第98話 女子部始動
2019年4月22日(月)夕方 Vandits garage <山口 葵>
今日はgarageのコミュニティスペースにヴァンディッツ女子部(仮)のメンバーが集められました。コーチを務めて下さる原田コーチも一緒です。
集まったのは私を含めて7名。社会人2名(私含む)、高校生2名、中学生3名です。今回は自己紹介とコーチからの話程度で終わり、水曜日から本格的に練習が始まります。とは言っても、人数は7名しかいませんのでやれる事は限られます。しばらくは御岳さんが指導している安芸高校サッカー部の皆さんと一緒に練習させていただく事になっています。
原田コーチが話し始めます。
「じゃあ、そろそろ始めようか。とりあえずヴァンディッツ女子部の全メンバーが今日集まれました。あっ、ヴァンディッツ女子部ってのは仮の名前だから。恐らくチームが発足される頃には、冴木さん....以外の誰かが名前を決めてくれるはずだから。」
原田さんが私を見ながら苦笑いします。私も苦笑いで答えます。同じ部署の雪村さんや五月さんの話では、『Vandits安芸』と言う名前は冴木さんが決めたと聞きましたが、私が知る限りでは冴木さんのネーミングセンスは独特であまりセンスが良いとは言い難いラインナップが多いです。
なので、真子さんからは「名付け禁止令」が発布されています。
「現状としてはチームの公式練習は週四日。そのうち、一日はトップチームの基礎練習に合流する。それ以外は安芸高校との合同練習になる。ただ、中学生メンバーに関しては高校入学するまではトップチームの練習参加は無し。それ以外の三日間に関しては自己管理でジュニアユースの練習に混ざっても良いし、安芸高校へ行っても構わない。そこまでは良いかな?」
皆が頷きます。原田コーチはほとんどが未成年で学生と言う事もあり、普段トップチームでの話し方よりかなり柔らかい印象で話してくれています。
学生の皆はそれぞれがメモ帳を持って来ていて、原田さんの話す内容をメモしながら聞いています。私達社会人組は二人共有でボイスレコーダーを原田さんの前に置いています。
「まだ色々と話さないといけない事はあるけど、まずは自己紹介をしようか。俺....ごめんね。この口調は許してもらいたい。俺も含めて全員が集まるのは初めてだから、じゃあまずは俺から。」
原田さんはわざとらしく咳を一度します。
「原田幹久です。年齢は34歳。山口県出身です。このチームに来る前はSC愛媛レディースでコーチをしていました。皆をしっかりチームとして導いていけるように俺自身も勉強していくので、何かあればどんどん指摘して欲しい。」
皆から拍手が起こりました。原田さんは照れ臭そうです。私の番だ。
「山口葵です。23歳です。ポジションはMF、OHが多かったです。藤枝女子高校でサッカーをしていました。大学では男子サッカー部のマネージャーを経験しました。サッカーの練習は高校卒業後3年くらい離れていましたが、デポルト・ファミリアに入社してからはVandits安芸の練習に週2で参加させてもらいながら普段もトレーニングをしています。皆とサッカー出来るのが本当に楽しみです。宜しくお願いします。」
皆、大きく拍手をしてくれます。事務所メンバーも珈琲飲むふりして近くの席で盗み聞きしてるんです。恥ずかしいなぁ。
次は社会人採用の
「渡邉美咲です。20歳です。ポジションはCBです。高校では鹿島高校女子サッカー部でサッカーをしていました。実は山口さんとは高校時代に対戦させていただいた事があります。」
渡邉さんの発言に皆が驚きます。もちろん私もです。話によると渡邉さんが一年生の時の全国大会1回戦で当たっていたんだそうです。
すぐに思い出しました。
「あっ!CBで後半から出てきたあの?」
「そうです!!!覚えていただいてて光栄です!」
そんな態度取らないでぇ!皆が興味ありげに見てるから。真子さんなんてもう私達の輪のすぐ後ろに椅子持って来て陣取って話聞いてるんですから。
「鹿島って部員数多いのに一年生で起用されたから、すぐに監督から情報回ったの覚えてる。インターセプトとロングキックの精度に気を付けろって。」
「嬉しい....」
「そんなに葵ちゃんに覚えて貰えてたのって嬉しい事なの?」
ここで真子さんがまさか話に入ってきました。渡邉さんは社員採用もされているので、真子さんが和馬さんの奥様と言う事も知っています。緊張しながら答えています。
「山口先輩は私達後輩の女子サッカー部員からすると憧れの司令塔でした。優勝常連校の藤枝女子で一年生からレギュラーで二年でキャプテンマーク。一年からU-17日本代表に選ばれて三年生の時には全国大会MVPでベストイレブン。絶対にプロになって日本代表になる人だって思ってました。」
捲し立てるように早口で話す渡邉さんを楽しそうに見ている真子さん。
「そうだったのね。それがどうして?大学のマネージャーになっちゃったの?」
チラリと私を見ます。遠慮ないなぁ。真子さん。でも、説明しなきゃダメだよね。
「3年の卒業前に腰と膝をやりました。膝はまだ大した事は無かったんですけど、腰がヘルニア気味になってて治療に時間がかかると言う判断でした。その時にはなでしこリーグのあるチームに内定が決まってたんですけど、怪我を理由に話が無くなりました。しかも、それまで獲得に意欲を見せてくれてた他のチームも一斉に引いたんです。」
「え?」
「これが男子選手なら怪我をしていても療養しながらでも契約してくれるチームはあったかも知れません。まだ高校生だったし。でも、あまりに一気に興味を失われた事で自分の中で少しプロになりたいって焦ってた熱が冷めてしまって。なら、大学は一切サッカーせずに体を治す事に専念しようって切り替えたんです。」
幸いにも腰は保存療法で約一年半かかりましたがヘルニアは消失しました。膝も今は全く問題なくヴァンディッツの練習に参加出来ています。
「なるほどねぇ。あっ、ごめんなさいね。話の腰折っちゃって。続けて。」
渡邉さんが続けます。
「高校卒業後は地元の短大に入りました。その時にサッカー友達から山口さんがVandits安芸のマネージャーになったって教えて貰って。それで調べたらセレクションあるし、女子ダメって書いてなかったのでダメ元で応募して今に至ります。デポルト・ファミリアでは広報部でお世話になっています。チームに貢献出来るように頑張ります。」
再び拍手。
「なるほど。じゃあ、次は高校生メンバーに行こうか。」
高校生メンバーは二人。
中嶋由衣ちゃん。17歳の高校三年生。安芸高校。ポジションはFW。
齋藤弥生ちゃん。15歳の高校一年生。セレクションの開催を知った12月の時点で合格するの保証もないのに、高校受験の願書を変更して安芸高校を受験したチャレンジャー。ポジションはDF。
中学生メンバーは三人で全員元サッカースクール出身。
武元
「ありがとう。これからはしばらくこのメンバーで練習していきます。女子部もトップチームと同じく、しっかりとしたパス・トラップを重視したボール支配率を高めていくサッカーが主体になると思っていて欲しい。あとはメンバーや状況によって細かなシステムは変わっていく。良いかな?」
今日の所はここでお開きになります。学生が学校が終わってから集まるとは言え、まだ中学メンバーがいるので長時間拘束する訳にもいきません。
最後に原田さんがとっておきの報告を残していました。
「先週、運営部と強化部のミーティングがあって、毎年2月にVandits安芸のセレクションが行われるんだけど、今期に関しては女子部単独でもセレクションを行う事になった。開催は8月の後半。インターハイが終わるのを待って、冬の選手権が始まるまでの間に行う。日程的に暑さが厳しい時期だけど、それでも受けたいと思ってくれる子を選びたいと思ってる。ただ、特殊条件がある。」
皆の表情が硬くなりました。
「合否の発表はセレクション当日だが、その時点では高校・大学卒業見込みの合格者に関しては内定扱いになる。そして冬の選手権終了後に改めて入団の意志がある子と契約するって形だ。」
「あの....」
渡邉さんが手を挙げます。
「なら、女子のセレクションも2月に行えば問題ないのでは?」
「そうだね。日程的に考えればそうだけど....山口、分かるか?」
「プロチームや社会人の有力チームからの内定が決まる前にセレクションを行いたいんですね?」
「さすがだな。」
それこそ世代別代表や全国優勝するようなチームの中心選手ならば(自慢はしてません)、二年生の末や三年生の頭の時期には内定チームが決まっていたりしますが、ほとんどの場合は冬の選手権の結果・内容を見て声をかける事がほとんどです。
なので、その前のインターハイ終わりの時点で、しかもセレクションと言う形であれば「冬の選手権を終えたとしてもプロから声をかけて貰える可能性の低い選手」が応募してくる可能性は大いにあります。それでなくても社会人の女子サッカー部でセレクションを行うチームなんて皆無に近いです。
「まぁ、チームとしての活動実績が一切無い状態だから、応募があるかどうかも分からない状態だが運営部判断としてはセレクションは女子部単独で行うと言う事になった。」
私も含め皆から拍手が起こります。楽しみ!!!
これから女子部の活動が始まります。
・・・・・・・・・・
2019年4月24日(水) Vandits garage <冴木 和馬>
「....と言った感じです。」
常藤さんからリノベーション賃貸物件に関する報告を聞き終える。最近は本当にこの事業だけは安定して運営出来ている。サッカーチーム運営も無く、移住事業もやってなければ十分に会社として安定して売り上げを上げて事業拡大していける内容だ。
まぁ、タラレバはみっともないので頭を切り替える。
「和馬さん、そろそろヴァンディッツメンバーのSNS利用について話し合いをしてみてはどうでしょう。」
「うぅ~ん....そうですねぇ。」
県2部が始まる前にメンバーに聞き取りを行った所、本名でSNSをやっている者は一人もいなかった。なので、そのまま個人でのSNS投稿は許可していたが、チームの事に関して呟く場合は広報か常藤さんの許可を貰って欲しいと伝えていた。
すると、メンバーはそれが煩わしいと感じたのか、この一年チームに関するSNSでの発信は全くされていなかった。
すると2月に五月から「チーム公認で本名でSNS活動をさせるのはどうでしょう?」と提案を受けた。当然、メンバーの中には試合や練習などをSNS上にあげたい者もいるようで、五月としてはあまりあれもダメ、これもダメとし過ぎると匿名や偽名でチーム批判と取られかねない内容の発信をする選手が出てくる可能性もあると言う。それも確かにそうだなと思い、一度こちらで判断させて欲しいとしていた。
その後、運営部や広報部はもちろん、この手の話に詳しいファクトファミリーの水木さんや弁護士の静佳さんにもご相談した。水木さんからは年間を通してインターネット・リテラシーの教育やSNSでの広報活動の危険性や実際に起こったトラブルや裁判にまで発展したケースなどを、しっかりと選手達に指導・理解させる事が大事だと教えていただいた。
静佳さんも一番危ないのは知らないうちにチームや第三者に対して、傷付ける・被害を与えるような事になって、損害賠償請求や民事・刑事裁判に発展するようなケースだと教えていただいた。
ここで俺がお二人にこちらから授業料をお支払いして授業と言うか、講義をしていただけないかと提案した。お二人は少し話し合われて、二人で一年間で数度の講義を行う事を約束していただけた。まずは、5月に一度目を行いそこの段階でSNS活動をしたい選手がどれほどいるかを把握する事になった。
そしてそれを選手達に話す日をいつとするかを決めたいと思っていたのだが、オフの慌ただしさと開幕戦のバタバタで後手に回っていた。
「そうですね。一度、選手に話をしましょう。第一回目の5月の指導は休日昼間の練習の日に行う予定なので女子部は高校生までが参加としましょう。中学生メンバー及びジュニアユースの子に関してはSNS活動を禁止はしないが、チームに関する投稿を行う場合はご両親やチーム指導者に許可を取るようにしましょう。」
「畏まりました。では、そのように手配します。」
「いやぁ....色々と気を遣う分野が増えてきましたね。」
俺の表情を見て常藤さんが苦笑いをする。今まではこちら主体で色々と推し進められたが、これからは自分達が未経験だったり知識のない分野の活動なども増えてくる。運営部も今まで以上に勉強が必要だ。
「それに雪村くんが抜けた穴は大きいです。和馬さんのサポート社員がいないと言う事ももちろんですが、あれだけ視野広く補助してくれる方はそうそういらっしゃいませんから。」
「ですね。この数ケ月ですが、自分が雪村くんに甘え切ってたのを痛感させられています。」
「運営部も私達二人だけでは手が足りなくなってきましたね。」
「こればっかりはじゃぁ人を増やそうか、はいどうぞとならない部署ですからね。他の部署と違い全部署の知識をある程度網羅する必要もありますし、何より企業や事業運営の知識が無い人だとそこの勉強から始めなければいけなくなるので、戦力となるのは相当先です。」
二人で頭を抱える。しかし、このままでは本当に手が回らなくなってくる。
「まずは和馬さんと私のサポートを出来るだけの能力を持った方を雇用し、運営部として動いていただける方は改めて新規採用または中途で探すしか無さそうですね。」
「そうですね。はぁ..色々忙しくなってきましたね。」
「確かに。」
二人で苦笑いを浮かべながら肩を叩く。常藤さんは美味しい珈琲を淹れに給湯室へ向かった。
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