第91話 開幕へ向けて
2019年3月31日(日) Vandits field
有澤「1対0、ヴァンディッツリードのまま前半を終了。ここでハーフタイムショーの和太鼓集団【
詩織「やはり相手の両ウイングが非常に怖かった印象ですね。後半もあの運動量を維持されるとすると馬場選手や岸本選手のスタミナが非常に心配です。得点シーンに関してはやはりあの直前の八木選手と伊藤選手・中堀選手がフィールド上で話をしていたのがこのシステム変更のきっかけだったんでしょうね。」
有「こう見ると伊藤選手は加入して間もないにも関わらず、チームにしっかりフィットしていると見て良いでしょうか?」
詩「まだ前半しか見ていませんのではっきりとは言えませんが、相性が悪いようには感じませんでした。その部分はサポーターの皆さんも年間を通して判断していただきたいですね。」
有『ここで本日の観客数を発表いたします。本日の観客数、1251名。1251名の方にお越しいただきました。誠にありがとうございます。』
両チームの応援団から歓声が上がる。チャット欄も《県1部同士の練習試合で1000名越え!?ヤバくない?》と盛り上がっている。
有『さて、準備が整ったようです。高知県内で和太鼓の演奏で活躍されている和太鼓集団【
和太鼓の演奏が始まり、マイクがオフになる。少し離れて座っていた杉山から声が掛かる。
「おっけぃ。マイクは切ってるから少し休憩して。7分後にまた再開します。」
「詩織さん完璧!!チャット欄も驚いてましたよ!」
「緊張しました。でも、チャット欄見ながら話してるとだんだん落ち着いてきて何とか前半乗り切れました。」
「二人とも反応は上々だったから、後半もこの調子でいこう。もう少しコメントを拾える余裕も欲しいかな。」
「「分かりました。」」
短い休息の間に二人は上がり過ぎた体温を下げるように水を飲んだ。
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<御岳 栄次郎>
後半でウェーブオーシャンは右ウイングだった川村をDFラインまで下げた。やはり前半最後のDFラインの脆さを危惧してのポジションチェンジか。フォーメーションは4-4-2へと変わり中盤はスクウェアポジションになった。最終ラインの厚みを持たせつつ攻撃の人数を割きたかったのだろうが、これでは最終ラインまでの両サイドがガラ空きだ。それにサイドを気にすれば今度は中央がすっぽりスペースが出来てしまう。
しかし、事前の調査で分かっているが今のウェーブオーシャンの戦力ではこのサイドと中央をカバー出来るだけの駒が足りない。川村やCBを努めている生野など、良い戦力はいるのだが圧倒的に中盤のバリエーションが少ない。その一番の戦力だった大野がヴァンディッツに移籍してしまった事も関りが無い訳ではないだろう。
大野が移籍してくる以前は大野と中盤を任されていたもう一人のMFがいた。司令塔を状況によって二人で入れ替わりつつ大野がサイドやDHなど便利屋なポジションでチームを助けていた。しかし、大野が抜けた後に今シーズンの前にそのもう一人のMFが東北リーグのチームに移籍した。それによってこの2年でFWとDFは大きく戦力が補われたが、MFに関しては抜けた穴を埋められるほどでは無かったのだろう。
「こうなっては余程こちらが致命的なミスをせん限り大丈夫じゃな。これで負けるようでは1部では1勝も出来ん。」
「恐らく相手は前半でリードを奪い後半は一気に守備を固めて逃げ切り勝ちを狙っていたのでしょう。しかし、思わぬ失点をしてしまい、それを取り返す為に両ウイングに必要以上の体力を消耗させてしまった。前半のシステムは45分持たないと判断し、現状で勝負出来るフォーメーションがこれなんでしょう。」
板垣が冷静に分析する。この男も学生時代からそうだが非常にクレバーに状況を分析出来る。CBとしても優れており2年の時には上級生を説得し、板垣をキャプテンに指名した。必死に務め上げ、3年4年次と2年連続で九州リーグを優勝した。
まさか20代後半の若さで指導者になりたいと母校の大学に戻って来るとは思わなかったが。今思えば英断だったのかも知れない。
さて、後半どのように打ち破るか楽しみだのぉ。
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有「後半に入りウェーブオーシャン大きくシステムチェンジしてきました。しっかり守備を固めてこれ以上の失点を抑えつつカウンターを狙っていこうと言う意図を感じます。」
詩「やはり前半フル稼働だった川村選手をDFラインまで下げましたね。カウンターで一気に攻め込む時だけサイドを駆け上がって攻撃の手を増やすと言う感じですかねぇ。」
「ヴァンディッツは後半からSB岸本選手を青木選手へと交代。上本トリオが揃います。そして驚いたのはDHの及川選手を下げ、新戦力の河合選手がボランチを一人で勤めます。そしてFW中堀選手も交代し、幡選手・古賀選手のダブルスピードスターを2トップに据え、伊藤選手と共に更にスピードで掻き乱そうと言う狙いでしょうか。」
「岸本選手は前半ずっと川村選手のオーバーラップに対応し続けていましたから、ここで交代と言うことでしょうね。でも、非常に粘り強い守備で試合開始直後こそピンチを生みましたけど、その後は安定した守備でしたね。」
「ワンボランチで及川選手を下げたのは来週から県1部リーグが開幕しますから、そこへ向けて疲労が残らないようにと言う事もあるんでしょう。しかし、河合選手は非常にプレッシャーな時間になりますね。」
宗石がすぐに手元の資料に目を落とす。その間も有澤は実況で間を繋ぐ。
詩「ヴァンディッツサポーターの方はすでに確認済みかも知れませんが、ボランチを努める河合誠選手は愛知のTK大を今年度卒業されたばかりの22歳です。TK大は今季東海リーグ1部を2位で終えていて、彼はそのチームのレギュラーでした。河合選手への取材で県2部でのヴァンディッツの試合を見てこんなチームで一緒に戦ってみたいとセレクションに応募してくれたそうです。」
有「2部での頑張りがしっかり伝わっている事は嬉しいですね。さて、試合はヴァンディッツボール!しかし八木選手、攻め急がない。相手がしっかりDFラインを揃えていますが、既に4人の選手が相手陣内で縦横無尽に入り乱れます。これをフォローしながら八木選手のラストパスもしくはシュートを警戒するのはディフェンスの人数がいたとしても非常にストレスがかかります。」
「それにゴールエリアだけ気を付けていてもサイドからはミドル大好き兄さんの一角の大野選手がいますから。綻びは作れないと言うプレッシャーもありますね。」
この緊迫した場面で飛び出した【ミドル大好き兄さん】と言うパワーワードにチャット欄は大盛り上がり。《何その呼び名!?》《たしかにミドル率高ぇわ!》《それなら及川さんも入れてやってくれ!》など様々なコメントが飛び交う。
有「八木、右へ切り込む!瞬間に入れ替わるように幡がDFを連れてエリア左に展開!!ボールはどこだ!?っと、まさかのバックパス!きたぁぁぁ!大野のミドルがDFとゴールキーパーの間を抜けてそのままゴーーーール!!」
有『ゴォォォォォーーーーーーーーールゥゥゥゥ!!!!!』
《おいおいぃぃ!早くもミドル大好き兄さんが活躍じゃねぇか!!》
《姫の予言的中!!》
《幡・古賀・馬場・河合・大野・伊藤で相手の6人のディフェンスを完全に左右に散らばらせたな。そこへ前半でも良い場面作ってた八木のドリブル突破を試みたと見せかけて中央にポジション変えてた大野にバックパス。》
《入り乱れすぎてアーカイブ見ないと全体の動き把握出来ない。》
《これ、見た感じ完全に約束事のセットプレイだな。ボール止めてない状態で、しかも新戦力いるのにこれを即座に出来るってマジで県1部のプレイじゃねぇよ。》
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<板垣 信也>
その後はこちらの予想通り、ウェーブオーシャンは中盤からの攻め手を欠き、なかなかこちらのゴールエリア内でまでボールを押し進める事が出来ず、終始守りに徹する事になりました。
中盤でのボール支配率はこちらが圧倒している分、ウェーブオーシャンとしては最終ラインからのロングボールでカウンターを狙う事が多くなってしまいます。それも向こうの少ない人数ではこちらの最終ラインを割る事は出来ず、だんだんと押される展開が多くなりました。
試合終了のホイッスルが鳴ります。結果は4対0。相手が自ら点を取りづらいシステムになってくれたおかげでこちらが有利な展開となりましたが、私の采配ミスとしては中堀君を前半で変えるべきではありませんでした。
高瀬君・中堀君がいない前線では当然ですが速さを主体とした平面の攻略が多くなり、人数が多い相手のDFラインには相当相性が悪かったと言えます。後半2トップの一人を中堀君のままにして、サイドのどちらかを高瀬君に変えてもう少し速さの中にも高さとフィジカルを活かして点差を付けられてから今のフォーメーションを試すべきでした。
結果的に勝ったとはいえ、相手に勝たせてもらったような形です。コーチ陣としては素直に喜べない結果となりました。
しかし、ロッカールームに帰ると嬉しい光景を目にしました。八木君と伊藤君が並んで今日の試合の場面を共有し、どう動けばよかったのか、自分の考えを主張し相手の考えを共有する話し合いを行っていました。
入り口で私が見守っているとだんだんとその人数は増えていき、他のメンバーが「じゃあ、その場合は俺はこう動いた方が良いか?」「あの場面の相手の動きだと難しくないか」など様々に意見を飛ばす。その度に及川君や岡田君にも意見を求めて、話し合いは更に盛り上がっていきます。
「図らずも望んだモノを手に入れたな。」
肩に置かれた手の方向を振り返ると笑顔の御岳さんでした。
「八木君が自分のプライドを全て捨ててくれたおかげです。彼の性格を考えると難しいと思っていましたが、彼は思った以上に成長してくれていたようです。」
「チーム発足当初は最年少であるにも関わらず中心選手としてチームを引っ張らねばならなかった。それが岡田や伊藤が加入してくれた事により、及川や中堀達以前からの年長者にも頭を下げて教えを請えるようになった。奴はまだまだこれから伸びるぞ。」
二人でまだ続く選手達のミーティングに成長の芽を感じられた一戦でした。
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(少し時間は遡り、試合終了直後....)
有澤『本日の試合は4対0でVandits安芸が勝利しました。両チームはもちろん、サポーターの皆様もVandits fieldにお越しいただき誠にありがとうございました。』
両チームサポーターから拍手が起こる。そして、Vandits安芸側のゴール裏から向月を中心にコールが起こる。
「「「ウェーーーーブオーーーシャンッッ!!!(ドンドンッ!ドドドンッ!!)」」」
「「「ウェーーーーブオーーーシャンッッ!!!(ドンドンッ!ドドドンッ!!)」」」
Vandits安芸サポーターからウェーブオーシャンサポーターに向けて、感謝のコールだ。コールが終わると逆にウェーブオーシャン側からもヴァンディッツコールが起こり、それが終わると両サポーターから拍手が起こった。
有澤はすぐにアナウンスを入れる。
有『両チームのサポーターのコール&レスポンス!本当にありがとうございます!これからも高知のサッカー界を盛り上げていく同志として宜しくお願い致します!そして、1部リーグではまた真剣勝負を楽しみましょうっ!!!』
有「さぁ、詩織さん。試合はVandits安芸が4点差を付けて勝利しました。リーグ開幕前の練習試合は2勝1敗で終え、いよいよ来月の4月14日から高知県社会人サッカー1部リーグが開幕となりますが、詩織さんから見たこの試合の感想をお願いします。」
詩「そうですね。何より新戦力との連携を見られたのは嬉しかったです。さすがに新加入メンバーの皆さんは人数が多いので全員を見る事は出来ませんでしたが、これからも練習試合の予定はリーグ戦よりも多いと聞いています。」
有「そうですね。相手は様々ですが、試合数で言えばカップ戦などを同時進行するJリーグチームに負けない数をこなす事になりますね。」
詩「板垣監督は何より選手を試合に起用して経験を積ませながら、新たな出場機会やフォーメーション・システムを試していくやり方が去年目立ちました。リーグ戦では何より結果を求められますが、練習試合では様々なトライが見られそうで非常に楽しみです。」
有「そうですね。そう言った意味ではサポーターの方によってはリーグ戦も気になるけどそれ以上に練習試合での若手の活躍が気になると言う方も出てくるかも知れませんね。」
詩「はい。それぞれの楽しみ方が生まれそうですね。」
杉山から《そろそろ....》の合図が出る。
有「今日は初めての試合配信と言う事もあり、色々と至らない部分もあったかと思いますが、ぜひ感想などをコメント欄で教えていただけますと更なる配信の充実に繋がります。今日はVandits安芸の姫、宗石詩織さんと共にVandits fieldからお伝えしました。詩織さん、ありがとうございました。」
詩「ありがとうございました。」
有「では、またチャンネルコンテンツでお会いしましょう!」
二人でカメラに実況席の斜め上に設置された見下ろしカメラに頭を下げて配信は終了する。二人はふぅ~っと息を吐き、杉山もだらんと椅子の背もたれにもたれ掛かる。そして、二人に声をかける。
「二人とも、本当にお疲れ様です。これだけの長丁場でこれと言った禁止ワードも無く終えられたのは素晴らしい。後で映像を確認するけど、たぶん問題無いと思うよ。さて、これから編集作業だ。」
椅子から立ち上がり伸びをする杉山に二人は苦笑いする。
「ホントに詩織さんに助けられっぱなしでした。もっと色んな実況を見て勉強します。」
「私もまだまだ勉強が足りませんね。でも、楽しかったです。」
後ろから入って来た北川も加わり、全員でハイタッチをして無事にこの日の大仕事を終えた。
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