第87話 挑戦状

【VanditsROOM #1】

宗石詩織(以後:詩)「おじゃましまぁ~す。」

有澤由紀(以後:有)「いらっしゃぁ~い。」


 部屋に見立てたセットのフローリングに座っている宗石と有澤。待ちに待ったヴァンディッツチャンネルの雑談コンテンツが始まる。当然録画配信だ。


 詩「いよいよお部屋公開だねぇ。」

 有「そうなの。これからはここで詩織姫や他の人も来てもらってチームの事や私生活の事をざっくばらんに喋って貰おうって感じです。初回のお客様はもちろん姫です。」

 「姫って呼び名で行くのね....やっぱり。」

 「当たり前だよ。うちのチームのメインキャスト努めてもらってますから。マスコットキャラクターが出来るまでは姫が当然矢面です。」

 「普通、姫って守られる存在じゃないの!?矢面!?」

 「黙らっしゃい!無い袖は振れませぬ!」


 そんな事をワイワイ喋りながら今日のトークテーマへと繋がっていく。有澤が一枚のフリップを出す。


 有「今日のテーマは二つ!Vandits安芸の近況報告と姫の近況報告です!」

 詩「おうちを舞台にしてるのにフリップは用意してるのね。」

 「細かい事言いなさんな!さて、まずはVandits安芸の近況から報告します!前回のファンミーティングでも紹介しましたが、2019年度のセレクションが無事に終了して新たに12名の選手が加わりました!」

 「うわぁ!一気に増えたね!かなりポジションでも被りが出来そう。」

 「そうなの。詳しい選手紹介は公式HPのメンバー紹介欄でも既に掲載されてるし、今後チャンネルでも紹介はしていくけど、各ポジション争いは昨年以上に激しくなると思うよ。」


 二人はこたつの上に用意されているカンペを眺める。


 詩「そうだねぇ。ここにざっくりメンバー紹介書いてくれてるんだけど、FWに関してはまだ高校卒業したばかりだから現メンバーとレギュラー争いってのは現実的じゃないかも知れないけど、OHやSH、SBなんかはかなりレギュラー争い厳しくなりそうだね。」

 有「そうなの。昨シーズンを見れば今シーズンもレギュラー確定って思ってたポジションに凄い選手が加入してくれたりしてるからね。」

 「そうだね。特にOHの伊藤久志選手とSBの岡田真人選手の二人はJFLを経験してる二人だからかなり戦力として大きいね。」

 「そうだね。ただ、これはチームとしても既に発表されてるけど、岡田選手は膝の治療を行いながら出場を検討するみたいだから、たぶん開幕当初は出番は少ないかも。」

 「そっかぁ。でも、ヴァンディッツの公式チャンネルなのにこんなに歯に衣着せずザックバランに発言してて私達下ろされない?」

 「担当者からも社長からも、思った事を話しなさい。ファン目線でトークしなさいって言われてるから。たぶん大丈夫。」

 「そこはたぶんなのね。絶対って言って欲しかったわ。」

 「まぁまぁ、そこは置いといて次の近況だよ。高知県1部リーグ開幕前に練習試合を3試合行います。うち2試合に関しては非公開で行いますので、HP上にも場所や日時は公開されません。偶然、試合やってるトコを見つけて観戦する分には問題ありません。」

 「なるほど。いつかも分からないのはなかなか特定難しそうね。」

 「相手チームさんにも出来るだけその試合に関する告知は控えて貰うようにお願いもしてますので。ただ、3月31日(日)に行われる試合は公開試合です。場所はVandits fieldの戦場いくさば。時間は13時30分試合開始です。」

 「えっ!?これは観戦に行っても良いの!?」

 「もちろんなんだけど、大変申し訳ないお知らせがあるの。」

 「なになに?」

 「今年度のVandits fieldで行われる練習試合に関しては大人1000円、中学生以下の方は500円の入場料をいただく事になってます。本当にごめんなさい!」

 「うぅ~ん。チームやフィールドの維持管理とか考えると仕方ない事かぁ。」

 「その代わり1部リーグの試合は基本無料となってますので。そちらは今まで通り会場にお越しくだされば観戦はしていただけます。」

 「なるほど。Vandits fieldでの試合に関しては今後は入場料をいただくと言う事ね。まぁ、チームとしては仕方ない事よね。」

 「ただっ!3月の練習試合の時には昨年末の大評定祭の時と同じようにキッチンカーでの飲食販売も行います。しかも、あの時より4店舗も参加が増えました!これは凄く嬉しい!!」

 「嘘っ!?うわぁ!楽しみぃぃ!!」

 「当然、萬屋(グッズショップ)もオープンしますので、買い忘れたグッズをぜひこの機会に!」


 そこからは宗石の近況報告へ移る。


 詩「私の場合はお仕事の告知に関しても相手様との契約があって、話せない事が多いのよ。だから話せる事で言えば、私が所属してる事務所、ファクトファミリーに新しい仲間が入りました。大評定祭でもサポートMCを努めてくれた阿部桜さんです。」

 有「えっ!すごい!じゃあ、さくらんも全国デビューする可能性があるって事?」

 「まぁ、阿部さんは地元高知でのお仕事をメインにやっていきたいって思いはあるけど、オファーがあればその可能性もあるかもね。」


 その後はお互いに高知への移住組として高知に来てハマった事や美味しかった料理などを雑談しながら紹介して今回の配信は終了した。


 ・・・・・・・・・・

【Vandits安芸について語るスレ№18】

 01:panda

 ついに始まったぞ!シオンが出てる配信が!


 02:rockriver

 まさかのおうち雑談とは..(*´Д`)ハァハァ


 05:〇△

 いやぁ、今までのシオンと違ってすごくナチュラルに話してる感じだし、有澤女史とも非常に相性良さそうで楽しめた。何より詩織さんも有澤女史も楽しんでいたのが有難いよぉ。


 13:bandana

 何より観戦料はあるけど、練習試合も発表されたしな。しかも相手はウェーブオーシャン!今までに数回対戦してる県1部のチーム。前哨戦の意味も強いな。


 19:rockriver

 新戦力がどう関わって来るかが相当楽しみだな。まさかのフランス人も加入してるって発表あったし。


 24:✖△

 でも、プロでプレイした訳でも無いただの外国人がチームに加わっただけだろ。期待出来ないね。


 28:panda

 来たな!よしよしヾ(・ω・`) 昨シーズンも五月や大野、古賀を引き当ててる板垣監督の眼力だぞ?しかも今シーズンからは板垣監督の恩師である御岳コーチも加わってる。その辺の選手じゃ落とされてるよ。


 31:〇◇✖

 確かに。実際J1経験者まで入団したしな。怪我の療養中とは言え、完治を目標に出場を今年度中に目指すって本人もコメントしてたからな。


 33:✖△

 そりゃ、引き取り手が無くて入団出来るチームがあるなら、印象良いようにコメントするだろ。


 47:bandana

 よしよしヾ(・ω・`) 正直言って、いくらプロ経験あると言っても中途半端に治した状況で出場出来るほど今のヴァンディッツのレギュラー争いは簡単じゃないと思うけどな。


 53:rockriver

 まずはお手並拝見としか言えないよな。鬼のような練習試合の数らしいから、その中でオレタチが観に行ける試合もいくつかあるはず。そこで新戦力のテストもガンガン行われるだろ。


 58:panda

 チクショウ!休ませてくれねぇなぁ!楽しみ過ぎるぜ!!


 ・・・・・・・・・・

2019年3月6日(水) Vandits fieldサブグラウンド <八木 和信>

 今日の試合形式の練習は散々だった。自分の思うようにパスが通らず、尽くチャンスを潰してしまった。原因は分かってる。相手チームで司令塔をしていた伊藤さんが原因だ。細かく指示出しもしてたようだけど、それ以上に試合が止まる毎に誰かに耳打ちしていた。特にCBの市川さんとDHの古川さん。今日はこの二人が俺のパスを再三止めた。


 ロッカールームで必死に試合を思い出しながら対策を考える。すると、誰かのバッグが俺の頭に直撃した。


 「痛って!!」


 頭をあげると古川さんだった。


 「いっちょ前に凹んでんな。」

 「....そりゃ、凹みもするでしょ。あれだけ止められたら。」

 「まぁな、さすがに今日のお前じゃ俺が監督でも使わんわ。」


 分かり切っている事だけど、言葉にされると腹が立つ。グッと古川さんを睨んでしまった。


 「反骨心はあるみたいじゃないか。まぁ、俺達は伊藤さんのアドバイス通りにコース取りしてただけだからな。恨むなら伊藤さん恨めよ。」

 「やっぱ伊藤さんだったんスね。俺のパスコース読んでたの。」

 「パスコース読んでるんじゃねぇよ。」


 え?パスコースを読んでない?ならどうやって。


 「まぁ、伊藤さんからも種明かしするなって言われてるしな。よくよく止められた状況を思い返してみろよ。それくらいしかヒントは出してやれねぇわ。」


 そう言い残して古川さんはロッカールームを後にした。

 パスコースを読んだ訳じゃない?止められた状況?どういう事だ。って事は止められる前の状況を意図的に作ってたって事か。でも、待てよ。それにしてもパスを出せる相手は2人の時もあったしバックパスの状況だってあった。それなのに狙いすましたようにパスカットされた。どう言う事だ。


 するとシャワーを終えた伊藤さんと岡田さんがロッカールームに戻って来る。岡田さんは樋口さんが岡田さんの以前通っていた仙台の病院に問い合わせて、怪我の状態を診つつ考えた体幹メニューや膝のリハビリに良いメニューを淡々とこなしていた。それでもメニューを終えた時には汗だくになっていたから、かなり強度は高いんだろう。

 岡田さんが俺に話しかける。


 「あれ?八木君、シャワー浴びないの?」

 「あっ、今からです。」

 「そっか。今日はなかなか結果出なかったね。」


 岡田さんはだいぶ年上なのに俺達年下メンバーにもみんな君付けで呼んでくれて、すごくフレンドリーだ。練習初日にも「加入したばかりで怪我持ちなんて迷惑をかけるけど、復帰出来たらそれまでの迷惑を一気に払拭できるくらいの活躍をする」と宣言された。相当の自信を感じた。

 岡田さんの言葉に表情が歪むのを感じる。伊藤さんは構わず着替えを始めていた。


 「でも、あれだよね。八木君ってパスコース、一番無難なトコにしか出さないよね。」

 「えっ!?」


 岡田さんの発言に俺は脳天を貫かれたような衝撃を感じた。


 「あっ!!!岡田さん、言っちゃったんですか!?」

 「あれ?ダメだった?」


 伊藤さんが慌てて振り返り岡田さんを責める。岡田さんは気にした風もなく笑顔だ。


 「本人が考えて気付かせなきゃ成長繋がんないですって。」

 「まだこの齢で自分のパスコースの精度とか確率を数字で確認するような癖は付いてないって。そう言う事はまず教えてあげなきゃ、下地が出来てから考えさせないと意味ないよ。若い頃は。」

 「そんな事言っても岡田さんもまだ20代でしょ。」

 「あと1~2年で30だよ。そうなりゃ一気にベテランなんて呼ばれだすんだ。それほど変わんないよ。八木君、五月君みたいにもっと冒険しなきゃダメだ。味方をゾクゾクさせるような、こいつどこ出すんだ?って楽しみに思わせるくらいのパスを目指さなきゃ。ここに来るだろうなくらいのパスなら相手が八木君達より経験豊富なら簡単に読まれるよ。」

 「全部言っちゃうんだから。まぁ、そう言う事だよ。八木。」


 俺のパスが無難なパス?読めるパス?そうか。だから後半からポジションを変えて五月さんが司令塔になってからは俺よりはパスが通ってたのか。


 「でも、伊藤君を恨んじゃダメだよ。四国リーグ上がるまでに君を絶対的な司令塔に育て上げるってチームの目標を理解して協力してくれてるんだ。これだけの教材が目の前にいるんだから、争って盗まなきゃね。」

 「....はい。」


 悔しい。自分で問題点も見つけられず、チームの期待にも応えられず、ポジション争いするはずのチームメイトに育ててもらってる。悔しい。

 伊藤さんがツカツカと俺に近寄りながら話す。


 「俺は八木からポジションを奪う事が今シーズンの目標だ。四国リーグでは司令塔は俺がするくらいの気合で毎回の練習に臨んでるし、ここからの練習試合もそうだ。八木、腹括らなきゃあっという間に奪っちまうからな。」


 顔をグイっと俺に近付けて伊藤さんは挑戦状を叩きつけて来た。いや、『叩きつけてくれた』。俺と争える選手になれと言ってくれてる。負けられない。


 「良いかい?たった数回の練習を見ただけだから、これとは言い切れないけど、君の長所はその視野の広さだ。あの神業みたいなボレーシュートも君のその視野の広さがあってこそのモノだよ。なら、その視野の広さにもっと可能性を見出さなきゃ。まぁ、その方法は君しか分からないんだけど。とりあえず今のパスを出してる間は相手チームに伊藤君と僕がいれば失点は無いよ。」

 「おっ、岡田さんも喧嘩売りますねぇ。」

 「僕だってレギュラー目指してる一人だよ。蚊帳の外には置かないでくれ。」


 ここまでバチバチするのか。こんな中でこの人たちはずっとサッカーして来たのか。すげぇなぁ。結局俺は部活サッカーから抜け出せてないんだな。高校の頃はポジション争いをしてても、直接その相手に「お前から奪う」なんて事は口にしたりしなかった。それはたぶんチームメイトでありライバルでもあったが、それ以上に友達だったからだ。でも、ここは違う。プロ達が集まる場所だ。

 意識を変えろ。この人たちは最高の先生であり、高い壁だ。絶対に越えてみせる!見てろよ!俺にアドバイスした事、後悔させてやるっス!!


 「ありがとうございます!!シャワー浴びてきます!!」


 俺はバスタオルだけ引っ掴んでシャワールームへと走った。後ろから二人の笑い声が聞こえた。

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