが、こぼれ球にしっかり詰めていた古賀君が流し込んで前半30分に待望の先制点です。
私達コーチ陣が口を酸っぱくなるほど選手達に言い聞かせる事。
『実力が拮抗すればするほど先取点を取られれば自分達のサッカーをする事が困難になる。』
FCホペイロさんも同じです。明らかに失点後から中盤を中心に前線が若干前掛かりな意識が生まれ始め、しっかりDFラインを布こうとしているDF達との間にスペースが生まれ始めます。しかし、そこを埋めようと思えばDFラインを上げるか中盤を先程までと同じように下げるしかありません。
ラインを上げればスピードに自信がある古賀君と幡君が裏への突破を狙い続けるはずです。逆に中盤が下がれば先程までと同じようにしっかりと攻めれば追加点は時間の問題です。うちとしては相手が対抗策を見出してフォーメーションの意識が統一出来るまでは思い通りに攻め込む事が出来るのです。
伊藤君、大野君、及川君が上手く中盤の厚みを伸び縮みさせるかのようにポジションチェンジして相手のマークやプレッシャーを限定させません。サイドからも馬場君とアラン君が度々顔を出し、体が大きくスピード面で劣るだけにプレッシャーをかける為に激しく相手を動かすうちのパス回し。恐らく遅くとも後半途中にはガラリとメンバーを交代させないと相手は試合にならなくなるはずです。
伊藤君が古賀君にパス。古賀君が突破するモーションをしてDFを動かします。しかし、すかさずサイドの馬場君にボールを渡し、馬場君が後ろへ戻します。こうしてどんどんとボールを回して相手の苛立ちを誘います。相手はいつ来るんだ?どのタイミングだ?とずっと気を張り続けます。一気にプレッシャーを掛けてボールを奪いに来れば良いのでしょうが、それを躱されると一気にこちらの得点チャンスに転びます。それを危険視して無理にボールを取りに来ません。
しかし、これは完全に悪手です。どこかでリスクを負わなければ無駄に時間は過ぎていくだけです。さて、伊藤君はどう展開させるのでしょうか。
・・・・・・・・・・
<及川 司>
相手は完全に弱気になっている。自分達にそのつもりは更々無いだろうが、ボールを奪いに来れない時点でどんどん自分達の打つ手を限定させてしまっている。オレ達も板垣さんはもちろんだが、御岳さんからしょっちゅう言われる事だ。
『勝負の場でリスクの無いチャンスは無い。』
恐らく御岳さんが指導されてた九州の大学サッカー部の教えなんだろう。それは指導の場所が変わっても変わらず俺達に叩き込まれている。
先制点を獲得して前半でもう1点といきたい所。伊藤が俺をチラリと見ながらハンドサインを小さく出す。マジか。出されたサインは「わざとトラップミス」。相手選手をつり出す為の約束事だ。
伊藤からのパスが少しだけコースからズレる。これも約束通り。俺は左足のトラップがミスってボールが左へ流れる振りをする。
「ちょっ、ちょっ!!」
デカい声で慌てた雰囲気を出す。しかし、この二回「ちょっ!」と言うのも他の選手に対する約束事のサイン。これでこれが聞こえた選手はオレと伊藤のやろうとするプレイの意図を理解する。
オレと大西の間にいるFWとオレと伊藤の間にいるMF二人が挟むように一気に詰めてくる。オレは大西かSBの誰かに戻そうとする動きで、ボールに前から回り込もうとする。これでバックパスをするのかとFWは構える。MFは後ろからプレッシャーをかけようと一気に詰める。他のSHやMFもボールが奪えれば一気にチャンスだ。さっき以上に前掛かりで押し上げてくる。
しかし、そこでオレは左サイドのアランに向けて足のサイドを思いっきり振り抜いて速いパスを送る。アランは少し中央寄りにポジション取りをしている。ボールは相手のSHとOHの間を見事に抜けてアランの足元へ届く。
アランと伊藤に向かってボランチとSBが詰めてくる。おいおい、良いのか。うちのダブルスピードスター残してたった二人の守備で。
アランはトラップする事無く幡に向けて直接スルーパス。ボールはCBの外側をゴールに向けて跳ねていく。しかし、幡はCBを内側から一気に抜き去ろうとする。相手CBはボールに一瞬気を取られ、幡への対応に遅れる。そうなっては逃げた犬を追いかける飼い主と同じ。追いつける訳がない。そのままCBを回り込みながら追い抜いて、コースを消すように滑り込むGKの上を軽くボールを浮かせるようなタッチでそのままゴールへ放り込む。
伊藤がチームに入ってから何十回練習したか分からない約束事。完璧に決まった。アランのキック技術と幡のスピード無くしては絶対に成功しない。ここで決められた事は今後の試合に向けても大きな自信を手にする。
アランに飛びつく幡が嬉しそうだ。伊藤はオレに近寄って来て肩に手を置く。
「いやぁ、俺も騙されそうなくらいのトラップミスでした。おかげでSHまで釣れたけんど。」
「嫌味臭いがよや!お前は!(笑)でも、そのおかげでアランがしっかり空いたきな。お見事でした。」
お互いに笑顔でタッチする。前半42分。欲しい時間帯に良い獲り方が出来た。相手DFの凹み方を見ると、これは良い叩き方が出来た証拠だろう。ベンチにいる御岳さんがオレに親指を立てて満面の笑顔を投げる。
ほっとした。さぁ、しっかり後半まで守り切りますかね。
・・・・・・・・・・
同日夜 高知市内 <熊井 美祢子>
高知市内にある居酒屋の前で私は大きく息を吐く。緊張をほぐすように肩を回して店に入りました。店員の元気な挨拶で迎えられ、予約の名前を伝えると奥の個室座敷に案内してくれました。座敷が近くになると襖の向こうから何人かの話し声と笑い声が聞こえてきます。
店員さんが「ご予約のお連れ様、いらっしゃいました!」と襖を開けてくれました。座敷の中にいる人達の視線が一気に集中して、緊張から顔が真っ赤になっているのが分かります。座っていた女性が立ち上がって笑顔で握手を求めてくれました。
「こんばんわ!どうぞどうぞ!あっ!靴はそこの下駄箱に入れてくださいね。」
すごく優しそうな人。こちらもふにゃっと表情筋が緩んでしまいそうな柔らかい笑顔の人でした。靴を下駄箱に仕舞って案内された席の座布団に座ります。他にも6人の人が座っていました。男性3人女性3人。皆さん楽しそうに話している。食事はテーブルに並んでいるけどまだ手を付けてなかったみたい。
さっき握手してくれた女性が挨拶をしてくれました。
「初めまして。私はVandits安芸の非公式ゴール裏応援団の『
「はじめまして。瀬戸希美です。」
「木村祐実です。」
「三田浩伸です。宜しくお願いします。」
向月のメンバーの皆さん、どなたもホントに笑顔が素敵な方達ばかり。人見知りな私には羨ましいくらい。
「ホントはあと一人主要メンバーがいるんですけど、未成年で流石にお酒の席には呼べないので今日は不参加です。またゴール裏でお会いする事があったらご紹介しますね。」
そして他の方も挨拶してくれた。bandanaさんやrockriverさんも来られていて、二人ともチャット欄とは少しイメージの違う控えめな方でした。まぁ、私が言えた事では無いですが。そして、あと一人の女性の挨拶は後ほどと言う事になり、私の挨拶です。
「あのっ....初めまして。えっとHN(ハンドルネーム)はpandaです。えっとこう言った集まりに参加するのは初めてで。緊張してます。あの、宜しくお願いします!」
皆さんから拍手をいただきました。そして、最後にもう一人の女性の挨拶がありました。
「今日は集まっていただいてありがとうございます。Vandits安芸の広報を担当してます山下千佳です。今日はサポーターさん同士の集まりに参加させてもらって申し訳ありません。」
えっ!?広報!?まさかヴァンディッツ関係者の方が来られるなんて!話を聞くと山下さんは元々東京で働かれていて、Vandits安芸の設立の為に高知に移住されてその中で三原さんが経営されてるパン屋さんの常連だったそうです。その繋がりで今日参加する事になったと教えて貰いました。
「広報としてはサポーターさん同士の初めてのオフ会なんて参加しない理由が無いので、お邪魔になるかなぁ~とは思ったんですけど。三原さんにご無理を言いました。」
「良いの良いの!せっかく集まるなら盛り上がりたいやんか!」
私の分のドリンクが到着して乾杯をしました。そこからはワイワイと皆さん食事をしながら盛り上がります。あっ!これが本場の鰹のたたきかぁ!塩で食べるなんて初めて!臭みも無くて美味しいんだぁ。鰹って。三原さんに聞くと都市部で食べる鰹のたたきは新鮮を売りにしていても高知の人からするとやはり「うぅ~ん....」となってしまうんだそうです。やっぱり地の物はその土地で食べないとね。
私の隣に座るbandanaさんも少し緊張がほぐれてきたのか、私とも気さくに話してくれてとても楽しいです。
「あっ!そう言えば、さっき他の人にも聞いたんですけど、pandaさんはどうしてpandaってHNなんですか?」
三原さんの質問に応えたいけど、理由が普通過ぎて恥ずかしい。
「あの....つまんない理由なんですけど。私、名前が熊井美祢子って言うんです。『くまいみねこなので。』」
「あっ!!熊猫でパンダか!上手い!!」
皆さんも笑いながら手を叩いています。大した捻りもないんだけど、皆が楽しそうにしてくれて良かった。するとbandanaさんが話しかけてくれます。
「僕なんか学生の頃のあだ名です。卓球部で練習中によくバンダナ巻いてたんで、顧問の先生に『お前は今日からバンダナだ!』って。何か昔の刑事ドラマに憧れて言って見たかったらしくて。まぁ、今では有難いですけど。」
私がつまらない理由なんて言ったから、自分の理由はもっとつまんないよって言ってくれて和ませてくれた。良い人だな。
すると三原さんがニヤリと笑って話し始める。
「さてさて、ご挨拶と緊張が解れた所で、そろそろヴァンディッツの話でもしますかぁ~。」
皆さんの顔が一気に楽しそうになります。そんな私も口角が上がっているのが分かりました。
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
《第二節終了時点》
一位 Vandits安芸 (勝ち点では3チームが並ぶが得失点差によって)
対 FCホペイロ 4対0
得点 20'古賀 42'幡 60'飯島 78'飯島
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます