第103話 もう一つの約束

2019年5月4日(土・祝) Vandits field <有澤 由紀>

『ゴォォォォォォォォォーーーーーールゥゥゥゥゥッッッ!!!』

 有「前半28分ッッ!!四国リーグ常連の厚い壁を打ち破る貴重な先制点は、今シーズンから加入したアラン・水守選手の超絶フリーキックッッ!!飯島選手の折り返しをトラップする事無く誰も触れない見事な軌道でした!!」

 桜「すごいっっ!!!日本代表の試合観てるみたい!!!凄い選手が突如現れた感じですね!!!」


 阿部さんは普段の落ち着いた印象が壊れるくらい興奮しています。でも、それも仕方ないですね!あんなゴール魅せられたら!

 グラウンドではアラン選手、飯島選手、伊藤選手が抱き合って喜んでいました。相手からすれば前半の相手を窺う時間帯に手札に無いカードをいきなり切られた感覚では無いでしょうか。さて、どうなりますか。


 ・・・・・・・・・・

ゴール裏 <三原 洋子>

 「まじかよぉぉぉ!!!すげぇの見ちゃったわ!!」「おいおい!いきなり凄いの放り込むじゃんっ!!」「アラン君、カッコイイィィィ!!」


 ゴール裏の雰囲気が爆発した!凄すぎ!!いつもゴール裏へ駆けつけてくれる人達も、今日初めてゴール裏へ来てくれた人も、そして初めてサッカー観に来てくれた人も、皆が一緒になってハイタッチしたり、コールしたりしてる。

 すぐに向月のメンバーがゴール裏やその周辺のサポーターに向かって、アランへのコールを呼びかけます!!


 「「「「「アレッッ!!アレッッ!!!アラン!!!アレッ!!アレッ!!アラン!!」」」」」


 そのコールにアランがこちらを向いて腕を突き上げてくれます。更にゴール裏の雰囲気は盛り上がります。タクも興奮気味でコールを呼びかけてる。


 「選手紹介の動画でもFKをぜひ見て欲しいって言ってましたけど、いやぁ、あれはヤバいですよ!あのキックはっ!!今までFKって言ったら八木選手とかのイメージ強かったですけど、これは今シーズンから凄い武器になるんじゃないですか!?」


 ヴァンディッツは毎試合何か変化を見せてくれる。おもちゃ箱のようなビックリ箱のようなチーム。まだ完成されてないからこそ、完成される事が無いのがスポーツチームだからこそ、私達はスタジアムに足を運ぶし、ネットで追いかける。

 次節には、来シーズンには、五年後には、このチームがどんな変化を遂げているか。知りたい、見届けたいから共に歩む。


 ホントにサッカー好きになって良かった!!タクと思いっきりハイタッチをする。手の平の熱さが嬉しかった。


 ・・・・・・・・・・

試合終了後 <有澤 由紀>

 桜『本日の試合は、2対0で、Vandits安芸の勝利となりました!皆様、ご来城、誠にありがとうございました!!』


 最終的な観客動員数は2048名。昨年末の大評定祭には及ばなかったものの、GWのホーム練習試合としては予想以上の素晴らしい集客となりました。皆さんからも大きな拍手をいただけていました。


 試合終了後のグラウンドでは今日のMVPインタビューの準備が行われています。今までは試合会場を借りている状態だったので、インタビューなどは後撮りにして動画でアップしていましたが、Vandits fieldが出来た事でホームゲームでのインタビューを来城者の皆さんにリアルタイムでお届け出来るようになりました。今日のインタビュアーは阿部桜さんです。


 桜『それではご来城の皆様、配信をご覧の皆様。本日の勝利者インタビューです。本日はもうこの選手しかいないでしょう。今シーズンよりヴァンディッツに加入してくれました。本日は1ゴール1アシストの大活躍。アラン・水守選手です!!』


 観客席から大きな拍手が飛んでいます。アラン選手がサポーターの皆さんに向かって大きく手を振っています。アランコールが大きく響きます。


 桜『さて、アラン選手。日本にやって来て、高知にやって来て、このVandits fieldでの初起用に応える見事な活躍でした。率直な感想を聞かせてください。』


 阿部さんの言葉をアラン選手の隣に寄り添う莉子ちゃんが通訳します。莉子ちゃんも阿部さんからアナウンス講義を受けており、これからどんどんと実力を付けて貰いたい人材です。アラン選手の言葉を聞き取って莉子ちゃんがマイクで答えます。


 莉『今日は本当にこんなたくさんの人の中でサッカーを出来て幸せです。オランダでもこれだけの観客に囲まれたのはユースの試合でも無かったです。まずはしっかりと自分の長所をサポーターの皆さんに知っていただけたのは良かったと思う。』

 桜『なるほど。先制点のFK。あまりに素晴らしすぎて放送席で言葉を失ってしまいました。あのセットプレイの時はどのような気持ちでプレイされていましたか?』

 莉『あれは完全に約束されたセットだったから、僕は飯島選手を信じるだけでした。彼は完璧なパスを送ってくれた。僕がこうして皆さんに祝福してもらえるのは彼のおかげだよ。』


 アラン選手のその言葉にゴール裏からは飯島コールが起こります。


 桜『では、最後にスタジアムに駆けつけてくれた皆さんとネットの向こう側で応援してくれた沢山のファンの皆さんに一言お願いします。』

 莉『本当に沢山の声援ありがとうございます。ぜひ一度、僕達のサッカーを実際に観に来て欲しい。きっと数年後には見ていた事を自慢出来るチームに成長しているはずだから。その一員としてしっかり結果を残せるように明日からも頑張るよ。』


 莉子ちゃんの言葉にスタジアムが大きく盛り上がります。チャット欄もかなりコメントが飛び交っています。さすが海外でプレイしていた選手です。サポーターへのアピールが日本の社会人選手よりも慣れています。


 さて、ここからはお見送りタイムへと移行しますが、観客の皆さんは選手の準備が整うまでスタジアム内で楽しんでいただいています。


 新規入団選手のグッズ販売も伸び始め、なにより陣内食事処の出店のレパートリーが増えた事もあり、試合後に少し食事などをしながらサポーターさん同士がチームの垣根を越えて交流して貰えているのも嬉しいです。

 これは自前のスタジアムだからこそ出来る事です。これがレンタルしている競技場なら、時間に追われた状態で撤収作業が始まりますので、サポーターの方が施設内に残って食事をするなどと言う余裕はありません。しかも、この3連戦は明日のリーグ戦は高知市内で行われますが、明後日にはまたこのVandits fieldで練習試合がありますので、完全撤収する必要が無いのです。

 なので、今日に関しては試合終了後2時間と決めて食事スペースは開放しています。それも出店店舗さんのスケジュールが大丈夫ならと言う条件付きですが、ほとんどの店舗さんが残って営業してくれているようです。


 高知の方からするとアルコール類の販売が無いのはツラいかも知れませんが、それはこのVandits fieldの建設が始まった当初から、スタジアム内でのアルコール類の販売は一切行わない事を発表していましたので、申し訳ないですが我慢していただくしかありません。アルコール類の持ち込みが発覚した場合で悪質な場合には、チケットIDと販売用ID、そして身分証明書を確認させていただいての無期限入場禁止措置とかなり厳しい対応を取らせていただいております。

 意外にお見受けするのはVandits fieldで持ち帰りでフードをいくつか買って行って、移動しながらつまんで安芸市内や南国市内で飲むと言う流れが多いようです。少しでも周りの飲食店にお客様が流れているのであれば嬉しい限りです。


 ・・・・・・・・・・

同日夜 Vandits garage <冴木 和馬>

 仕事が立て込み観に行く事の出来なかった今日の練習試合のデータを誰もいない深夜の事務所で確認しながら残った仕事を片付けていく。

 アランがチームにマッチング出来たのは嬉しい報告だった。原が試合の流れと監督・コーチ陣からの試合総評をまとめてメールしてくれている。俺は試合の日程以外には一切チームの事に口を挟まないようにしている。

 

 これはチーム発足当初から言い続けている事だが、『餅は餅屋』。ましてやサッカーの事を昨日知ったようなド素人が口を挟んで良い領分では無い。俺が口を挟むとすれば、経営面も考慮した上でどうしてもそのチームの決定に反対しなければならない時と、助言を求められた時だけだと考えている。

 後の事は定期的な報告会と時間がある時に練習を見に行った時の選手とのコミュニケーションで今は事足りている。またトークアプリを使って運営部とヴァンディッツとでルームを使っている事もあり、俺に伝えたい事や話したい事がある選手や社員はDMで連絡をくれる者もいる。


 新シーズンになっても順調にチームは活動してくれている。明日のリーグ戦もしっかりと勝利して貰いたいところだ。


 スマホが震える。こんな夜中に働き者だな。


 「もしもし。働き過ぎで倒れるなよ。」

 「誰に行ってるんだ。さすがに和馬には負ける。どうせまだ会社だろう。まぁ、こっちもそうだが。」


 電話の向こうの林は軽口の割りには雰囲気が硬い。何かあったか。


 「どうした?」

 「そろそろ動こう。」

 「そうか....もう無理か。」

 「どんなに引き延ばせても夏までだ。それ以上はダメージが大きすぎる。」

 「分かった。来週、常藤さんと東京へ行く予定だ。夜、会おう。」

 「分かった。....すまん。」

 「こっちの台詞だ。じゃぁ、また。」


 薄暗い事務所で背もたれに大きく体を預ける。ギギッと椅子が鳴く。自分達で決めた期限だったが思ったよりも早く近付いて来ていた。


 「何とか四国リーグ入りまで待って欲しかったんだがな....」


 そんな俺の独り言は空しく闇に溶ける。


 ・・・・・・・・・・

2019年5月5日(日) 春野陸上競技場球技場 <常藤 正昭>

 昨日の初戦をしっかりと勝ち切ってくれたチームは最高の雰囲気のまま今日のリーグ第2節を迎える事が出来ました。今日の相手はフィジカル重視のテクニックや速さと言うよりは体格差で争ってくるようなチームです。年齢層は少し高めでしょうか。それでも30代後半の選手はいないようです。

 ヴァンディッツはそれに対してまさかの速さ主体の布陣で臨みます。てっきり沖君を起用して同じくフィジカルで対抗して相手の長所を潰すのかと思っていました。


 今日は運営部も和馬さん含め雪村くんも秋山くんも参加出来ています。サポートスタッフ用の控室からグラウンドを眺める和馬さんの表情は真剣です。しかし、その真剣な表情の理由が分かったのはハーフタイムに入った時でした。


 私と雪村くん、秋山くん、杉本さんが残る部屋で社長が「こんな所で話す話では無いが。」と断りを入れて話を始めました。話が進めば進むほど私達の表情は険しい物へと変わっていきます。秋山くんなどは下を向いて悔しそうにしています。雪村くんと杉本さんの顔には涙が浮かびます。


 「全員に伝えるのは七月頭。それまではこの5人に真子と祥子さんを加えた7人で動く。すまない。」


 社長が深々と頭を下げます。誰も何も返せませんでした。しかし、このままではいけない。必死に言葉を振り絞ります。


 「お任せください。前職の頃から緊急着陸は得意なんです。」


 最大限の冗談を交えました。社長が寂しそうに笑います。私達も何とか笑顔を作ります。予想は出来ていた事です。どう転がるかが全く予測が付かなかっただけ。当然です。それを決めるのは創業者である5人でした。役員である私も、恐らく岩崎くんも同じタイミングで知らされたでしょう。怒っているでしょうね。涙を流しながら机を叩いているでしょうか。思い浮かびます。


 「期間はどのくらいを考えてらっしゃいますか?」

 「それは俺が決める事じゃない。最悪のケースを前提として動く。」


 雪村くんの質問に私達の望んだ答えは社長からいただけませんでした。この先で私達には厳しい道のりが待っています。しかし、それは和馬さんだけで無く我々も含めて全員で乗り越えると決めた事です。この人だけに背負わせるつもりはありません。きっとこの人は自分だけで何とかしようと、私達には分からない場所で相当の無理をするはずです。そうならないように目を見張るのが私の役目です。

 自分の息子と言っても可笑しくないほどの年齢差がありますが、私が『惚れた男』です。何が何でも支えるとあの日に決めました。


 そこから後半戦の記憶は私にはほとんどありませんでした。他の方も同じでしょう。私達は固く、堅く約束をしました。

 

 もう一度戻って来ると。

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