第96話 厳しすぎる初陣

2019年4月14日(日) 黒潮町 土佐西南大規模公園サッカー場 <冴木 和馬>

 自分の感情を押し殺す事に必死だ。グラウンドに立ってる皆は良く落ち着いていられる。自分のチームメイトが明らかにカードが出ると分かる様なプレイで怪我をさせられた。しかも、樋口判断ですぐに病院へと言う事になり、常藤さんと秋山が付き添いそのまま高知市内の大きな病院へ向かう事になった。

 樋口判断では骨が折れているようでは無いし、神経を痛めているような痛がり方でも無いから冷やしながらだったら2時間くらいの移動は問題ないだろうとの事だが、当然資格を持っている訳でもないので何か異変があればすぐに近くの病院に駆け込んで欲しいと言う注意もしていた。


 ふぅ~ふぅ~と何度も深呼吸をする。その背中をずっと優しくポンポンと一定間隔でリズム良く真子が叩いてくれる。少し落ち着いて来た。


 「ごめん。ありがとう。落ち着いた。」

 「大丈夫。私もかなり腹立っちゅうき。今、和くんを落ち着かせながら、絶賛自分を落ち着かせゆう途中。」


 本当に気が短い夫婦だ。苦笑いしながら真子と二人で気持ちを落ち着けていく。

 ゴール裏のサポーターの皆さんは前半以上に声を出して応援を続けてくれている。しかもこのオフにだいぶ練習してくれたのか、聞いた事ないチャントやコールなんかも聞こえてくる。それをほとんどの人が歌えている。


 「サポーターの皆さんはどっかで練習でもしてたのかな?凄くないか?あの人数が合わせて歌うって。」


 俺がそう言うと真子はスマホを取り出し、何か操作を始める。そして不意に画面を俺に見せる。そこには見た事の無いYtubeチャンネルが表示されていた。


 「三原さん達『向月』が立ち上げたチャンネルよ。ここで自分達の応援動画とか個人的に推してる選手、そしてチャントやコールのお手本を動画で上げてるの。歌詞もテロップで付けて。結構見てる人がいるのよ?」


 確かに再生数はどの動画も1万を超えていた。特に『メインのコールはこちら』と言う題名の動画は再生数4万回を超えていた。推し選手などの紹介は画像は著作権の関係で使えないので、誰かが書いた非常に似た似顔絵がサムネイル化されていた。これはこれで可愛くて女性受けしそうだ。


 「同じ人が日を変えて何度も繰り返し見て練習するから、再生数が自然と上がるらしいわ。由紀ちゃんが言ってた。」


 なるほど。そう言う事か。それでもチャンネル登録者は2000人はいた。それだけヴァンディッツの応援、サポーターに興味がある人がいるって事だ。嬉しい。


 「三原さん達なりにヴァンディッツとの関わり方を必死に模索してくれてるのよ。あなたとの話し合い以降。」

 「そうか。有難いな。」


 そんな話をしているとサポーターの皆さんが盛り上がり始める。試合を見ると右サイドの馬場がフリーの状態で駆け上がる。相手DFが必死に前からプレッシャーをかけようと走りこんで来るが馬場は構わずゴールエリアに向けてクロスを上げる。

 エリア内には沖と高瀬、伊藤がいた。前半のイメージがあるのか相手DFはやはり高身長の沖に2枚付いていた。ボールは沖の元へ飛んできて3人は揃ってジャンプし制空権を争うが、身長・フィジカル的に上回る沖が相手DFをあざ笑うように頭一つ以上高く飛ぶ。


 しかし、沖はそこでゴールに向けてヘディングせず、斜め後ろに落とすようにヘディングする。そこには飯島が走り込んでいて、沖からのパスをワンバウンドで思い切り右足を振り抜いた。

 インパクトの瞬間、何か硬い物が破裂したかのような音が響き、一瞬でゴールネットを揺らす。いや、ちょっと待て。何ちゅうパワーだ。

 だって、シュートコースにいたDFとGK、恐らく脊髄反射だろう。ボール避けてたぞ。飯島は落ち着いて沖とハイタッチし、戻りながらゴール裏のサポーターに拳を突き上げる。


 「沖君、落ち着いてたわね。」

 「あぁ、初出場が開幕戦だからな。心配してたが周りは見えてるようだ。」


 後半開始10分で3点目。よし、更に追加点だ!!!


 ・・・・・・・・・・

<三原 洋子>

 大きく試合終了のホイッスルが鳴る。3対0。開幕戦を勝利で終えられた。でも、応援に来てくれている皆の顔はあまり晴れません。やはり皆、中堀選手の状態が気になります。

 どう考えてもレッドと思われるような遅れたスライディングで負傷退場となった中堀選手。こちらから見ていてもすぐにグラウンドから出されて、車に乗り込む姿は見えていました。病院に向かったのだろうけど、もしかして非常に悪い状態なんだとしたら。


 選手達が試合後の挨拶に来てくれます。Vandits fieldでの試合とは違い、私達と選手達の間には段差も柵もありません。数歩前に進めば体に触れられる距離です。それでもサポーターの皆は一定の間隔を選手から開けて並んで選手達を見守ります。

 選手達が一斉に礼をしてくれました。タクがコールしてくれて、皆でヴァンディッツコール。それに選手は拍手で応えてくれます。ここで選手達が何かを語る事はありません。正式には発表も決まりもありませんが、Vanditsメンバーは基本的に試合後にゴール裏で何か話したりする事は無いんです。そう言った事はお見送りタイムで行ってくれるのです。


 それは恐らく以前に冴木さんが話されていた「選手・チームとサポーターの関わり方」の部分なのでしょう。それでもチームは県1部でもお見送りタイムは継続してくれています。

 ちなみに2部の最終節のお見送りタイム時に冴木さんから「カテゴリーが上がれば上がるだけこう言った時間を取る事は会場での混乱を招く恐れがあるので、実施が難しくなると思う。」とコメントされました。確かにその通り。今以上にチームが有名になり、サポーターや観客数が膨らんでいけば当然こう言ったイベントはリスクが高くなります。


 そんな中でも冴木さんは笑いながら、「今のうちに楽しんでおいてください。Jリーグに行けた時にサポーター同士で県リーグ時代にはお見送りタイムってのがあってな、みたいな会話で居酒屋トークが盛り上がって欲しい」と冗談も言っていました。


 選手達がベンチへと戻っていき、私達はそれぞれが選手達が乗って来たバスの方へ歩いていきます。その時になってやっとサポーター同士が落ち着いて今日の試合に付いて話をします。しかし、話す内容は皆ほぼ同じです。


 「ナカの状態が最悪の場合、1部はナカがおらん状態で乗り越えないかんなるで。」

 「2部とは言えども得点王やしねぇ。チームから発表あるろうか。」

 「今日の試合で飯島君と沖君の良いプレイは見れたから、そこは少し安心材料にはなった気がするけど....」

 「飯島があんなミドル打てるらぁて。いやぁ、凄い武器よ。」


 新しい可能性は見えましたが、やはり心配と不安の方が大きい状態です。しばらくすると選手達と監督・スタッフがバスに近付いてきます。私達は邪魔しないようにバス周りを大きく空けて見守ります。

 皆さんがバスに荷物を入れ終わると、整列をして挨拶が始まります。まずは板垣監督です。


 「本日はお越しいただきありがとうございました。無事に....とは言えませんが、チームは開幕戦を白星で終える事が出来ました。皆様の応援のおかげです。本当にチームを背中から支えていただき、ありがとうございます。」


 監督と共に選手・スタッフが一斉に頭を下げます。私達はいつもならここでヴァンディッツコールですが、今日は拍手のみで讃えます。監督が更に続けます。


 「試合中の怪我に関しては、サッカーをしている以上起こり得ることですが、今日の事に関してはチームとしても看過出来るプレイではありませんでしたので、相手チームには試合後の挨拶の際にしっかりと抗議させていただきました。しかし、試合後にHPや配信を使って昭和FCさんにこれ以上の抗議を行うつもりはありませんので、皆様におかれましても必要以上に相手チームを批判するようなコメントや呟きはお控え頂けると助かります。」


 監督がこんなに気を遣わなきゃいけないなんて....でも、最近は行き過ぎたサポーターの行動や、芸能人への誹謗中傷なども問題視されてきて、ついに法律で罰則も設けられる事になった。私達も感情に任せた言動を取らないように向月のメンバーに呼びかけないと。

 ここで、広報部の千佳ちゃんが挨拶します。


 「中堀選手に関しては現在、スタッフ付き添いの元で病院に向かっている最中ですが、フィジカルコーチの話ではまず骨折は無いとの事です。後は専門の先生に神経や筋肉への影響をしっかりと診断していただいた上でHPの方でご報告させていただきたいと考えています。」


 骨折は無い....サポーターの皆からも安堵のため息が漏れます。神経を損傷していたら復帰は大幅に遅くなるかもしれませんが、一先ず骨折が無くて安心しました。

 そして冴木さんが挨拶します。


 「せっかく勝ったのに皆さんに心配をかけるような結果になって申し訳ありません。我々としてもまだ中堀選手の状況が分からない状態で、正直落ち着いているかと言われると、僕自身は選手ほど落ち着けている自信がありません。」


 真剣な表情の冴木さんに選手達も申し訳なさそうです。


 「ボディコンタクトのあるスポーツなだけに試合中の怪我は起こると分かってはいましたが、チーム練習も含めて病院へ行くような怪我を選手が負ったのが初めてで、学生時代にも運動系の部活動をしてこなかった自分としては、怪我と言うものに慣れていません。」


 冴木さんの表情が苦しそうでツラそうで。


 「とりあえずは報告が来るまでは皆さんも落ち着かないでしょうが、どうかご自宅まで気を付けてお帰り下さい。不安な状態で運転するのは危険です。長い距離の帰り道になるかと思いますので、本当にお気を付けください。」


 こんな状況でも私達を心配してくれる。その後、いつも通りの交流の時間が始まる。今回は飯島選手への写真撮影をお願いする方が一番多い。中堀選手が負傷した後もしっかりとFWで存在感を示して試合をめてくれた。

 そして伊藤選手にも握手や写真撮影をお願いする方も多いです。やはり後半開始前のあの声掛けがサポーターの心を動かしたのが一番の理由だと思います。


 あまりに衝撃的な開幕戦。中堀選手の状態が気になりますが、まずは1勝。しっかりスタートを切りました。


 ・・・・・・・・・・

<冴木 和馬>

 帰りは真子に自家用車の運転をお願いして、俺はチームバスに乗り込んだ。中堀の怪我の状態が報告されるはずなので、皆にすぐに伝えられるようにする為だ。しかし、チームがVandits fieldに帰り着くまで常藤さんから連絡は無かった。


 俺達も含めチームメンバーも心配で帰る気になれない。いつもなら安芸鍼灸接骨院にメンバーは向かいマッサージなどの施術を受けるのだが、今日は事情を説明し戦場の選手控室まで松村先生とスタッフの方々に来ていただいて、マッサージルームで施術を受けながら報告を待つことにした。


 スマホが鳴る。俺達がここへ到着して既に一時間以上は経っている。軽く呼吸をしてから電話に出る。常藤さんだ。


 「和馬さん、常藤です。」

 「お疲れ様です。どうでしたか?」


 周りにいる全員が俺の電話に注目している。当然、常藤さんの声は皆には聞こえていない。


 「軽度の足関節外側靱帯損傷、いわゆる足首の捻挫です。軽いものでした。」


 捻挫と聞いてとりあえずホッとする。しかし、


 「それよりもハムストリングスの肉離れを起こしてます。重度はⅡ度。診断ではリハビリ期間含めて6~9週間は見て欲しいと。」


 頭の中でまだサッカーをさせてやれると安心する部分と、少なくともリーグ戦数試合出場出来ない絶望が押し寄せる。


 「本人は?」

 「当然一緒に説明は受けました。あまり落ち込みはしていないように見えますが、チームの皆に申し訳ないと何度も言っています。」

 「とりあえず分かりました。これから先は?」

 「病院からは歩行はさせられないので入院を勧められましたが、あまりに自宅から遠すぎるので紹介状を書いていただいて、安芸病院への入院をお願いする形になりました。こちらの病院から問い合わせていただき、病室も空いているそうなのでこれから搬送になります。」


 入院。自分の中で治まらない感情が溢れ出しそうだった。しかし、何とか気持ちを落ち着かせる。


 「分かりました。中堀から自宅のカギを預かって置いてください。これから俺も含めて安芸病院の駐車場で待機しておきます。」

 「分かりました。試合結果を中堀が気にしています。」

 「3対0で勝ちました。あの後、恐ろしい飯島のミドルで突き放しました。」

 「そうですか。良かった。では、後ほど。」

 「はい。宜しくお願いします。」


 電話を切った。全員が俺の言葉を待っていた。


 「板垣、原、御岳さん。中堀はハムストリングスの肉離れと足関節の捻挫です。捻挫の方は軽度のようだが、肉離れが酷かったようで医者からはリハビリ終了までに最大9週間は見て欲しいと。」


 その言葉に全員が厳しい表情で天井や床を見つめる。板垣だけは目を閉じて必死に何かを考えているようだった。


 「診ていただいた高知市内の病院からは入院を勧められたが、安芸病院の方で入院させてもらえるようにお願いしたそうだ。」


 板垣は後ろを振り返り、マッサージ室から話を聞きに来ていた松村先生に話しかける。


 「松村先生。中堀が歩行が可能になれば、退院が出来るようになるかと思いますがその後先生の方で....」

 「お任せください。当院にはリハビリの専門スタッフもおりますので。」

 「ありがとうございます。」


 板垣は俺に向き直り、しっかりと頷く。そして板垣が全員に向かって声をかける。


 「皆さんも聞いての通りです。中堀君はここからおよそ二ヶ月は通常生活が出来ず、リハビリが終わっても瞬発的な運動が許可されるまでにはもう少し時間が必要でしょう。先生やコーチ陣とも話し合いますが、今の状態での私の考えは中堀君はサマーブレイク明けまで試合には使いません。しっかりと先生方のOKが出るまでリハビリとトレーニングをしてから試合に臨んでもらいます。」


 皆が頷く。覚悟を決める。これで今シーズン前半は中堀に頼る事は出来なくなる。FW陣は残ったメンバーで結果を求められる。


 「では、マッサージが残っている者は先生とスタッフの方からしっかりと受けてから帰宅してください。心中落ち着かないとは思いますが、まずしっかりと体を休めてください。お疲れ様です!」


 そう言って解散となった。そのまま板垣は俺の所へ歩いてくる。


 「僕も一緒に病院へ向かいます。」

 「分かった。あと、古賀!!」


 FWの古賀が驚いて振り返り、俺の方へ走ってくる。


 「はい!」

 「古賀は中堀と同じアパートだったな?すまんが、病院で中堀から鍵を預かったら秋山と一緒に中堀の家に着替えとかを取りに行ってやってくれないか?さすがに男の家に秋山一人は申し訳ないからさ。」

 「分かりました!!お供します!」


 俺達は車に乗り込み、安芸病院へと向かう。

 さぁ、なかなか厳しい初陣になったじゃないか。


・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

《第一節終了時点》

一位 Vandits安芸 (勝ち点では4チームが並ぶが得失点差によって)

対 昭和FC 3対0

得点 17'中堀 41'飯島 73'飯島

備考 41'中堀(負傷退場)

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