第94話 開幕前日

2019年4月10日(水) Vandits garage <常藤 正昭>

 「どうしますか?もしそのつもりなら私から和馬さんや板垣監督に話しても構いませんよ。」

 「..いえっ!ちょっと待って下さい!そう言う相談では無くて....」

 「では、どうしたいのですか?私に優しい言葉をかけてもらって背中を撫でてもらい慰めて貰えば、あなたはレギュラーになれるのですか?それともきっぱりレギュラーは諦められる?しかし、そんな選手はうちのチームにはマイナスしか生みませんから辞めていただいた方が良いですね。」


 私は思ってもいない厳しい言葉を彼に投げました。彼は下を向いたまま反応がありません。私はふぅっと息を吐き、言葉を続けます。


 「出場機会が無いのなら、結果が出せないのなら、諦めるのが最終手段です。しかし、あなたはその諦めるの最終手段を使うほど努力されたのでしょうか?」


 私の問いに喰らい付くような視線で飯島君は睨みます。「お前に何が分かる!」そう目が言っている。しかし、そんな若造の視線くらいで怯むような老いぼれでは無いのですよ。


 「あなたは八木君から、岡田君から、及川君から、そして同じポジションである中堀君から、一体何を学んでいるのですか?」

 「え?....」

 「岡田君以外の3人はどうしようもない現実に直面し、それに抗いながら日々努力しレギュラーを掴み取りました。八木君は突如目の前に現れた自分よりも実力・経験共に優れた選手に自分のプレイを尽く打ち破られて、今までの自信を粉々にされました。中堀君はやっとチームが発足し、自分が結果を残し始めた矢先に将来育成に回ってくれと打診されました。そして、及川君は誰にも平等で、それでいて不平等な年齢の壁と戦っています。」


 私の説明を聞きながら、飯島君はジッと私を見続けます。彼ら3人は確かに元々の実力はあったかも知れませんが、その状況に負けてなるものかと必死の創意工夫をトライし続けてレギュラーを勝ち取りました。そして、その代表格であった八木君は先日の発表でレギュラー候補から外れると言う事実を突きつけられた。それでも彼は必死に同じポジションで自信を粉々にされたはずの伊藤君に頭を下げてアドバイスを貰っています。

 中堀君はサッカースクールの指導や高校サッカー部の指導にも自主的に顔を出し、育成世代との関わり方を学びながら、昨年度にはB級コーチライセンスを取得しました。いよいよ今年からはA級ジェネラルコーチライセンスの勉強が始まります。その中で猛追してくる後輩たちからレギュラーが奪われないように努力している。


 そして、何より岡田君はサッカーを出来ない状態でありながらも練習で皆に目を配りチームの底上げとなれるように自分の知識を監督やコーチを話し合って、練習にブラッシュアップさせています。彼の心の中の焦りと申し訳なさを思えば、今の状況は悔しくて仕方がないはずです。


 及川君は選手としての最後を常に喉元に突き付けられながらプレイし続けています。恐らくチーム設立に動き出したあの時から今日までの3年間の間にも自分の体と心の違いはあるはずです。でも彼は古川君や大野君など彼を脅かすほどの選手がいても、この2年レギュラーを譲る事無くピッチに立ち続けています。


 飯島君が察したように私に頭を下げます。


 「君は君の長所をどこだと考えていますか?」

 「え?スタミナでしょうか。」


 確かにそれもあります。彼は持久走ではチームトップクラスのスタミナです。しかし、気付けていないのか、周りが教えていないのか、気付いているモノだと勘違いしているのか、素人の私でも気付けているのに。


 「私は素人です。それを前提に聞いていただけますか?」

 「はいっ!」

 「私が気付いたあなたの長所です。雨の日に体育館で体幹トレーニングを全員でやった時の事です。今は個人個人で行うようになった体幹トレーニングのメニューを教えてもらった時の事、覚えてますか?」

 「..あぁ、はい。」

 「あの時、ほとんど体幹トレーニングをやりなれていない発足メンバーがツラそうにトレーニングする中、あなたと中堀君だけは片足プランクなどを事も無げに行っていました。それは今の体幹トレーニングでも同じです。一度、樋口君に伺った事がありますが、あなたの体幹の強さは中堀君に匹敵するほどだと言っていました。」


 飯島君が驚いた表情で聞いています。やはり樋口君もこれを本人に話していないのですね。何か狙いがあったのでしょうか?しかし、本人がこれだけ悩んでいる所を見ると指導に行き違いがあったのかも知れません。


 「体幹の強さと言う面では身長の高さがある中堀君が注目されがちです。そして、あなたは皆からウェイトトレーニングの際に何と呼ばれていますか?」

 「........飯島ゴリラ。」

 「ジャンピングスクワットを数こなしても姿勢と着地位置が崩れない。レッグプレスはチームナンバーワンの加重を上がられる。それを活かすプレイをなぜしないのですか?」


 それを話しても彼は驚いた表情のままでした。


 「私も本とネットの聞きかじりでしか無いですが、今、チームの中で及川君と大野君が積極的に行っているミドルシュート。これだって飯島君の武器に出来ますよね。状況が悪くても姿勢が崩れづらく体幹が強くて筋力もある。」

 「でも、ミドルは今、及川さんと大野さんが積極的に戦術に組み込んでいて....」

 「誰かが使っていたら使えないプレイなんてサッカーにあるんですか?なぜ自分の武器になるかも知れないモノを先輩が使っているからと言う訳の分からない理由で諦める必要があるのですか?」


 これに関しては日本人的感覚なのかもしれません。既に戦術で決められている、既にチームで使っている選手がいる、だから自分は使わない方が良い。飯島君はそう判断してしまう性格なのかもしれません。

 そして問題の核に迫ります。


 「あなたが最大限の努力と足掻きをしたとして、その為に今度の東京遠征があるのでは無いですか?その貰えなかった機会をアピールの場をチームが大金をはたいてまで用意してくれた。と、考えられませんか?」

 「そうか....」

 「そうです。あなたはレギュラーを外された訳では無く、アピールする場所を与えられたのです。そうポジティブに考えましょう。」


 飯島君は何かぶつぶつと呟いてから、私を見ました。その眼はさっきまでと違い、やる気に溢れていました。


 「ありがとうございます!僕、藻掻きが足りませんでした。」

 「いえ、色々と偉そうに申し訳ありませんでした。しかし、安心してください。あなたがもしサッカー選手として最後を迎えたとしても、うちの営業部が手ぐすね引いて待ってますから。屍は拾います。安心して飛び込みなさい。」


 飯島君はその言葉にポカンとした後、私と二人で一頻り笑いました。そして私に向かって珈琲カップを差し出します。私は頭を下げながらカップを合わせました。


 彼の東京遠征が急に楽しみになってきました。


 ・・・・・・・・・・

2019年4月13日(土) Vandits fieldサブグラウンド <板垣 慎也>

 今日は試合前日と言う事もあり、午前中に軽めの調整で終了しました。練習終了後、全員が着替えを終えてサブグラウンドにもう一度集まります。その頃には冴木さんや常藤さん、他の運営スタッフや事務所スタッフもグラウンドに顔を出してくれていました。

 全員が揃った所で話を始めます。


 「皆さん、調整おつかれさまでした。そしてスタッフの皆さんも来ていただいてありがとうございます。」


 メンバーもスタッフの皆さんに頭を下げます。


 「さて、ついに明日から県1部リーグの戦いが始まります。初戦は昭和FCです。この数年は1部でも下位が定着しているチームです。ここにしっかりと結果を出せなければこの先も不安が付きまとう事になります。」


 全員が頷いています。しかし、その眼はやる気に満ちていて不安を感じているような人はいませんでした。原田コーチからレギュラーメンバーが発表されます。


 「それでは明日のレギュラーを発表します。GK和田。」

 「はい!」


 和田君はホッとしたような顔をしています。確かに新加入とは言えども、二人のGKが加入した事で不安があったのかも知れません。


 「DF。まずはCB、大西。左SB、和瀧。右は青木。」

 「「「はいっ!!!」」」


 青木君が小さくガッツポーズをしています。彼は最近、練習でも非常に気持ちのこもった内容を見せてくれています。


 「MF。DH、及川。SH、右が馬場、左が高瀬。OH、八木、伊藤。」


 ここでギャラリーの皆さんからの少しの緊張感が伝わりました。やはり八木君がスタメンに選ばれるのかどうかが気になっていたのでしょう。


 「最後にFW、中堀、飯島。」

 「「はい!!!」」

 「これから監督からスタメンの起用理由を伝える。」


 全員の注目が集まります。


 「GK、DFに関してはやはり去年度もそうですが、今年に入ってからの練習試合や日々の練習も見て安定感のある布陣で挑みます。DHの及川君もそれが理由です。このDF3人との連携が最も取れるプレイヤーを選びました。」


 及川君と大西君が握手をしています。


 「SHとOH、ここに関しては非常に悩みました。今、うちのメンバーの練習での気合の入り方は目を見張るものがあります。その中でもMF陣の連携練習でのお互いの位置や流れの確認作業は非常に積極的に行われて、このオフの3ヶ月でも相当に向上したと見ています。その中で、馬場君の緩急あるクロス、ポストにも参加出来る高瀬君、そして加入後から結果を出し続けている伊藤君を選びました。」


 八木君の顔が緊張しています。「俺は?」って顔ですね。


 「そして、八木君。彼を開幕戦外す事はうちのチームとしてもサポーターの皆さんからしても精神衛生上宜しくないと思います。」


 ギャラリーの皆さんから少しクスクスと聞こえてきます。


 「昨年度、あれだけ結果を出しチームを引っ張り続けた八木君が開幕戦スタメンから外されれば、このオフ期間に一体何があったんだとサポーターの皆さんは考えるでしょう。しかし、何も無かったとは言え、スタメンを本当に悩むくらいに皆さんのアピールは素晴らしかった。であるならば、ここはやはりうちのエースに任せるのが一番だと判断しました。八木君、任せますよ。」


 皆さんから拍手をいただきます。八木君が頭を下げました。


 「FWに関しては気付いているようにサイドに高瀬君、そして中堀君・飯島君を起用している時点でフィジカルと高さで相手のゴールエリアを圧倒しに行く布陣です。そこを飯島君はしっかり頭に入れて、明日プレイして下さい。」

 「はいっ!」


 以上でスタメン発表は終わりました。


 「明日、いよいよ長い県1部リーグがスタートします。去年とは違い、間に多くの練習試合や遠征も挟んでいます。全員の体調管理とスケジュール管理が問われる一年です。今年も昨年同様、しっかり昇格を目指しましょう!」

 「「「「「応ッッッッッ!!!!」」」」」


 そして冴木さんに最後の締めをお願いします。


 「明日からか。早かったな。オフ。全然休めてないんじゃないか?オフって呼び方うちだけ変えるか?」


 急にそんな事を言い出すので、笑いと苦笑いが混雑しています。


 「今年も去年同様、リーグ突破が大前提。それ以外の部分は後から付いてくるもんだ。全勝とか無失点とか、欲張りすぎると足元をすくわれるぞ?」


 昨年度の事を思い出したのか、メンバーの中には苦笑いを浮かべている者もいます。


 「今年は去年と違い、リーグ戦を戦いながらもレギュラー争いを占う練習試合も多く組まれてる。凹んでる暇も不貞腐れてる暇も無いぞ。高卒だろうが新加入だろうが関係ない。全員にチャンスがあると思って一年を過ごしてくれ。その行動がチームにも自分にも大きな成長をもたらしてくれる。」


 若いメンバー達は期待を込めて冴木さんの話を聞きます。


 「俺達運営メンバーは去年と違って、全員で試合を見に行ける事は今年は少なくなるかもしれない。でもな、このオフで気付いたんだ。お前達がニコニコワクワクした顔で帰って来るのを事務所で待ってるのも、意外に悪くないなって。」


 運営スタッフの中にもその言葉に頷いている方が何人もいます。


 「だから、また嬉しい報告を待たせてもらえる事を期待してる。ヴァンディッツ、頼むぞ!!!」

 「「「「「応ッッッッッ!!!!」」」」」


 さぁ、明日からいよいよ開幕です。


 ・・・・・・・・・・

同日夜 冴木家 <冴木 和馬>

 今日は俺が食事を準備する日。拓斗に食べたい物を聞くと「スパゲティ!!」としか返ってこないので、今日は少し手抜きになるが作り置きで冷凍しておいたボロネーゼソースで食べる事にした。サラダなどの用意が終わり、自室で設計をしている真子に声をかける。

 どんなに仕事が忙しくても食事は一緒に取ろうとする真子。明日の午後に今手掛けている設計の施主さんと打ち合わせがあり、それでざっくりのOKがもらえれば今週の土日は休みの予定だ。


 「和くん。ありがとう。いただきます。」

 「いただきまぁぁ~す!」


 二人とも美味しそうに食べてくれている。拓斗は間違いなくこの1年で食べる量が急激に増えた。しかし、太ったりと言う事も無く順調に身長も伸びている。いつも拓斗の食べる量を羨ましそうに真子が見ている。


 「どう?順調?」

 「うん。あと1時間くらい。ごめんね。任せちゃって。」

 「全然。俺も手ぇ抜いちゃったから。」

 「母さん、疲れてない?」


 拓斗が心配そうに真子を見る。真子の顔には明らかに疲労の色が見えるが、真子は笑顔で拓斗の頭を撫でる。真子の中ではいつまで経っても颯一と拓斗は幼稚園の頃の幼いままでいるのかも知れない。


 「大丈夫よ。優しいね。拓斗は。友達や女の子にも優しくね。」

 「うん。無理しないでね。」

 「ありがとう。」


 そんな会話をしていると俺の携帯が鳴る。相手は颯一だった。俺はスピーカーで受けた。


 「もしもし。」

 「もしもし、父さん?今大丈夫?」

 「あぁ、大丈夫だぞ。」

 「お兄ちゃん、どうしたの!?」

 「あれ?スピーカー?」

 「あぁ、個人的な話か?」

 「いや、大丈夫だよ。」


 颯一の電話の内容は明日の試合が配信されないので、スタメンだけでも教えて貰えないかと言う事だった。本当はこう言うのは宜しくないのかも知れないが、颯一はSNSもやっていないらしいので、ざっくりと教えてやった。すると、伊藤と飯島がスタメン起用された事に驚いていた。


 「颯ちゃん。元気でやってる?」

 「うん。大丈夫だよ。あれ?母さんなんか疲れてない?」


 真子の声色だけで気付けるとは。息子とは恐ろしいもんだ。真子は大丈夫と伝えて、颯一は俺に「無理させないでよ?」と一丁前の事を言うようになった。


 「拓斗は観戦に行くのか?」

 「行くよ!お兄ちゃん、その時間は塾でしょ?トークで結果と写真送るから。」

 「分かった。ありがとな。」


 兄弟も仲良くてうちは幸せだ。その後、こないだの塾のテストの結果を話して電話を終えた。拓斗はお風呂へと向かう。俺と真子はお茶を飲みながらゆっくりしていた。


 「だんだん子供達も大人になるわね。」

 「そうだな。拓斗がもうパパママって言わなくなっただけでもそれを感じるよ。」

 「嬉しいけど、寂しいわ。」

 「でも、大人になったらなったで新しい楽しみが出来るじゃないか。一緒にお酒飲んだり、旅行したり。」

 「....そうね。確かに!」


 二人でそう遠くない未来を想いながら、夜は更けていく。

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