第81話 自力とご理解
2019年2月9日(土) <冴木 和馬>
「これは全国にあるJリーグクラブさんだけでは無く、今まさに我々と同じくJリーグ入りを目指し、日々戦われている実業団クラブや社会人クラブの皆様も含めての話ですが、普段活動されている地域のサッカーコートをホームグラウンドとして登録して活動しなければいけない中で、元々建設されて使用されている自治体のスタジアムを登録される事がほとんどだと思います。」
これに関しては各クラブがどのような状況で活動しているかが大きな分かれ目になる。元々ある自治体のスタジアムは言ってみれば『公共施設』だ。それを改修・増築・新設するにあたって税金が投入される事は、これと言って可笑しな事では無い。
【しかし、それを改修し天然芝のグラウンドにして、陸上トラックも無くし、芝養生の為に一般団体が使える日が限定されてくる。そうなった施設を果たして『公共施設』と呼べるだろうか。
俺だけの考えならば、そんな状態になるなら自治体は税金投入しないか、するとしてもスタジアムの施工終了後、土地も含めて施設をクラブに買い取らせるべきだと考えている。かなりの暴論だが。】(【】部分は当然、配信上では説明していない)
「しかし、私達の建設したVandits fieldは公共施設ではありません。民間施設です。地域への経済活動やスポーツ普及活動も目的とはしていますが、そこに自治体は絡んでおりません。その様な民設民営の施設に税金を投入する等と言うのは、とてもでは無いですが地元住民の皆様のご理解が得られるとは思いません。」
コメント欄は大荒れだ。「言われてみれば納得」「たしかに自社ビル建てるから税金くれって言ってるのと同じか」「分かりやす」等のコメントもあれば「これJリーグに喧嘩売ってないか?」「なかなかの問題発言だぞ?」などのコメントも多く見える。
「であるならば、我々としては自分達の懐事情で建設し得る物をサポーターの皆様に提供していくのが当然の道筋だと思っています。以上の考えから、公的資金、税金等の支援をスタジアム新設や改修などに関しては受けると言う考えはありません。」
有澤から質問が飛ぶ。こうなるともう有澤はコメント欄の代弁者と化している。本人も相当気遣いながら質問をチョイスし、内容を嚙み砕いてくれているが衝突は避けられないだろう。
「では、チームが好調で成績が充分であっても企業がスタジアムを建設・増築改修する体力が無いから、昇格が見送られる可能性があると言うことですか?」
「当然です。上のカテゴリーに進むと言う事はそのカテゴリーで戦い、経営していける能力があると言うお墨付きがあるからこそ出来る事だと考えています。税金をいただかないと経営出来ない団体ははっきり言って昇格すべきでないと考えます。」
「かなり厳しい意見に感じますが。」
「その公金投入を自治体・住民の皆様がご納得された上で投入されているなら全く問題は無いかと思います。税金を投入すると言う事は、イコールその土地の皆様に自己資金を投入していただく事と同義です。例えば200億の建設資金のうち、70億を自治体に捻出してもらう。しかし、自治体には年間50~60億の税収しかない。なら、単年での支援はどだい無理な話です。その為に何年にも分けて税金投入してもらうと言う事は、地域住民に長・中期ローンを組ませているのと同じです。しかも、その施設は自治体管理の施設では無いから、自治体が経営に口も出せなきゃ利用する優先権も無い。そんな話をどこの住民がOKしますか。」
「そこは投入を決定する時に契約条件の中に組み込むとかも出来るのでは無いですか?自治体の大会を優先的に開催出来るようにするとか。」
まぁ、いくらでもやろうと思えばやり方はある。しかし、クラブが街にある事に否定的な考え方を持つ住民も含めて、全ての住民を納得させるやり方なんて無いんだ。それが今の状況を生んでいる。
「それを組み込んだところで、一番優先されるべきはクラブの試合です。そうなればシーズンの中で20~30日間の日曜または土曜日、カップ戦・天皇杯・フレンドリーマッチやエキシビジョンマッチに日々の練習、さて自治体が大会として使える日曜日は年間で何日あるでしょう?このような議論が必ず起こります。しかも、Vandits安芸はさきほども申し上げた通り、民間施設です。大前提に税金投入と言う時点でご納得はいただけないと考えています。それにこれは個人的印象でしかありませんが、もし税金を1億円投入して3億の税収に繋がったとして、こちらがどれだけそれをアピールしても一般の方は『1億の税金が使われた』と言う事に焦点が当てられます。ならば、税金を使わず5000万円の税収を上げる方が一般の方への印象は良いと感じています。」
・・・・・・・・・・
<有澤 由紀>
ここまでの和馬さんの意見に対して相当にコメント欄でも意見は割れています。民間施設に公金投入は可笑しいと言う意見に賛成の方もいれば、そうしなければ選手達が実力があってもそこに停滞させる事になってしまう等の意見も見えます。そうですね。この意見を和馬さんにぶつけてみましょう。
「非常に分かりやすいご説明ありがとうございます。しかし、企業としての経営母体が整うまで昇格を見送ると言う事であれば、選手達はそのチームで停滞を余儀なくされる事にはなりませんか?それに対してクラブはどうお考えでしょう?」
「それに関しては選択権は選手にしかありません。クラブが経営を整えてカテゴリーを上げていくのと同じように、選手達も自分の活躍状況に応じてクラブを選択する自由と自分の才能に対する義務があります。そこを怠る事は応援していただいているファンの方を裏切る事にも繋がると個人的には考えています。確かに1つのチームで選手生活を終える事は日本に措いては非常に美談とされがちですが、本当に選手の事を思うのならばチームは送り出してあげるべきです。」
この意見も反応は割れました。選手目線での考えを持ってるオーナーだと言う意見もあれば、あまりにドライすぎると言う意見も見えます。
「本当に選手の成長を望むなら、より上のカテゴリー、より厳しい環境へ送り出してあげるべきです。そして望めるなら成長した彼らを自分達のチームへ戻って来て貰える立場と資金を手にして、未来で再び手を取り合う。それが、私の望む企業成長・選手成長です。私達の都合、チームの都合で選手を無理に引き留めて未来の選択肢を限定する事だけはしたくない。選手が本当に悩んでもらえるチーム作りはもちろんの事ですが、それがエゴになってはいけない。なによりも選手の人生は選手のモノです。」
「この辺りは人によっては非常に受け入れづらいモノもあるかと思いますが。」
「そうですね。当然それは理解しております。クラブ内でもこの考えに疑問を持つ者もいると思います。長くクラブにいてくれて、貢献してくれる方が良いに決まっていると思うのは人の
コメント欄でも「考え方がはっきりしてるのに夢追いかけてる系な発言あるのがカッコ可愛いよな。冴木さんは」「どんなにドライでも最終的には選手優先。ホントはこうあるべきなのかもな」などの意見もあります。
「ありがとうございます。一つ私から付け加えますと、冴木さんの仰っている意見は個人の考えであり、クラブが全てその考えに基づいて活動している訳ではないと言う事だけは付け加えておきます。しかし、最終決定権をお持ちの冴木さんの意見を普段から聞かせていただいてますので、私達も選手が最高の決断を出来るお手伝いはさせていただいています。」
「あっ!そうですそうです!個人的意見です。ありがとう。有澤さん。」
また「カッコ可愛い」コメントが乱れ飛んでいます。
「さて、一つのご質問に少しお時間取りましたので、次の質問に参りましょう。質問者pandaさん、チーム本格始動一年目、非常にたくさんの話題に溢れ、私達サポーターも本当に楽しませていただいた一年だったと思います。そんな私としては、来期になって急に話題少なくなっちゃうのが心配です。オーナー、監督、来期も私達を楽しませてもらえますか?と言う、非常にサポーターの皆様の切実な思いを届けていただきました。板垣監督、いかがでしょう?」
「もちろん来期は四国リーグ昇格に向けてのチーム編成、そして県1部での戦いが待っています。現場としては一戦一戦を大事に勝利していく事がサポーターの皆さまへの最高の報告になると思っておりますので、そこを大事にしていきたいと思います。」
やはり板垣さんは真面目です。こちらが予想出来る答えが返ってきます。しかし、冴木さんの回答を聞いた後では、配信をご覧の皆さんも若干物足りなさを感じているようです。次に冴木さんに話を振ります。
「板垣監督は真面目ですからね。ちゃんとクラブや選手の事を優先してコメントしてくれてますよ。来期に関しては監督が仰る通り、大前提目標は『県1部リーグの突破』です。これは最低条件として達成したい目標です。そしてクラブとして企業として取り組んでいく事で現在決定している事は、先ほどもお伝えしましたが農園の直売所が今期から来期中にOPENします。そしてVandits field内の宿泊施設『本陣』の宿泊予約がスタートしました。これに関してはVandits安芸のスケジュールに合わせてご予約されたい方もいらっしゃると思いますので、近日中にチームスケジュールと宿の予約状況をリンク出来るようにHPを変更いたします。」
この発表にコメント欄は盛り上がっています。そう発表されると言う事はVandits fieldでの試合予定があると言う事です。
「そして、来期からテスト運営となっていますが、Vandits安芸のジュニアユースチームと女子チームの練習が開始されます。まだメンバーが揃っている訳ではありませんので、正式登録されたチームではありませんが来年・再来年に向けてチーム運営をしていきたいと思っています。」
ここでコメント欄で多かったコメントが「いつの間に女子選手の募集をしたのか」と言うコメントでした。私はさも自分が気付いたように和馬さんに質問してみます。
「ジュニアユースチームは地元の小・中学校の皆さんとサッカースクールをさせていただいていましたので想像はつきますが、女子チームはいつの間に募集されていたんでしょう?これは皆さん驚かれていると思いますが。他の女子選手の方によっては自分も応募したかったと悔しがってる人もいるのではないですか?」
「あぁ、もしそうなってしまったなら誠に申し訳ありません。しかし、事後報告や騙し討ちみたいになってしまいますが、去年も今年もセレクションの募集要項には男子のみなんて事は書いてないんですよ。18歳以上の高校卒業見込みの方~40歳までのプロを目指したい方で、当社に社員登録して一般業務もしていただくと言う条件だけです。」
「なるほど。女性が応募しても問題は無かったと。」
「もちろんです。実際に去年も応募はあったんです。しかし、女性が1名のみだったので、その事を伝えるとその女性は今回は残念ながらセレクションは見送りますと。合格しても活動出来ないのであれば、別の機会を探すより他無かったのでしょう。本当に申し訳ない事をしました。しかし、今回は数名の応募をいただけたので、来期・再来年に向けてチーム結成を目指そうと言う事になりました。」
「なるほど。女子チームも当然....」
「そうですね。集まってくれるメンバーと指導者によりますが、結成するからには女子のトップチームは目指していただきたいですね。我が社としてもVandits安芸と同様に全面支援していきます。」
コメント欄が盛り上がります。何名かは「受けたかった」と言うコメントも見えます。どれだけ本気のコメントかは分かりませんが、反応は上々のようです。
「女子チームに関してはチーム自体が出来ておりませんので、対戦相手もいなければ練習もまともに出来る状態では無いと予想しています。しかし、それでも一般業務をしながらプロリーグを目指したいと思って応募していただいた女子選手がいらっしゃるのも事実です。その選手が夢を見続けられる体制を早急に整えていきたい。しかし、それにもやはり企業としての体力は必要不可欠です。今年度以上の努力が我が社に求められていると感じております。」
「と言う事は?」
「恥ずかしながら後出しジャンケンになりますが、女子プレイヤーの方の応募がこれだけあった事を受けて女子チームの結成を決めました。ですので、恐らくとしかまだ言えませんが、来期中にもう一度女子だけのセレクションを行うと思います。いつ、とはっきり言えない所が申し訳ないのですが。」
「いえ、それでも入団を希望されている方には大きな報告だと思います。」
「何度も申し上げておきますが、女子チームは男子チームと違い、活動の目途はまだ立っていません。応募して下さる方の中にはデポルト・ファミリアの社員として業務していただきながら、またはアルバイトをしながらチームとして活動出来る日を待つと言う状況が続くかも知れません。もし、ご応募いただける方はそこをしっかりと覚悟した上でセレクションを希望していただければと思います。」
「またセレクション実施情報等はHPでもお知らせがあるかと思いますので、チェックして下さい。」
さて、衝撃発言だらけのミーティングもそろそろ終わりに向かいます。
「では、お時間が近付いてきております。最後を冴木和馬さんに締めていただきたいと思います。冴木さん、一言お願い致します。」
「はい。ご覧いただきました皆様、お忙しい中で長時間ご覧いただき誠にありがとうございました。これから短い期間になりますが、来シーズンに向けての準備が加速していきます。来シーズン、県1部リーグで更に成長したチーム・クラブをお見せ出来るように選手・監督はもちろんですが、スタッフも全力で準備してまいります。ぜひ、来シーズンも熱い応援宜しくお願い致します。そして、まだ現地に応援来られた事無いと言う方が多いと思いますので、ぜひ現地でこの熱さを実際に一度体感していただきたいと思います。本日は誠にありがとうございました。」
全員でカメラに向かい深く頭を下げます。
「はぁいっ!OKでぇ~す!配信終わりましたぁ!」
杉山さんの声に全員がふぅっと息を吐きました。そして、全員の目線が和馬さんに集まります。
「さて、追加説明必要だよね。」
もちろんです。お願いします。
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