第102話 『約束の日』

 向月の主要メンバーである10名は自分達が今後Vandits安芸の応援を続けていく中でVandits安芸を応援するチャントを作ろうとしていた。その中でリーダーの三原が惚れ込んだ一曲があった。その曲は今年の全国高等学校サッカー選手権大会の応援歌として採用された楽曲だった。

 その曲に惚れ込んだ三原は中心メンバーと共に、チャントとして使用出来るように歌詞を考えスネアドラムと、向月の応援の定番となっている小太鼓で何とかその楽曲を表現できるリズムを作っていった。


 チャントが仕上がったのはシーズン開幕前だった。なかなかの出来にメンバー達も満足していた。しかし、そこからの行動が向月のリーダー三原洋子が三原洋子たる所以だった。まさか、三原はその楽曲のアーティストと所属レコード会社に楽曲をチャントとして使用したいと許可を申請したのだ。


 チャントの中には販売されている楽曲を使用して作られているモノもいくつもある。しかし、基本的にはレコード会社やアーティストは自身の宣伝になる側面もある事から、営利目的での使用が無いなら特に注意をしたりする事は無いのが通例で、使用者も暗黙の了解宜しく、相手に使用の許可を求める事も無いのが普通だ。


 しかし、三原は誰に相談するでもなく許可の申請を行った。他のメンバーから驚かれ事情を説明されても、「人様の作った曲を使わせてもらうんだから許可を貰うのは当たり前」と言い放った。これでもし、相手から使用許可が出なかったらまた楽曲の選定から始めなければならなくなる。


 そして、まさかのレコード会社から返信があり、その書面には『営利目的での使用が無く、スタジアムやチームのイベントでのみ使用されるのであれば、特に弊社としては問題にするつもりはありません。』との回答だった。


 まさかの使用許可が下りたのだった。

 今日の為に作った『チャント』を歌い始める事を放送席に伝える為のコールを終える。放送席からスタッフが大きく〇印に手でサインを送ってくれる。三原達向月は一斉にコールとリズム隊を静める。

 いつもならばウォーミングアップ中はコールが常に行われているだけに事情を知らない他のサポーターや、グラウンドにいる選手達もゴール裏の向月をチラチラと見ている。


 三原がチラリと拓斗の顔を見る。拓斗が大きく頷き、拡声器を持って向月と事情を知っているメンバーに声をかける。


 「始めるよ!!!僕達の気持ちを、届けよう!!!これからの僕達の想いを、選手に!スタッフに!他のサポーターの皆に!!!心を一つにする為に!!!」


 この日の為に楽曲の練習をした向月メンバー62名。企画に賛同し楽曲を広めない約束で事前に練習に参加してくれた55名。そして、それだけの人数のリズム、合唱を揃える為にリズム隊に名乗りを上げてくれた安芸高校吹奏楽部11名。


 128名の挑戦が始まる。



 ・・・・・・・・・・・

 その歌詞の世界観は一人の少女がチームに出会い、恋に落ちていく内容だった。


『いつもの休日 予定もない日々

 今日は何をして過ごしてみようか

 熱い風の中 鳴り響くホイッスル

 私には関係ないと思っていたんだ


 ゲームが始まった合図がした

 傷付いてしまう時もあるさ

 今日のゲームの相手は誰だ

 漫画じゃない 主役は誰だ

 映画じゃない 私の番だ


 馬鹿げているでしょう? そんな事知ってる

 分かっているけど 委ねたくない

 必死に手を叩き 声を枯らしてさ

 私が出来る全てをあげる

 

 私のこの気持ちを 押し込んでも足りないの

 だからあなたの気持ちもちょうだい

 大人になってもこの想いは褪せないよ

 大丈夫 だからあなたも飛び込んでみない?


 昨日まで会った事も無いあなたと 繋がり求めるなんて

 やっぱり馬鹿げてる? でも私はその素晴らしさを信じてる

 背中を押すんじゃない 手を引くんじゃない

 私達は一緒に歩いて行くの あなたの傍で 愛する人の傍で


 さぁ、ホイッスルが鳴らされた

 私達の夏が始まった

 今日と言う日を待ちわびた

 誰より熱い 愛しい日々だ

 今日の勝負の相手は誰だ

 これは漫画でもアニメでも無い

 私達の夏だ 私の恋だ

 主役は私 主役はあなた』

※原曲の歌詞にしっかり言葉の数は合っていません。こんな世界観だと思って読んでください。


 元々の歌詞を活かして、この想いを何とか詰め込んだ。

 そのチャントが始まると及川と伊藤が全選手とスタッフに声をかける。選手達はグラウンドでゴール裏に向かって整列する。監督・スタッフたちはベンチ前で整列する。

 全員が肩を組み、一列に並ぶ。試合前だと言うのに涙を浮かべるスタッフや選手達もいた。それだけサポーターたちの気持ちが伝わったのだろう。


 『今日の勝負の相手は誰だ!』の部分で100名以上のサポーターが一斉に相手チームとゴール裏を指差す!!それに他のサポーターが湧く!


 汗を流し、大声で歌いきる。他のサポーターどころか相手のゴール裏からも大きな拍手が起こる。グラウンドに立つ選手達、ベンチ前のスタッフ達が一斉に頭を下げる。


 向月と協力者の皆は四方にそれぞれが向きを変え頭を下げる。また、満場の拍手。サポーターの決意は伝わった。さぁ、お前達はどうだ?そう問われている気がした。選手達の心の中に消してはならない炎が灯った瞬間だった。


 ・・・・・・・・・・・・

 スタジアムの音声はカットしてあるが、当然、放送席のマイクは生きている。放送席に座る阿部桜は、隣に座る涙と嗚咽で仕事にならなくなったメインMCのカバーに回っていた。


 今日までのチームとしての3年間。その日々を全肯定してくれる歌詞だった。そして彼らは、彼女たちは、サポーターとして共に闘うのではなく、一緒に歩むと言ってくれた。後ろでも前でも無い、隣に立って手を取って共に歩いてくれると言ってくれた。

 こんなに嬉しい事は無い。自分達の想いをこれだけ熱く伝えてくれた。


 放送ブースに置いてあったタオルでぐしゃぐしゃの顔を拭く。泣いている場合じゃない。応える番だ。阿部がメインMCに話を振る。


 「さぁ、有澤さん!準備良いでしょうか!?」


 真っ赤に潤んだ目でメインMCは声を張り上げた。


 『さぁ、選手達は一度控室に戻り直前ミーティングの後、入場となります!!夏の始まりはもうすぐです!!!!』


 スタジアムに響く涙交じりのその声に特大の歓声が響く。GW3連戦。現段階で1824名の入場者。大評定祭に並ぶ観客動員が期待されていた。それだけの努力をチームも譜代衆も国人衆もサポーターも続けて来た。

 一過性で終わらせない。その決意が見えるスタジアムだった。


 ・・・・・・・・・・・

選手控室 <板垣 信也>

 選手達には既に今日の試合の注意点や展開は伝えてあります。選手達が『静かに燃えている』。それが感じられる控室です。もちろん原因は分かっています。あんなモノを見せられたら、試合に出ない私ですら熱く滾るモノが胸の中で渦巻いています。


 全員が肩を組み円になります。今日声掛けをするのはキャプテン代行の及川君。静かに全員の顔を見渡します。


 「細かい事は言わない。良いな。裏切るな。あの想いに、応え続けられるチームでいよう。どんなに点差を離されてもどんなに惨めな姿だったとしても、あの歌を裏切る様なチームにしない。良いな。死力を尽くせ。」


 全員が大きく頷きます。及川君がすぅっと大きく息を吸いました。


 「各々方ッッツ!!!!出陣じゃァァァァァァ!!!!」

 「「「「「「「応ォォォォォォォォッッッッ!!!!!!」」」」」」」


 ・・・・・・・・・・

前半 <放送席>

 有澤「さぁ、前半すでに20分が経過。両チーム膠着状態が続きます。試合の主導権は若干、南国KSCが握っているでしょうか。しかし、ヴァンディッツ非常に高い集中力で相手の攻撃を凌ぎ続けます。」

 桜「やはり相手の南国KSCさんも四国リーグ常連と言う事もあって、非常に硬く堅実な中盤になっていますね。」

 有「そうですね。やはり今までとは一枚二枚実力が抜きん出ているように感じます。しかし、ヴァンディッツは来年にはこの実力のチームが犇めくリーグ戦を勝ち上がらなくてはいけません。その時間は既に一年を切っているんです。」


 今までの練習試合の相手や県リーグで戦ったチームと対戦した時よりも明らかに中盤でのボール支配率が落ちている。それでもしっかりとDFラインとダブルボランチが5バックまたはワンボランチの4バックに可変しながら状況によってしっかりと相手の攻撃を切っている。


 有「南国11番からのパスがFW8番へ通る。振り返りざまにそのままシューーーート!!!しかしこれは、ヴァンディッツCB大西悟がしっかりコースを切ってボールは大きく外れる!いやぁ、危ない場面でした。」

 桜「あのような状況の時によく『コースを切る』と言う実況を聞きますが、どういった状況の事を言うんでしょう?」


 以前に有澤とコンビを組んだ宗石とは違い、阿部にはサッカーの知識がまだそれほど無い。それを理解している広報部としては阿部には自分が気になる事を遠慮なく質問として有澤にぶつけてもらうようにした。そうする事でサッカーのライトファンが『聞きたいけど今更聞けない』事であったり、聞くと「そんな事も知らないの?」と馬鹿にされそうで遠慮してしまう本当に基礎的な疑問を阿部が代弁する。


 有「はい。先ほどの場合ですね。相手FWに全くマークが付いていない状態でボールを持ったままゴール方向に振り返られると、相手FWは見える角度全てにシュートが打てる体勢になるんです。そこをDFがしっかりと体を当てたり足を伸ばす、またはシュートコースになるであろう場所に存在する事によって、『相手の体勢を完全に振り返らせない』・『相手の視界にDFの体を入れる』・『シュートコースに足などの障害物を置く』事でシュートが打てる角度を限定するんです。そうする事でGKは守る場所を限定する事が出来るので、クリア・セーブする確率をグッと高められると言う事ですね。」

 桜「なるほど!」


 この配信スタイルにはコメント欄でも反響は上々だった。やはり宗石詩織の起用であったり、東京の企業が親会社となって高知で創設された社会人チームなどの話題が先行している事もあり、サッカーの知識などが少ないファンは普通のサッカーチームよりも明らかに割合としては多かった。それで無くともチャンネル登録者数は都道府県リーグ所属チームとは思えない人数なのだ。

 サッカーに詳しくないファンを置き去りにするような配信にはしたくない。これは今年の配信内容をオフ時期に広報部で話し合った時に北川から出た提案だった。一番に浮かんだのが阿部桜の起用だった。サッカーの知識は無くとも配信やアナウンサー技術は有澤や宗石の比では無い。何より彼女たちは阿部からアナウンサー技術の講義を受けているのだ。


 たとえ知識は無くても聞きやすい発音とリズムの阿部のアナウンスは、どうしてもせわしくなり易いスポーツ実況の中でテンションを落とす事無く、しっかり情報を伝える役目をしっかりと担っていた。それがライトなファンには受けている。


 有「さぁ、逆にヴァンディッツの攻撃。CBの大西、ここは前の古川しっかりとパスを受ける。右サイドのアランがすっと中に入って古川も中を見るぅ!しかぁぁし!ボールを右サイドへ流したぁ!来たぞ来たぞ来たぞぉぉぉ!!!右SBの成田、ライン際を一気に駆け上がる!!この思い切りの良さは今年のヴァンディッツの大きな武器となるのか!!」


 アランが中へ展開した事により相手選手達は少し中央へ守備を狭めていた。しかし、そこへ一気に古川を追い越して現れた成田に必死に追いすがる相手DF。スライディングで止めようとするが、その前にボールは蹴りだされていた。相手選手は成田に滑り込む形でホイッスルが鳴る。カードは出なかったが良い位置でのFKを得た。


 有「さぁ、良い位置のFK。キッカーは伊藤が務めます!幡がエリア内を駆け回る。高瀬・大西・古川がエリア内で待ちます。飯島はエリア外正面でミドル狙いでしょうか。」


 主審の笛が鳴る。伊藤はボールを左にいる飯島に渡した。相手DFはあの強烈なミドルも当然頭には入っている。一気に二人が間合いを詰めたが、飯島はボールをそのまま折り返す形で右サイドに低く速いパスを出した。


 そこに待っていたのはアランだった。


 ・・・・・・・・・・

<アラン・水守>

 思えば日本でサッカーを続ける事になるとは。大学を卒業してエンジニア系の仕事にでも就く予定だった。正直、就職先はいくらでも選べた。でも、父親の再婚に伴い日本へ移住する事になった。しかも、聞いた事も無い高知県。トウキョウやオオサカでない事に驚きだった。来てみたら自分が知っているテレビで見る日本の風景では無かった。

 それでも、自分には家族がいて新しい生活が待っていた。それが楽しみだった。父親は忙しく小さい頃から一人で家で過ごす事が多かった。リコ達と一緒に暮らすようになり、父親も仕事のペースを抑えて一緒に居られる時間が増えた。家族の温かさを知った。そして今は同じサッカーを愛するチームメイトとの生活が新しい楽しさを教えてくれている。


 言葉は通じない。それでもお互いに一生懸命伝えようと努力している。それが、嬉しかったし楽しかった。オフには一緒に街に出て色んな日本語を教えて貰った。ババとヤギはあまり良い日本語は教えてくれないけど。


 イタガキからも「自分のストロングポイントを前面に押し出してくれ」と言われた。僕のストロングポイント。ウイングとしての攻撃力と、何よりもジュニア世代から一番練習してきたFKだ。これに関してはヤギやイトーにも負けるとは思っていない。ジュニア時代からFKには自信があった地元プロチームのユースになった時にコーチから「置かれたボールだけじゃなく、動くボールで出来るようになって初めて一流だ」と教えられた。本当に狂ったように練習した。


 それは自分の中にあるあの光景。子供の頃に父親に見せられた古いビデオに撮られていた日本代表の試合。FKの場面、そのキッカーの蹴ったボールは本当に糸に引かれるようにゴールに吸い込まれた。誰も触れられなかったその一発に僕は心を奪われた。その瞬間から僕のナンバーワンはその選手だった。デルピエロでもマラドーナでもない。日本のカズシ・キムラ。彼のようなFKを蹴りたいと思って練習を続けて来た。


 飯島から練習の時通りの完璧なパスがやってくる。DFは誰も反応出来ていない。このチームのプレイヤーのパス技術は本当に素晴らしい。


 僕だけが時間の流れが違って感じれていた。エリア内で高瀬がDFとポジション争いをしながらしっかりコースを開けてくれている。merci。練習通り。


 右足でボールの左側を刈り上げるように足を振り抜く。ボールは誰にも触れられる事無くゴールの右下隅へ。誰にも邪魔させない。僕だけの時間。

 日本での初めての得点。カズシに近付く一歩を踏み出せた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る