第101話 遠征終了からの地元3連戦

2019年5月1日(水・祝) 都内グラウンド <板垣 信也>

 Vandits安芸の初めての東京遠征。最終戦は企業が管理するグラウンドを借りて行われる事となりました。管理されている方にもご挨拶させていただいたのですが、どうやら笹見建設さんと繋がりのある会社のようです。だから、徳蔵氏が観に行けるかもと仰っていたのかも知れません。


 今日の相手は埼玉県1部リーグに所属するチーム。試合前のアップを見ていてもなかなかに鍛えられているチームである事は分かります。監督をされている方もプロ経験のある方だそうです。さすがに企業が管理されているグラウンドなので、観客はいませんでした。関東や東京のリーグなどでは企業や大学などが管理するグラウンドを使う場合は観客を入れない事はもちろん試合の動画撮影なども禁止されている事があるそうです。


 グラウンドに併設している建物の二階に数名の人影が見えたので、そちらに視線を送るとやはり徳蔵氏が観戦に来ていただけていました。原則として観客NGなので、グラウンドには下りずに観戦されるようですね。離れてはいますが、頭を下げご挨拶をさせていただきました。


 試合に関しては、やはり全国屈指と言われる関東で都県1部に所属するだけあって、今のメンバーでは中盤とディフェンスでは良い勝負が出来ましたが、どうしても決定力で相手の守備を上回れず、終わってみれば0対1の敗戦。課題の残る最終戦となってしまいました。

 しかし、その課題を見つける事がこの遠征の目的でもあります。本当に収穫の多い遠征となりました。


 終了後には控室に徳蔵氏も挨拶に来ていただき、選手を労っていただけました。県1部を大いに期待していると檄を入れていただきました。


 そこからは慌ただしく近くの温泉施設に向かい汗を流して、食事をした後に空港へ。そのまま高知県へと帰る事になっています。温泉施設から空港までの短いバス移動でもほとんどの選手が眠っていて、この遠征のスケジュールの厳しさを表していました。


 このような実りある遠征を実施していただいたクラブに感謝しながら、原田君と共に三日後から始まる高知3連戦のスタメンを考えていました。


 ・・・・・・・・・・

2019年5月3日(金・祝) Vandits fieldサブグラウンド <冴木 和馬>

 遠征組が戻って今日から全員での練習が再開する。遠征組は昨日は完全オフ。今日も通常業務に関しては休みを取らせていた。たった二日間ではあるが、完全に体を休ませる時間は必要だ。今日も明日の練習試合前の調整程度の練習と聞いている。


 遠征以来、顔を合わせていないメンバーもいるので常藤さん、雪村くんと祥子さんで練習を見学しに来ている。

 見ている感じではあまり疲れは感じられないが、こればっかりは本人じゃないと分からない部分だろう。明日の試合になって体に不調を感じるなんて事も十分にありえる。

 グラウンドから俺達の姿が見えると遠征組だったメンバーが手を振る。しばらく離れていた家族では無いが、やはり毎日顔を合わせていたメンバーが数日間いないと言うのはどこか寂しい物があった。


 練習が終わり、明日のスタメンを発表する事になった。遠征の結果も踏まえたスタメン発表となる為、選手達の間にも多少の緊張感を感じる。いつも通り原田が発表するようだ。


 「明日からの3連戦の初戦。相手は四国リーグに所属している南国KSCさんだ。知っている通り、四国リーグで高知ユナイテッドさんと共にしのぎを削っているチームだけに格上挑戦となるが、しっかりとこちらの良さを出していける試合にしよう。ただ、いつも言っているように一番優先する事は二日目のリーグ第二節をしっかりと勝ち切る事だ。明日のスタメンに名前が無いからと言ってモチベーションを落とす事の無いように全員が日曜に向けて調整を続けて欲しい。」

 「「「「「応ッッッ!!!」」」」」

 「では、スタメンを発表する。GK、金子。」

 「はい。」


 早くも遠征組から選ばれた。


 「DF、CB大西、SB和瀧、成田。」

 「「「はい。」」」


 成田の名前が出た時に選手からは反応は無かったが、社員からは「おぉ....」と声が漏れた。それだけ遠征でしっかりと結果を出してくれたと言う事だろう。


 「MF、DH古川、河合。SH高瀬、アラン。OH、伊藤。」

 「「「「「はい。」」」」」


 空気がピリッとするのを感じた。OHは伊藤。SHにはアラン、DHに河合。八木・五月が起用されていないのはこの後の2戦を考えてと言う事だろうか。SH・DHには遠征組がしっかり顔を出している。


 「FW、飯島、幡。」

 「「はい。」」

 「監督から説明がある。」


 原田が板垣に譲る。


 「明日に関しては先ほど原田コーチからもあった通り、日曜の第二節をしっかり見据えた上でのメンバーとなっています。その中でこのメンバーにフィット出来るかどうかを見定めたい河合君、アラン、成田君を起用しています。DHの二人は初めての組み合わせになるのでしっかりとコンタクトを取ってポジション管理をお願いします。」

 「「はい。」」

 「メンバーを見て分かる通り高瀬君、飯島君、幡君で高さも速さも使って幅広く展開していきたいと考えています。そして、ここで言っておきます。飯島君。」

 「はい!」


 板垣が普段に無く真剣な表情で飯島の顔をジッと見る。


 「中堀君の穴はあなたが埋めてください。中堀君のプレイをしろとは言いません。あなたにはあなたの良さを出して貰いながら、中堀君が復帰出来るまでぶっちぎりでリーグ得点王をひた走るくらいにゴールに執着を持ってプレイしてください。中堀君が戻って来る時に、帰る場所が無いと思わせるほどのFW陣の奮起を願います。」

 「「「「「はいっ!!」」」」」


 今までパフォーマンス的にも精神的にもFWを引っぱって来た中堀の代わりを担えと背中を叩く。本当に今年からはどんどんと選手間の競争を煽っていくようだ。


 「今年も去年と変わりません。高さを活かすフォーメーション。速さで掻き乱すフォーメーション。そして今回の様に幅広く展開するフォーメーション。この三つが軸となり、メンバーや相手によって細かく調整をかけます。当然ですが、全員に出場のチャンスはあります。慰めでも何でもありません。遠征に行けた事で我々コーチ陣の中では嬉しい悲鳴が出るほどスタメンを悩む事になりました。その期待に応える活躍を望みます。」


 全員の目に力が入る。そして、ここで原田から説明が入る。まぁ、このスケジュールなので選手は皆分かっている事だが、Vandits安芸は今年の全国社会人サッカー選手権大会(通称、全社)には参加しない。この大会はJリーグ、JFL、地域リーグに加盟するチームは参加出来ない。と言う事は、もしヴァンディッツが今年度四国リーグへの昇格を果たせば全社の参加資格は今年しか無いと言う事になる。

 しかし、コーチ陣と運営部の判断で全社の参加は見送った。もちろん全社の向こう側には天皇杯出場と言う大きなご褒美が待っている。それでも今はチームの編成を一年かけてしっかり見直す事が大事だとオフの期間に判断した。


 これに関しては選手達も納得しており、まずはリーグ戦をしっかり勝ち切る事。天皇杯は来年以降も、何ならJFLに行こうがJリーグに行こうがずっと挑戦し続けられる権利は持っている。今、急いでチームの出来上がらないうちから挑戦する必要は無い。まずは自分達の足元をしっかりと固める事から。


 四国リーグ常連チームにどれだけ通用するか。楽しみな一戦になりそうだ。


 ・・・・・・・・・・

同日 掲示板サイト『アルファ』Vandits安芸スレッド


01:rockriver

 ついにやったぞ!明日からの3連戦。GWに現地観戦だ!!


03:panda

 おぉっ!ついに!私も参加しますよ!初戦は四国リーグ常連チーム!チームの成長が問われますねぇ!


04:bandana

 ふふふ。今回はこのスレッドからの参戦者も多そうだな。もちろんワシも参加でござるよ!


09:〇〇△

 おぉ!ついにやりますか!現地オフ会!!


12:panda

 集まれる人だけでもやりたいですね。日曜のリーグ戦後とか。


20:bandana

 やりましょう!やりましょう!皆さんホテルは高知市内ですか?


22:rockriver

 今回は試合会場が高知市内だったので市内に取りました!


26:〇✖△

 これ、試合会場が県西部の遠い所だったら試合終わって帰って来てたらもう夜ですからね。移動疲れでオフ会どころじゃ無かったはず。


31:panda

 そう言う意味では良い巡り合わせ。現地でずっと応援してくれてるサポーターさんとも知り合いたいなぁ。


37:apaiser

 こんばんわ。初めてコメントさせていただきます。ペイジと申します。


39:bandana

 おぉ!ご新規さん!いらっしゃいませぇ!


40:rockriver

 いらっしゃいですぅ!嬉しいねぇ!


45:apaiser

 実は掲示板自体はずっとチェックさせていただいてたのですが、コメント初めてで。実は私と友人達でVandits安芸設立以来、ずっとゴール裏で応援させてもらっていまして。


46:panda

 待ってまって!!!もしかして向月さん!?


48:apaiser

 はい。向月を運営させてもらってます。皆さんのコメントを見て、良かったらぜひうちのメンバーも参加させて貰えないかなと。


51:rockriver

 うぉぉぉ!超嬉しい!ぜひぜひぃ!色々お話聞きたい!!


52:panda

 やったぁ!これは参加しなきゃ後悔する奴ですよぉ!(*´Д`)ハァハァ


55:bandana

 これはちょっと別スレッド建てましょう!参加出来そうなメンバーはそっちのスレッドに移動で。すぐに立ち上げます!!


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2019年5月4日(土・祝) Vandits field <常藤 正昭>

【練習試合 対 南国KSC】

 GWも後半となりました。Vandits安芸としてはこの地元3連戦をしっかりと内容・結果共に残せる事がこの先のリーグ戦制覇に大きく加速していける原動力となるはずです。

 3連戦の初戦は四国リーグに所属する南国KSCさん。相手チームにも事前に許可をいただき、今日の試合はライブ中継されます。お話をご提案させていただいた際も、どうやらウェーブオーシャンさんと交流があるらしく、「生配信に参加して以来、練習や試合での観客数が増えた」と聞いたらしく、ぜひ配信してくださいと乗り気でお返事を頂けました。


 今回の練習試合には和馬さんは観戦する事は出来ませんでした。だからこそ、運営スタッフやサポートしてくれる社員含め、成功の知らせを届けなければいけません。フードエリアの『陣中食事処』に出店していただけるお店の皆さんも公式試合やイベントでも無いにも関わらず、喜んで参加してくださいました。また、その繋がりからぜひ今度はうちもと問い合わせをいただける店舗さんも増えてきています。本当に有難い事です。


 Vandits fieldでの初イベント以来、会場にはお客様のお車やバイクでのご入場は一切お断りさせていただいております。しかし、HPでの呼びかけやサポーター様同士のお声がけなどもあり、現場サイドでのクレームや車で直接お越しになって帰られると言うような事例はございません。あるのはご家族をスタジアムまで送迎する方だったり、ご家族やご一緒に観戦される方を事前にスタジアムに下ろされて、安芸市内まで駐車場を探しに行くと言う方々だけです。

 こう言った事の解決の為にも駐車場の整備は求められますが、今後のスタジアムの拡張計画や地域住民の方と自治体との話し合いもあって決まっていく事ですので、私達だけが焦っても仕方がありません。

 和馬さんが普段から言っている事です。「今は出来る事に全力を注ぐ。先の事を考えるのは俺と常藤さんの役目。皆は今を最高に出来る努力を続けてくれ。」それしかありません。私にとっては大きなプレッシャーでありますが、冴木和馬からの最大の賛辞であると自惚れています。その自惚れを、信頼を裏切らない男でいたいと思っているのですよ。こんな年齢でもね。


 配信は既に始まっています。スタッフルームで秋山くんや雪村くんとグラウンドを見ながら配信も気にしています。選手達のアップが始まりました。いつもとは違うリズムのヴァンディッツコールがゴール裏から飛びます。これが合図でした。


 配信画面には大きく、『チャントコールの権利の問題でスタジアムの音声を一次的に配信停止しています。』

 これは事前に『向月』の三原さん達からお願いされていた事です。初めて向月がVandits安芸の為に作ったチャントを披露する為です。今まではリズムで一定のフレーズを繰り返し叫ぶコールしか行っていませんでした。今回初めて、既存の流行曲の歌詞を変えたチャントを向月は作りました。そのお披露目の日です。当然、選手・スタッフ達は知りません。


 そして、この日がこの先、Vandits安芸とサポーターの皆さんの中で長く長く語られる『約束の日』の始まりでした。

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