回想噺② 魂をのせて

2018年12月23日 Vandits field 大会議室 <宗石 詩織>

 現在、グラウンドでは小・中学生によるエキシビジョンマッチが行われています。その後に高知県東部高校生選抜とVandits安芸のフレンドリーマッチがあって、私達の出番です。


 準備の為に構えられた大会議室には多くの人達が着物や甲冑の衣装を身に付けている最中です。となりの部屋では女性陣がプロのメイクさんからメイクを施してもらっています。


 「もう少し明るめで大丈夫。うん。そうね。」


 女性陣のメイクがバラバラにならないように統一したイメージをメイクさんに伝えていく。メイクをする人が変われば同じようにメイクしているようでも、並んで見てみると統一性が無いようなメイクになってしまう事があります。


 出演者の皆さんは当然、デポルト・ファミリアの社員さんですので、こう言ったイベント事への参加は初めてでした。大会議室にはそれぞれの緊張感が漂っていました。


 男性陣の中には重そうな鎧・甲冑を身に付ける人もいます。尾道さんや森さんはその担当です。この武者鎧は鹿児島県にある鎧・甲冑の販売・レンタルをされている会社さんにお願いしてレンタルしたと聞きました。本当に本格的な甲冑で、専用の着付けスタッフも会社さんから派遣されて次々と着付けを行っています。社員の方にお聞きしたら、国民的な大河ドラマにも甲冑をお貸しした事がある有名な会社でした。


 着々と準備が進む中、出演者の皆さんは台本が手放せないようで何度も何度も自分のセリフや皆さんとの動きを確認されています。私はVandits安芸と共に芸西村へやってきた姫と言う役柄。私のお付きの人と言いますか、女中の役をやっていただけるのは冴木真子さんと雨宮加奈さんです。まさか、真子さんが出演されるとは思わず、恐縮してしまいますが、ご本人は他の方と違って楽しんでいらっしゃるようです。


 「そろそろ時間になりますので、皆さん準備しておいてくださいっ!!」


 進行を管理しているスタッフの方が叫ぶように声をかけます。皆さんのざわめきが少し大きくなります。時間は迫っているのにやり残した事があるかのように不安が押し寄せてくる。私も何度も経験しました。大きな失敗に繋がった事もあります。


 いけない。皆さん、周りを気にしているようで自分の事に集中し過ぎてる。このままじゃ気持ちがバラバラなままお客様の前に立つことになります。


 私は近くのテーブルの上に置かれていた雑誌をくるくると丸めて、それを思いっきり振りかぶって机を叩きました。思いの外、大きな音が部屋に響き、全員が驚いてこちらに注目します。

 私はこの人たちの姫。道を示し、導く者。


 「静まりなさいっっ!!!」


 ざわついていた部屋に静寂が訪れます。準備をしてくれていたスタッフさんまでが作業を止めて、こちらを注視しています。


 「何を慌てているのですっ!!今日までの準備はこれ以上ない程に整えてきたはず!!そして、外には多くの皆様が私達を待ってくれています。良いですか?恐れる事ではありません。今日までの日々を、道のりを、皆様からいただいた言葉を、思い出してください。あなた方が歩まれた道を想えば、何も不安になる事はありません。皆さん、すぐ隣にいる方と両手を繋いでください。さぁ。」


 皆さんが戸惑いながらも近くにいる人達と両手を繋ぎます。私の傍には偶然尾道さんがいらっしゃいました。


 「あなたの繋いだその手は、温かいですか?震えていませんか?震えているならばゆっくりゆっくり撫でてあげてください。冷たければ自分の温かみを分けてあげる気持ちで握ってあげてください。そうやってお互いの手が同じ温かさになるようにしましょう。」


 あちこちで相手の手をさする人もいれば、ぎゅっと握り返す人もいます。私の手をゆっくりゆっくり尾道さんはさすってくれます。私は苦笑いしながら尾道さんに「内緒です」と呟きました。


 「さぁ、もう怖い物はありません。これだけの仲間がいます。お客様の前には立たなくても、こうして私達を支えてくれる方達がこんなにたくさんいます。だから、大丈夫。楽しみましょう。」


 何となくですが、部屋の中にふんわりとした雰囲気が流れます。天井を見ながら大きく深呼吸したスタッフさんが先ほどとは違い、優しく通る声で呼びかけます。


 「では、皆さま。廊下へ整列お願いします。」


 選手入場の為の廊下に皆さんが隊列を組みます。私の後ろに並んでいた真子さんが前に回り込み、私にすっと笠を渡します。両膝を軽く折り、なかなかに雰囲気ある礼の作法でした。

 私は私の中のスイッチを一気にオンにします。


 「ありがとう。真子、加奈、今日は頼みます。」

 「はい。お任せください。」

 「はい!頑張ります。」


 雨宮さんの緊張具合に私と真子さんが笑い、二人で雨宮さんの手をさすります。すると雨宮さんも笑いながら照れていました。

 前を向くと、甲冑姿の尾道さんや森さんも準備が出来たようで整列してこちらを見ています。いえ、お二人だけではありません。そこに並ぶ演者・スタッフがこちらを見て、最後の言葉を待っています。


 「皆の衆、よくぞここまで辿り着いてくれました!私達のこの砦を、芸西の民の皆様に、ご支援いただける譜代衆・国人衆の皆々様にお見せして、我々の覚悟を知っていただく時です。さぁ、楽しんで参りましょう!!」


 皆さんから拍手をいただきました。ピッチ出口にいるスタッフがゆっくりと手を前に出します。先頭の二人がゆっくりと錫杖を床に打ち付けます。揃った落ち着いた音色が響き渡ります。


 さぁ、参りましょう。いざ、出陣です。


 ・・・・・・・・・・

イベント後 <笠井 友理>

 観客の皆さんがだんだんと少なくなり、喧騒はスタジアムの外へと移っていきます。今頃はロータリーで必死に観客の皆様を駅へ送り届けるピストン輸送が行われているはずです。

 朋彦さんは隣で座ったまま、誰もいなくなったグラウンドを見つめています。何を話すでもなく、ジッと見つめ続けています。


 「おい、トモ。あんまりここにいたら笠井さんが風邪引いちゃうぞ。」


 冴木さんがいらっしゃいました。しかし、朋彦さんはそれに反応する事無く、ずっとグラウンドを見つめていました。冴木さんは優しい笑顔を浮かべて、朋彦さんの目の前にある手すりにもたれ掛かり、朋彦さんの顔を見ます。


 「どうだった?俺達の出陣式は。」

 「うん....素晴らしかったよ。」

 「そうか。ありがとう。」

 「........僕は、いや、僕達は和馬をファミリアに縛り付けてしまっていたのかな?」


 朋彦さんが寂しそうな、泣いてしまいそうな表情で冴木さんを見つめます。冴木さんは朋彦さんの言葉を待っているようでした。


 「今日来て、見させてもらって、和馬がやりたかった事ってこう言う事だったんじゃないかって。僕や倫太郎や真子には建築関係の技能があったし、倫太郎と高野が思いついたリノベ民宿が面白そうだったから飛びついたけど。本当は和馬がやりたかったのは、和馬が向いていたのは、こう言うエンターテイメントの世界だったんじゃないかって。そう思った。」


 冴木さんは何か言葉を探しているようでした。そして、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めました。


 「俺はさ、自分がそんなに優秀だとも思ってないし、何か突出したモノがあるとも思ってない。ただ、そうだな。誰かがやりたいって思ってる事を手助けする時に、自分の実力を十二分に発揮出来てるんだと思うんだ。ファミリアの時だってそう、このデポルト・ファミリアだってそうだ。誰かに道を作ってやったり、一緒に歩いたり、道を整えたり、たぶんそう言う事が向いてるんだと思うんだ。」


 朋彦さんがゆっくり頷きます。確かに、それは私が見ていても感じていました。大きく舵を取るのが他の役員の皆さんで、その方向に推進力を与えているのが冴木さんであったように思います。


 「今回の事だってそうだ。和馬を....追い出す形になってしまった。僕達が不甲斐ないばっかりに。」

 「それをこの段階で気付けた事がまだ救いだ。目を逸らし、現状を見ずに突き進んでたら、それこそファミリアは存続出来なくなってたぞ。」

 「僕はずっと、会社の役員でいたのに、そこから目を逸らしてた。役員会議の時だって座ってれば良いって。そう思ってた。」

 「少しは考えは変わったか?」

 「友理に言われたよ。真子が、和馬が、常藤さんが去らなければいけない原因の一端はあなたにありますって。」


 冴木さんが驚いた顔で私を見ます。しかし、紛れもない事実です。役員全員が危機感を持ってこの状況に対応出来ていれば、このような形にはなっていなかったでしょう。


 「何も言い返せなかった。僕自身もそう感じてたから。どうしてもっと前から僕は、僕の、僕達の会社に本気で向き合わなかったんだろう。」

 「それが出来る精神状態だったか?トモの能力は皆が認める所だけど、あの時にあれ以上のモノをトモに求めてたら、きっとパニック起こして会社どころじゃ無くなってたと思うぞ?」


 和馬さんの冷静な判断に下を向く朋彦さん。


 「今、それが出来るだけの準備がトモの中で出揃ったって事さ。自分自身の成長と笠井さんって言う大きな支えと。」

 「そうなのかな?遅すぎたんじゃないかと思ってるよ。」

 「そんな事考えてる暇なんてないぞ。あいつの好きにさせて経営権奪われましたなんて報告許さんからな。」


 冗談ぽく話す冴木さんに朋彦さんも薄く笑います。


 「もう迷わないし、悩まないよ。和馬達が残してくれたものを大きくしてまた見て欲しいからね。これからは僕も積極的に経営に関わっていくよ。」

 「それは心強いな。で?いつの間に君達はこういう事になってたんだい?」


 恥ずかしそうに視線を逸らす朋彦さんの代わりに私が説明します。冴木さん達が高知に移られてから、朋彦さんも必死で会社に関わろうと努力されていました。そんな時にデポルト独立の話が出始めて、朋彦さんは高野人事統括部長とよく話をされるようになりました。

 そして、その中でリサーチ・セキュリティ部としてどう対抗していくかを話し合う場にホテル事業の人事担当の私も同席する事が増えました。私は正直、入社以来ずっと朋彦さんを想っていました。しかし、彼の心の傷が私が考えている以上に深く傷ついている事にショックを受けました。


 それでもこうしてお仕事で関わっていく中で、顔を知っていただき、名前を憶えていただき、そして食事に行くようになりました。初めて朋彦さんを見てから、ここまでに8年かかっています。そして、私の気持ちをお伝えした時にきちんと答えてくれました。

 長い長い片想いが終わり、今は全力で彼と人事部を支えています。


 「トモにそう言う人が現れてくれて良かったよ。」

 「君達家族を見てたからね。憧れがあったのかも知れない。」

 「お?プロポーズ済みか?」

 「イベント前に真子に図られて、しっかりプロポーズしたよ。」

 「ははは。良いのかい?笠井さん、面倒な男だよ?」

 「8年思い続けてますから。もう逃がしません!」

 「はっはっは!!そりゃ、良い。良い報告待ってる。さぁ、タクシー呼んであるからホテルまで送るよ。」


 今日は安芸市内のホテルを冴木さん達が取ってくれていると先ほど教えていただきました。でなければ、急いで高知駅に向かって特急と新幹線で東京へ戻る予定でした。


 「明日はゆっくり朝一緒に食べよう。それから帰っても遅くないだろ?」

 「分かった。ありがとう。」


 この後、ホテルに着いた私達が、まさか同じ部屋を抑えてくれているとは思わず、入り口で狼狽える事になるのですが。でも、ありがとうございました。


 ・・・・・・・・・・

【大評定祭、現地観戦スレ】

01:panda

 頼む!現地民!誰か情報をクレ!


05:rockriver

 誰か一人くらいいないのか!現地に行った人


13:bandana

 待たせたな!皆の衆!現地よりただいまホテルに帰還!


14:panda

 待ってたぞぉぉ!やはりバンダナさんが情報ツウだな。


15:rockriver

 どうでした。現地は?


16:bandana

 どこまで話して良いか迷うところだが、明後日には公式チャンネルでダイジェスト動画が出るらしいからそれを見て貰いたいが、その前にオマイラに最高の爆弾を投下してやる。


17:panda

 なんですと!!??


20:bandana

 イベントは1部と2部に分かれてたのはHPでも確認済みだな。問題は隠されてた2部の内容だった。お芝居チックな出陣式と言う設定だったが、かなり本格的な演出で鎧甲冑来てる人達がいたり山伏や打掛着てる人もいて、天下統一に失敗した武士達がもう一度芸西村から天下統一を目指す為にあのスタジアムを砦として作ったって設定だった。


22:rockriver

 なんだ!その胸アツな設定は!!


28:bandana

 場内で流されてるVTRも演出も県リーグのチームとは思えないくらい金かかってた。さすがにそこはファミリアの力スゲェって思ったわ。


30:✖△

 結局、金持ちが金見せびらかせただけか。


34:rockriver

 おっ!来たな✖△!今日も背中撫でてやるから大人しくしてロ。


39:bandana

 一番の驚きはそのVandits安芸を従えて芸西村に訪れたって設定の姫役だ。まさかの木崎汐里だった!!!


41:〇〇△

 キタァァァァァァァァァァァコレェェェェェエェッェエッェェエ!!!!!


43:panda

 モチつけ皆の衆。マジかよ....震えるぜ。


46:bandana

 しかも驚きなのは彼女が今後は本名の宗石詩織名義で復帰するって事と、今後もずっとVandits安芸に関わり続けるって明言してくれた事だ。


61:〇✖〇

 ヒャッハァァァァァァァ!!!!ここは通さねぇぜぇ!!!


62:panda

 改めて言う。餅つけ世紀末。


78:bandana

 他にも有澤女史のお目見えとか、会場限定グッズとか、アウェイユニフォーム発表とか、高知の引退してた有名女性アナウンサー復帰とか、目まぐるしいぐらいトピックスはあったんだが、完全にシオンの一件で吹っ飛んだわ。


82:rockriver

 確かに。しかしアウェイユニフォームは気になるな。間違いなく動画はめちゃ回るだろうな。


89:panda

 有澤女史もついにお目見えか。そりゃ気になるな。しかし、これでチャンネルは完全に収益チャンネルになるな。


95:bandana

 そうだな。これからは俺達のワンクリックが有澤女史のお給料になる訳だ。ちなみに超美人だったぞ。俺はシオンファンだったけど、これからは有澤女史を推す。


98:✖△

 結局、金かけてイベント盛り上げたって事しか分からないじゃないか。チーム自体が強いかどうか分かった訳じゃないだろ。


102:rockriver

 ✖△>ほらほら、撫でてあげるから。その資金力がまず、どの県リーグチームも持てない訳で。その時点でヴァンディッツは負けても言い訳出来ない所へ自分達を置いてる訳だ。実際2部は全勝だしな。1部で全勝出来ればいよいよJFL見えてくるぞ。


112:panda

 俺達は支えると決めてるからな。来シーズンは何とかして現地行くぜ!


115:bandana

 待ってるぞ。高知は旨い居酒屋が多くてだな....


119:rockriver

 よし、観戦オフ会も企画するべ。


・-・-・-・-・-・-・-・-・

 回想噺②をもちまして県2部リーグ編終了となります。

 それに伴い、今後投稿を少しの間お休みさせていただきます。詳しくは近況ノートをご覧いただけますと幸いです。

 いつも皆様の感想・コメントや評価にモチベーションをいただいております。本当にありがとうございます。

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