第97話 アフターフォロー

2019年4月15日(月)夕方 Vandits garage <有澤 由紀>

 昨日の試合の結果は写真のデータで編集し、すぐに事務所の簡易スタジオで撮影を行いました。今シーズンから始まる新しいコンテンツ『Vandits village』。ニュース番組形式でVandits安芸の試合結果などをお知らせする番組です。

 本当ならば明るくお知らせしたかった勝利の報告も中堀選手の容態をお伝えするトピックもあったので、終始笑顔と言う訳にはいきませんでした。


 コンテンツのアップはHPへの試合結果と中堀選手の容態を掲載する時間と同じ、今日の朝9時でした。その後、通常業務を終えコンテンツの反応を見る為にチャンネルを開くと、その動画へのコメントが100件を超えていました。

 ほとんどが中堀選手を心配しチームやサポーターを鼓舞してくれる内容のコメントで胸を撫でおろしました。中には相手チームに対して憤りを感じている方もいましたが、そのコメントに対して他の皆さんが「気持ちはホントに分かるけど、チームがこれ以上の批判や追及は控えて欲しいと言ってるから自分達もチームを見守ろう」と言った趣旨のコメントを返してくれていて、投稿者も落ち着いているようでした。


 そして、なにより心配されているのは2部得点王の空いた穴を誰が埋めていくのか。ここまでの活躍を見れば、幡選手が最有力ですがそうなると2トップの相方は自ずと古賀選手、と言う事になるのでしょうか。しかし、開幕戦で見事な2得点をたたき出した飯島選手や初出場で存在感を発揮した沖選手に注目するサポーターの方も非常に多いようです。


 とりあえずは大きな混乱を生む事無く、事態を受け入れてくれたサポーターに感謝でした。そして新コンテンツへの反応も上々でした。しかし、私の中では阿部さんと交互に司会を務めても面白いかなと考えていました。

 予算どうなってるかな?後で杉山さんに相談してみよう。


 ・・・・・・・・・・

同日 安芸病院 <中堀 貴之>

 病室で寝転がるしか時間の潰し様が無く、ただただボーッと窓の外を見るか天井を見ているか。これほど何もせずに一日を過ごすのはデポルト・ファミリアで雇ってもらって初めてかも知れない。毎日仕事かサッカーだった。休みの日も仕事の勉強だったりで何もせず一日横になったなんて日はたぶん1日も無かったんじゃないか。


 夕方、病室に飯島と沖がやって来た。今日はさすがに試合翌日なので練習は無い。飯島は手にビニール袋を提げてやって来た。


 「中堀さん、これバリバリ君です。」

 「....お前らは皆考える事が同じか?」

 「え?」

 「冷凍庫開けてみろ。」


 病院に問い合わせた時に個室しか空いていなかった。まぁ、他の入院患者さんに気を遣わなくて済むし、見舞いに来てくれる皆ともゆっくり話せるからこれはこれで助かってはいる。部屋には冷凍庫付きの冷蔵庫が備え付けられていた。

 飯島が冷凍庫を空ける。そこには何本もバリバリ君が入っている。


 「司さんと悟(大西)だ。」

 「....まぁ、中堀さんのバリバリ君好きは有名っスから。食べてくださいよ。これから暑くなるし。」

 「俺に何か月病院に居させる気だ。」


 そんな冗談で笑う。二人は昨日の試合の報告に来てくれたのだろう。飯島が報告の為に見舞いに行くとなって、性格が控えめな沖が付いて来たって感じだろうな。


 「二人で3点目取ったって聞いた。記録用に撮ってくれてた動画を明日有澤さんが持って来てくれるらしいからそれを見るつもりだけど。沖、慌てずパス出し出来たらしいな。デビューおめでとう。」

 「あっ....ありがとうございます。交代の時に中堀さんが声をかけてくれたんで、緊張せずにプレイ出来ました。ありがとうございました。」


 恐縮しながら頭をペコペコ下げる。沖はFWには珍しいくらい控えめな性格だ。一歩後ろに下がる感じと言うか。しかし、それは私生活や仕事の中だけでサッカーとなると急にガツガツとアピールするし、八木に負けず劣らずの質問魔だ。

 俺はそれを向上心の表れと思って面倒を見ている。


 その後も試合の中で気になった事や、お見送りタイムの時の事などを聞いていたら、ドアがノックされる音がした。返事をすると、入って来たのは冴木さんと常藤さんだった。


 「おっ、飯島と沖も来てたのか。中堀、具合はどうだ。」

 「今は痛み止めも効いてるのでそれほど苦は無いです。ご迷惑かけてすみません。」

 「何言ってんだ。名誉の負傷....とは言いたくないな。それでも、お前が最後まで繋いでくれたボールで2点目が取れた。色々と思う事はあるが、中堀はしっかり体を治す事がチームへの貢献だと思ってくれ。焦らずいこう。」

 「はいっ..ありがとうございます。」


 司さんや悟からも聞いた。今回の俺の怪我で最も腹を立てていたのが冴木さんだと。相手チームへの怒りを必死に抑えながら、試合後も普段通り振る舞おうとしてくれたと聞いた時にはグッと来るものがあった。


 冴木さんが常藤さんとアイコンタクトを取る。常藤さんが今度は話があるようだ。


 「中堀君、あなたの入院費用の話ですが....」


 来たっ!一番心配していた事だ。おおよそ一ヶ月はいる事になる入院費用が怖い。労災認定されるのだろうか。上本食品の時は任意のクラブ活動だったので、その中で怪我をした場合は労災認定は下りないと言われていた。


 今回の怪我は二ヶ月以上療養期間がある。給料とかどうなるんだろう。


 「病院との手続きは中堀君に直接やってもらう必要がありますが、費用等は心配いりませんので。」

 「そうなんですか?労災、下りるんですか?」


 俺のその言葉に常藤さんも冴木さんも苦笑いしている。常藤さんが説明してくれた。


 「今、あなた方Vandits安芸のメンバーはサッカーをする事も社員としての業務の一つです。ですのでサッカーの練習や試合はあなたには『業務行為』に当たりますので心配はいりませんよ。まぁ、雇用契約書には書いてありましたけどね。」

 「まぁ、手続きは中堀自身にやってもらわなきゃならんのが面倒な所なんだが、労災の申請時効は支払いが発生してから2年だから、退院が決まって入院費用を払ってからでも十分間に合う。退院してからの生活の足はこちらで構えるから心配しなくていいぞ。」


 至れり尽くせりだ。入院費用もとりあえず自分で払っておいて労災申請した後に、労災認定が下りて処理が終わると、認定された金額で戻って来るそうだ。


 「入院費用はこちらで立て替えるから、それも心配しなくていい。それとデポルト・ファミリアでの給料だが、それも当然、休業補償給付があるから給料の8割は補償されてる。生活に困る事は無いと思うが、何かあればすぐに相談してくれ。会社で負担する。」

 「いや、そこまでは....」

 「それは気を遣う所じゃない。業務中に怪我をした。それに対して会社がしっかりと補償を行うのは義務だ。それに通常業務でもヴァンディッツでも欠かせないお前を数ケ月休ませてしまうんだ。出来るだけ不安なく療養期間を過ごしてもらいたい。この後に同様の事例....は、出来れば作りたくないが、そう言う事例が起きた時に中堀の事があったから安心だ、心配ないと言う前例も出来る。だから、遠慮は無用だ。」

 「....ありがとうございます。」

 「まぁ、ほぼ大丈夫だと言う判断だが、万が一に労働基準監督署で労災認定が下りなかったとしても、会社が全て保障するから心配する事は無い。まずはしっかり治す事を第一に生活してくれ。」

 「はい。」


 話を聞いている中で不思議に思った事があった。「生活の足は用意する」と。俺は運転免許は持っているが、怪我をしたのは右足だ。車を用意してもらっても運転が出来ない。それを疑問に思い冴木さんに質問すると、常藤さんが答えてくれた。


 「中堀君が退院してからのリハビリ通院や買い物、その他の外出の際は山口くんが運転手として中堀君の自宅に向かいます。」

 「えっ!?山口ですか?いやっ!そんな....」

 「では、どうやってリハビリに通うつもりですか?」


 いつも笑顔の常藤さんがジトっとした目で俺を見る。思わずたじろいでしまった。


 「サッカー部の誰かに頼んで....」

 「山口くんもサッカー部の一員では?それにサッカー部の誰かに個人的に頼むとして、平日昼間にリハビリがある場合はどうするのです?会社に無断で社員を通常業務から抜けさせる気ですか?」

 「それは....」


 俺が答えに困っていると冴木さんが笑う。それに釣られて常藤さんも笑っている。


 「常藤さん、それくらいにしてあげましょう。中堀、仲が良い者同士で助け合うのは良い事だ。しかし、今回に関しては全員の通常業務も絡む事だからな。こちらで決めさせてもらった。」

 「はい....」

 「それに、中堀の足を希望したのは山口なんだぞ?」

 「えっ!?」


 冴木さんの言葉に驚きながら飯島と沖を見ると二人とも頷いていた。飯島が説明してくれる。


 「今日の昼にサッカー部の事務所メンバーが集められて、中堀さんの通院や生活の足をやっても良いって人を募ったんです。僕達も手挙げたんですけど、真っ先に凄い勢いで手を上げたのが山口さんだったんです。それで他の皆も女子は良いよって言ったんですけど、私が行きますの一点張りだったんで。....勢いに押されました。」

 「まぁ、そう言う事だ。リハビリなどは事前に松村先生の方からも受診予定は会社にも伝えて貰えるようにしてあるから、その時間は山口を通常業務から事前に外すようにした。その他、生活での買い物などは通常業務が終わる時間帯に予定を組むようにして、山口が代わりに買いに行くか、中堀が松葉杖なんかを使える状態にまでなってたら一緒に買いに行くか。まぁ、そんな感じだな。」

 「....はぁ。」


 何でこんな事になってるんだ。まぁ、今は厚意に甘えるとしよう。まずはしっかりと体を治す事だ。


 ・・・・・・・・・・

2019年4月19日(金) Vandits garage <冴木 和馬>

 今日は全体ミーティングだ。と言っても参加するのは各部署の部長クラス、それ以外は運営部の俺と常藤さん、そして真子だ。

 いつとは決めず月末の時点で次月のスケジュールを部長クラスは全員が常藤さんに知らせる。その中で極力全員が集合出来る日で実施する。


 最初に伝えられたことは先週から東京の『ホテル・アリア』と札幌の『ホテル・ノルテ』、福岡の『ホテル・プエルト』の三カ所にデポルト・ファミリア採用のホテル事業の新入社員25名が配属になった。前任の社員は沖縄のレジャーホテルに5月から転属となる予定の為、空いたポストにデポルト・ファミリアの社員が入る事になっている。各ホテルで新入社員の指導をしてくれる社員は、将来的にデポルト・ファミリアへ転職する事が決まっている社員だ。これもファミリア人事部とは話は付いており、本人から希望してくれた社員のみを受け入れた。後々、何かあって無理やり転職させられたとならない為だ。

 今後3年間かけて、この3つのホテルに関しては全スタッフがデポルト・ファミリア所属の社員に順次切り替わっていく。残り5つのホテルに関しては更に3年をかけて切り替えが行われ、5~6年をかけて8つのホテル全てがデポルト所有に切り替わる。その時点でホテルで働く全従業員は今のデポルト・ファミリアの新入社員とファミリアから転職を望んでくれている社員に切り替わる。そして8つのホテルでホテル間人事異動を行い、営業に支障が出ないようにスタッフの技術を上手く配分する。


 3年・6年とは言ってもタイムスケジュールで言えば、相当に厳しいし状況は読めない。第一に自分達が思っているペースで社員が育ってくれるとは限らない。最悪のケースはとてもではないが、新入社員を新たに募集しても今の社員の教育がまだ終了していないと言うパターンだ。

 そうならないように常に状況を共有しながら進めていく必要がある。その中で『ホテル・アリア』の支配人、浦部さんに陣頭指揮を執って貰えるのは安心感が違う。


 次に話し合うのがVandits安芸のスタッフ採用の話だ。以前から探していたチームスタッフが採用となりチーム合流の日程が決まった。今回採用したのは3人。トレーナーとして、理学療法士として、GKコーチとして。

 常藤さんから報告が伝えられる。


 「3人共にお返事はいただけ3月末をもって前職を退職されて、うちへ来ていただけるのは5月からとなっております。尚、契約は4月からの契約となっており、準備期間の4月も給与は支払う事になっております。」

 「分かりました。板垣、3人のプロフィールは確認してくれてるな?」

 「もちろんです。素晴らしいスタッフを探していただきありがとうございます。」

 「良いさ。GKコーチに関しては御岳さんの推薦だしな。少しづつだが体制が整って来て良かった。なにより理学療法士を迎えられるのは本当に嬉しい。岡田のリハビリももちろんだが、中堀のリハビリも松村先生と話し合いながらチームでも進めていける。」

 「はい。」


 この理学療法士についてはまさかの前職は日本の実業団アメフトチームで理学療法士として働いていた人だ。これは上本さんからの紹介でもあった。スポーツチームでの就職を考えている理学療法士がいると。スポーツチームでの理学療法士としての知識・活動も長く、うちとの雇用交渉に入った当初から非常に好印象だった。前職のチームがチーム経営が厳しくなり、選手・スタッフの人件費のカットにまで及んでチームを去る事になったそうだ。


 「次に営業部・広報部からの合同報告です。秋山さんお願いします。」

 「はい。広報部・営業部に最近になっていくつかの芸能事務所からの営業の連絡・メール等をいただいています。ファクトファミリー様とのお付き合いが始まった事はYtubeチャンネルでも分かるでしょうし、2部を全勝で昇格した事もあってチーム関連の広報や配信への出演など様々な形で提案をされています。この際ですので会社としてのスタンスを決めておきたいと言うのが両部署としての考えです。」


 まさかまだ県1部でウロウロしてるような地方のチームに営業活動してくるとは。やはり宗石さんとファミリアの知名度と言った所か。


 「皆の意見も聞きたいが、俺としてはファクトファミリーの方々との出演依頼以上に他の事務所に出演を頼まなければならないような状態なのかが疑問だ。広報部が頑張ってくれてる事もあり、現状の出演実績と動画内容で十分に再生は回ってる。そりゃ、YtubeチャンネルでどこかのYtuberみたいに何億も稼ぎたいってんなら、何か対策を考えなきゃいけないが、今の所はYtubeチャンネルで得られる収益でチームか広報部の活動の助けになれば良いくらいにしか俺は考えてない。あくまで広報活動であって、それで利益を直接得ようとは考えてないんだが。皆はどうだろう?」


 常藤さんが手を挙げる。


 「今のYtubeチャンネルの目標はチームの認知度の向上とサポーター獲得の為の広報手段の確立と私は考えています。それを考えればこの短期間で広報部は予想以上の効果をあげてくれています。ですので、今は収益化などに走るのではなく、しっかりとYtubeチャンネルとしての地盤を作っていく事が大事だと思います。その中で大評定祭の時に宗石さんが仰ってくれた『チームと家族として付き合っていく』と言う言葉はチャンネル登録者の中でも名言としてコメントしてくださる方が大勢います。その直後に宗石さん以外の芸能人を次々と配信や広報に起用すると言うのは、サポーターの心情を考えると非常にリスクがあると思います。」


 皆がそれぞれに考え込む。確かにそれが一番怖い。知名度を上げようと焦るあまりサポーターが大事にしているモノを汚してしまい心が離れてしまう事は一番あってはいけない。

 板垣と雪村くんが手を挙げる。


 「私も常藤さんの意見に賛成です。宗石さんを含め、阿部さんもお仕事が非常に忙しい中でもグラウンドに足を運んでいただき、取材活動をされています。そう言った姿が選手達のモチベーションに繋がっている部分も少なからずあります。」

 「あまりに事を急ぎ過ぎるとそれこそ常藤さんが仰るように地盤が崩壊する可能性は大いにあると思います。今は慎重に判断するのが最善だと考えます。」


 なるほど。満場一致か。


 「分かった。しばらくはファクトファミリーさんとの出演依頼に限っていこう。今、問い合わせや営業活動をしてもらってる事務所さんには穏便にお断りをしていこう。なんなら俺が矢面に立っても良い。現状でCM作成の予定も無ければ、選手のテレビへの出演等も考えていない。自社のチャンネルのごく限られたコンテンツにしか出演依頼をかけるようなモノも無い。まぁ、言い訳が苦しいかもしれないが、そう説明するしかないな。」

 「分かりました。上手くかわせるように努力します。」


 秋山の言葉に皆が笑う。まだまだ話す内容は多い。さぁ、次にいこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る