第83話 セレクション2日目 面談

2019年2月11日(月・祝)Vandits field <冴木 和馬>

 階段を上がりメインスタンド中段に構えられた入り口から観客席に出る。グラウンド上ではすでにセレクションが始まっていた。内容については事前に板垣からは説明されている。42名の受験生の内、GK以外の40名を4チームに分け、40分のハーフタイム毎にどちらかを入れ替えながら試合を続ける。

 例えばA対Bの後、C対B。これによりBチームは前後半行った事になるので、次はC対D。これによりCが終わり、最後にD対Aと言う形になる。Aチームだけが間にかなりの時間を挟む事になるが、それもまた試験のうちだ。


 今回のセレクションには家族も含めて見学は一切認めていない為、高卒生の親御さんやご家族は本陣内の食堂で待機してもらっている。その後、契約を含めた面接に進めるとなった時に親御さんも呼ばれると言う流れだ。なので、親御さんたちからすると自分達が呼ばれないと言う事は子供がセレクションに落選した事を意味する。待っているのも気が気でないかも知れない。


 「昨日はどうでした?」


 隣でピッチを見つめる常藤さんに話しかける。常藤さんからすれば、今日のセレクションの結果はもちろんだろうが、昨日の本陣の宿泊スタッフの動きの方が気になっていただろう。


 「まだまだ修正点は多いですが、まずは及第点と言う所でしょうか。」

 「おっ、常藤さんから初回に及第点貰えるなら頑張ったんじゃないですか?」

 「何やら解せない評価ですが、雪村くんを含め施設管理部の皆さんが頑張ってくれましたから。そこのフォローも含めての判断です。ここから二月・三月の学生合宿の流れをしっかり乗り越えられるようであれば、この先も問題ないかと。」


 かなり心配していたが、心配したほどの事では無かった内容に俺も常藤さんも胸を撫でおろす。ここで全く使い物にならない状態だと最悪の場合、施設管理部のメンバーだけで本陣を運営する事も考えなければならなかった。それが回避出来ただけでもまずは一安心だ。


 「板垣の報告では今回のセレクションで候補に入ってるのは現段階で14名程度。そのうちで5名程は確定だそうです。」

 「JFL経験者がいるとは聞いていましたが、その他にも初日の時点で確定を出せるメンバーがいたと言う事ですね。」

 「みたいです。恐らくGKの補充も含めてだとは思います。今回のセレクションでGK二人は必須と言ってましたから。」


 望月が選手登録から外れた事もあり、現状でVandits安芸には和田しかGK登録選手がいない。今回のセレクションではGKを確保する事は必須だった。望月とは何か月もかけて話し合った結果の引退だったが、それでも昨年のレギュラーGKで、しかもスタメン起用された試合では無失点のまま引退と言う事もあり、掲示板サイト等でも引退に関しては非常にネガティブなコメントが多かった。

 しかし、クラブ側として最大限の慰留交渉はしたが、本人に継続の意思が無い上にどうにかして続けさせるだけのモノをこちらからも提示出来なかったし、それが思い付かなかった。


 今回のセレクションでは全体の実力の底上げが望まれている。板垣と御岳さんの話ではチーム内で2つスタメンが組めるだけの人数と厚みが欲しいとの事だった。

 この3月からVandits安芸は県リーグ以外に練習試合を手当たり次第に組んでいる。基本は一ヶ月に2~3試合。多い時には毎週組まれている時もある。これには試合経験と言う大きな目的もあるが、これからチームが上のカテゴリーに上がるにしたがって年間の試合スケジュールは非常にタイトになる。今の一ヶ月に1試合などと言うのんびりとした日程は四国リーグ以降あり得ない。その事を考えれば、今年から試合数を増やす事で体と頭をしっかり切り替えていく必要がある。


 長いホイッスルが響く。試合形式のセレクションが終了する。ここからセレクション生は全員が本陣に戻り、シャワーや風呂を済ませ昼食後にセレクション結果の発表となる。去年と同じように面接に進んだ者がセレクション合格となる。

 昼食はビュッフェ形式になっており、今回だけは本陣の厨房に調理部の皆さんに来てもらって、Vandits安芸が寮で食べているようなメニューが数多く用意されている。


 そして食事後、そのまま食堂で面接へ進むセレクション生の発表となった。42名中で面接に進んだのは12名。社会人4名。大卒5名。高卒3名。その中で何人が無事に契約となるかどうか。今回もどんなに人数が多かろうが、落選となったセレクション生には親御さん含め、セレクションへの参加を感謝して握手と共にしっかり言葉で伝えた。非常に名残惜しいが落選した方はここで退室となる。

 その後、合格した者は別室で面接となる。今回は俺と常藤さん、板垣・御岳さん・原田の5名で面接を行う。特に定型は設けず、それぞれが聞きたい事を時間制限を設けずしっかり質問すると言う約束になっている。


 ・・・・・・・・・・

面談者:【岡田 真人】

 一人目に入って来たのは、岡田真人。宮城でJ1デビュー、その後J2からJFLを経験している。恐らく彼の高校以降のサッカーキャリアで初めての都道府県リーグになる。

 コーチ陣からのある程度の質問が終わった後、他に質問があるかと板垣が目でこちらに訴える。怪我の状態などはコーチ陣が直接目で確認したんだろうが、こちらは素人だ。本人からしっかり言質として預かりたい。


 「膝の状態は?冷静に年間を通してプレイ出来るかを自身が判断して欲しい。」


 岡田の表情がグッと硬くなる。気分を害したか?いや、覚悟を決めた?


 「....正直に言えば、試合数にもよりますが、年間を通してスタメンを守るのは厳しいかも知れません。ぶっちゃければ、昨日・今日は本当に良く動いてくれたと言う状態です。」

 「なるほど。ざっくりで構わない。岡田君のベストからすれば何%のパフォーマンスが望める?」

 「........70%。もしくはそれ以下。」


 こんどは板垣達の表情が曇る。やはりそうか。そこまでひざの状態が悪くないならとっくの昔にJチームから声が掛かっているはずだ。それが地域リーグを飛び越えて都道府県リーグで、しかも自分の地元から遠く離れた地域に来ている時点で何となく俺としては予想は付いていた。「自分の地元では隠せない程膝の状態が悪いと言う認識が広まっている」からこそ、そこまで認知されていないであろう四国にまで足を伸ばしたのだろう。


 「隠して入団する事も出来たのでは?正直に話した理由は何でしょう?」


 常藤さんが無表情で尋ねる。硬い表情のまま岡田が答える。


 「昨日・今日の二日間セレクションを経験させてもらい、今までに自分が受けて来たセレクションの中で一番手厚く迎えられたと思いました。選手ファーストでこちらに負担が無いよう組まれたセレクション内容。宿泊先や食事まで支援して貰えるなんて、Jのチームでもあり得ません。その対応にきちんと応えようと思いました。」

 「あなたの膝の状態を我々に包み隠さず教えてください。」

 「仙台でお世話になっていた先生からは1年で良いから治療に専念しろと。そうすれば100%に近い状態に戻す事は出来ると。チーム状況によっては年間戦う事も出来る。だから、何とか体を休めろと。でも、今の僕の年齢で、チームも決まっていない状況で休むなんて出来る訳がない。僕には妻と子がいます。何とか食わせなければいけない。その為ならなんだってします。」


 俺達全員が黙ってしまう。プロとして追い込まれてここへやってきた。形はどうだって良い。家族を食わせる為に仕事を探している。そのあまりの必死さにどうしたものかと悩む。

 俺は板垣と御岳さんに質問した。


 「必要なんですね?」

 「ひざの状態さえ安定すれば間違いなくチームの主力です。しかし....」

 「出来るならば欲しい。彼の経験は間違いなくチームの大きな知識になる。膝の状態次第となるが。」


 その先に続く言葉は分かっている。「膝さえベストならば迷いなく獲る」。さて、どうしたものか。岡田のプロフィールをパラパラとめくる。ある項目に目が留まった。


 家族 妻:昨年まで事務員として勤務 子:4歳


 「岡田君、奥様の前職は?」

 「え?妻ですか?えっと....事務員でした。」

 「なるほど。業種は?」

 「小さい工務店でしたが。」


 よし、決まりだ。


 「板垣、運営部としては岡田君の採用に問題はない。しかし、条件として奥様を事務員としてデポルト・ファミリアで採用する事。勤務内容はしっかり話し合い、お子さんのお世話に極力かかれる体制を作る。それが、通るならば構わない。」


 常藤さんは楽しそうに笑顔。板垣達は驚きの表情。そして岡田は信じられないかのようにこちらを見ている。


 「あの....妻の就職が条件ですか?」

 「そうです。あなたの奥様がうちの社員として働いてくれる事が、あなたが一年うちでプレイを控えて怪我を治す事の条件です。出来ればその後もチームに残っていただければ嬉しいですが、それはまた話し合いとなりますね。」

 「冴木さん、良いんですか?」


 心配そうに板垣がこちらを見る。


 「問題ない。旦那の治療期間を奥さんが働いて穴埋めする。チームとしては1年間飼い殺しの状態かもしれないが、会社としてはプラスしかない。奥さんと岡田君の二人の戦力が手に入るんだ。それにこれでうちが取り組めなかった社内の育児対応を促進する事も出来るしな。」


 板垣は参りましたとばかりに、ふぅっとため息をつく。御岳さんは大笑いだ。原田はまだ驚いている。


 「岡田君。奥様と話し合ってお返事を下さい。当然ですが、奥様にもしっかりと面接を受けていただいた上で社員契約を結んでいただき、もちろん報酬はお支払いします。まず、生活を安定させ自分の体を治せる環境を作りましょう。そして、出来れば治った膝でチームに貢献してもらえればうちとしては万々歳です。」


 俺の顔を見て、岡田は涙を堪えながら頭を下げ肩を震わせる。


 「....宜しく..お願いします。」

 「まずは奥さんと話し合ってください。お返事は1週間待ちます。後ほど基本契約の書類もお渡ししますので。」


 その言葉に何度も頷きながら、岡田真人の面接は終了となった。


 ・・・・・・・・・・

面談者:【伊藤 久志】

 JFLの大阪SCでもプレイしていたOHオフェンシブハーフ。さて、彼も彼で俺としては謎な部分がある。それをしっかり聞いてみよう。


 「運営部から質問はありますか?」

 「昨年まで大阪でプレイし、レギュラーと言う立ち位置では無かったにしろ、素人目に見ても戦力外とは判断しづらい内容だったにも関わらず、地域リーグを飛び越えてのうちへのセレクション。理由は何でしょう?」


 質問の仕方が意地悪だったのは自覚がある。まるでうちを受けた事が悪い事のような言い方だ。さて、どう答える。


 「はい。自分の出身地は高知県安田町です。中学で既に高知市内の中学を受験したので、学生時代のほとんどは高知市内だったんですが。Vandits安芸さんが高知県東部で発足されたと聞いた時は悔しかった。」

 「悔しい?ですか。」

 「あっ....はい。なぜ自分が発足メンバーになれなかったのかと。県2部リーグから参加したかったと心底思いました。それぐらい自分達の地元からJリーグ入りを目指せるチームでプレイしたかった。」

 「それならば高知ユナイテッドさんと言う選択肢もあるのでは?今の我々より間違いなくJに近いチームだと思いますが。」


 すると伊藤は下を向いてふっと笑顔を見せる。


 「高知のチームだから、Jリーグ入りが近いならどこでも良い訳ではありません。自分達の地元を中心に戦ってくれているからこそ応援したい、共に闘いたいと思うんです。少なくとも自分にとってはそれが大きなモチベーションです。」

 「なるほど。こだわりって事ですね。」

 「はい。自分がサッカーを高いレベルで続ける為に、地元の中学や高校への進学を見送った。それは社会人になった後もそうでした。全国レベルとなれば高知を離れる事が目標達成への近道だと言う事は、高知でサッカーを続けている選手ならば皆痛感しています。現状で唯一のJへの近道は高知ユナイテッドなのかも知れない。しかし、そのチームに高知出身選手が群がった所で、取れる枠はいくつあるのか。そんな時に自分が生まれ育った地域が含まれた中で活動してくれているチームが本気でJを目指していると分かれば、入りたいと思うのは僕としては当然の行動です。」

 「非常に嬉しい意見ですが、もし今年入団出来なければ?」

 「簡単な事です。次のセレクションを待つか、声をかけていただける選手に成長するだけです。」


 考えはシンプル。そして、初志貫徹。想いの強さも伝わる。最後にしっかりとアピールして貰おう。


 「では、最後に私達に伝えたい想いがあればどうぞ。」

 「Vandits安芸がJリーグ入りを果たした時にそのピッチに自分がいない事を想像するのが怖いです。自分達の地元で必死に地域発展とスポーツ振興をしてくれているチームに協力出来ないで何がプロサッカー選手か。ぜひ、一員に加えてください。」


 ・・・・・・・・・・

面談者:【アラン・水守】

 資料によると22歳。フランス生まれオランダ育ち、高校の頃には地元チームユースのレギュラーでフレンドリーマッチながらドイツやベルギーの地元チームのユースとも試合経験があるそうだ。

 オランダの大学卒業前に両親の仕事の都合で日本(高知)への転勤が決まった。父親(フランス人)と母親(日本人)にそれぞれ連れ子がおり、アランは父親側の連れ子だ。今の母親とは血は繋がっていない。そして血の繋がらない妹がいる。その妹は隣に座っていた。通訳だそうだ。


 御岳さんや原田は妹さんを介して質問する。そして、運営部へと質問が回って来た。


 『質問は英語が答えやすい?』『それともオランダ語にするかい?』


 俺は英語とオランダ語でそれぞれ言葉を変えアランに質問する。驚いた表情を見せる。有名大卒の起業家舐めんなよ。


 『もちろんフランス語でも構わないよ。』『ドイツ語は少し苦手なんだ。』

 『英語で構いません。気を遣ってくれてありがとう。』

 『構わないよ。妹さんを介する事で伝えたい事がしっかり伝わらなかったら不幸だからね。さて、君のレジュメを見せてもらったけど、大学での課程やスキルを見せてもらっても十分大企業や国際的な企業で活躍出来るだけの能力はあると思うけど、わざわざ高知に残ってうちを受けてくれた理由は何かな?』

 『リコ。あっ、妹です。妹と家族になってまだ一年。本当の意味でまだ家族になれているとは言えないのに、離れて暮らすなんてありえないと思った。リコや母さんは大丈夫だと言ってくれたけど、僕が不安だったからだ。だから、リコが、家族がいる高知で仕事とサッカーの両方の居場所を見つけようと思った。そして、Vandits安芸に出会えたと言う事です。』

 『なるほど。しかし、今後の君の活躍によっては君が大きなクラブへの移籍の話が出れば妹さんと離れて暮らす可能性もあるんじゃないか?』

 『自分がそれほどの選手だとは思っていないし、もしそうであったとしてもそうなる前にこのクラブがその大きなクラブへ成長すれば良いだけだ。Jリーグで大きく活躍出来るようなクラブになれれば、僕としては移籍する必要もない。それまで努力するだけだよ。』

 『シンプルなようで非常に大きな夢を語っているように見えるけど。』

 『サッカーを知らない人間からすれば、この土地でJリーグ優勝を目指す方がよっぽど夢物語だよ。それに比べれば随分現実的だと思うよ。』


 アランの隣で妹はハラハラした顔で俺達の会話を聞いている。当然だろう。とてもでは無いが、雇用する側とされる側の会話では無い。


 『まぁ、そこの辺りは今後練習と試合で証明して貰おう。こちらも愛想を尽かされないようにクラブとして努力するよ。』

 『ありがとうございます。期待に応えられるように努力します。』


 面白い人材が入って来た。握手を交わす。自信に満ちた表情の彼の手はじっとりと汗をかいていた。

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