第90話 ウェーブオーシャン前哨戦
2019年3月31日(日) Vandits field <冴木 和馬>
今日は初めての
前回よりも力を入れた陣中食事処のキッチンカーとテントでの飲食販売はかなり盛況だった。キッチンカーが7台。テントは二コマ。そのうち一つはうちのドリンク販売だ。今回は前回の牛串・ケバブ・クレープ以外にも、珈琲や焼き菓子を扱ったカフェスタイルのキッチンカーや本格的なカレーを扱うお店、土佐赤牛やはちきん地鶏などの地場産品を使ったハンバーガー屋、
今回はチケット代を取ってしまった事もあってサポーターの方が来ていただけるか心配だったが、まさか試合開始一時間前で既に600名の人が関所を通過したと連絡が入っている。本当に有難い事だ。
グッズを販売している萬屋では新加入メンバーのユニフォームが各10着限定で販売しているが、さすがにまだどのような選手か分からない事もあり売れ行きはそれほどだ。しかし、岡田と伊藤に関しては既にネットストアからの予約がかなりの数あると聞いている。以前の所属チームからのファンが買い求めてくれているのだろう。
そして前回のイベントの時と大きく違うのはやっと工事が終わり、スタジアムの敷地内に広域の無料Wi-Fiを設置出来た。これによって今回の試合からヴァンディッツチャンネルの試合実況生配信が可能になった。基本は有澤がスタジアムDJを努めるが、ゴールと選手交代の時以外は基本的にスタジアムマイクはオフにし、生配信で実況しながら喋り続ける。ゲストはもちろん宗石さんだ。
今日の反応を見ながら、今後は阿部先生も配信に加わってもらう等、色んな色を出していきたいと考えている。
入り口である関所から既に『城内Wi-Fi』の張り紙があり、皆さんがすぐにスマホを取り出してWi-Fiを繋ぎ、うちのチャンネルにアクセスしているのが見えるとスタッフからも報告があった。
ここで予想外だったのが今回の試合相手であるウェーブオーシャンの反応だった。現地に入られた段階で相手方の運営スタッフも来られているとの事だったので、試合を受けていただけた事に感謝のご挨拶に向かった。
しかし、相手は非常に恐縮していた。まさかこんなイベントのような練習試合だと思っていなかったようで、普段の草っぱらのグラウンドで行うような感覚で来てしまったらしい。
試合終了後も二時間くらいはキッチンカーもまだ営業している事を伝え、ぜひ楽しんで帰ってもらえたら嬉しいと伝えた。すると相手の代表の方が。
「ただの練習試合をこんなイベントにしてしまわれるなんて、さすがヴァンディッツさんですね。非常に気合が入りました。」
「ありがとうございます。ウェーブオーシャンさんには発足前のチームからお世話になりっぱなしですので、リーグ戦では別ですが、普段試合外ではこうしてお祭り感覚で一緒に楽しんでいただければ嬉しいです。」
「今後とも長いお付き合いお願いします。」
「はい。一緒に高知のサッカーを盛り上げていきましょう。」
俺達の握手にあちらの運営スタッフさんもテンションが上がったようだった。それはお世辞などではなく、こうした下部カテゴリーから盛り上げていかなければ絶対に裾野は広がらない。ただトップチームだけが盛り上がっていてはいけない。しっかりとその下のカテゴリーもその盛り上がりに乗っかれるだけの下地を作らなければ、ムーブメントは起こせない。
さて、グラウンドを見渡せるスタッフルームに向かう。観客はウェーブオーシャン側のゴール裏にもたくさん来てくださっていた。ざっと見ても100名くらいか。やはり実力あるチームは県1部と言えどもサポーターも多い。一緒に盛り上げれば良い。
俺に北川が声をかける。
「配信開始5分前です。放送ブースに声かけるならこれが最後のタイミングです。」
俺は生配信が同時に行われる実況席(放送ブース)に向かう。扉を開けると有澤と宗石が真剣な表情で相手チームの選手プロフィールを見ながらデータの共有をしていた。
「あっ、冴木さん。」
「有澤、宗石さん。緊張なんてする必要無いから思いっきり盛り上げてくれ。多少の行き過ぎた発言も、最悪は試合後にアーカイブは消して編集版流せば良いんだから。あまり気にせずテンションでやってくれ。」
俺の言葉に二人が笑う。少しは緊張を解せただろうか。
そのまままたスタッフルームに戻る。 スタッフルームでもノートPCを持ち込んでおり、生配信は同時に視聴出来るようにしてある。今回、俺の中で一つチャレンジだったのは生配信の視聴者のチャット欄へのコメントをOKにした事だ。
さて、どんなコメントが飛び交うか。恐らく宗石さんのファンからのコメントが殺到するんだろうなぁ。うぅん。やはり止めておくべきだったか。
そんな心配をしながらも北川が無情の開始宣言が出る。
「それでは、生配信始まります。」
・・・・・・・・・・
※(「」表記は配信上のみの実況、『』表記はスタジアムにも流れている実況を表しています。読みづらいかもしれませんが、またコメント等で教えていただけると助かります。)
【Vandits安芸 ホーム練習試合 vsウェーブオーシャン戦】生実況配信
有澤『さてご来場の皆さま、配信でご覧の皆さま、大変お待たせいたしました!Vandits安芸vsウェーブオーシャンのフレンドリーマッチを行います。本日実況を努めますのはチャンネルMCの有澤由紀です。宜しくお願いします。』
会場がワッと盛り上がる。配信上でもコメントが流れ始めた。
有『そして、本日は素敵なゲストをお招きしております。Vandits安芸の練習試合とは言え、初の試合配信にこの方をお呼びしないと皆様から叱られます。Vandits安芸の姫、宗石詩織さんです。』
詩織『よろしくお願いします。』
Vandits安芸側のゴール裏からスネアドラムと和太鼓の音と共に「アレッ!シオリッッ!!」の掛け声が響く。宗石を歓迎する音だ。
有『さぁ、詩織さん。初めての試合配信となりました。お気持ちいかがですか?』
詩『いやぁ、ホンットに楽しみにしてました。
有『では、ここから両チームの選手紹介へと参ります。まずはウェーブオーシャンのスターティングメンバーは........』
一人一人ウェーブオーシャンのスタメンと控え、そして監督の紹介が行われる。その度にウェーブオーシャンのゴール裏がコールで盛り上げる。
有『そして、Vandits安芸のスターティングメンバーとリザーブメンバーの紹介です。』
今回のスタメンはかなり冒険したメンバーになっている。直前の2戦で動きの良かったメンバーで構成している。
GKは和田。CBが大西、SBが和瀧と岸本。DHは及川と河合、SHが馬場と大野、OHは八木と伊藤。FWは中堀。SHから高瀬を外したのは少し冒険に感じるが、最近の練習などでも大野と中堀の連携が上手く取れているからとの判断だ。
控えにはGK金子、CB市川、SB青木、SH高瀬とアラン、OH五月、FW幡と古賀となっている。練習試合ルールで交代は前後半合わせて3回まで、人数は6人となっている。
Vandits安芸側のゴール裏も発表されるたびに大きく盛り上がる。早くも昨年度とは違ったスタメンになった事で、期待感を感じさせているのだろう。
有『さて、ここからは配信のみの実況となります。会場にお越しの皆さんで実況も聞きたいと言う方は城内無料Wi-Fiに接続していただき、ご案内の張り紙にもありました【片耳にイヤホンを、片耳はグラウンドを】でお楽しみいただきたいと思います。イヤホンが無い方は今から萬屋走ってくださいね。150円で購入出来ますので。』
有澤がそっと音声マイクを切り替える。
有「さて、詩織さん。今回のスタメンをご覧になっていががでしょうか。」
詩「何より気になるのは新加入の伊藤久志選手ですね。非公開の練習試合でも出場して結果を残しているようですし、前チームの大阪でも攻撃参加も出来る司令塔として活躍されてましたから、今日の試合で八木選手とどのような連携を見せてくれるのか非常に楽しみです。」
有澤がちらりとコメント欄を見ると、やはり宗石に関するコメントが多くそのほとんどがチームや試合とは一切関係の無いコメントばかりだった。
詩「これ、配信のチャット欄は私達も確認出来るんですけど、これだけヴァンディッツに関係ないコメントが並ぶんだったら次回からチャット欄無くても良いんじゃないですか?」
まさか宗石からそのコメントが出るかと有澤は驚いた。しかし、これは良いタイミングだと逆に利用させてもらう。
有「まさかご本人からそのコメントが出るとは。そうですねぇ。出来れば試合やチームに関係するコメントを書いていただけると、配信内でもご紹介しやすくなりますねぇ。ほら、バンダナさんのコメントで《ついにヴァンディッツの試合を配信で見る事が出来る!1年待った!》なんてコメント嬉しいですね。ホントにお待たせしてしまいました!」
詩「現地になかなか足を運べない県外のサポーターの皆さんにとっては待ちに待ったリアルタイムの観戦ですから。楽しんでもらいたいですね。」
そんなやりとりをしている間にチャット欄から宗石関連のコメントが激減する。先ほどのコメント紹介で名前が呼ばれる事に気付いたのか、宗石に自分がその該当コメントを書いていると思われたくないのだろう。チャット欄は少し落ち着きを取り戻した。
有「相手のウェーブオーシャンさん。今まで2度対戦して2度勝ってますが、昨年から数名の戦力が加わり1部で3位の成績を上げました。やはり実力は安定していますし、昨年の試合もいくつか見させていただきましたが、はっきり申しましてあのFW陣はヴァンディッツは要注意ですよ。」
詩「そうですね。特に右ウイングの川村選手。この突破力と献身的な守備の意識、そして無尽蔵のスタミナは相当厄介だと思います。」
有「是非皆さんも12番の川村選手、ご注目いただきたいと思います。」
相手選手へも注目を呼びかける二人にチャット欄は《忖度なくコメントする二人に好印象!》や《相手チームに関しては全く選手情報が無いから、注目選手教えてくれるだけでも嬉しい》などのコメントが並びます。そして、ここで同接人数(配信を見ている人の数)が5000人を超えた。
有「さぁ、お互いのエリアに選手が散り、いよいよ試合開始です!」
・・・・・・・・・・
<冴木 和馬>
ウェーブオーシャンのフォーメーションも戦術も今までの練習試合の経験は全く役に立たなくなった。今までは1トップでDFラインを厚く構えるフォーメーションだったが、今回は3トップとも言っていい両ウイングを構え、3-4-3のシステムで臨んできた。しかも両ウイングは足も速く特に右ウイングの川村はチームが攻められる状況の時には一気にDFラインまで戻り4バックの一角を担う形だ。
この大幅な戦術変更を1年で行ったのも凄いが、こちらから見ていても川村のスタミナがどう考えても最後まで持つようには見えなかったが全く勢いは衰えない。
こちらもダブルボランチがDFラインに加わる可変式のフォーメーションはこの2年ずっとチャレンジしている。その完成度も少しづつ高まっている。
こうなるといかに相手の薄くなっている2列目以降に切り込めるかと言う事になるだろう。
しかし、決定機はウェーブオーシャンに訪れる。中盤からの細かいパス回しから川村へのロングパスに岸本の対応が遅れ、綺麗にクロスを上げられる。そこに相手FWが完璧とも思えるようなヘディングをしたが、GKの和田が足を伸ばしてクリアした。ここぞの決定機に両チームの応援席からの安堵の声と落胆の声が漏れ、グラウンドで混ざり合う。
すぐに八木が伊藤と中堀に何かを伝える。何か思いついたのか。相手のCKはしっかりと和田がキャッチングをしてピンチを逃れた。
・・・・・・・・・・
有「いやぁ!危なかった!!GK和田、先ほどのヘディングをクリアしたプレイと言いナイスセーブです。ウェーブオーシャンの決定機を見事に防ぎました!」
詩「怖かったですねぇ!!もう1枚のウイングが飛び込んできてましたから、体が流れてる中であのヘディングに対応出来たのは、和田選手の身体能力あっての事でしょうね。」
有「そうですねぇ。体柔らかかった!!」
詩「和田選手は幼稚園と小学校時代に体操クラブに所属していたそうです。その頃の柔軟運動の日々が今の自分のプレイの助けになってると以前取材で伺いました。」
有「いやぁ!ナイス体操クラブ!!!」
一連の会話の流れにチャット欄は《有澤女史、キャラ崩壊!》《シオンの取材能力発揮!》など盛り上がっている。良くあるサッカー中継とは違うテンションの内容に視聴者も楽しんでくれているようだ。
有「さぁ、ヴァンディッツの攻撃ですが....あれ?システム変わりましたね。今まで横並びだったOHの八木選手と伊藤選手が縦に並んでませんか?」
詩「そうですね。動きがある中なのではっきりとは分かりませんが、今までのような横並びには見えませんね。トップから中堀選手・伊藤選手・八木選手と縦に3人が並ぶようなフォーメーションに見えますね。」
有「当然こうなると今まで以上に伊藤選手の攻撃参加を意識すると思えるんですが、相手にバレバレになる様なフォーメーションをわざわざ組むでしょうか。」
詩「うぅ~ん。何かしらの意図はあるんでしょうけど、まだ見えてはこないですねぇ。」
《これってホントに女性二人のサッカー実況か》
《有澤女史はアマチュアサッカーチャンネルやってたから戦術眼なんかもあるんだろうけど、シオンのヴァンディッツに特化した知識もヤバいぞ》
《下手な解説者呼ぶよりよっぽど実況放送として成り立ってるよ》
有「ここで一気に中堀選手を追い越して伊藤選手が前に出る!相手DFは対応が間に合うか!右SB堀が伊藤に迫る!しかしさらに外側のサイドからは大野も駆け上がってくるぞっ!ボールホルダー八木がちらりと伊藤を見る!あぁ~っと!!しかし出したボールはノールックでふわりと山なりのパスが前線へ!完璧なタイミングで走り込んで来た中堀がフリーでヘディングゥゥ!!!!!」
有『ゴォォォォォーーーーーーーーールゥゥゥゥ!!!!!!!!!!』
チャット欄にも流れるように喜びのコメントが乱舞する。
有「まるで絵に描いたように相手DF2枚とウイングの川村選手がサイドから駆け上がって来た大野選手と馬場選手、そしてドリブル突破を試みた伊藤選手に気を取られ、少し後ろ目に構えていた中堀選手がドフリーになってしまっていました!そこを見逃さず高さのあるヘディングで相手CBとの空中戦になっても十分勝機のあるパスでした!!しかし、あの後ろからの難しいパスをヘディングで捉える中堀キャプテンの技術。いやぁ、やはり中堀選手の空中戦はヴァンディッツの大きな武器ですね。」
詩「体の強さももちろんですけど、体幹の強さがあるので空中で相手と体が当たっても崩れず強いヘディングが出来るのは本当に相手からすれば脅威でしょうね。いやぁ、嬉しい先制点ですね。」
有『前半34分、Vandits安芸、中堀貴之選手のゴールでした。』
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