第77話 県2部リーグ 最終節
2019年1月13日(日・祝) 春野陸上競技場 球技場 <冴木 和馬>
【高知県社会人サッカーリーグ2部 最終節 対 愛宕FC】
ついに最終節を迎えた。球技場のバックスタンド側には多くのヴァンディッツサポーターが詰めかけてくれている。
あの大評定祭以来、デポルト・ファミリアには様々な変化が訪れた。
まずはYtubeのヴァンディッツチャンネルの登録者数が、たった1週間で20万人を突破した。これに関しては完全に宗石さん効果だろう。今回の大評定祭は杉さんと阿部さんのお力をお借りし、番組制作会社(高知テレビの息のかからない)に撮影をお願いし、1部と2部を30分程度に編集し、ヴァンディッツチャンネルに上げた。
1部の二つの試合のハイライト動画が再生回数2万回を超え、2部の出陣式の動画はまさかの140万回を記録した。
東京や高知のテレビ局や新聞社などからはたくさんの取材依頼をいただいたが、高知テレビと関わりのある企業からの依頼はお断りさせていただいた。高知テレビのキー局となるテレビ局からすれば、自分の局の取材がなぜ断られるのか最初は全く分からなかっただろう。しかしそこは噂話も吹き抜けるマスコミ業界だ。どうやら、自分達の系列局がデポルト・ファミリアに対して粗相を働き、取材各種全て拒否されたと分かると高知テレビ上層部が勢揃いでキー局へと呼び出しがかかったと聞いている。
他のテレビ局は動画使用料を払い、編集されていないイベントの全動画を手に入れて良い部分を編集し、独自のVTRを作って報道出来るのに、自分達はその素材すら手に入らない。
Ytube上にあげられたうちの動画を不正コピーして、自分のチャンネルであげた何人かの不届き者は静佳さんがデポルト・ファミリア名義で動画の取り下げ請求と不正利用に対する個人情報の開示請求を取扱い業者に対して行う準備がある事も、公式HPとチャンネル上で発表し、不届き者には直接文書にて損賠賠償請求も辞さない旨を送った。
その迅速な対応もあり、動画はすぐに取り下げられ、「どうやらデポルト・ファミリアには冗談は通じないらしい」と言う雰囲気が広まった。しかし、その迅速な対応は逆に旧木崎汐里ファンの好感を得て、チャンネル登録者を増やす事に繋がった。
まだ来年は県1部であるにも関わらず、チームにはJFL・Jリーグへの期待が向けられる事になり、選手それぞれに自覚が芽生えてきているようだ。
来月に行われるセレクションも今回は43名の参加が決まっており、その中には去年のセレクションで不合格となった者がいたり、大評定祭でVandits安芸と対戦した高校生も数名挑戦してくれているようだ。今回はあまりの参加希望者の多さにセレクションをやり方を変えて行う事になった。それでなければ試合形式のチェックが一日で終わらない。
そして同時に募集していたのが、チーム運営の経験者も含めたコーチや監督の候補者となる人物だ。今回に関してはかなり幅広い人材の募集をした。コーチ・ユース監督はもちろんの事だが、アナリスト・育成世代のコーチなども募集した。これに関してはサッカー業界だけでなく、様々なスポーツチームを経験している人材から応募をいただいた。それなりにうちのチームの認知が広がっていると考えている。
その中で1人だけ採用が決まっているのが、
実は数ケ月前の面接後にセレクション組の即席監督を務めてもらい、最終判断をするつもりだったが、まさか大評定祭での高校生選抜の監督を申し出た。結果は見ての通りだ。対戦後にメンバーからも相手チームの監督は誰なのか聞かれたくらいだ。文句なしの合格だった。
そこからは御岳さんと打ち合わせを行い、地元の小学校にジュニアユースチーム設立のお知らせを送り、セレクション開催も通知した。そこで入部してくれた来年度の新中学1年生がチームの主力となる。
しかし、その打ち合わせの中で御岳さんから衝撃の一言をいただいた。
「冴木さん、何とかJFL加盟までにユースチームを作る方向で急ぎましょう。」
「まぁ、Jリーグ加盟にはユースチーム設立が条件ですから、確かに急ぐべき項目ではありますが、それほどですか?」
「この勢いをもしトップチームが維持出来るとすると、サポーターの皆さんが次に期待するのは何だと思いますか?」
それはJリーグ入りであったり、JFLでぶっちぎりの成績を収める事ではないのだろうか?
「それはね、地元出身の生え抜きの選手がトップチームで活躍する事ですよ。」
「なるほど。そう言うものですか。」
「これは地域性も関係するかも知れません。私が調べた限りですがね?高知県って所は野球でそこそこ知られてはいるが、その甲子園に出ている学校のレギュラーメンバーがほとんど県外出身者だってご存じですか?」
「えぇ、それはもちろん。」
これは俺達が学生の頃から話にはよく出てくる。高校野球や他のスポーツの全国大会で高知の学校が活躍してもメンバーが県外からのセレクション組である事が本当に多かった。だから、地元の人からすると感情移入が生まれづらい。
その後、プロになったとして高知出身と言われても地元の人からすると『高知の学校を出た県外生』と言う意識しかない。
「そう言った意味でね、いち早く地元の有力選手を中学・高校で手元に確保し、育成する事がチームの為になるんですよ。もし、学生時代に注目を集めて他のクラブに引き抜かれた所で、地元の方からすれば高知の〇〇君が活躍してくれる、それを育ててくれたのはヴァンディッツ!って所に重きが置かれるわけですよ。」
「なるほど。何となくですが、理解出来ます。」
「ジュニアユースは出来ました。しかし、今のままではせっかく育てた中学世代をユース世代になった瞬間に別チームにそっくりそのまま献上する事になります。育成を任された者にとって、これほどの屈辱は無い訳ですよ。楽しみが形になりかける前にそっくり持ってかれちまうんですからのぉ。」
「なるほど、理解出来ました。」
「って、事でね。何とか今年募集する六年生が高校に入るまでにお願いできますかな?」
「分かりました。であれば、御岳さんにも存分に働いてもらわないといけませんね。宜しくお願いします。」
「もちろんです。あとね、安芸高校の先生ともお話して、安芸高校サッカー部は私が指導する事になりましたので。」
「えっ!?聞いてませんよ!」
「だから、今お話ししとるじゃありませんか。それも同じですがね。今のヴァンディッツのトップレベルでやれるような選手がおるなら、青田買いする為ですわ。まぁ、ジュニアユースチームにはご迷惑はかけませんし、全国大会に出場した事も無いような地方都市の高校です。デポルト・ファミリアからはそれに関しては給料もいただきませんのでな。安心してください。」
「外部指導員って事ですね。」
「おっ、ご存じでしたか。」
「一応、知識程度です。サッカースクールを始める前にそう言った可能性も探っていましたから。」
「さすがですな。まぁ、そう言った事です。」
「分かりました。またしっかりと話をまとめましょう。」
はっきり言って行動力と柔軟性は驚かされる事ばかりだ。皆は発想が俺に似てるなんて言うが、俺からすれば飛びぬけ過ぎてる。しかも、その発想がいちいちなるほどと思わされる発想だから否定も出来ない。すげぇ、爺さんだ。
宗石さんの所属事務所ファクトファミリーに阿部桜さんが所属する事となった。阿部さんが仕事復帰するにあたり、当初は個人事務所を立ち上げて元いた高知テレビに出演しながら仕事の幅を広げるつもりでいた。しかし、今回の事で高知テレビとは距離を置くと決めたようだ。その時に水木さんが声をかけたらしい。
まぁ、宗石さんも阿部さんからのレッスンが継続中だから、都合が良いと言うのもあったのだろう。今後はマネージメントの人材も探しながら仕事を増やしていきたいようだ。
試合は圧倒的な内容となっている。最終節でまさか試合を落とす訳にはいかないと言うメンバーの気合のノリが見える。相手チームも全勝で勝ち上がらせてなるものかと言う気合が見え、実力差はあれど非常に見ごたえある内容になっている。このようなチームが対戦相手ならばこちらも得られるモノが多いだろう。
ここでアナリストの森からざっくりではあるが、うちの応援側の観客が伝えられる。420名。イベント以降の初試合ではあったが、予想以上の集客だ。うちのユニフォームやTシャツを着て応援してくださっている方もかなりいる。
こうやって少しづつ応援の下地が作られていくのを見てとれるのは本当にやり甲斐を感じる。
三原さん達は応援団を正式に組織化した。名前は『向月』。芸西村にある琴ヶ浜と言う砂浜が名月で有名な事から名付けた。
組織化したとは言ってもゴール裏で優先的に応援を行うとか、他の応援グループを認めないとかそう言う事では無く、一番の目的は『初めてのサッカー観戦をより楽しくする為のお手伝い』が目的である。チャントや手拍子の応援を皆で練習したり、どういうタイミングで拍手したり声をかけてあげると選手に届きやすい等を応援席で雑談しながら皆で楽しむのが目的だ。
唯一の禁止事項は『選手や監督・運営へのブーイング・暴言』。これに関しては色んなチームのサポーターによって考え方が様々にあるが、向月に関しては一切の禁止をお願いしている。実際に初めて試合観戦しに来る人が一番に戸惑ったり、怖さを感じるのがブーイングや暴言をしたシーンを目にした時だったと言う。
チームを想っての行為であったとしても、そこは試合外でチームに伝えられる方法はあるはずだと考えてくれているようだ。
後半は相手の体力不足が大きく表面化し、完全にペースはヴァンディッツとなり、後半35分の時点ですでに5点。失点は無し。なんとか県2部を全勝で優勝出来そうだ。ホントにこの9ヶ月間で選手達は大幅に成長してくれた。その成果がしっかりと数字として残せた事は来シーズンへの自信にも繋がっていくだろう。
「和馬さん。お疲れ様です!」
振り返ると坂口さんだった。
「おっ!間に合いましたね。」
「良かったぁ!」
「打ち合わせはいかがでした?」
「はい。ご満足いただけたようで、これから施工会社の選定ですね。」
「良かった。あっ、早くバックスタンド行かないと万歳始まっちゃいますよ。」
「大変っ!じゃぁ、また会社で!」
坂口さんは今日は移住希望者のお客様と一回目の設計打ち合わせだった。それが終わって大急ぎで高知市まで来たって事だ。ホントに楽しんでくれてるね。
移住希望者の方は現在、打ち合わせ段階の方が3名。今日から設計段階に入った方が1名。こちらも移住事業としてはやっとスタートラインだ。他の事業からするとまだまだ軌道に乗せられてはいないが、この事業に関しては黒字と言うものが無いだけに年間でどれだけの方の移住に関わっていけるかがポイントとなる。
試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、バックスタンドに集まっている向月含む応援の皆さん方から弾ける様な歓声が上がる。
『Vandits安芸 県2部優勝おめでとう!!』
見事な達筆の習字で書かれている紙の長い長い横断幕。恐らく今日の為に作ってくれたのだろう。試合終了の礼が終わり、相手チームとの握手が終わると、まずメインスタンドに向かって監督と共にメンバーがお辞儀をする。そして、選手達は走ってバックスタンドへと向かっていった。
その中で、板垣と中堀、そして司が俺の方を見ていた。「お前はなんでそこにいるんだ?」みたいな司の顔が印象的だったが、こちらが笑顔で手を振ると、板垣たちも苦笑いしながら手を振り返してくれた。
そして、皆の輪に加わる為、バックスタンドに向かっていった。
選手も観客の皆さんも子供の様に万歳をして、ハイタッチをして、喜びを共有している。終わってみれば全勝で危なげなくリーグ突破。来季からの1部にも大きな期待を残してのシーズン終了となった。
・・・・・・・・・・
2019年1月15日(火) Vandits garage <冴木 和馬>
「そうか。良いんだな?」
「申し訳ありません。」
「構わない。そう言う約束だ。」
個室会議室には俺と常藤さん、そして板垣。向かいに座っているのは..
「次は決まってるのか?」
「はい。声をかけていただいてるチームはあります。」
「そうか。いつ付けですか?」
俺の質問に常藤さんは「2月末です」と応える。
「次のチームはどう言ってくれてるんだ?」
「いつ来てくれても構わないと。準備は出来ているとの事でした。」
「そうか、分かった。準備が出来次第、退社してくれて構わない。どう言う形であっても二月末までの給料は支払う。」
「いや、でも....」
「構わない。権利だ。しっかり日付が決まったら常藤さんに伝えてくれ。」
「はい。申し訳ありません。」
「謝る事は無い。自分の可能性を試すのは当たり前の権利だ。本当に今日までありがとう。」
しっかりと俺達3人と握手を交わし、小林将人は部屋を出た。
「初めての退職者になってしまったな。」
「申し訳ありません。」
「板垣、勘違いしないでくれ。情でやってるチームじゃない。出場機会が自分の思うように得られないのなら、他のチームへと考えるのは当然の事だ。」
「はい。」
「常藤さん、少し....」
「もちろんです。退職金ですね。謝礼金と言う形にしましょう。」
「ちょうど一年か。寂しいな。」
セレクションで加入してくれたDFの小林将人が出場機会を求めて、地元の鹿児島県リーグ1部のチームへと移っていく事になった。ヴァンディッツメンバーで最後まで契約更新の返事が無かった小林だったが、本人もすごく悩んでくれていたようだ。
「またこうやって入れ替わりは起こっていくんだろうな。慣れなければいけないが、慣れたくない自分もいるよ。」
「慣れる必要はありません。慣れるのは僕だけで充分です。冴木さんと常藤さんは寂しいと言う気持ちを、残してあげてください。」
「そうか....」
本日で(株)ファミリアの出向社員全員のデポルト・ファミリアとの新規雇用契約終了、また、デポルト・ファミリアとの契約社員扱いのメンバーの新規正社員契約および『契約の終了』手続きが無事に終了。
契約終了に伴い、デポルト・ファミリア退職者は1名。Vandits安芸の選手登録抹消は2名。
『小林将人』と『望月尊』。
・-・-・-・-・-・-・-・-・
これで県2部リーグ編が終わります。
これからは幕間のお話をいくつか投稿し、県1部前の『2019年オフシーズン編』に突入します。まだまだ長い作品になるかと思いますが、お付き合いくださいませ。
また、皆様からの応援やコメントに本当にやる気をいただいております。この場で改めまして感謝をお伝えいたします。
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