第93話 遠征と連戦と

2019年4月8日(月) Vandits garage <冴木 和馬>

 今日はVandits安芸のメンバー全員が午後、事務所へと集められた。この後練習があるので通常業務は午前中のみとして、午後のミーティングが終了後練習すると言うスケジュールだ。


 サッカー部は全員が集まるとサポートも合わせると33名もの大所帯になった。全員すでに練習に着ていくジャージ姿で集まっている。ミーティングは事前に決まっていた事だが、普段ならVandits field戦場の選手控室で行われる。しかし、今回は運営部も参加の為、事務所での開催となった。

 御岳さんや原田も参加し、遠巻きに手が空いている事務所メンバーが見学している。

 板垣がメンバーに声をかける。


 「皆さん、通常業務お疲れ様です。事務所の皆さんにはお忙しい中、場所をお借りしありがとうございます。今回、事務所でミーティングを行うのは4月にある練習試合遠征のメンバーを発表する為です。」


 Vandits安芸は今月末の28日(日)~5月6日(月・祝)までのGWを9日間7試合と言う厳しい過密スケジュールで遠征とホーム練習試合の二部構成で行う。

 まずは4月28日~5月1日までの3泊4日東京遠征。最終日も含めて4日間で毎日練習試合を行う。その後、5月4日(土)~6日(月)までの三日間で5日(日)の1部リーグ第2節も含む3連戦を行う。


 このスケジュールが発表された時、メンバーはもちろんの事だが運営メンバーや事務所スタッフでも心配の声が上がった。かなりのハードスケジュール。体がもつのかが心配だった。


 「スケジュールのみ発表しておりましたので、詳細を今から発表しておきます。」


 板垣が間を置く。少し言葉を迷っている。しかし、意を決したように発表を続ける。


 「まず東京遠征の4試合に関しては、現状でコーチ陣の中ではレギュラーが確定していないメンバーを選考し遠征を行います。」


 その言葉にメンバー達の雰囲気が変わる。板垣はこれまで「誰々はレギュラーだ」などの明言は避けてきた。しかし、今シーズンになってしっかりとレギュラー候補と控えの意識を持たせると俺達に報告してきた。それは御岳さんとも相談した結果らしく、全員のプロ意識と競争意識を更に一段階育てたいと思っての事らしい。やはり岡田と伊藤が加入した事が大きい要因だろう。


 「レギュラーとして考えているメンバーはこの東京遠征には帯同しません。しかし、GW後半の三日間の連戦に関してはレギュラー候補も全試合出場する意識でいてください。」


 事務所メンバーも何かいつもと雰囲気が違うと少し手を止め集まり始める。


 「東京遠征については私と原田コーチが帯同します。御岳コーチはレギュラー候補の練習管理とジュニアユースメンバー・女子チームの練習を見てもらいます。さて、それでは東京遠征メンバーを発表します。原田コーチお願いします。」


 一気に緊張感を帯びる。ここで名前が出たメンバーは現状ではレギュラーとして確定していないと言う事だ。原田がバインダーを見ながらメンバーを発表する。


 「まずはGK、古谷、金子。」


 古谷と金子が返事をする。しかし、拍手は起こらない。これは決して嬉しい発表では無いからだ。


 「次にDF、CB市川、寺田、中村。SB青木、岸本、成田。岡田は高知で引き続きリハビリに励んでくれ。」


 大西と和瀧以外は全員が帯同する。青木の名が挙がった事に驚きを感じた。確かに最近の試合ではSBは岸本の起用もあった。青木には重要な遠征となりそうだ。


 「MF、DHは大野、河合。大野に関してはDH・SH両方での起用を考えている。なのでこの遠征では両ポジションでの適性を更に見ていく形になる。状況によっては一番出場機会が多いかも知れない。体調管理をしっかり行っておいてくれ。」

 「はい。」

 「SH、馬場、アラン、松尾、大原。馬場は左右両方での起用を考えてる。」

 「はい。」


 これは事前に板垣と御岳さんから説明を受けていた。大野・馬場に関してはレギュラー候補なのだが、連れていくMFメンバーのほとんどが新加入組になってしまう為、試合にならないような状態を避ける事が目的だ。しかし、二人にとってはまたとないアピールの場となる。

 ここではDHの司と古川、SHの高瀬がレギュラー候補となった。


 「そしてOH、五月、八木。」


 ここで事務所メンバーからざわつきが起こる。まさかの八木が呼ばれた。確かにOHは現状で伊藤も含めた3人しかいない。4試合の日程を考えれば二人、もしくは全員連れていく必要があるだろう。しかし、それだとしてもレギュラー候補は誰もが八木だと思っていた。しかし、選ばれたのは伊藤だった。

 原田がチラリと八木を見る。


 「八木、返事は?」

 「..あっ、はい!!」


 明らかに八木に動揺が見える。あいつの性格を考えれば決して自分で確定などとは思っていなかっただろうが、やはりショックは受けているようだ。


 「最後にFW、飯島、鈴木、古賀、沖。以上のメンバーが東京遠征メンバーとなる。全員が体調管理をしっかり行って欲しい。」


 全員が揃って返事をする。FWのレギュラー候補は中堀と幡。まぁ、ここは順当な二人が選ばれた。

 板垣が引き継いで言葉を続ける。


 「それぞれ思う事はあるでしょうが、しっかりと準備をしておいてください。そしてその前の4月14日にリーグ開幕戦がある事を忘れないように。ここで動揺して試合を落とすような事があれば、メンバーの変更も検討します。」


 そりゃそうだ。何が優先なのか間違ってはいけない。第一優先はリーグ戦突破。それより大事な目標は無い。


 「東京遠征は東京にあるファミリアのビジネスホテルをお借りして宿泊します。三日間全員が二つのフロアを貸切る形になりますので、遠征期間はホテルスタッフの皆さんへの感謝を忘れず問題行動等起こさないようにしてください。」


 少しメンバー達が盛り上がる。もしかしたらどこかの旅館の大広間でも借りて、全員鮨詰め状態で寝るとでも思っていたのか。そんな事してたらホントに体を壊してしまう。

 ここで板垣が俺に目配せをする。俺の出番のようだ。


 「東京で宿泊するホテルはファミリアが管理する浅草にあるビジネスホテルになってる。部屋は申し訳ないが2人部屋だ。勘弁して欲しい。ファミリア所有と言ってもタダで泊まれる訳じゃない。今回の遠征には相当な金額がかかってる。そして当然、その間のデポルト・ファミリアの通常業務は人数が少なくなっている。いつもは皆に優先する事を間違えるなと口を酸っぱくして言ってるが、今回の遠征では様々な所で他の皆に助けて貰いながら実施する。」


 皆が緊張しながらも頷いている。このホテルはファミリア管理だが、所有しているのは俺だ。そう、いずれデポルト所有となる予定のホテルだ。


 「さっき、板垣が最後に小学生に言い聞かせるような事を言っていたが、まさかとは思うが東京でテンション上がって羽目を外して問題行動起こすなんて奴がいたら、帰って来る頃には会社の席もヴァンディッツの席も無くなっていると思え。それくらいの責任感を持って行動してくれ。」


 先ほどテンションが上がっていたメンバーが焦ったように元気よく返事をする。それを見て外野から笑い声が起こる。


 「レギュラー・控えと急に声高に言えば、当然波風は立つ。初期からの発足メンバーは頭の中ではこれから自分達もプロの世界で競争していくと分かっていても、それをいざ経験して現場に身を置かれなければ実感は出来ない。その実感する時が来ただけの話だ。全員が同じ目標を掲げながらも高め合いながらも争う存在だ。八木がこの一ヶ月で意識を変えているように、皆にもプロとしての意識を今一度実感し身に付けて欲しい。」


 ここで八木の名前を出す事で「八木はプロとして今の立場で藻掻いている」と意識させ、八木が不満を表に出さないように予防線を張る。後でフォローしとかないとな。

 その後、御岳さんと原田からも一言がありミーティングは解散となった。俺は目立たないように八木を俺のデスク近くに呼んだ。俺のデスクと言っても個人用では無く、『今日俺が使っているデスク』だ。


 「はい。何ですか?」

 「いや、名前を挙げてすまんな。」

 「あっ、いや、大丈夫っス。気ぃ遣わせちゃって申し訳ないです。」


 俺がポカンとした表情をしていると八木が「何スか?」と眉をしかめる。


 「八木もやっぱデポルト来てからの数年で成長してるんだなって。いやいやっ!当たり前なんだけどな。何か嬉しくなってな。」

 「何か馬鹿にされてる気分なんスけど?」

 「あれだけ直情型、前しか見えませんって感じだった坊やが、相手に気を遣わせてるって気付けるようになってたらそりゃ驚くって。それはお前のサッカーにもきっと役に立ってる。サッカー知らない俺だけど、八木。今年はお前個人の勝負の年になるぞ。」


 八木は自覚があったのか、目に力が籠りしっかりと頷く。


 「まぁ、俺や常藤さんからすればまだまだ言いたい事はあるんだが、何もかもはいきなり詰め込めないからな。今は自分なりで藻掻いてみろ。」

 「ありがとうございます!頑張るっス。」

 「社会人として、経営者として、お前にアドバイスだ。常に想像し続けろ。試合や練習の時だけじゃない。普段の生活の中で、歩き方、走り方、人との話し方、全てに注意を払って、今こうなればどう状況が変わるかを想像し続けろ。一年続けてみろ。きっと自分の頭の中の変化に気付ける時が来る。」

 「想像っスか。」


 見た感じあまりイメージは湧いていないようだ。


 「まぁ、簡単に言えば365日24時間、頭の中をサッカー漬けにしろって事だ。げんなりすんなよ。それくらいやんないと、トッププロや海外選手に追いつけないんじゃないか?」

 「....ちょっとやってみるっス。」


 そう言って頭を下げて席を離れた。まぁ、経営とサッカーでは違うかも知れないが、俺は自分の頭の仕事モードのスイッチを切り替える事を一度止めた時に周りの変化に気付けた事があった。サッカーでももしかしたらって思っただけだ。


 ・・・・・・・・・・

2019年4月10日(水) Vandits garage <常藤 正昭>

 field本陣のチェックもあり、帰社時間が遅くなりました。時間はすでに21時を回っていました。私以外は皆さん帰られているようです。デスクで報告書のチェックだけしておこうと作業をしていると、事務所裏の社員用入り口が開く音がしました。


 こんな時間に私以外に誰だろうとその方向を見ていると、営業部の飯島君でした。


 「おや、飯島君。遅くまでお疲れ様です。」

 「あっ!常藤さん。お疲れ様です。すみません。遅くなりました。」


 なぜか謝ります。少し笑みが零れてしまいました。


 「謝る事ではありませんよ。それとも何かトラブルだったんですか?」

 「いえいえっ!芸陽印刷さんから出来上がった選手名鑑を受け取りにお伺いしてて、そのまま帰ろうかとも思ったんですけど、万が一があるといけないと思って事務所裏の倉庫に保管しに戻りました。」


 芸陽印刷さんはうちのグッズやポスター・のぼり旗など印刷物を一手に引き受けてくれている譜代衆企業さんです。そう言えば4月から飯島君を担当にすると秋山くんから報告がありましたね。


 「どうですか。自分の担当企業を持てた感想は。」

 「あっ、いえ。まだ任されたばかりですし、気が利かない事が多いと反省してます。一人で打ち合わせや確認をさせていただくようになって、秋山部長がどれだけ気を張って視野を広げて担当されていたか思い知らされます。任せていただけた期待に応えられるように頑張りたいです。」


 担当になってたった一週間の間にも彼には落ち込むような事が起こったのでしょう。芸陽印刷の井上社長は非常にうちの社員を大事に育ててくれていると聞いています。社にもクレームが来ていないと言う事は社長にも我慢をしていただいているんでしょう。本当に有難い事です。


 「それに気付けて努力出来ている時点であなたはまだ成長できます。」


 しかし、飯島君の表情は晴れません。何か言いたげにこちらを見て、諦めての作業を何度か繰り返します。


 「何か気になる事がありますか?」


 私の言葉に肩をビクリと振るわせます。


 「私で聞ける話ならば。話してみませんか?」

 「サッカーの事なんですが....」

 「お聞きしましょう。さぁ、座って。珈琲を淹れますね。」


 飯島君は「僕が!」と言いかけて止めます。そう。餅は餅屋。紅茶党の私ですが、珈琲の腕前は和馬さんを始め、結構評判なんですよ?

 私の隣のデスクに腰掛けた飯島君に珈琲を手渡します。


 「私もサッカーに詳しい訳ではありませんが、時にはそう言った人間に話す方が気持ちが落ち着く事もあるかも知れません。」


 あの時、サッカーの話と私に断りを入れた時点で話したい気持ちはあるのです。「この人に話しても仕方ない」と思っていれば、「大丈夫です」と返って来たはずです。

 珈琲を一口すすり、少し笑顔が浮かびます。良かった。気に入っていただけたようです。そこから飯島君はポツリぽつりと話し始めました。


 「今のヴァンディッツのFW陣で自分が存在感を示せるのか、ずっと不安で。」

 「そうなんですか?どう言った事で?」

 「中堀さんと幡さんが今、レギュラーを張る事が多いです。そこに古賀が猛アピールで存在感を示してきました。僕はチーム加入当初は何度か出場機会をいただけましたが、今はほとんど出られていません。」

 「確かこの間のFC宿毛さんの練習試合にはスタメンだったと記憶してますが。」

 「はい。でも、チームを勝たせる事が出来なかった上に唯一の得点は古賀の得点でした。」

 「なるほど。」


 二年で戦力拡大を一気に行った事でこう言った事は確実に起こると板垣監督も予想はされていました。あの時に板垣監督からこの話を聞いておいて良かった。


 「出場機会が少なくなった。やっと巡ってきた出場機会でも結果を残せなかった。自分がこのチームに必要なのかと不安になった。と言った所ですか?」

 「....はい。しかも今回のセレクションで高卒ですが沖が加入しました。中堀さんや高瀬さんより身長があるプレイヤーです。将来性も高い。さらにレギュラーどころか控え争いですら危なくなってきました。」


 精神的に負の連鎖に陥ってますね。


 「なるほど。........では、飯島君。ヴァンディッツ、辞めますか?」


 私の言葉に飯島君は絶望の表情でこちらを見ていました。

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