第84話 受け継がれる心
2019年2月11日(月・祝)Vandits field <冴木 和馬>
面談者:【成田 雅也】
高知県出身、室戸高校卒業見込み。ポジションはSB。司、幡、中堀、大西からの推薦。御岳さんとしても育成として十二分に可能性を感じるとの所感。まぁ、現状加入を見送る要素は無い。
面談にはご両親も同席されている。
「こちらが基本契約の内容になります。」
常藤さんが契約書の内容を本人を含めご両親にも確認して貰う。この内容に不満が無ければ内定扱いとなる。尚、成田に関しては推薦者全員からの提案で契約社員では無く正社員としての契約となっている。昨年度の高卒社員に関しては全員が契約社員扱いでの入社となったが、今年度からは年齢などで判断するのではなく、各社員ごとに判断する形となった。
「はい。ありがとうございます。あの、息子は勤めに出るのが初めてですので、ご迷惑をかけるかと思いますが宜しくお願いします。」
父親が頭を下げ、母親・本人が後に続く。
「いえ、うちの及川や中堀が雅也君をお誘いしたと聞いた時は驚きました。しかし、昨日今日のセレクションを見させていただき、何よりご本人がチームへ加入する意思を強く示してくれて非常に有難く思っております。」
母親からはやはりサッカー選手として大成しなかった時に、その後社会人として生活していけるのかどうかを非常に心配していた。
こちらとしてはプロ契約に見合うチーム状況と個人の貢献が見えるまでは、基本的に社員として働きながらのサッカー生活になる事、そして第二の人生を視野に入れた知識・経験の習得を社員生活の中で続けてもらう事も約束している。あとは本人のやる気次第と言う事になる。
しかし、社員契約の選手に関しては、サッカー選手としてチームに貢献出来なくなったからと言ってそのままクビになるような事は原則無い事も伝えている。それに会社としても社員として成長して貰わなければ非常に困った事になる。そうならないように会社側としてもしっかりと基本教育はしていく。実際、サッカーがきっかけで入社したVandits安芸のメンバー達も1年2年の社員生活を経て、各部署で立派に活躍してくれている。
簡単な言い方をすれば生活に不安を感じるならば、チームからプロ契約を打診された時に断ってくれれば良いのだ。「自分は社員扱いで構わない」と意志を示してくれればいい。
本人は非常にやる気が見えている。それを上手く生活に繋げてくれれば良い。恐らくチームで彼が即戦力となれるほど、うちも層は薄くない。そうやって若手がどんどんと突き上げをしてくれるからこそチームは活性化するのだ。
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2019年2月13日(水)Vandits field <及川 司>
体育館を使ってのフィジカル練習が終わり全員が集合する。2月にもなると夜は体が冷えるので、本陣でシャワーを借り着替えを済ませてから食堂スペースを借りてミーティングを行う。今後、本陣の営業が始まってからは、宿泊客がいる時には使用しない決まりになっている。
監督から先日のセレクションの結果が告げられる。合格者は12名。全員から無事に入団の返事が貰えたそうだ。去年は期限ギリギリに返事をした選手(五月)もいたが、今回は全員が次の日の午前中には返事が出揃っていたそうだ。
新加入のメンバーは各ポジションに最低でも一人は加わっている。オレ達も加入メンバーのプロフィールを見せてもらったが、FW以外は完全にレギュラーが分からなくなるくらい即戦力級のキャリアのメンバーが加入してきている。
SBとOHにはJリーグ・JFLプレイヤー。その他のポジションも全国大会経験者や強豪校のレギュラー組が犇めいている。
いよいよJFLに向けた本格的なチーム強化が始まっていく。監督からも全員に今一度気を引き締めるように喝が入る。
「以前にも話しましたが、3月から練習試合が多く予定されています。状況によっては東京や四国各県への遠征もあります。今、確定しているだけで12月末までに14試合を予定しています。」
場がざわつく。と言う事は3月から12月までの9ヶ月間で県1部リーグも合わせて23試合が行われると言う事だ。しかも、県リーグは7月中旬から8月一杯がサマーブレイクで試合が無い。恐らくその時期は他のチームも練習試合は組みたがらないだろう。と言う事は実質7ヶ月で23試合を行う事になる。一ヶ月3試合以上のペース。相当に多い。
「これだけの試合を行うのですから、当然ずっとレギュラーが出っぱなし等と言う事は現状難しいです。今回のセレクションでの新規加入メンバーも含めて、一年をかけて今後の四国リーグに向けたレギュラー争いをしてもらう認識でいてください。私と御岳さんの中では、県2部での活躍はほぼ頭にない状態でチーム構想を組んでいくと思ってくれて構いません。全員が一線上です。スタートラインにいると思ってください。」
確かにオレ達の中でも県2部の内容や結果が今後の編成に反映されるとは思っていない。それくらい相手との実力差がある中でのリーグ戦だった。この県1部で以前の2部と変わらずしっかり結果を出し続ける事が、自分達のレギュラーを確約させるのだと思っている。
新メンバーの練習参加は個人個人の状況によって違い、所属チームの無いメンバーは早ければ来週から練習に参加する。卒業が控える学生などの一番遅いメンバーは3月に入ってからとなっているそうだ。大評定祭の時に声を掛けたSBの成田と言う子だけは卒業式だけ地元の室戸市に帰るようにして、明日から寮に入る事が決まっている。
この数ケ月で何名かのメンバーが寮から一人暮らしに変更している。今年からの入寮メンバーは基本が未成年メンバーと県外出身のメンバーが優先となった。今、寮に残っている初期メンバーは八木と青木だけだ。その二人も恐らくこの1年以内には寮を出る事になるだろう。
八木・五月とオレに関しては正規契約を交わしたばかりなのに、給与の見直しが行われ特別手当として1ヶ月5万円が昇給された。年間60万円。オレ達にしてみれば相当大きな昇給だ。
この話が来た当初は自分達だけが昇給される事に少し引け目を感じていたが、和くんと常藤さんから「チームとしての貢献度を明確にする為の昇給です。しっかり受けとって貰わないと他のメンバーが、あの3人があれほど活躍しても昇給やプロ契約が無いのかとモチベーションの低下を招きかねない。」と指摘された。
確かに。自分達の活動にちゃんと評価があればモチベーションは自ずと上がる。そう言った意味で自分達はその前例にならなくてはいけない。
ここだけの話だが基本給と手当てを合わせて年間で520万の給与が今年から支払われる。当然、ボーナスは別だ。この金額はJリーグの定めるC契約の年俸制限を上回っている。それは会社員としての労働があっての事だから、当然と言えば当然なのだが自分でもなかなかの金額をいただけていると感謝している。上本食品の頃から比べても2割ほど給料は上がった。
この金額に見合うだけの活躍を期待されている。それはサッカー選手としてももちろんだし、会社員としても結果を求められている。自分達の中に今までに無かった種類の責任感が芽生え始めていた。
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2019年2月18日(月) 芸西村某所 <馬場 悠真>
今日は冴木さんと一緒に豊川の爺さんの家に行く予定になっている。作業で使っている軽トラックの助手席に冴木さんを乗せて、爺さんの家に向かう。冴木さんが軽トラに乗ってる事が恐ろしい違和感だ。県道を山に向かう道へと入り、10分ほど走った場所に爺さんの家はある。
爺さんの病院通いが無くなった後も梅林の世話を教わる為に何度か家に尋ねた事はあったし、俺達が梅の手入れをしているといつの間にか畑の外からこちらを見ている事が何度かあった。
道すがら冴木さんと少し会話する。
「豊川さんは梅の管理も昔は手広くやってたって聞いたんだが、そうなのか?」
「みたいです。俺達が借りてる梅林の周りで梅が植わってる畑のほとんどは豊川の爺さんか日野さんの土地だって聞いた事があります。今は日野さんが爺さんの畑の一部も一緒に剪定とか管理してるらしいですけど、昔は日野さんの亡くなった親父さんと豊川の爺さんで、かなり広い範囲でやってたらしくて、日野さんの親父さんはそれが自慢だったみたいです。花が咲く時期なんかはかなりの絶景だったらしいですよ。」
「そうか。日野さんのお父さんが亡くなり、豊川さんも体が効かなくなって梅の管理にまで気が回らなくなった。」
「です。管理出来ず放置しっぱなしの梅林もいくつかありますけど、持ち主が豊川の爺さんなんで俺達がやらせてくれってのも冴木さんや常藤さんと話し合ってからじゃないとダメかなぁって。まぁ、まだ今の範囲で手一杯なんで管理を広げるのは現実的じゃないっすけど。」
冴木さんからは俺の話を聞いて少し考え込むような雰囲気が漂う。何か思う事があるんだろうか。
山道の奥に古い民家が見えてくる。
「あっ、冴木さん。あそこです。」
爺さんの家の敷地にいつも通り車を停める。そしていつもと同じように玄関から声をかける。
「爺さぁ~ん!いるかぁ~!!」
しばらくすると爺さんが廊下の向こうから姿を現す。相変わらずめんどくさそうにこちらを見ているが、その表情に硬さが見えた。俺の後ろで冴木さんが頭を下げる。
「ご無沙汰しております。」
「........何の用な?」
空気が重い。
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同日 芸西村 豊川邸 <冴木 和馬>
「先日、当社で購入した土地が豊川さんのお持ちの土地と隣接しておりまして、直売所の建設や駐車場の工事等でご迷惑をおかけする場合があるといけませんので、ご挨拶にお伺いしました。」
「話は役場から聞いちゅう。もう使いやぁせん土地やき、いらん事せんがやったら隣でどうしようがうちには関係ないき。」
言っている言葉は乱雑だが、以前に比べて内容に棘が無くなった。本当に馬場たちのおかげで印象は改善しているのかも知れない。
「ありがとうございます。出来る限りご迷惑無いよう努めます。あと、梅の剪定や管理でお知恵を借りているとお聞きしました。本当にありがとうございます。」
「あの梅をだきな(雑な)モンにされとぉないだけやき。」
「はい。そうならないよう馬場も含め勉強して参ります。ぜひ今後もお力を貸していただけると助かります。」
俺の言葉に少し考える素振りを見せる豊川さん。そして、こちらを見る。
「おまんらはあの梅林をどうするつもりながぜ?」
「日野さんのお父さんが自慢とされていた梅の絶景をもう一度、と言う目標はあります。桜ヶ丘公園の桜並木と同じように、日野さんと豊川さんの梅林を芸西村の絶景として復活させたいと思っています。そして、花の梅と実の梅、両方で芸西村に新たな観光と特産品を作れたらと。簡単な事では無いでしょうが。」
「梅の花では金儲けは出来んぞ?」
「........御気分を害するかも知れませんが、僕の考えを聞いていただいて宜しいですか。」
反応は無い。勝手に喋れと捉えた。
「梅の絶景。中途半端なモノでは無く、誰の目も奪えるようなモノを作りだせたならそこから商売は生まれます。近くに少し休める茶屋を作る。梅の木に負担が無いようにLED照明を使って夜間のライトアップをする。それによって夜間の見物客が生まれ、近くに宿泊施設があればそこでお金の流れが生まれます。そこは我々もプロです。いかに梅の価値を高めながら、只の花に価値を生むか。しかし、我々にはその絶景を生み出す知識がありません。付け焼刃で生まれる物ではありません。日野さん然り、豊川さん然り、長く蓄積された経験と知識に縋りながら、後の世代に『芸西の梅』を残していく。それが目標です。」
「結局は金儲けじゃろうが。」
「金儲けをする事で芸西村に税収が生まれます。その税収で単身で暮らすお年寄りの生活を助けられるかも知れない。子供達の学習やクラブ活動などの環境を整えてあげられるかも知れない。梅の管理・維持に村から助成金を出せるようになるかも知れない。そうする事で梅の生育をする人が増えるかもしれない。金儲けは悪ではない。その金をどう使うかが善悪を生むんです。」
「口は上手いの。」
「それが僕らの商売です。」
豊川さんが小さく笑う。しかし、嫌な笑い方では無かった。
「あなたに教えていただきました。どんなに自分達に想いがあったとしても、それを理解していただける努力が無ければ只の独りよがりだと言う事を。あの日、あなたが教えてくれました。僕はあの日に大きく成長できたと思っています。」
ジッと俺の顔を見たまま豊川さんは何も話さない。俺も豊川さんから目を逸らさない。
「おまんらの畑はずっと見て来た。信じてかまんのやな?」
「いえ、見張り続けてください。どんなに頑張っていてもやらかす面子です。自分も含めて。なので、豊川さんが見ていてくれる緊張感が自分達の行動をその度に慎重に丁寧に考えるようになります。」
また小さく笑う。そして、呆れたように話す。
「今おまんらが剪定しゆう梅林の北側の儂の畑はおまんらの好きにせぇ。あと、その直売所作る隣の土地もそうじゃ。儂にはもう管理よぅせんき。」
思いもしない提案に俺も馬場も思考が止まる。そこで馬場が言葉を挟む。
「いや、爺さんの大事な梅畑やろ?かまんがかえ?」
「やるらぁて言うちゃぁせん。貸しちゃるがじゃ。あの絶景をまた観れるようになるかどうか試しちゃおと思うてよ。」
「....大事にします。」
馬場が深く、深く、頭を下げる。その梅畑を借り受ける事がどれだけ大きな事なのか、今日までの時間、梅と向き合い続けて来た馬場だからこそ分かるのだろう。豊川さんは馬場を見て、ふんっと鼻を鳴らす。
「今度、役場の人間連れてまた来い。土地を貸せるように手続きしたら良ぃ。」
「ありがとうございます。」
「....まぁ、役場に言ったら分かる事やろうけんど、あの梅畑の土地の三分の一は土地改良は出来んきにゃ。梅林か農地として使うしか無いぞ?けんど、直売所の隣の休耕地は三種農地やき、好きなように使うたら良い。役場は良い顔せんかも知れんけんど。」
「はい。ありがとうございます。今後も含めて、またご相談させてください。」
ジッと俺を見たまま、豊川さんは俺の腕をグッと握る。
「茂や強がおまんらを信じて教えゆうのと同じように、おまんらのこの2年を見て信じて貸すがやきな。」
「はい。肝に銘じます。」
豊川さんの力強い手にそっと手を重ねる。豊川さんの力がふっと緩む。
「あの時は済まざった。」
「いえ、先ほども言った通り、あの日が無ければ今のうちの会社はありません。本当に感謝をしています。これからも豊川さんのあの日の言葉を忘れず精進します。」
豊川さんは気恥ずかしそうに、そっと右手を差し出す。俺がその手を握り返す。力強く堅い手だった。また、裏切れない期待を背負った気がした。
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