回想噺① 僕の約束

2018年12月23日 安芸市 安芸駅 <須田 朋彦>

 東京から飛行機と列車を乗り継ぎ、高知県安芸市の駅へ辿り着いた。東京に比べれば日差しも温かく感じられる。今日は昼過ぎから隣の芸西村で和馬達が立ち上げたサッカーチーム『Vandits安芸』のイベントがある。

 ずっと楽しみにしていた。和馬達が会社の事と天秤にかけてでも成功させようとしたサッカーチーム運営がどういうモノなのか。それを知りたかった。


 ここまでの列車からの車窓もとても素晴らしかった。窓から見える雄大な太平洋はあまり外へ出る事の無い僕にとっては思わず窓にへばり付きそうになったほど綺麗だった。12月でこれならば、夏は更に素晴らしいはずだ。

 安芸駅に着き改札を出るとぢばさん市場と書かれた地場産品だけでなく焼き立てパンやお弁当・お惣菜などが販売されているスペースがあった。


 「少し見て行って良いかい?」

 「はい。」


 時間には余裕を持って来ている。中へ入ると車椅子でも不自由ないくらいの通路は確保されていた。美味しそうな香りが漂っていて、自分の畑で採れた野菜を個人で持ち込んで委託で販売しているスペースもある。


 「明日、帰る時によって何か買って帰っても良いね。」

 「そうですね。」


 駅前のロータリーに出ると何台かタクシーが停まっていたので、そのうちの1台に声をかける。


 「車椅子なんですが、芸西村のVandits fieldまでお願いしたいんですが。」

 「バンディッツフィールドですか?あぁ!最近工事が終わった宿泊施設やねぇ。了解了解。じゃぁ、失礼しますよぉ。」


 後部座席のドアを開けてくれて、運転席から下りて来てくれた運転手は手慣れた感じで僕を抱えて優しく座席へと乗せてくれた。驚いて運転手の男性を見ていると、照れたような顔で応えてくれた。


 「嫁がね、同じ車椅子ながよ。やき、車に乗せるがぁは慣れちゅうき。」

 「そうなんですね。ありがとうございます。」

 「なんちゃぁ。車椅子はトランク入れさせて貰うきね。お連れさんも乗ってくださいねぇ。」

 「ありがとうございます。」


 タクシーが走りだし、来た道を戻る形で芸西村に向かう。


 「芸西の駅はどこもバリアフリーが無いきねぇ。ご不便かけるねぇ。村長に言うちょいちゃらないかんねぇ。はっはっは!」


 運転手の男性の冗談に和ませてもらいながら目的地へと向かう。


 「そう言えば今日は送迎バスも何台も出て、お客さん運ぶって知り合いのバスの運転手が言いよったわ。そんなに大きいイベントながやねぇ。」

 「まぁ、1000人くらいは来るらしいですけど。」

 「たっまぁるか!!そりゃ大きいねぇ。芸西村はそんなに大きいお祭りらぁ無いき、地元の人も喜んじゅうろうねぇ。」

 「だと良いですねぇ。」

 「お客さんは高知の人やないねぇ。」

 「東京からです。」

 「あぁ、そうかねぇ。確かあの施設を買い取ったのも東京の会社やったと思うたけんど。」

 「地元の方にご迷惑とかかけてないですか?」

 「どうやろうねぇ。ワシは悪い噂は聞かんけんど。最初は色々言うもんもおったろうけど、立派に畑もやって地元の人とも仲良ぅやりゆうみたいやしねぇ。頑張りゆうがやないろうか。」

 「そうですか。」

 「あっ、ほらほら見えて来た。あれよ。」


 タクシーの前方に大きな建物とそれを囲うフェンスが見える。その手前に警備員が立っていた。タクシーが警備員に止められる。


 「申し訳ありません。これから先はお車での入場は出来ません。」

 「車椅子の方がこのイベントに来られたみたいながよ。あの入り口の前まで行かしちゃってくれんかえ?こっから押していけはしんどいろ。」

 「そうでしたか。大変失礼しました。大丈夫です。お進みください。」


 警備員は他に確認する事無く、タクシーを通してくれた。すれ違いざまにトランシーバーでどこかと会話しているようだった。


 「仕事が出来る警備員やねぇ。」

 「ははは。有難いです。」


 大きなゲートの手前がロータリーになっている。そこに着くとVandits安芸のユニフォームだろうか、それを来た女性スタッフが二人待っていた。


 「お話は伺ってます。こちらで下りていただいて大丈夫です。施設内の案内は私共がさせていただきます。」

 「そうかえ。ほんならお願いしようかね。」

 「運転手さん、ありがとう。楽しめました。」

 「高知を楽しんで帰ってよ。ありがとう。」


 スタッフの方がトランクから用意してくれた車椅子に乗せて貰い、施設内に入る。コンテナハウスを使ったショップや選手達ののぼり旗でメイン通路が無意識に分かるようになっているのは驚いた。


 「コンテナハウス。カッコイイですね。」

 「そうだね。このアイデアは真子かな?祥子くんかな?」


 僕たちの会話にスタッフの女性が驚いて話しかけて来た。


 「え?真子さんや祥子さんのお知り合いなんですか?」

 「あっ、(株)ファミリアで同期なんだ。冴木真子とは。」


 僕がスタッフの女性にそう話すと、女性は驚いたように胸元の小型マイクでどこかに連絡を取っていた。しばらくして。


 「失礼しました。冴木から食事処、フードコートへご案内するように聞いております。そちらに真子さんも来られるとの事ですので、ご案内して宜しいでしょうか?」

 「ありがとう。お願いします。」


 女性は無理に僕の車椅子を押そうとはしなかった。僕の連れに任せて自分は前のお客様に邪魔にならないように誘導してくれている。なかなか出来た子だ。


 フードコートに着くと席を用意してくれて、ここで待つように言われた。「食べたいものがあれば買ってきます」とまで言ってくれたが、そこまでしてもらうと悪いので「連れに頼むよ」とお断りした。

 彼女が立ち去る前にお礼と名前を聞くと「山口葵」さんと言うそうだ。アルバイトスタッフなら正社員として雇うべきだ。


 しばらくするとフードコートから丘の上に続く階段から真子が下りてくる。僕の姿を確認して驚いていた。


 「トモちゃん!ビックリした!!迎えに行くから連絡してって言ったのに....、ってどうして笠井さんがいるの?」

 「真子さん、ご無沙汰しております。」

 「うん....久しぶり。えっ?どう言う事?」


 笠井友理は僕達と同じく(株)ファミリアの人事部で働く女性だ。だいぶ年下ではあるが、人事部の高野の下でかなり優秀に働いていると聞いている。僕は意を決して真子に紹介する。


 「僕の....彼女だ。」

 「............うん?」

 「彼女だ。」

 「笠井さん?」


 真子が助けを求めるように笠井友理の顔を見る。友理は満面の笑顔で「はい。」としか言わない。


 「いつから?」

 「もう3ヶ月くらいになります。私が強引に猛烈アピールしました。」

 「そんな事は無い。ちゃんと僕からも好きだと伝えた。」


 この子はすぐに僕を立てようとする。僕だってちゃんと気持ちがあったからこそ、彼女が気持ちを告白してくれた事にも応えられた。


 「うん....とりあえずご馳走様だけど。驚いた。トモちゃんが。ビックリ。」

 「僕は真子の中でどう言う評価になってるんだ?」

 「あら、ゆっくり聞かせてあげましょうか?」

 「止めてくれ。彼女の評価を下げたくない。」

 「そんな事では下がりません♪」

 「あら、これまたご馳走様。」


 二人で勝手に笑っている。やはりこの二人は馬が合う。巻き込まれたら聞かれたくない事まで聞き出されそうだ。


 「完成おめでとう。」

 「ありがとう。リサーチ部が頑張ってくれたおかげでもあるわ。」

 「入手達は上手くやってる?」

 「えぇ。本当に頑張ってくれてるわ。」

 「そうか。3人には悪い事をしてしまったから。気になっていた。」

 「まぁ、生活環境の変化は大変でしょうけど、私が見てる限りは楽しそうには働いてくれてるわ。」


 安心した。僕が至らないばかりに彼女たちを高知へ追いやる形になってしまった。いくら本人達が希望してくれたからと言っても、それでも追いやった事には変わりない。会社を設立してからそんな事は一度も無かっただけに、それなりに落ち込んだ。


 「子供達は元気?颯一は東京にいるって聞いた。」

 「えぇ、両親に見て貰ってるわ。大学進学もあるしね。」


 そう言っていると向こうから「トモくぅぅ~~ん!!」と拓斗の元気な声が聞こえてくる。見ると全力で走って来る拓斗を諫めている颯一。拓斗は高知に来て生活していると聞いていたが、余計に元気になったんじゃないか?


 「トモ君!!!ひさしぶり!」

 「須田さん。こんにちわ。」

 「颯一、拓斗、久しぶり。なんだ?颯一は須田さんなんて呼べるようになったのか。寂しいな。トモ君で良いよ。」

 「えっ?」


 そう言って真子の顔を見るが、真子が笑顔で頷くと、「分かった。トモ君!」と応えてくれた。そうそう。この子達には変わらずいて欲しい。


 「颯一は勉強は順調か?」

 「うん。父さんと同じ大学に行こうと思ってます。」

 「そうか。そりゃ頑張らないとな。拓斗は?サッカーやってるか?」

 「うん!来年は高校でサッカー続けるんだ!」

 「そうか。そうか!」


 二人の頭をガシガシ撫でてやる。自分の心が不安定だった時にこの二人にどれだけ助けられた事か。二人はそんな気持ちは一切なかっただろうが、無垢な愛情にどれだけ心が安らいだか。


 「試合とか見ていくんだよね!?」

 「あぁ、車椅子席だからかなり見やすいって聞いてる。残念ながらメインスタンド側だから拓斗達とは見れないけどな。」

 「でも、これから何度も来てくれるでしょ?今度は一緒に観ようよ。」

 「....分かった。そうしよう。」


 この心に救われた。

 すると拓斗が真子に小さな声で「お姉さんは誰?」と聞く。


 「お姉さんはね。東京の会社でトモ君と一緒に働いてる笠井さんよ。」

 「笠井さん。こんにちわ。はじめまして。」

 「こんにちわ。冴木颯一です。」「あっ!拓斗です。」

 「ありがとうございます。こんにちわ。笠井友理です。宜しくお願いします。」

 「トモ君の将来のお嫁さんよ。」

 「「えっ!?そうなの!?」」


 真子がまた勝手な事を言い始める。拓斗と颯一はワクワクしながらこっちを見ている。真子も「どうなの?」って顔でこっちを見ている。


 「こんな僕と一緒にいてくれる優しい人だ。いつか一緒になりたいと思ってるよ。その時は颯一も拓斗もお祝いしてくれ。」

 「「もちろんっ!!」」


 興奮しながら飛び跳ねている。真子はニヤニヤしながらこっちを見ている。後ろから友理にそっと手を肩に置かれたがかすかに震えていた。喜んでもらえて良かったよ。


 「席まで案内はするけど、笠井さんが同席してくれてるなら、そっからは二人でゆっくり楽しんで。きっと満足して貰えると思うから。」

 「楽しみにしてるよ。和馬には会えそうにないから宜しく伝えておいてくれ。」

 「少しでも顔を出させるようにするわ。寂しい事言わないで。」

 「分かった。無理はしないで。」


 颯一が車椅子をゆっくりと押してくれる。ゆったりとした九十九折りのスロープを上がる。スロープは滑り止めの施工がされており、上がりやすいように手すりもあった。

 視界が開ける。メインスタンド横に出た。そこから更にゆったりとしたスロープを行くと目の前に手すりが置かれた車椅子が入るのにちょうど良いスペースがいくつか用意されている。途中でたくさんの観客とすれ違ったが、誰もが最高の玩具をお預けにされている子供の様にワクワクした顔をしていた。


 「ここが車椅子エリアよ。乗ったままで観ても良いし、後ろに背もたれのある椅子もあるからそこでゆったり観て貰っても良いわ。」

 「せっかくだから、こっちの席に座ってみようか。」


 観客席はメインスタンド側の最前列から5列ほどは席が特別仕様だ。良くゲーミングチェアやお高めのオフィスチェアで観るような頭までの背もたれが付いていて、前後の席のゆとりも広く高低差も他の席よりは高めに設定されている。

 そうか。背もたれが高いから後ろの席に邪魔にならないような配慮か。

 颯一が僕を席に移動させてくれる。昔と変わらず慎重で丁寧だ。


 「この席は良いね、ゆったりしてて柔らかい。腰への負担も少ないから車椅子や足が不自由な方には嬉しいね。」

 「良かったわ。トモちゃんの評価を聞きたかったのよ。安心したわ。」


 そんな事気にしなくても自分達で判断出来るだろうに。すると3人は「ごゆっくり」と退散していった。隣の席に友理が座る。ジッと僕を見ている。


 「勝手な事を言ってすまない。」

 「いえ....嬉しかったです。」

 「そうか。ホントに良いの?僕で。」

 「あなたが良いから傍にいるんです。何度も言わせないでください。」

 「そうだった。人生で初めての彼女だからね。何も分からないからさ。」

 「大丈夫です。初めての彼女になれて嬉しいです。」


 こう言った事を平気で言える人だ。僕もこの3ヶ月で随分自分の気持ちを素直に話すようになった。ずっと不安定だった僕の心は和馬達家族と倫太郎、そして今は友理に癒され支えられている。やっと両親たちの死を乗り越えられたのかも知れない。


 「ホントに綺麗なスタジアムですね。」

 「まぁ、今をときめくデポルト・ファミリアのダブルエースの設計士プラス、ファミリアからエース設計士が助っ人に来てたと聞いてるからね。今のファミリアではこれ以上の設計士スキルの人間はいないよ。」

 「観客の皆さんも良い顔してらっしゃいます。」

 「そうだね。イベントが楽しみだ。」


 すると場内アナウンスが流れ始めた。さぁ、お手並拝見だ。

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