第80話 サポーターミーティング
2019年2月9日(土) <三原 洋子>
板垣さんからの県2部リーグの報告が終わり、ここで来期に向けた動きが説明されます。まずは有澤さんが板垣監督に話題を振ります。
「監督、来期に向けた中で選手の入れ替わりなども当然起こると思いますが、現状で決まっている事を教えてください。」
「はい。今決まっている事は来週に新入団選手のセレクションが行われます。Vandits fieldで行われますが、一般の方には解放されておりませんので、当日来られても見る事は出来ません。」
板垣監督の言葉にスタジオでも笑いが起こっています。祐実ちゃんも一緒にミーティングを見ています。
「セレクション楽しみですよねぇ。淳也はセレクションで入ってくれた選手だし。大野選手も今年は大活躍でしたしね。」
「そうやね。良い選手入ってくれると良いけど、選手のポジション争いが更に激しくはなるろうねぇ。」
有澤さんの言葉が続きます。
「しかし、まず残念なお知らせをしなければなりません。Vandits安芸は来季、DFの小林将人選手との契約を結ばない運びとなりました。小林選手は来シーズンは地元鹿児島の県1部リーグに所属する指宿ナイツに移籍されます。どうか移籍先でもこれまでと変わらぬ応援宜しくお願い致します。」
え?小林選手移籍?移籍なんて言い方をしてるけど、選手は全て契約社員または正社員として雇用されてたはず。と言う事は退職したって事?
祐実ちゃんが売り場にいる希美ちゃんに「小林君、移籍だって!」と伝えると、お客さんがいないのか希美ちゃんが休憩室に飛び込んできます。
板垣監督の説明が入りました。
「小林選手は自分自身に更なる課題を求め、そして出場機会を得る為に移籍を決断しました。それまでに何度もチームとの話し合いは持ちましたが、チームとしても小林選手の今後を考え移籍の意志を尊重しました。」
「もう一名、選手登録を抹消した選手がいます。GKの望月尊選手です。」
有澤さんの言葉に私達全員が耳を疑いました。
望月選手?チームの大黒柱、守護神だよ?実際、県2部では望月選手が出場した試合は失点が無いのに。どうして??分かんない。
「では、ここで望月選手ご本人からお話を伺いたいと思います。宜しくお願い致します。」
「望月尊です。このような機会をいただき有難く思っております。本日は宜しくお願いします。」
「まず選手登録抹消と言う決断に至った経緯をお伺いしても宜しいでしょうか?」
望月選手は初めて実業団選手としてサッカーに関わっていく中で、仕事をしながら練習と試合をする一年に体が付いて行けるのかと言う不安がずっとあったそうです。実際に体の不調を抱える中で出場した試合もあって、そう言った中でこれから上のカテゴリーに上がり更に試合数が増えたり、試合強度が上がっていくに伴い自分がチームに見合うパフォーマンスが出来るのかどうかと悩み続けたそうです。
「自分自身に厳しい言い方をすれば、覚悟が甘かったと言う事だと感じています。それでも今期に関しては結果を出せていた自分がいたので、もしかしたらやれるのではないかと言う考えが生まれた事も悩みが深くなった一因です。」
私からすればこれだけ文句なく結果を残せているんだから、県1部でもプレイしてそれから判断しても遅くないように思うのに。
「自分が来年33歳と言う年齢とチームの今後の事を自分なりに真剣に考えて、選手として自分が出来るのはここまでだろうと言う判断になりました。今後はデポルト・ファミリアが運営しております農園の管理に携わっていく予定です。」
本人の中でここまでしっかりと決断して発表されてしまうとサポーターとしてはその決断を尊重する事しか出来ません。唯一嬉しいのは今後もVandits安芸、デポルト・ファミリアの一員として残ってもらえると言う事でしょうか。
・・・・・・・・・・
<有澤 由紀>
望月さんの登録抹消の発表以降、掲示板サイトの書き込みが若干荒れています。と言うのも実質の引退発表を尊重したいファンと、引退を決断させた・引き留めなかったクラブへの責任を問うファンの間で少し小競り合いが起こりかけています。
私達としましては、このサイトはチェックしていないテイになっていますので、気にはなりつつも無視をして先に進みます。
本当ならば八木選手達の報酬見直しなどもお知らせする所なのですが、和馬さんが「会社の一社員の給料が変わった事をわざわざ外部に知らせる会社がどこにある?」と発表は取り止めになりました。
さて、ここからは事前に応募されていたクラブへの質問にお答えする時間です。ほとんどの質問が監督や選手に対する物で、板垣さんと中堀選手が丁寧に答えてくれています。チャットの方も少し落ち着いて来たでしょうか。
さて、次の質問です。
「さて、ここで運営スタッフへの質問が来ております。代表して冴木和馬オーナーと常藤正昭運営統括部長にお答えいただきます。」
ここまで一切画面には映らなかった二人が映し出された事で、チャット欄が一気に盛り上がります。運営部のトップ二人ですから、当然二人のコメントはクラブとしての公式コメントと捉えられます。注目されて当然です。
「まず、最初の質問です。質問者のお名前も出して良いとの事ですので、読ませていただきます。質問者rockriverさん、高知県芸西村に本拠地を構えられて以降、選手が農業への従事をされていますが、今後この分野でのクラブとしての関わりを教えてください。との事ですが、常藤さんお願い出来ますか?」
「はい。ご質問有難うございます。私どもは高知県芸西村に来た当初に、芸西村役場の方のご協力をいただき、休耕地として使われていない畑や田んぼをお借りして農作物の生育に取り組み始めました。現在も常勤スタッフ9名、農業アルバイトスタッフ8名で2.5haの畑を管理しております。ご質問の答えとしては『クラブとしての関わり』は現在も続いております通り、クラブの選手が実際にお給料を貰いながら農園スタッフとして作物の生育に関わっていくと言う事になります。」
その常藤さんの答えにチャット欄では「質問が悪い」「聞きたい事はそうじゃない」などのコメントが並びました。常藤さんはこのコメントも横目に当然読みながら答えています。
「そして、付け加えて答えさせていただくとすれば、デポルト・ファミリアとしての農園との関わりは、現在、農園で生育させた作物を販売する為の直売所を建設中です。そこでは野菜などの販売の他にもその野菜を使った加工品や地元の工芸品等もお買い求めいただけるようになる予定です。」
常藤さんの答えに「聞きたかったのはそう言う事!」「直売所か!楽しみ!」などのコメントが流れます。
さて、次の質問は少し突っ込んだ内容になりそうです。
「ありがとうございます。さて、次の質問です。質問者✖△さん、現在のVandits fieldは2500名収容と聞いてますが、今後カテゴリーが上がっていく中でJ規格のスタジアムを芸西村で建設可能なのかをお聞きしたい。また、現在のスタジアムの拡張または新設を考えられる際に、公金の投入に関しては自治体との話し合いは進んでいるのかもお聞きしたい。との事です。これに関しては....」
和馬さんが手を上げます。
「では、冴木さんにお答えいただきます。」
「ご質問有難うございます。現在クラブは都道府県リーグを戦っております。もしJリーグ規格のスタジアムを考えるとなると、恐らくJFLに入る段階で現実味を帯びてくる話題になると思います。現在のVandits fieldのスタジアムに関しましてはJリーグスタジアム基準に定められております、メインスタンド西側設置や、LED照明での1500ルクス以上の確保、屋根の設置などは基準を満たしております。しかし、座席数に関しては現状のスタジアムでは最高での8400名分の座席数確保が限界であり、立ち見エリアを作ったとしても、Jリーグの定める基準に準えますとJ2クラブ基準のスタジアムが恐らく限界であろうと言う事になります。」
この発言に「今の段階でもうJ規格を頭に入れてスタジアム整えてるのか!」「そりゃ選手もやる気になるよ!」「選手以上に運営の本気さが見える!」と良い反応も見える中で、数名の方ですが「じゃあ、結局他でスタジアム作んなきゃいけなくなるじゃん。」「芸西村、途中で見捨てられるのか」「今のスタジアムは箱モノで終了の運命」など辛辣なコメントもあります。
和馬さんもコメントを目で追いながらですが、発言を続けます。
「当初にVandits field建設用地の買収の件でも、建設計画が進む中でも芸西村役場の皆さまや現地にお住まいになられている住民の皆様には多分なご協力と話し合いのお時間を何度も取らせていただき、現在のスタジアムの形となりました。しかし、J1規格となりますと現在我々が所有しております敷地ではかなり厳しいと言わざるを得ないのが現実です。そうなりますと敷地の拡張や現在の敷地にある別建物を取り壊しスタジアム建設地を広げていくと言う事も考えられますが、これにも多くの問題があります。」
これに関しては恐らく現地に来ていただけた事のある方のコメントもちらほらと見えます。「なによりスタジアムまでの道路整備は必須だよな」「あの小さな駅だけで1万人以上の観客を捌くのは不可能だよ」「駐車場もってなると更に敷地いるしな」など皆さんの中でも問題点は気付いてらっしゃるようです。
「その多くの問題も我々だけで解決出来るモノでは無い事がたくさんあります。それに関しては今後も活動を続けさせていただく中でお付き合いを続けさせていただき、お話合いの機会をいただいて良い方向を見つけていきたいと考えております。」
その答えに私は少し突っ込んで質問しました。
「この配信をご覧になっている方もそうですし、芸西村の方もそうだと思いますが、今後Vandits安芸がJ1規格のスタジアム建設に向けて本拠地を移されると言う事もあり得ると言う事でしょうか?」
この質問にコメント欄は「さすが俺らの有澤女史!突っ込んでくれた!」「おお!自分の上司にキツイ一発かますなぁ!」などのコメントが見えます。
和馬さんは私をチラッと見て笑顔で答えます。
「皆様のご心配を有澤さんが代弁してくれましたが、クラブとしての正式な見解として現在の状況で芸西村から本拠地・スタジアムを移すと言う考えはございません。それはチーム状況や世の中の経済状況等によって、今後様々に状況は変わっていくと思いますが、今までの2年間の活動でありとあらゆる状況を踏まえながら我々が芸西村で活動を続けてきた中で、現状はここから本拠地を移すと言う考えには至っていないと断言出来ます。」
「では、そうなりますとJ1が見えて来た時には更なる拡張などを視野に入れると言う事でしょうか?」
「まだJリーグどころか四国リーグにも上がれていない状況でそんな話をしていては鬼も笑うでしょうが、そう言う未来も見据えた中で我々は今も活動を続けております。集客やインフラの面では現在も地元含め高知県のバス会社の方々や、ごめんなはり線を運行されている土佐くろしお鉄道様とも何度となく話し合いの場をいただいております。そう言った皆様との交流と努力を続けていく中で、良い方向が見えてくるのだと考えています。今すぐにその道筋が見えるなら、どんなクラブチームもすぐにJクラブになれてしまいますよ。」
その答えにコメント欄は「さすがファミリア創業者、答えが明確だわ」「質問者に焦んなよってやんわり言ってるのと同じ」「この質問者、アンチヴァンディッツで有名だからな」などのコメントが見えます。
「そして、質問にありました公金の投入について自治体との話し合いは進んでいるかと言うご質問ですが、これに関しては我々との考えが違う為、少し答えに戸惑っているのが本音です。」
「戸惑うですか?」
和馬さんの思わぬ発言に私だけ無く監督や中堀選手、そしてコメント欄でも少しざわつきが見えます。落ち着いているのは常藤さんくらいでしょうか。
「はい。私共デポルト・ファミリアでは、クラブ運営はもちろんスタジアム建設・拡張・改修に公金投入と言う考えはありません。」
え?あまりの衝撃発言に少し時が止まった感覚がしました。
自治体支援無しでスタジアムを建てるって事ですか?Vandits fieldは総額23億くらい掛かりましたけど、その金額ですら和馬さんの個人資産をほぼつぎ込んで建てたのに。それ以上のスタジアムを自治体の協力なしで建てるなんて。少し無理のある、いえ、だいぶ無理な発言じゃないでしょうか。
当然、コメント欄も盛り上がっています。「200億300億の建設資金を自分達で構えるって事?」「いやぁ、Jリーグのトップクラブでも公金支援当たり前なのに、そりゃ無理な話でしょ」「そこまでファミリアがホテル事業で儲けてるとは思えないけどなぁ」と和馬さんの発言に異議を唱えるコメントばかりです。
「これはJリーグの体制批判とかそう言う事では無く、私の経営の考えとしてお聞きいただきたいのですが....」
ここから本日のサポーターミーティングの最大の山場を迎える事になりました。
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