第92話 初めての成果

2019年4月3日(水) Vandits garage <有澤 由紀>

 今日は先日のVandits安芸のフレンドリーマッチが行われた際の実況生配信の反省会とチャンネルの反応を報告する広報部会議になっています。会議には広報部のメンバーは全員が参加しています。全員と言っても私、杉山さん、千佳ちゃん、北川君、森君、そしてこの4月から広報部に配属された水守莉子ちゃん。そうです。アラン君の妹さんです。

 この6人が広報部のメンバーで、必要によって他部署から応援が入る形です。そうは言っても広報部は配信関係に至っては杉山さん、北川君、森君の3人でほとんど知識も手も足りてしまうので、もし助っ人が入るとすれば配信やgarageでの動画収録をする際に機器を設置する際に施設管理部の五月君がお手伝いに来てくれるくらいです。五月君は自身が以前配信をしていた事もあり、PC関係の知識が豊富で森君や北川君が指示した時に他の社員さんとの会話でありがちな「それ何ですか?」の1リレーが省略できるのです。それだけでも大きなストレス軽減です。


 最近、会議の進行は北川君が勤める事が多いです。私が入社する以前の3人態勢だった頃は杉山さんがやっていたそうですが、杉山さんが北川君を管理職として育てたいと和馬さんに提案し、今年から北川君が会議などの進行や配信時などの指示役をする事になりました。

 少し緊張した面持ちで北川君が会議を始めます。


 「皆さん、お疲れ様です。以前に軽く挨拶は済ませてますが、会議への参加は初めてになりますので、水守さんから皆さんへ挨拶お願いします。」

 「はい!水守莉子です。兄のアランがVandits安芸でお世話になっています。あの、配信や機械関係の知識は全くないですが、これから勉強して戦力になれるように頑張ります。」


 同じく緊張した莉子ちゃんの自己紹介に皆笑顔です。杉山さんが言葉を返します。


 「水守くんに求められるモノは僕らとはまた違った、広報部としての武器だから、無理せずゆっくりやっていきましょう。」

 「はい!よろしくお願いします。」


 頭を下げる莉子ちゃんに全員から拍手。確かに莉子ちゃんは広報部には必須の海外のお客様対応する際の通訳と言う大きな役割があります。それに関しては広報部内では莉子ちゃんが最も語学堪能です。

 さて、会議が再開されます。


 「まずは3月31日のウェーブオーシャンとのフレンドリーマッチでの実況配信の報告をします。森君、お願いします。」

 「はい、まず今日の朝の時点でのヴァンディッツチャンネルの登録者数は21万541人です。先月から1229人の増加になります。」


 全員が手元にあるタブレットを見つめています。広報部では他の部署より先駆けてペーパーレス化を始めており、全員にタブレットを貸与して会議に使う資料などはタブレット内のデータで共有し、メモなどはタブレット上に個人で行い必要があれば印刷すると言った感じです。

 これは広報部の人員が他部署よりも圧倒的に少ないからこそ出来る事です。一番人数の多い農園部や施設管理部がこれをしようと思えば、タブレットを用意する経費だけで相当の金額になります。


 「31日の配信の再生回数は本日の朝の時点でライブ版がおおよそ18万5000再生。4月1日の昼に上げたダイジェスト版が7万8900再生です。やはりライブ版は試合が終わり三日経った現在でも伸びています。これはダイジェスト版では宗石さんの解説やコメントが多少なりと編集されているので、ファンの方がライブ版を優先してご覧になってると言うのが理由だと考えます。」

 「やっぱり宗石ブランドはすごいね。この先、宗石さんの芸能活動が活発になってチャンネルへの出演が少なくなった時が怖いね。」

 「はい。当然そう言った事も考えて、今後もコンテンツを企画していかないととは思っています。」


 そこからはいくつか杉山さんや私から企画の種的なアイデアを出して皆さんの反応を見ていきます。北川君は企画の長所や今後への広がりを見つけるのが上手くて、森君は気を付けるべきコンプライアンス面などを教えてくれます。本当にバランスの取れた二人で、私はちょいちょい仕事中にも二人に意見を求める事が多いです。


 「山下さん。次は実況配信のネットでの反応の報告をお願いします。」

 「概ね好評だったと言えます。やはり宗石さんを起用した事が高く評価されています。あとは女性二人でのサッカー配信と言う目新しさもありますし、はっきり申し上げてお二人ともその辺の『なんちゃってサッカー好きアイドル』とは違いますから。有澤さんは戦術面などの知識が豊富で、宗石さんはVandits安芸に特化している知識が評価されてます。」

 「課題としては?」

 「一定数ですがアンチと言われる方はいます。ただチャット欄に運営が固定コメントとして載せてある『誹謗中傷に発展するような内容の行き過ぎたコメントに関しては、情報の開示請求を行い法的措置も取る』と言う事は明記してます。なので、アンチコメントとは言え書かれている内容は小学生の悪口レベルのモノしか見当たりません。」

 「これに関してはどう思いますか?杉山さん。」

 「恐らく大評定祭の動画の時でもそうだけど、動画の不正コピーに対する法的措置だったり運営側の毅然とした態度もあって、この手の事に関してはVandits安芸は非常に敏感で強硬な態度に出ると言うイメージは既に付いていると思う。」

 「そうですね。」

 「本当はあまりそう言ったイメージを持たれる事は良い事とは言えないんだけど、うちに関してはそう言った態度を取る事で選手はもちろん、Vandits安芸に関わる全ての人を法的に会社が守りますと断言している姿勢は見せられるよね。」


 確かにそうです。そうして自分達に関わってくれている外部の人間。それは宗石さん達もそうです。家族とは言いつつも所属している会社は違いますので。しかし、自分達がお互いに社会活動をしている中で今、密接に関係しながら日々を過ごしています。そう言った方々をVandits安芸が、デポルト・ファミリアがしっかり守りますと言う姿勢を示していればうちとのお仕事を好意的に捉えてくれる方が現れるかもしれません。


 「ただ、やはり今回の宗石さん起用はカンフル剤でしかありません。毎試合宗石さんをゲストに迎えていたら、当然目新しさもレア感も無くなります。なので、宗石さんに関してはレギュラーシーズン中は1~3試合の解説に留めて、その他は有澤さんと誰か別の方で配信していくのがベストだと思います。」


 別の人....なかなか難しそう。誰もがサッカーの知識がある訳では無いし、サッカー解説者をホイホイ呼べるほどうちにはサッカー関係の人脈もありません。当然、今後は私一人で配信する事も増えるだろうと思いました。

 そんな私の不安さが表情に出ていたのか、森君が苦笑いしながらフォローしてくれます。


 「幸か不幸か県リーグに関しては生配信は出来ませんから、基本がダイジェストの録画配信になります。練習試合もホームゲーム以外はダイジェストでOKだと思います。今後のチャンネルの盛り上がり方を見て、来シーズンからはアウェイの練習試合でも相手チームに許可を取って配信させてもらうようにするか和馬さんに提案しても良いでしょうし。」

 「そうだね。それにこの少ない人数で他の広報部としての仕事もしながら、年間20以上の配信なんて日程的にも厳しすぎるよ。基本は練習試合も含めて試合には広報部から2~3名がシフト組んで帯同して動画撮影やメディア対応、写真の確保などをする。そのつもりでいてください。広報部としての活動が本格化しての初年度だから。手探りな事が多いけど、皆で提案し合いながら詰めていこう。」

 「「「「はい。」」」」


 ・・・・・・・・・・

2019年4月5日(金) Vandits garage <冴木 和馬>

 「和馬さん、宜しいですか。」


 デスクで仕事をしていると常藤さんと山下、そして秋山が並んでいた。


 「はい。....珍しい顔ぶれですね。部署も違う三人がどうしました。それぞれ別件ですか?」

 「いえ、昨年度のグッズ売上と三月最後の練習試合の入場料収支が出揃いましたので報告です。」

 「なるほど。それは出来れば皆で共有しましょう。....おぉ~い!集まれる奴は全員コミュニティに集まってくれぇ!」


 デスクで作業している皆に声をかける。山下は広報部と設計部に声をかける為に走っていった。こう言った気遣いを言われずに出来る山下は本当にサポート能力に長けている。


 コミュニティスペースのソファや椅子にそれぞれ好きに腰掛ける。水守が入り口に走っていき、自動ドアの電源を切り施錠する。そしてロールカーテンを下ろし外からの視線を遮断した。外からの視線とは言えど、お客様をお迎えする入り口は県道沿いからは広い駐車場を挟んでいるので、うちに用事が無ければ外から通りすがりに中を覗き見るなんて事は出来ない。そしてPCの管理ツールで自動ドア前に置かれたデジタルサイネージの表示を【只今施錠中 御用の方はインターフォンを押してください】に切り替える。


 うちでは全体会議や外部に内容が漏れては困る会議や商談の時にはこうした対策を取っている。まだ入社して1週間経っていないが水守の指導は山下だったな。もうちゃんと指導が実っているようで安心した。

 コミュニティスペースには20名程が集まった。だいたい半分か。仕方ないな。施設管理部のほとんどが本陣の手伝いと野市市のいちしと芸西村の民宿でスタッフ研修をしている。そしてリサーチ部は入手以外は全員外回り中だ。

 落ち着いた所で声をかける。


 「常藤運営統括部長と広報部・営業部合同で昨年2018年度のグッズ販売額と3月末のホーム練習試合での収支の報告がある。」


 集まっている皆から少しウキウキとした雰囲気を感じる。まぁ、こう言った報告は楽しみだよな。常藤さんが報告を始める。


 「えぇ、皆さんお疲れ様です。2018年度のVandits安芸のオフィシャルグッズの収益が出ましたのでご報告いたします。細かい数字などは後ほど共有ファイルで流しますので個人個人デスクで確認してください。2018年10月末の予約販売開始から2019年三月末の練習試合での萬屋での販売額も含めた金額になります。」


 少し皆の顔に緊張感がある。売れてなかったらどうしようとか思ってるのかな。あの年末の発送作業を思い出せ。あれで数字悪かったら売り方が悪いんだ。


 「グッズの総売り上げ金額は732万円。うち経費が278万円。利益が454万円になります。」

 「「「「おぉ~~........」」」」


 皆この金額が多いのか少ないのか判断しかねると言った所なんだろう。拍手もまばらだった。俺が部署の判断を求める。


 「この金額の統括部長と広報部としての判断を聞かせてくれ。」

 「はい。私としましては素晴らしい成果だと判断します。販売のメインはほとんどネットストアで広報活動は公式HP上での広告とリーグ戦第7節から最終節の試合後のお見送りタイムがメインでした。それでこの金額は素晴らしいと判断します。」

 「広報部としても動画内での販促は2019年3月に入ってからしか行えませんでした。ですので、そこからネット注文された方の売上はネット決算の都合上、全て2019年度期の売上になっています。5ヶ月と言う短い期間で販促も限られていたと言う状況も合わせると充分な売り上げと判断します。広報部としては販促の手段をもう少し充実できなかったかと言う課題が残ったのは残念でなりませんけど。」


 その報告を聞いて皆はホッとしながら、改めて拍手をしてくれた。俺が頷くと常藤さんが続けての報告に移る。


 「続いては初めて観戦料をいただいた三月末のホーム戦の売上を発表します。と言いましても、来場者数は1251名と発表されておりましたので子供料金も合わせて114万4500円となりました。」


 拍手が起こる。常藤さんが言葉を続ける。


 「しかし、今回の練習試合では大評定祭の時と同じように警備員を8名動員し、車で来場された方の対応をスタッフと共にお願いしました。なので、電気代などは予想ですが、それを合算し差し引きますとだいたい89万円ほどの利益となります。」


 この発表には皆少し微妙な表情だったが、秋山が常藤さんに目配せをして報告を引き取る。


 「この数字は少なく感じるでしょうが、他のチームさんならここにスタジアムのレンタル料やテントや椅子のレンタル費、アルバイト運営スタッフを雇っていればその日当などさらに経費は膨らみます。私達は自持ちのスタジアムでスタッフは全員社員で行いましたから、他のチームに比べて大きく経費を削減出来ています。しかも一番大きな経費であるスタジアム利用料が無料です。それは大きなアドバンテージです。ですので、他のチームが同じ条件ならばもっと利益は低かったと言う事です。」


 それを聞いて、「そう言えばそうか」と言った表情をしているのはほとんどがサッカー部のメンバーだ。普段からそう言った意識で観戦料などを考えた事が少なかっただろうから、これからはそう言った知識・意識を持ってくれればいい。


 常藤さんが報告を続ける。


 「今期に関してはホームでの練習試合は9試合。そして3月31日からは2月のセレクションで新たに加入してくれたメンバーのユニフォームなども販売が開始されました。当然ですが、活躍如何によってはその選手の売上がドカンと伸びる事が予想されます。それは前年度の八木君や及川君のグッズ売上を見ても分かりますね?」


 そう言って常藤さんが司を見ると、司は頷きながら話す。


 「有難い事にグッズの売上で3月の給料でロイヤリティとして2万円近い収入がありました。少ないと笑われるかも知れませんが、自分が初めてサッカーでいただいたお金だと思うと非常に嬉しかったです。」


 さすがにこう言った席では司もしっかり話せるんだな。いつも俺と話す時はお互いに砕けた口調が多いからこう言った場面は少ない。

 司の言葉にサッカー部からはやる気に満ちた表情と羨ましそうな表情が入り混じった顔が見えた。


 あまり長くなってもいけないから俺が締める。


 「細かいグッズ別の売上だったりを知りたかったら、手が空いている時に共有ファイルで各自チェックしてくれ。これは俺達デポルト・ファミリアが目標としていたサッカー事業で手にした初めての利益だ。これを今年から大きく大きく成長させていこう。皆も協力お願いします。」


 拍手が起こり、その後皆がやる気に満ちた顔で席へと戻っていった。

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