第79話 オフでも大忙し②

2019年2月1日(金)終業後 秋山直美宅 <秋山直美>

 今日は定例女子会です。参加出来るメンバーはその時によって変わりますが、月に一度、誰かの家で行われます。今月は私の家。参加メンバーは、真子さん、葵、加奈、さやかちゃん、結愛ちゃん。

 千佳ちゃんと由紀は編集作業が忙しく不参加、坂口さんはお客様との打ち合わせで忙しく不参加、裕子ちゃんは及川さんと....常藤さんと新人教育中です。


 「真子さん、ごめんなさい。気を遣わせちゃって。」

 「良いの良いの!普段から頑張ってくれてんだから。食べよう食べよう。」


 女子会で食べる物はそれぞれが何か持ち寄る決まりになっています。そんな中で真子さんがまさかのお寿司を差し入れてくれました。しかも大きな寿司桶で二つも。中には様々なネタがぎっしりと!これには女子メンバー大興奮です。

 特に葵や加奈はまだ入社したばかりだから、こんな高級寿司を食べる機会も少ないはずなので、ここぞとばかりに堪能しています。


 「あぁ、私ホントにデポルトに来て良かったぁ。」

 「寿司くらいで感動されちゃ困るわよぉ。」

 「いや、でも真子さん。私達より下の年齢の女子社員はそうそうお寿司食べに行ったりは出来ないですよ。回転寿司ならまだしも。」

 「そっか。まぁ、それもそうね。あっ!そう言えば葵ちゃん。女子サッカー部出来るんだって?」


 真子さん....また社内ですらまだ発表されてない事を私達にサプライズ発表してきますね。まさか女子チームですか。


 「そうなんですか!?良かったね!葵!」


 加奈が喜んでいます。葵も照れながらもやる気十分って感じです。チームを作る事になった経緯も葵から説明されました。私達が思っている以上に女子選手の活躍の場はまだまだ少ないみたい。


 「でもさ、今年一年活動してれば来年には県外からの希望者も来そうだよね。」

 「はい。冴木さんのお話では、女子チームの活動もヴァンディッツと同じようにチャンネルで紹介するって仰ってました。それが呼び水になればって。」

 「今、チャンネルは注目集めてるからねぇ。由紀にお願いして宗石さんと女子チームの練習見学みたいな動画作ってもらうのも良さそうだねぇ。」

 「宗石さんだってタダじゃないんだから、そんなにしょっちゅうホイホイ動画に出てくれる訳じゃないのよ?それに出演過多は有難味も減るしね。」


 そんな冗談も飛び交いながら楽しい女子会は続きます。雑談しながらも時々仕事の話が混ざってしまうのはお互いに仕事に楽しさを感じているからでしょうか。


 「あっ、営業部と施設管理部からご報告ですが、2月からの本陣の宿泊予約、小学生の野球チーム2チーム2泊3日と、バスケットボールチーム4チーム2泊3日でご予約いただけました。野球・バスケ共にそれぞれに日程合わせて、合同合宿的な利用みたいですね。バスケの方は43名でのご利用です。」

 「すごい!ほぼ貸し切りじゃん。」


 皆から拍手をいただきます。


 「確かに!それに体育館と野球場の利用は助かりますよね。ヴァンディッツでも体育館は雨天の時くらいしか利用しませんから。」


 Vandits fieldの宿泊施設『本陣』の予約は先週からスタートしましたが、利用歴のある小学校・中学校にはいち早く一月初旬に予約開始の案内をお送りしました。その案内にいち早く反応いただけた学校さんが大口の予約をいれてくださいました。

 と言うのも当初はバスケチームは2チームと1チーム2校の3口での別日での予約問い合わせだったのですが、そこはさすがの裕子ちゃん。各学校に打診して、「合同の合宿にしていただくと体育館利用料も安く済むし、ウェイトトレーニングは剣道場でも出来ますので、練習試合も出来て合宿内容が充実するのでは?」とこちらから提案させていただき見事に同じ日程での合宿を取り付けました。そうする事で、他の一般宿泊のお客様とのバッティングが少なくなりますし、こちらもご案内がしやすくなります。


 「オフシーズンって言うからもう少しゆったり出来るとか思ってたけど、はっきり言ってオフの方が忙しい気がするわ。」

 「そうですね。来期に向けた準備をこの数ケ月でする訳ですから、普通に考えると忙しくて当たり前なんですよね。オフって言葉にまんまと騙されました。」

 「2月だってその予約宿泊がある中で、ヴァンディッツは来週にサポーターミーティングがあって、その翌週にはセレクションでしょ?忙しいわよねぇ。」

 「まぁ、今回のセレクションに関しては前回と違って、私達のお手伝いも無いですし、メンバーの参加もありませんから。チーム負担は少なくなりましたね。あっ、加奈と葵と森君はお手伝いあるけどね。」

 「マネージャーだから当然です。」


 来週にサポーターの方に今シーズンの感謝をお伝えし、来期に向けたサポーターからの要望をお聞きする機会を作りました。しかし、これに関しては事前に募集している要望に対してのみ回答すると言う形にしており、Ytubeチャンネル上でライブ配信はされますが、視聴者がコメントは出来ない形になっています。こう言った部分に冴木さんのチームとサポーターの関係の考え方が現れているように思いました。


 「でさ、裕子ちゃん。どうなの?最近の惚気っぷりは?」


 真子さんの質問に私と葵はぐったりします。いえ、仕事に影響は全く出ていません。そこはさすがの雪村裕子。完璧に仕事とプライベートは分けています。仕事は当然同じ施設管理部なので、研修指導や本陣での実習などでも二人が同じ場所で働いてる事はしょっちゅうです。

 しかし、一たび仕事を離れると、恐ろしいくらいの惚気に襲われるのです。その一番の被害者が葵。同じ部署ですし、同じ女性ですから、話しやすいのでしょう。そして、プライベートでも食事や休日を過ごす事の多い私もその被害者です。


 いやぁ、あれだけ惚気られるエピソードが毎日起こるかねぇと言うくらい裕子ちゃんの話は尽きません。最初は「可愛いねぇ。幸せだよねぇ」くらいの気持ちで聞いていられたのですが、一ヶ月を越えるとさすがにお腹いっぱいです。


 「そろそろ同棲でもしてくれりゃ良いんですけどねぇ。」

 「しないのかしら?」

 「休憩時間に少し聞いてみた事あるんですけど、何か一緒に暮らすのはまだちょっと恥ずかしいみたいです。」

 「「なんじゃそら。」」


 私達の話をいつもリサーチ部のさやかちゃんと結愛ちゃんは楽しそうに聞いています。本社の頃にこう言った話をする機会が一切無かったらしく、聞き役に回る癖がついてしまっているようです。早く気兼ねなく会話に参加してもらえるようになりたいもんです。


 「さやかちゃんたちはどう?高知には慣れてくれたかしら?」

 「はいっ!仕事も楽しいのもありますけど、リサーチで現地調査をする時の道が東京や近郊都市では考えられないような自然がたくさんで、ホントに楽しいです。私、趣味がドライブって言えそうなくらい今は現地調査楽しいです。」

 「まぁ、これくらい海と山が近い県も珍しいでしょうからねぇ。海岸線から1~2キロ走ればもう山道だもんね。しかも海が広い!」

 「そうなんです。確かに東京でも海沿いは走ったりしましたけど、東京は海って言うよりやっぱり港感が強くて。この高知でのパノラマ風景はホントに感動しました。」


 それは私も高知に来た当初、本当に感動したのを覚えています。真子さんに言わせると「酒と自然だけの場所よ」と謙遜されますが、私からするとその自然が素晴らしすぎます。そしてこれは酒処と呼ばれる都道府県ではよくある事ですが、本当に食事が美味しい。お酒に合う食事文化が発展した事もあるでしょうが、お酒好きな私からすると、高知の塩たたきと酒盗、そして生シラスは本当に意識持ってかれるぐらい感動しました。

 本来、私の記憶の中にあるカツオのタタキは冷えてるんですが、ある宿泊施設にお邪魔した際に鰹のたたき作りの体験が出来て、そこでは藁で焼いた温かいたたきに粗塩を振っていただいたんですが、ホントに声が出るくらい美味しかったんです。それ以来、鰹のたたきの印象は私の中でガラリと変わりました。


 高知に来て二年。でも、知らない事がまだまだあります。もっともっと知りたいと思わせてくれるのは、周りのあたたかい県民の皆さんとのお付き合いのおかげかもしれません。


 ・・・・・・・・・・

2019年2月9日(土) 店舗兼自宅 <三原 洋子>

 今日はVandits安芸のファンミーティング配信の日。朝からいつもより多めにパンを仕込み、店頭には「ファンミーティング参加の為、午後はパンの作成ありません。」とお知らせをさせていただきました。ごめんなさい。でも、こればっかりは見逃せない。


 あの冴木さんとの話し合い以来、私達は私達なりにサポーターの在り方を考え、活動してきました。そして今日、サポーターや普段チャンネルを見ている視聴者の方から監督や選手、運営への質問・要望を受け付けてそれに応えるイベントを開催してくれました。


 しかし、配信はライブチャット機能が遮断されており、あちらから流れるライブ映像を眺めるのみとなっています。なので、他の掲示板サイトがチャット代わりとなり、非常に盛り上がっているようです。そのやり方には否定的な意見も見られ、「サポーターを寄り付かせないようなイベントに感じる」と言うコメントもありました。


 私達は冴木さんからサポーターとの関わりについてのお考えを聞いていましたから、この内容にはあまり驚きはありませんでしたが、他の方からすればガッカリした部分はあるのかも知れません。


 パソコンを置いてある休憩室には希美ちゃんと祐実ちゃんがお客さんの状況を見つつ代わる代わる「始まりました?」と確認しに来ます。

 私が今回のサポーターミーティングで唯一不安視しているのは、一昨日お店を訪れてくれた時に直美ちゃんが言っていた「ただのファンミーティングで終わると思わないでください」と言う一言です。

 また何かとんでもない事が起こるのでしょうか。


 ・・・・・・・・・・

【Vandits安芸サポーターミーティング】<有澤 由紀>

 ライブ配信開始の準備が整った事が出演者に伝えられます。今回、ミーティングに出演するのは、和馬さん・常藤さん・板垣監督・中堀選手・望月選手です。ただ、中堀選手はキャプテンとしてサポーターの方からの質問には答えますが、望月選手は選手登録抹消の報告の為の出演です。


 事務所の広報部の部屋に収録する為のセッティングをして、配信開始を待っています。私達の目の前には大きなモニターがあり、そこで配信画面がリアルに見えています。そして、もう1画面では一番動きのあるチャット掲示板サイト『アルファ』のVandits安芸の項目チャットを開いています。


 まだ配信は始まっていませんが、すでに350名ほどの方が待機してくれているようです。それだけでもチームの注目度が高まってきている事が分かります。

 しかし、私の中で不安なのは質問に答えるコーナーです。私は当然ですがどういった質問を誰にするかは把握しています。しかし、その質問した相手がどういった答えを返してくるかは知りません。杉山さんの提案で、「有澤は出来るだけ視聴者目線の立場にいた方が良い」と言われ、回答を教えて貰えませんでした。


 この事で板垣監督や中堀選手は全く心配していません。お二人とも真面目な性格で良い意味でも悪い意味でも定型文的な回答が予想できるからです。

 問題は和馬さんと常藤さんです。常藤さんは超現実派。そこに夢や希望は一切織り交ぜません。時に誇張したりする話し方はしますが、意味を考えれば非常にリアル思考な答えが返って来る人です。そして、和馬さんは全く忖度しない・発言内容をボカさない・自分の信念は曲げない方なので、はっきり言えば一番サポーターと考えがぶつかる人です。だからこそヴィジョンが明確と言う事もあるんですけど。


 実際に三原さん達との話し合いでもはっきりと「チームとサポーターの間に線は引く」と断言されたくらいです。そこをしっかりと噛み砕いて説明してくだされば、サポーターの事を慮ってくれているからこその決断だと分かるのですが、世間は取っつき易いタイトルだけを切り取って内容を読まず批判してくる人ばかり。過激な和馬さんの発言は場合によっては大きな波紋を呼びかねません。


 その緊張感は私だけでなく、広報部全員が感じています。しかし、何度打ち合わせをしても和馬さんと常藤さんの回答はご本人からは教えていただけませんでした。一体どんな回答が飛び出すのか。きっと問題なく終わる事は無いだろうと思います。


 それを感じさせる要因が、先ほどから和馬さんがずっとチャット画面の皆さんの発言を読んでるんです。このチャット画面を表示するように提案したのも和馬さんでした。サポーターを寄せ付けないような雰囲気を見せているのに、サポーターの動きや発言には物凄くアンテナを張っている。

 矛盾しているようで凄く合理的に動かれているんだと思いました。相手に勝手に発言はさせるけど、それを取り入れるか弾くかはこちらが決める。それでも良いなら発言しときなさいって言い方が正しいかどうかは分かりませんが、私はそのように感じました。

 杉山さんから声が掛かります。


 「では、そろそろ始めます。じゃぁ、有澤の挨拶まで5・4・3・2....」

 「皆さん、こんにちわ。ヴァンディッツチャンネルMCの有澤由紀です。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る