第99話 東京遠征

2019年4月28日(日) 高知竜馬空港 <冴木 和馬>

 今日から始まるVandits安芸の東京遠征見送りの為に高知竜馬空港に来ている。昼過ぎには東京で練習試合がある為、早朝に安芸市を出発し今日の東京行の第一便でメンバーとサポートメンバー(森・雨宮)、板垣・原田・山下・水守は東京へ向かう。

 山口は女子部の活動がある為、高知に残る。本人にはまだ女子部も本格的に活動出来る訳では無いから東京遠征に参加しても構わないと伝えていたが、最初の活動が大事だから残りますと言う事になった。


 確かに練習が始まっていきなりキャプテンが練習に参加しないってのもあまりチーム的には宜しくないだろうな。以前にも本人からは希望が出ているが、今シーズン中に山口はだんだんとVandits安芸のサポートメンバーとしての活動から離れる事になっている。そして、女子部での活動をメインとしていく。


 あまり時間も無いので、手短に選手達に見送りの言葉をかける。


 「その辺のモノを拾い食いするなよ、人の言う事は聞けよ、勝手な行動は取るな、一人になると迷子になるから必ず誰かと行動する事。じゃあ、頑張ってらっしゃい!」

 「ちょっとちょっと!!冴木さん!子供じゃないっスよ、俺達!お願いします!ちゃんと見送ってください。」


 八木のツッコミに皆から笑いが漏れる。俺も思わず笑ってしまった。


 「分かった分かった。まぁ、俺はサッカーの知識なんてほとんど無いし、板垣が考える遠征と俺がこうあって欲しいと思う事が同じとは限らないが、俺の想いだけ喋らせてもらう。良いな、自分達を控えなんて思うなよ?自分の可能性を広げる事を諦めるな、今無いチームの武器を探し続けろ、短所を補うな、長所を伸ばせ。たった四日間だが実りある遠征にしてほしい。」


 皆が途端に真剣な表情で話しを聞いている。出発ロビーで30人近い人間が集まってこんな事をしてると周りの注目を集めてしまうが関係なくお邪魔にならないように話を続ける。


 「勝ちに拘る事ももちろん大事だが、挑戦する事、新たな自分を見つける事を優先して欲しい。生まれ変わった..って言い方は失礼だな、更に成長した皆を高知で待ってる。怪我だけは、頼むぞ。」


 皆が頷く。板垣が号令をかけ全員が頭を下げて搭乗ゲートのある搭乗待合室への向かう。俺と常藤さんが手を振って見送る。


 いよいよ初めての遠征に出発した。


 ・・・・・・・・・・

同日 東京 <成田 雅也>

 高知から朝一番の便に乗って東京の羽田空港に着きました。東京に来たのは小学校の時に家族旅行で千葉の夢の国に来て以来。その時の事は夢の国の記憶しか無く、東京は自分にとってはテレビの中の世界でした。


 成田空港を出て広報部の山下さんの案内で大型の観光バスに乗り込みます。東京にいる間はこのバスが移動手段だそうです。そこから埼玉にある今日の対戦相手のSU大学のキャンパスへと向かいます。SU大学は関東大学リーグの2部に所属するチームで卒業生が何人もファミリアに就職している事もあり、練習試合を受けていただけたらしいです。

 名前だけ聞いた事のある首都高速なるものに乗り、1時間半かけてキャンパスに到着しました。到着すると大学サッカー部の主務の方達が丁寧に対応してくれて、選手控室としてグラウンド横にある建物の会議室を使わせていただけました。


 10時半からアップを開始し、ある程度体を動かした後、控室に戻ると今日のスタメンが発表されました。自分は左SBとして起用されました。CBは市川さん、右SBは岸本さんです。

 市川さんと岸本さん、そしてDHとして起用された大野さんと何度もポジションと約束事の確認をします。すると、大野さんが自分の緊張を察してくれたのか、背中をトントンと叩きながらずっと話をしてくれます。


 「高校出ていきなり東京来て大学生相手に試合なんてビビるよな。でもな、相手もこないだまでお前と同じ高校生だったんだぞ。」


 自分が不思議そうな顔をすると大野さんは少し笑いながら話を続けます。


 「監督の話、聞いてたか?相手スタメンほとんどが二年生と一年生だ。」

 「すみません。抜けてました。」

 「後で原田さんからもう一回、話聞いとけ。じゃなくて、俺達は、舐められてるの。四国の一番下の社会人リーグのチームだから、これぐらいで良いだろって事だよ。ちなみにレギュラーは関東リーグの公式戦だそうだ。」


 関東リーグの試合なんて相当前からスケジュールは決まっていたはずです。と言う事は話が決まった時点で一、二年生の構成で試合をするつもりだったと言う事です。


 「舐められっぱなしで終われないよな?しっかり結果出しに行こう。」


 大野さんが背中をバンッと叩きます。少し気合が入りました。力強く頷くと、頭をワシャワシャと撫でられて大野さんはグラウンドへ向かいました。


 東京の大学生がなんぼのもんや!!見せちゃらぁよ!高知の魂!


 ・・・・・・・・・・

同日 浅草 <大野 慎一>

 試合が終わりバスに乗って遠征期間中お世話になるホテルに向かう。

 試合は3対1で勝利した。しっかりDFラインとの連携も機能していたし手応えしかなかった試合だった。唯一の失点もエリア付近で岸本がファウルしてしまったFKを直接決められたものだ。こればっかりはあんな素晴らしいFKを蹴られたら今の古谷では止められなかっただろう。ラインの統制に頭がいっぱいの様子だった。


 ホントに素晴らしいFKだったしそれは八木も五月も言っていたから相当な技術だったんだろう。しかし蹴った本人がかなり驚いてたのとW杯優勝したのかってくらいの歓び様だったから、何千本に一本の奇跡が飛び出したんだろうと諦める。


 それよりも俺達で言うならばCBの市川とSBの成田の出来が素晴らしかった。市川は去年の2部リーグ第5節での自分のファウルでの失点以来、相手へのプレッシャーのかけ方やラインコントロールをずっと練習して来ていた。足元の技術がチーム内で持て囃される事の多かった市川だが、ここに来てCBとして一つ成長出来ているようだった。


 そして、一番の成果はやはり成田のディフェンスだった。大評定祭の時に幡や中堀さんが要注意と言っていた独特のタイミングと絶妙な距離を取る成田のプレッシャーのかけ方は、相手右ウイングとSHの突破を尽く封じた。後半には苛立った右ウイングの選手がボールがラインを割った瞬間に成田の胸を押してイエローカードが出たくらいだ。あそこでわざとらしく倒れ込める演技が出来ればよかったが、まぁ、成田にそう言う気はまだ回らなかっただろう。


 そんな事を皆で話しながらバスは進んでいく。浅草にあるホテルの駐車場に止まり、全員がバスから下りると既にホテルの従業員の方がバスのトランクルームから荷物を取り出してくれている最中だった。

 俺達は冴木さんや常藤さんから宿泊するホテルはビジネスホテルだと聞いていたが、どう見ても目の前にあるホテルは俺達が知るビジネスホテルの規模では無い。派手では無い落ち着いたモダンな雰囲気のエントランスで各々の荷物を持って待っていると、何名かのスタッフの方が現れる。この中では一人、制服では無くスーツ姿の女性が挨拶する。


 「Vandits安芸の皆さま、この度は私共の『ホテル・トーレ』をご利用いただきまして誠にありがとうございます。当ホテルの支配人、水口でございます。」


 支配人の方と一緒に他のスタッフの方もお辞儀をするので、俺達も慌てて頭を下げる。


 「皆様をこれよりお部屋の方へご案内させていただきますので、エレベーターに乗られる際にお部屋番号とカードキーをお渡しいたします。」


 そう言って全員エレベーターホールに案内される。エレベーターは3基あり、それぞれにスタッフの方がカードキーを手にボタンを操作していた。

 名前が二人づつ呼ばれ、数組がエレベーターに案内される。その時に部屋番号を教えて貰いカードキーがそれぞれに渡される。


 「大野慎一様、馬場悠真様。」


 俺と馬場が呼ばれ、スタッフの方からカードキーを受け取る。エレベーターに乗るとカードキーをかざす部分があり、そこへカードキーを当てるといくつかの階が点灯した。エレベーター内の案内を見ると4階に大浴場があり、3階に会議スペースや宴会場のようなモノもあるらしい。


 俺達の部屋は9階だった。部屋の中はやはりビジネスホテルとは思えないゆったりとした内装になっていた。俺が泊まった事のあるビジネスホテルなんて無理やり置いたベッドと椅子しかスペースは無く、基本はベッドの上で過ごすような部屋だった。

 しかしこの部屋はベッドの間隔も少し広く取られていて、窓際には二人分のシングルソファがテーブルを挟んで向かい合っている。テレビも大きい。


 とりあえず30分後に3階の宴会場に集合となっているので、馬場とそれぞれ荷物を解き少しゆっくりした後、会議スペースに向かった。


 試合後のミーティングをいつもより簡単にしたのは、ホテルに帰ってからゆっくりするつもりだったからだと会議スペースに着いて気付いた。会議スペースとは言っても俺達全員が入ってもゆったりと座れる広さはあり、壁にはスクリーンが設置されてあってそれには試合開始前のグラウンドの様子が映っていた。

 スクリーンに向けて椅子が整然と並べられていて、集まったメンバーから先に好きな場所へ腰を掛ける。

 ミーティングが始まった。試合映像を振り返りながら、「このシチュエーションでは....」とか、「この動きに対しては....」など逐一チェックが入る。このミーティングの内容は後ほど動画として共有ファイル化され、チームが管理しているタブレットで見る事が出来る。タブレットはレンタル制で基本はその日のうちに返却するようになっている。


 そして試合を見終わり総括に入る。


 「今日の試合ではほとんど組んだ事の無いメンバー同士であったにも関わらず、しっかりと連携や約束事が出来ていたのは日頃の練習の成果だと思います。中盤の八木君・五月君の安定感にしっかりと前半のFW陣の鈴木君・古賀君が対応出来ました。鈴木君としてはもう少し積極性を今後出していけると良いでしょうが、焦り過ぎて長所であるボールキープの強さを活かせないと言うのもチームとしてはもったいないので、そこの所は今後話し合いながらプレイスタイルを見つけていきましょう。後半の飯島君のセットプレイの対応も安定して素晴らしかったですし、沖君が体を張って空間を守ってくれた事が後半の得点にも繋がっています。」


 名前を挙げられた選手達は満足そうだった。


 「そしてDF陣。これはボランチを務めてくれた大野君も含めて、本当に危ない場面も少なくて安心して見ていられました。特に成田君。相手の右サイドからの展開を完全に封鎖出来た事はこちらの守備の事前準備をする時間を生むだけでなく、相手の攻撃パターンを限定出来た事にも繋がりました。今後も今日のような動きを意識してみてください。」

 「はいっ!!」


 元気よく返事する成田に皆から拍手が起こる。成田は嬉しそうに皆にペコペコと頭を下げる。


 「今日は長距離移動もあり大変だったとは思いますが、本当に大変なのは明日からです。毎日午前中に試合が組まれていますので、疲労も少しずつ溜まってくるとおもいますので体調管理はしっかり行っていきましょう。」


 そこから原田コーチがホテル内の施設について説明する。この会議スペースは俺達が滞在している間、24時間利用できるらしい。部屋で居づらい時やスクリーンでプレイを確認したい時などは利用して良いそうだ。また、4階の大浴場も23時から朝5時までは利用出来ないが、それ以外はいつでも入って良いそうだ。マジか。至れり尽くせりだな。


 ・・・・・・・・・・

2019年4月29日(月・祝) ホテル・トーレ <金子 努>

 2日目の練習試合が終わりホテルへ戻る。

 今日の試合はスタメンで起用され、正直ほっとした。自分としては昨日の初戦に起用されると正直思っていた。しかし、選ばれたのは古谷だった。

 昨日のスタメンが発表された後、アップ中に監督とコーチが「古谷を起用したのは順番だけの話です。あまり気にしない事。明日は金子君です。」「GKに関しては4日間4試合、古谷と金子が交互に出場だ。」と説明されて、顔に出てしまっていたかと反省した。


 その他にも1戦目と3戦目が大学チームとの対戦。2戦目と4戦目が社会人チームとの対戦なので、スタメンを考える際に、社会人との対戦経験の多い自分を社会人チームとのスタメンにしようとなったそうだ。

 このチームに入ってまだ二ヶ月。しかし、この間の開幕戦もそうだし、この遠征でもそうだが、監督含め原田コーチも御岳コーチもスタメン起用の理由や、外された場合の理由などを個人に対してしっかりと説明してくれる。

 「レギュラー取れるように努力しろ」「理由は自分で考えろ」と言う昭和的な突き放すような一方的な指導やアドバイスは絶対しない。自分に何が足りないのか、ライバルとの差がどこにあってどうしてライバルが選ばれたのかをしっかり説明してくれるし、こちらがどういうプレイをしたいのか、どういう選手が目標なのかを理解しようとしてくれる。


 だからこそ自分でも課題を見つけやすいし、モチベーションの維持・向上に繋がっている。


 今日の試合は何とかクリーンシート(無失点)で終わる事が出来た。2対0。うちのチームのDFラインはレギュラーでは無いと言っても本当に優秀だ。相手のプレッシャーがキツかったり、パスの出しどころが無い時に安易にGKにボールを下げてくるような選手が少ない。普段からの練習でそこは非常にうるさく指導されているのもあるが、基本が前へと向かう姿勢が強いので、バックパスをミスして失点するとか苦し紛れのパス回しで相手のインターセプトからピンチを招くと言うような場面が非常に少ない。


 それは恐らく日頃の鬼のようなパス&トラップ練習の成果だろう。今日の試合も相手は東京都3部リーグに所属しているチームだったが、明らかにパス回しのボールスピードが違う。相手のプレッシャーがパスに追いつかない。

 それでいてしっかりと足元でのトラップや少し前に出してのトラップなど状況に応じてトラップを変えられる精度が高いので、トラップをミスってボールを確認してる間に相手選手に間合いを詰められるみたいな場面も少ない。


 東京都3部リーグが自分が去年まで所属していたリーグだった。出場機会を求めて地方の1部リーグならば楽勝などと考えていた自分の浅はかな考えは加入直後に打ち砕かれた。求められる技術・努力・思考が自分が所属していたチームとは1段階も2段階も違う。

 驚かされ打ちのめされたが、同時に自分の中に大きな炎が沸き上がったのも感じていた。


 自分はこのチームで更に強くなる。そう実感出来ていた。

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