第82話 19年度セレクション初日
2019年2月9日(土) <冴木 和馬>
自分の発言の真意をしっかりと皆に説明しなければいけない。
「まず、公的資金の投入を考えないと言う方針に関してだけど、普通に考えて当たり前の事だ。Vandits fieldは俺達が買い取る前までは公共施設だったが、俺達が買い取って土台と骨組み以外はほぼ別物みたいな施設にしたおかげもあって、完全に民設民営の施設と判断される状態だろう。その施設の改修や建物新設する時に、普通に考えて税金が投入されるはずがないだろ?だから、皆に相談する事無くあの場でそう言う発言をしたって事だ。もし、誰もそれを不思議に思わずに実際公的資金投入をお願いなんかに言ってたら笑って門前払いされてたと思うぞ。」
皆の質問を受けながら説明を続けていく。有澤が質問する。
「となると、今後は座席拡張を続けながらJ規格で通用する所まで頑張るって事になるんでしょうか。」
「そうだな。今の現状では様々判断材料はあるんだが、大雑把に判断するとJ2規格のスタジアムに改修する事が今のVandits fieldの限界だ。まぁ、ホームタウンの人口状況等でもしかしたらJ1規格の認可が下りる可能性があるかも知れないが、基本としては座席10000席以上と立ち見席合わせて12000人収容が条件だからな。」
「でも、それって....」
「まぁ、相当厳しいだろうな。しかし、本当の厳しさはそこじゃない。コメント欄にも流れてたろ?」
「交通インフラって事ですが?」
「それもあるな。ちゃんとうちのホームタウンを知ってくれてる視聴者さんがいるんだと嬉しくなったよ。しかし、俺はそれ以上に不安視してる部分があるんだ。」
そこで常藤さんが手を上げる。俺が視線を送るとその不安部分を語りだした。
「人口問題ですね?」
「正解です。」
不思議そうに板垣が質問する。
「人口ですか?」
「そうだ。芸西村の人口は3800人弱。そんな場所に1万人規模の建物建てて、毎週満員に出来ると思うか?近隣の安芸市・香南市・香美市を合わせても8万人。高知市の33万人の四分の一だ。」
そこからは予想と希望的観測がオンパレードな話が続くが、Jリーグ加盟と言う事になればこの近隣市町村を合わせて対戦チームから来てくれるアウェイサポーターも巻き込んで、年間18万人近い集客を生まなければいけない。
試合数も市場規模も違うが、高知市を中心にして活動している野球の独立リーグに所属している高知ファイティングドッグスの年間集客数が8万人だ。これがどれだけ厳しい数字なのかが分かる。
「皆の心を挫きたい訳じゃないが、それくらい俺達の周りには障壁が多いって事だ。こないだのイベントの2000人の集客ですら、
今後、500台以上の駐車場確保、スタジアムまでの道路整備、鉄道・バスの増便等など自分達だけでは解決出来ない問題が山積している。そんな問題を解決しながら、俺達はJ1を目指していく事になる。
「だから俺達が将来、スタジアムを新設すると言う判断が出来たとしても、他のJリーグチームのような2万人超えみたいなスタジアムは現実的じゃない。恐らくJ1規格ギリギリの座席数で勝負する形になる。」
「なるほど。でも、そうですよね。観客動員数で勝負出来ないなら、独自の採算方法を見つけていくしかないですもんね。」
そう言う考えに至ってくれる有澤が素晴らしい。はっきり言ってここまで俺が言ってる事を選手達に聞かせたらガッカリさせてしまっていただろう。ほぼJ1規格は無理だよって言ってるのと同じだからな。
「そう言う事だ。スタジアムに試合観戦以外の目的を生み出していく。それを数年かけて選手達も加わって全員で考えてブラッシュアップしていく。隣の桜ヶ丘公園の整備を自治体と共に手掛けて野球場の方から桜を見下ろせるフードコートのある施設を作るのも面白いな。それとも東部園芸緑地さんとタッグを組んで公園と繋がるアスレチック施設を作るか。もしくは巨大なスタジアムが無理なら大きなアリーナを作って、プロバスケットチームを誘致するなんてのも面白い。スタジアムよりは敷地は狭く済むし、今の野球場の敷地ならバスケットトップリーグクラスの体育館なら建設出来る敷地だ。まぁ、その為には野球場は取り潰さなきゃいけなくなるが。」
俺の雑な案にいちいち皆が反応してくれる。面白がったり、それは無理だよと言ってみたり、そんな事出来るんですかと驚いてみたり。
「常藤さんは覚えてますよね?向月の三原さんが言ってくれたVandits fieldは私達の夢の砦だって言葉。俺はその言葉を裏切りたくない。常に向上し夢を追い続ける場所でありたい。それはサッカーだけに限った事じゃない。俺達がこの地域で、そしてこの地域の皆さんと共に生きていく中でどれだけの可能性を秘めているのか。それを見つけていきたい。」
そんな中でも立ちはだかる困難は簡単に並べられるほどある。それでも、挑戦は辞めてはいけない。以前に自分自身が森に言った言葉だ。『走り始めてこんなにハイペースなレースになるなんて思わなかったなんて文句は通用しない。無理ならレースから下りるだけ。』自分達に出来る可能性を求めて、日々挑戦を続ける。もうレースから下りる事すら許されない。
「まだ時間はあるなんて思ってたらあっという間に時間は過ぎる。だから、一刻も無駄に出来ない。皆でやれる事をやっていこう。」
とりあえずはそれで税金投入への考え方や俺の今後の動き方などは皆に理解して貰えたはずだ。今後もこうして自分の考えを皆の前で話し、皆からも考えや疑問を引き出す時間を作らないとな。あまりに自分達の部署の仕事に追われ過ぎだと感じた。
・・・・・・・・・・
2019年2月10日(日)Vandits field <板垣 信也>
本日は2019年度のセレクションです。最終の参加人数は42名となりました。今日は私と御岳さんでセレクション生が行うメニューを決めている。ある程度、基礎体力を見るようなメニューもあるが、ほとんどがヴァンディッツで絶対必要となるパス&トラップやボールタッチの制度を問うようなメニューが多くなっています。そして、明日はGK以外のプレイヤーを4チームに分け、試合形式でセレクションを行います。
今日の練習で合格を出すにはあまりに実力の足りていないメンバーに関しては、今日の時点で不合格が通知されます。その事はセレクション生には応募の段階で伝えられていています。それは今回、セレクション生全員が本陣に宿泊する事が決まっているからこそ出来る事でした。他の場所でホテルを取っていたら、状況によってはホテル代をチームが負担する可能性もありました。
去年のセレクションと同じくやはり高校生と大学生がメインとはなっていますが、42名の中で我々が注目している選手が3人います。
まずはDFの岡田真人(28)。大学卒業時に当時J1に所属していたメダリア仙台に入団し、Jリーグデビューを果たしました。しかし、なかなか出場機会を得られず3年で放出。そこからJ2を経てJFLのコバルト宮城に入団します。一昨年までプレイしていましたが、解雇された後に不運にも膝を怪我して去年はチームが決まりませんでした。
そして二人目はMFの伊藤久志(26)。昨年までJFLの大阪SCでプレイしていました。高知県出身で元々は高校卒業後、県1部や四国リーグで活躍していましたが、4年前に大阪SCに所属。そこからレギュラーと控えを行き来しつつ、昨年解雇となったそうです。
最後にDFの成田雅也(18)。あの大評定祭で高知県東部地域高校選抜の左SB背番号24の子です。成田君に関しては、及川君・幡君・中堀君、そして御岳さんから育成も視野に獲得を考えてみてはと言われています。確かにあの早く粘り強いプレッシャーとチャンスへの嗅覚は育て甲斐がありそうです。
岡田さんと伊藤さんの二人が応募してくれた時には御岳さんと二人で何度もメールを見返したほどでした。私と御岳さんの共通見解で四国リーグ突破までにJFLまたはJリーグ経験者を獲りたいと考えていました。
それがこんなに早く実現するとは、しかし当然セレクションで実力を見させてもらってからです。特に岡田さんは去年の怪我がどれほど回復しているのかも気になります。
先ほど20mダッシュのタイム取りとショートダッシュの切り返し等も見ましたが、今のところは岡田さんは膝の状態は良さそうです。御岳さんも同じ見立てのようでした。他にも目を引く選手はたくさんいて、これは絞り込むのに相当悩む事になりそうです。
今日はゲーム形式の審査は無いので、応募してくれている女子選手の3名も一緒にセレクションを受けています。女子選手に関しては今日の夜に山口くんも混ざって、Vandits安芸の練習に入って貰い、7対7のミニゲームで合否を判断する予定です。当然、この昼間のセレクションの項目は少なめです。
「女子の3名も動き悪くないですね。」
「はい。夜の練習が楽しみです。」
私の隣で一緒にセレクション生を見ているのは、原田幹久君。元々SC愛媛レディースでコーチを務めていました。17-18シーズンで退職し、一般職へ戻ろうとしていた所を恩師である御岳さんに声をかけられ、19-20シーズンからVandits安芸のコーチ兼女子チームのコーチを務めます。女子チームに関してはまだ正式発足してませんので、兼務は問題ありません。
去年と同じように練習強度に関してはVandits安芸のメンバーが行っている練習強度で行っています。やはりパス交換・トラップに関してはかなり苦戦しているセレクション生が多いですね。
しかし、JFL経験のある二人は少しきつそうに見える時もありますが、他のセレクション生よりは問題なくこなせており、レギュラー組とパス交換をしたとしても問題ないとの判断です。
笛が鳴り練習がストップします。全員が息を吐きながら集合してきました。
「お疲れ様です。ここからは若干のセットプレイの約束事を練習して貰います。この約束事は実際にチームの戦術として採用されているものなので、今後の皆さんがチームに加わる事になれば毎日のように行うメニューです。今からしっかりと頭に叩き込んで下さい。」
少しメンバーがざわつきます。まだチーム入団も決まっていないメンバーにチームの重要な練習メニューを教える訳ですから、それなりには動揺はするでしょう。
練習メニューの説明が行われ、そこから1時間程度セットプレイの練習を行いました。こう言った時にも戦術理解の高さや応用力・対応力をしっかりと見ています。
はっきり言えば「言われた事だけやっていれば良い」レベルの選手は必要ありません。しっかりと自身で考え、自分のプレイスタイルやストロングポイントをいかにフィットさせるか、それを見ています。
そこには当然選手個人の経験が大きく関わってきます。JFLを経験しているような岡田選手達と高卒の選手を同じように判断してしまうのはあまりに厳しいと言えます。しかし、ここはもう学生の部活動ではないのです。結果を求められ、そこに経験の差や年齢の差が自ずと判断材料にされる世界なのです。
今日の予定が終了し、セレクション生が着替えを行っている間にコーチ陣が集まり話をします。御岳さん、原田君共に全員を明日の試合形式のセレクションに進ませても問題無いだろうと言う判断でした。原田君からは女子選手に関してはこの後のVandits安芸との合同練習を行わずとも合格の判定で良いのではと提案されました。
確かに先ほどまでの練習参加を見ている中では、落とす理由は見当たりませんでした。それに今は女子選手は一人でも必要な状態です。余程見劣りする選手で無い限りは選手登録の枠に入れても問題ないと思いました。
「まぁ、しっかりと判断はせにゃならんだろうから、トップチームとの練習は予定通り行おう。そこであまりにもな部分が見えるようなら判断も変える必要があるかも知れんが、今のところは内定と言う所かの。」
御岳さんの提案もあり、女子選手のトップチーム練習への参加は予定通り行う流れになりました。確かに判断材料が大いに越した事は無いでしょうし、そこで新たな長所が見える事も考えられます。
セレクション生が改めて集合し、明日の予定を伝えて無事に全員が二日目へ進めた事にホッとしているようでした。ここからセレクション生は本陣へ戻り、明日の試合形式のセレクションに向けて体を休めます。
本陣では常藤さんと施設管理部の皆さんが指導教育したスタッフさんによって、一泊二日間セレクション生をもてなしてくれます。施設管理部の皆さんにとっても、このセレクションは宿泊客への対応の予行演習になっています。
最初からいきなり40人以上のメンバーをさばく事になりますが、本陣を利用するお客様は基本的に学生の合宿など団体での利用が多くなると言う予想です。ですので、今回のようなパターンは何度となく経験するはずです。
これからコーチ陣で食事を取りながら初日のセレクションの内容を確認しながら、明日の試合形式の際に注目すべき選手をピックアップします。さすがに40名以上の選手をたった3人で判断するのは相当に大変です。そこに見落としが生まれないようにしっかりと3人が情報を共有します。
明日は契約問題もある為、冴木さんも参加していただける予定です。良い選手と契約に結びつけられる事を祈りながら、話し合いは続きました。
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