県1部リーグ編

第95話 県1部リーグ 第1節

2019年4月14日(日) 黒潮町 土佐西南大規模公園サッカー場 <山下 千佳>

【高知県社会人サッカーリーグ1部 第1節 対 昭和FC】

 待ちに待った県1部リーグ開幕戦です。今回の試合会場は高知県西部の黒潮町にある広い公園内のサッカーグラウンドです。広いなんて言葉では足りないくらいの広域な公園で、テニスコートや体育館・陸上競技場・野球場、果てはキャンプ施設や森など全長ざっくり2kmに亘って入野のキレイな海と海岸線沿いに広がっています。


 今日の開幕戦から応援用の横断幕が張られるようになりました。Vandits安芸のエンブレムロゴとネームロゴ、そして真ん中に大きく【To the J For the Fun】の文字が書かれたポリエステル製の縦1m×横6mの横断幕です。

 こちらの横断幕、なんと笹見建設様が作成してくださって送っていただいた物です。他にも2×3mのエンブレムロゴとネームロゴが入った掲示用のフラッグ。

 この2枚を現地の協会スタッフの方にお聞きして掲示して良い場所に括りつけます。チームメンバーの皆には内緒にしていたので、着替えが終わりアップの為にグラウンドに出て来た時に凄く驚いて喜んでくれていました。


 そしてだんだんと観客の皆さんも集まり始めた時に驚いたのは、三原さん達が立ち上げた応援団『向月』の皆さんがバスを貸切ってやって来た事でした。話を聞くと向月のメンバーだけでも40名を超えて、一緒に観戦したい人が結果60名近くになったそうで、観光バスの中型を2台貸し切り、全員で費用を折半して来たそうです。

 しかも素晴らしいのは事前に施設を管理されている管理会社に連絡を入れて、サッカーの応援の為に駐車場にバスを2台停めさせて欲しいとお伺いをたててから来られたそうで、先方も当日は他の施設の利用が少ないので構いませんよと好意的に対応していただけたようです。


 これにより自家用車で来られた方も合わせて120名程の大応援団となりました。いつも応援していただける皆さんには頭が上がりません。


 全ての準備が整い、選手達の登場を待ちわびていました。


 ・・・・・・・・・・

<板垣 信也>

 昭和FCさんは4-5-1で固く守りながら前線へ繋ぐサッカーを選びました。こちらの調べた内容では昨シーズンは4-4-2、または3-5-2のシステムが多く、どちらかと言えば最終ラインよりも中盤を厚く守りつつ人数を使ってじわじわと攻めていくシステムが多かったイメージでした。

 しかし、最終ラインを厚くされようとしっかりこちらが中盤でのボール支配率を取れれば、それほど焦る事でもありません。


 相手はディフェンスをしっかり固めているにも関わらず、なかなか自分達にボールが回らない状況に少し苛立ちが見えました。そんな中で相手陣内右サイドでボールを回していた馬場君へ相手MFが激しくチャージに行ってしまいイエローが出されます。

 少しベンチがざわつきますが、馬場君はすぐにベンチに向かって親指を上げます。近くにいた及川君がしきりに馬場君に話しかけ確認を取ってくれています。ベンチから駆けつけた樋口君も膝やすねを見ています。そして及川君と樋口君もこちらを振り返り親指を上げてくれました。コーチ陣共にホッと息を吐きます。


 しかし、先ほどからMF2列目の二人のプレイが少し雑と言うか荒さを感じます。時々アマチュア、いえ、プロでも見かけますが相手を削ったり少し体を強く当てにいって相手をビビらせて空間を支配しようとする選手がいます。


 これによって与えられたFKはゴールからは少し離れていて直接は難しいポジション。ゴールエリアでは壁も作らず両チームがポジション争いをしています。キッカーは八木君。エリア内では中堀君・高瀬君・馬場君・飯島君・伊藤君・大西君が相手8人の選手と揉み合いながら自己主張を繰り返します。

 エリア外では及川君がショートパスとミドルシュートに備えています。これにも相手MFが一人警戒しています。


 さぁ、しっかり制空権をいただきましょう。


<飯島 賢太>

 自分の活躍の場所は意外に早く訪れた。前半15分くらいだろうか、相手のファウルによって与えられたFK。八木君は繋ぐことなくエリア内へのパスを考えている。僕には相手MF1人がガッチリと付いた。身長はこちらの方が高いが、さっきからしきりに体を当ててくる。少し体を離し、主審に相手の接触をアピールする。こうする事で主審・副審に対しては「こいつ見といてくださいね」のアピールになり、当人のMFにはやりすぎるとカード貰うぞの警告にもなる。


 しかし、申し訳ないが体を当ててくると言っても、僕にとってはプレイしづらいとか言う事は全く無い。何か当たってんなぁくらいの意識はあるが、姿勢を崩されるほどでは無かった。


 八木君さんからサインが出る。ここはやはりナカさんへの直接のパス。ナカさんは僕からは少し離れた位置で2人の選手が貼り付いている。エリア右側であまり動かずいる僕と、エリア内を動きながら相手を散らすナカさん。しかし、このセットプレイは当然どこへパスが来るかある程度は約束されている。

 こぼれ球にも対応出来るように集中を切らさない。


 八木君がボールを蹴る!

 速いクロス気味のボールに合わせてナカさんがこちらへ走って来る。ナカさんに貼り付いていた選手は対応が遅れている。

 その時!僕の背中側にいた相手MFがナカさんの対応へ行こうと僕を跳ね除けようとした。僕はバスケのゴール下のディフェンスの様に相手を背中に押し当てたまま、相手の場所を背中で感じつつ両腕を広げて相手がこちらの体をすり抜けようとするのを必死でガードする。相手の体の当たり方は完全にファウルだが、今はそれを言っている時じゃない!ナカさん!いけます!!!


 僕の前に空いたスペースにナカさんが思い切りジャンプし、ヘディングをゴールに押し込んだ。良しっっ!!!

 ナカさんがサポーターに拳を突きあげながら走っていく。

 ホッとした瞬間、伊藤さんと及川さんが僕の肩と頭を叩きまくる!


 「完璧だよ!!よく耐えた!!」

 「痛かったやろ?でも、完璧やったぞ。」


 良かった。小さくガッツポーズが思わず出る。そしてスタート位置に戻ろうとする僕の後ろからナカさんが優しく肩を掴んでくれた。


 「お前じゃ無かったらあのスペースは出来てなかった。耐えてくれてありがとな。」

 「いえ、先制点です。でも、やっぱあのMF、怖いです。気を付けていきましょう。」


 そう注意を促すとおでこをペチンと叩かれた。


 「あの二人は注意だな。了解した。」


 今までは出来なかったプレイ。思わずサイド側の外で観戦していた常藤さんに大きく握り拳を突き上げてしまった。


 ・・・・・・・・・・

<板垣 信也>

 飯島君がしっかりと位置を主張し、相手MFを通さなかった事により生まれた小さなスペースにしっかり入り込めた中堀君。この1週間で付け焼刃のように練習したセットプレイでしたが、完璧に決まりました。

 飯島君が「絶対に相手を通させません」と主張して始まったセットプレイ練習でした。練習でも高瀬君や大西君などエリア内の争いに強いメンバーとマッチアップさせても全く揺るぎませんでした。


 当初は中堀君と共に飯島君も空中に競りに行く予定だったのですが、飯島君の提案によりこの約束事に変わりました。ここまで完璧にきまるとは、それにしても相手のMF、ちょっと荒すぎますね。試合後に相手に注意をした方が良いのかも知れません。


 その後は相手は4バックのみにディフェンスを任せ、先ほどまで最終ラインと共にディフェンスに参加していた2列目のMF二人は積極的にボールを奪う為に前に出ます。その中でも相手のプレッシャーが来る前に早いパス回しでジワジワ詰めていきます。


 そして前半40分過ぎ、タイミングを見計らい八木君が2列目MFの間を突き、中堀君にパスを通します。相手の最終ラインの一人は馬場君に付いていて実質3人。こちらは中堀君を含め、ドリブルで一気に駆け上がる伊藤君と最終ラインぎりぎりで飛び出しを窺っていた飯島君の3人。ここがチャンスです。

 中堀君は最終ラインに飛び込もうとしながらも伊藤君へのパスを匂わせるような動きをしました。相手のCB1枚が釣られます。その瞬間、隣を走る飯島君へのちょこんと渡すような完璧なパス。飯島君がそのままミドルを打った瞬間でした....


 中堀君の体が芝のグラウンドに倒れ込みます。飯島君のミドルがゴールポストに当たりながらもゴール内側へ跳ねて2点目を奪いました。


 しかし、中堀君は足首とふくらはぎを抑えています。その隣では相手選手が座り込んでいました。あの2列目のMFでした。ゴール判定になりましたが、主審が中堀君に駆け寄ります。中堀君が痛そうにしているのを見て、他のメンバーが相手MFに詰め寄ります。


 「完全にパス出した後だった!!!てめぇ、さっきから汚ぇ当たりばっかしやがって!!!」


 今にも掴みかかりそうな馬場君を伊藤君が落ち着かせます。体を羽交い絞めするようにして選手の輪から連れ出てくれました。

 樋口君が中堀君の所へ到着し状態を見ている中で、中堀君からジェスチャーが出ました。両手を上に上げて×のマークを出します。その瞬間に私は後ろを振り返りました。


 「幡、沖、準備!!!!」


 敬称を付けた普段の呼び方ではない私の言葉に2人は飛び上がるように続けていたアップの強度を上げます。2人には「後半いつでも出られるように準備しておいてください」と伝えていたので、既にアップは始めていました。


 さぁ、どうする。中堀の穴を埋められる存在。


 ・・・・・・・・・・

<大西 悟>

 中堀さんから出た×のサインに血の気が引く。まさか。しかし、後ろから見ていても相手の足がアキレス腱部分にスライディングする様な状態だった。完全に狙っていたはずだ。

 相手MFのプレイは副審が見ていた。プレイを止めるホイッスルが吹かれなかったので得点は認められたが、相手MFにはレッドカードが出される。当然だ。


 伊藤さんと中堀さんが他の皆を落ち着かせる。僕も後ろを振り返り、GKの和田に問題ないと言うジェスチャーを送る。

 相手チームのキャプテンが流石に腹が立ったのか、退場になったMFの胸をドンと押して「さっさと出ていけ」と言いたげだ。相手キャプテンは何度も中堀さんに頭を下げながら状態を心配していた。


 しかし、そのまま樋口君と試合運営スタッフの人に支えられながら片足飛びでピッチを出ていく。代わりに沖がピッチ外で待っていた。中堀さんは沖に何か話をして胸をトンと叩き送り出す。あれ?沖が笑ってる。

 沖が僕達の方へ走ってくる。恐らく監督の伝言を伝えるはずだ。皆がスタート位置に戻りながらその言葉を待つ。


 「監督からです。ボールを外に出しても構わないから、冷静になる時間を作りなさい。ボールが出た瞬間全員深呼吸しなさい。です。」


 僕達の状態を読まれている。このままでは報復に出かねないほどイライラはしていた。特に馬場さんや飯島さんは我慢の限界と言った感じだった。まぁ、あのMFと直接当たっていた選手は特に我慢ならないだろう。


 「あと、中堀さんからです。」


 全員が今一度、沖に注目する。


 「この後、キレた奴と報復した奴は1ヶ月俺にアイス奢りな。だそうです。」


 その言葉に全員が笑ってしまった。主審に促され、急いでポジションに戻る。さすが中堀さんだ。皆の性格を理解してる。ここで「落ち着いてプレイしろ。試合に集中しろ」なんて言われると余計にさっきのファウルを考えてしまう。それよりは今みたいに言われる方が落ち着ける。


 僕はポジションに戻り、GKの和田にも中堀さんの言葉を伝える。和田は笑いながら、「中堀さんバリバリ君好きっスよ」と空気の読めない発言をする。しかし、それも僕達最終ラインメンバーを落ち着かせるための冗談だろう。ホントにメンバーに恵まれてる。


 その後、試合は再開されるが何事も無く前半を終える。ベンチに戻ると既に中堀さんはいなかった。板垣さんの話では常藤さんが協会の許可を得て病院へ連れて行ったそうだ。大事に至らない事だけを全員が考えていた。


 「さて、飯島君、馬場君、落ち着きましたか。」


 その言葉に飯島君と馬場さんは何度も頷きながら親指でサインする。


 「良いでしょう。あのようなプレイは決して許してはいけませんが、今は試合中です。中堀君が繋いでくれた2点目を大事にしっかり勝ちを掴みましょう。」

 「「「「応ッッッ!!!」」」」


 こちらの全員の大きな返事に向こうのベンチがこちらを見ています。しかし、板垣さんは構わず続けます。


 「やる事は前半と同じ。相手は一人少ない状態です。中堀君が沖君に変わるだけの話。しかし、そこは全員が修正をかけていきましょう。沖君、気にせず精一杯自分をアピールして来てください。」

 「はい!!」

 「沖、周りは気にする事ない。上げられるボールだけに集中してろ。後は周りが全力でフォローする。」


 馬場さんが沖に言葉をかけ、背中をポンポンと叩きます。


 「沖っち、バックパスは一切いらない。前だけを意識して横パスかドリブルか、点を取りに行く姿勢を見せて。消極的なプレイしたら1プレイごとに試合後にケツビンタ一発ね。」

 「えぇっ!?分かりました!!!」


 八木君の冗談に焦りながら返事する沖を見て、皆が笑う。大丈夫だ。落ち着いてる。


 「さぁ、サポーターの皆さんも不安になってます。突き放して最高のスタートを切った報告に行きましょう!!」


 全員が手を叩きながらピッチへ出ていく。後半はヴァンディッツサポーターの皆さんを背にする形だ。後ろから必死に手を叩き、声を出してくれてる。


 まだ相手チームがグラウンドに出てくる前に僕達は円陣を組み気合を入れる。ポジションに戻ろうとすると、伊藤さんが僕達のポジションを追い越してそのままゴール裏へ行ってしまう。皆が何があったと伊藤さんを見る。サポーター達も応援を止めた。

 伊藤さんが大きな声でサポーターに声をかける。


 「中堀さんは病院行ったから。詳細はちゃんと配信かHPで知らせると思うから。皆も心配だろうけど、俺達は大丈夫だから。後半もしっかり背中押して欲しい!!!皆で勝ち点取りに行こう!!!」


 その言葉にサポーターから爆発したかのような歓声が上がる。伊藤さんはサポーターに感謝の手拍子をしながらこっちへ戻って来る。僕とすれ違いざまに


 「これがサポーターの鼓舞の仕方だ。覚えとけ、次期キャプテン。」


 そう言ってポジションへ戻っていった。さすがだ。僕は思いっきり自分の頬を叩き、気合を入れ直した。

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