第76話 大評定祭③

 グラウンドはまだ先ほどの一戦の興奮が残っていた。休憩の間にピッチ脇には大きな和太鼓が二つ据えられた。「出陣式の開始」がアナウンスで告げられると、萬屋や食事処へ行っていた観客が一気にグラウンドへと戻って来る。


 すでに冬のグラウンドは陽が落ち、LEDライトで煌々と照らされていた。

 これから何が始まるのかと期待していると、選手入場口から男性が二人現れる。二人の男性は山伏の恰好をしているが、それはいわゆる白を基調とした典型的な山伏の衣装では無く、ヴァンディッツカラーの緑と黒を基調とした衣装だった。


 その様子はメインヴィジョンにも映し出されているが、男性二人はヴァンディッツ関係者ではない。高知県内で和太鼓チームを率いて活動されている方々だ。


 大きな和太鼓の前で足を広げて中腰体勢になり「ハッ!」の掛け声とともに和太鼓の乱れ打ちが始まる。観客はその荒々しさに魅了され、一気に注目が二人に集まる。勢いは最高潮を迎える。すると、二人は撥を持つ両手を高々と真っすぐに振り上げ、二人同時に「「ダンッ!!」」と太鼓を叩く。


 その瞬間、グラウンドの全照明がダンッ!!と言う音と共に消灯される。観客の驚きの声が響き、ざわめきが生まれる。するとメインヴィジョンに動画が流れ始める。

 深い山の中を歩く、山伏と甲冑姿の武士、そしてそれを先導する遍路の格好をした僧。その一団は肩から下だけが映し出され、誰なのかは分からない。

 そしてナレーションが流れ始める。


 『時は2017年。天下統一を成し遂げんとする我々はその夢に破れ、それぞれに彷徨い目標なく生きていた。』

 『その武士もののふ達を導き、この芸西の地へと赴いた者がいた。武士達は今一度、天下統一を目指すべくこの地に砦を作り上げた。』


 メインヴィジョンに集中していた観客達は突如、選手入場口に上がった火に目線を奪われる。篝火かがりびが並べられており、そこに火をくべられた。


 ざわざわとした雰囲気の中、スピーカーからはシャンッ!シャンッ!と言う一定の音が鳴り始める。するとスポット照明がいくつか灯され、入場口からピッチ中央へと一本の光の道が現れる。


 選手入場口からは異様な集団が現れる。先ほどの動画で見た、遍路修行の格好の僧が二人、長尺の錫杖を地に打ち付けながら登場する。その後ろには太鼓を叩いていた山伏と同じ格好の山伏が四人、そして更に後ろに甲冑を来た武士が四人、ゆっくりと歩みを揃えてピッチ中央へと向かう。


 観客は歓声をあげながらも何が始まるとも分からない雰囲気に戸惑っていた。そして、一行はセンターサークルを囲むように並ぶ。


 「お静まりくださりませっっ!!!」


 マイクから大きな声で観客に向けて言葉が投げかけられる。その声の主はピッチ中央の武士の一人だった。


 「お静まり下さいませっっ!!!我が姫が、本日お集まりいただきました皆様へ感謝の言葉を述べられまする!!!どうか!!お静まりくださいませっ!!」


 その迫力に観客席は完全に沈黙する。静かな風の音だけが響く。するとピッチ中央に向かい合うように陣取っていた一行は、入場口の方に向かい片膝を付く。


 ドンッ!ドンッ!と言う和太鼓の音と共に新たな一行が現れる。

 見事な打掛に身を包み、頭の上からすっぽりと笠を被る女性が一人、その後ろに同じく見事な着物を来た女性が二人、ゆっくりゆっくりとピッチ中央へと歩いていく。


 中央へと辿り着くと中継カメラが良い距離間からズームでその女性のバストアップをメインヴィジョンに移す。しかし、笠を深くかぶり顔は知れない。


 「姫、整いましてございます。」


 武士の一言に、姫と呼ばれた女性はゆっくりと笠を取り、後ろに控える女性へと笠を渡す。その瞬間に女性の顔が映し出されると、割れんばかりの歓声と拍手でグラウンドが揺れた。


 それはあの『木崎汐里』だった。二度と見る事の無いと思っていた女優の登場にグラウンドは揺れる。


 「お静まりくださりませっっ!!!」


 再びの武士の叫びにじわじわと興奮が収まっていく。すると姫は自分の来ていた赤い打掛をすっと脱ぐ。それは後ろに控える女性によって流れるように受け取られ、その下からは薄い水色の下地に紫苑の花が刺繍された着物が現れた。


 女性は見渡すように観客席を一瞥したかと思うと両膝を軽く折り、頭を下げて挨拶する。女性の頬には耳から伸びた小さなマイクがあった。


 『今宵、この芸西の地に砦を完成させました。Vandits安芸のつわもの達と共におります。詩織と申します。』


 その言葉は凛としてすっと心に響く。まるで自分が戦国時代にタイムスリップしたかのような感覚に襲われるほど、その立ち振る舞いは堂に入ていた。


 『行く先無く、彷徨っていた我々を受け入れてくださいました芸西の民の皆様には言葉に出来ぬほどの感謝と恩義を感じておりまする。皆を代表し、御礼申し上げまする。』


 ゆったりと頭を下げる。周りの一行も深く頭を下げる。しかし、観客は歓声はおろか身じろぎ一つ出来ないほどの緊張感に襲われていた。有無を言わせぬその女性の雰囲気に誰もが目を奪われていた。


 『我々は一度夢破れ、天下統一の道から外れました。....しかしっ!この芸西の地で再び国盗り、全国へ打って出て、いつの日か日乃本一のサッカーチームとなれるように再び集いました。その我々に力を貸してくださいました全国におられる譜代衆の皆様。』


 姫はゆっくりと両手を二階の特別席へと向ける。


 『そして国人衆の皆々様。共に歩んでいただけるこの心強さに、頼もしさに、我々は更なる力を手に入れました。そして今日っっ!!このVandits field完成と共に、我々は今一度天下へと乗り出しまするっ!どうかっ!どうかっ!我々と共に、この夢をお支え下さいますよう、切に、切に、お願い申し上げまする。』


 拍手が一行を包む。そして武士の一人が立ち上がり、腰から軍配を引き抜き選手入場口へ向ける。


 「我が軍の兵どもに御座いまする。」


 すると、また荒々しい和太鼓の音と共にVandits安芸のメンバー全員がユニフォーム姿で登場する。さらに大きな拍手で迎えられる。そして一行の後ろにずらりと並ぶ。


 『我々は、皆様の前で誓います。この先、どのように険しく、厳しく、長い道のりになろうとも、夢を捨てず、ひたすらに邁進する事をお誓い致します。まだ小さな我々ではございますが、皆様の誇りとなれるよう、一層の精進を努めまする!!』


 グッと何かを堪える女性の表情が映し出される。目には光るものが見える。


 『我々を信じ待ち続けてくれた者達がおりまする。その者達の為にも、そして皆々様の為にも、もう、我々は折れる事はございませぬ!!あの日の誓いを、そして、今日の誓いを、誠の物とする為に、これから修羅の道を歩みまする。』


 割れんばかりの拍手。観客の中には涙を流す者もいた。


 『どうかこの先もこの土佐の東より昇る陽の光となれるよう、どうかお支え下さいませ。纏まらぬ言葉で申し訳ございません。』

 「皆々様と共に、出陣の鬨の声をあげたく存じます。我々と共に鋭・鋭・応の御発声をいただけますと心強く思います。宜しくお願い致します。」


 『参りますっ!鋭っっっ!!鋭っっっ!!応ぉぉぉぉ!!!!』

 「「「「「「鋭ッッッッ!!!!鋭ッッッッ!!!!応ォォォォォォォォ!!!!」」」」」」


 観客からの大きな鬨の声に一行はヴァンディッツメンバーを残し、ピッチを下がる。すると、ゆっくりと阿部アナウンサーが登場する。


 「出陣式への御参加、誠にありがとうございました。ここで、チーム代表であり、デポルト・ファミリアの代表取締役社長であります冴木和馬より、皆様への感謝をお伝えさせていただきたいと思います。今しばらくお付き合いください。」


 選手入場口から登場し、阿部アナウンサーからマイクを預かりピッチ手前で深く礼をしてピッチに入る。その仕草に観客席から拍手が起こる。そしてメンバーの間に入り四方の観客にお辞儀をする。


 『本日は、Vandits安芸の大評定祭にお越しくださいましてありがとうございました。デポルト・ファミリア代表取締役社長の冴木和馬でございます。運営・チームを代表しましてお礼申し上げます。』


 拍手が起こる。しかし、なかなか話し出さない。少しのざわつきがあるが、マイクが口元に運ばれるとまた静寂が訪れる。


 『去年の四月、チームメンバーでもあります及川司にサッカーチームの運営を手助けして欲しいと頼まれた事から全ては始まりました。サッカーすら知らない私が、運営のうの字も知らない男に誘われて、このチームは動き始めました。』


 少しの笑い声、メンバーも笑っている。


 『しかし、私は及川だけでなく、ここに並ぶメンバー全員の、プロになりたい!!、Jリーグへ行きたい!!と言うその並々ならない決意に動かされました。元いた会社を辞めた者もおります。このチームの為に自分の今を捨てた者もおります。わざわざ入社できた企業から移って来た者もおります。私はその皆に向き合えるだけの、恥ずかしくない男になりたかった。』


 一度、マイクを外し、ふぅっと息を吐く。


 『そして、生まれ故郷でもあるこの高知で、しかし何の繋がりも無いこの芸西村で我々は夢を追うと決めました。会社を作り、畑を借り、土を耕し、壊れた家を買い、直し、また人の住める家にした。そうやって自分達の居場所を作ろうとしました。その中で沢山の方のご協力もいただきましたが、同時に我々の至らなさで傷つけてしまった方々もいらっしゃいます。「お前達は山賊だ」とお叱りの言葉もいただきました。我々はその教訓を忘れぬように、皆様にしんに寄り添える存在になれるようにチームの名前に山賊を意味するヴァンディッツを名付けました。』


 ざわつく。しかし、構わず話す。


 『その活動に沢山の譜代衆の皆様が、国人衆の皆様が共に歩んでいただける決意をしていただけました。我々はもう引き返せません。皆様の期待を裏切れない所まで来ました。その自分達の決意を形とする為に、このVandits fieldを完成させました。ここは我々の決意の場所です。ここを皆様の大切な場所としていただけるよう、ただひたすらに努力し続けます。ぜひ、今後も我々を応援していただけますよう宜しくお願い致します!!!』


 深く下げた頭にたくさんの歓声と大きな拍手が降り注ぐ。そして、もう一度皆さんに向き合う。


 『ありがとうございます。そして、本日、歩み出す我々と皆様と同じように、もう一度夢に向かって歩み始めると決意してこの場に立ってくれた方がいます。ご紹介させてください。』


 すると、入場口から宗石詩織が現れる。再びの登場に観客は狂わんばかりの歓声を宗石に送る。冴木の隣で深々と頭を下げる。マイクを冴木から受け取り、ふぅっと大きく息を吐く。会場が静かになる。


 『皆さま、以前、木崎汐里と言う名前で活動をさせていただいておりました。宗石詩織と申します。本日は私のような者の為にお時間をいただけました事を冴木様と関係者の皆様、そして会場の皆様に深く深く感謝しております。』


 深々と頭を下げると、「シオン~!!」「汐里ちゃぁ~ん!!」と方々から声援が飛んで来る。


 『ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、私は一度、芸能活動を休ませていただいておりました。あの頃の自分は弱く、これ以上は自分を壊してしまうと自らに壁を作り、皆様への説明も十分にしないまま休止する事になってしまいました。改めてここで謝罪させていただきます。誠に申し訳ありませんでした。』


 拍手が起こる。


 『しかし、あるご縁でデポルト・ファミリアさんとお仕事をさせていただける機会をいただき、私の状況もご理解いただいた上で、このような大役を任せていただけた事に本当に感謝をしております。そして、Vandits安芸の皆さま、デポルト・ファミリアの皆様と同じように、私も今日から歩み始めます。今後は本名の宗石詩織としてもう一度皆様の前に立てるように努力してまいります。』


 大歓声。拍手は更に大きくなる。


 『そして、皆さんと約束します!私はVandits安芸の家族です。皆さんと同じようにVandits安芸と共に生きる家族です。生涯、Vandits安芸と共に努力を続けていく事をここにお約束します。』


 思いもしない報告に会場は最高潮を迎える。今だけでなく、これからも一緒に歩んでいく。その決意が聞けた。ファンにとっては最高の瞬間だ。


 『私の復帰でまたご心配をかけてしまう瞬間があるかも知れません。しかし、私から皆様へお約束出来る事はあの時と変わりません。私を信じ続けてくれていた皆様の為に、私は私であり続けると誓います。ですから、変わらず、私を信じて下さいますか?』


 その言葉に観客達は全力で応える。その反応に彼女は涙した。冴木がマイクを受け取る。


 『彼女に変わりまして御礼申し上げます。宗石詩織さんには今後もVandits安芸の姫としてイメージキャラクターを務めていただくお約束となっております。それが破られる時はうちがJリーグ入りを諦める時か、彼女がうちを嫌いになる時か。』


 そう言うと冴木の隣から及川と宗石が「諦めるか!」「なりません!」と叫び、それがマイクに拾われると観客から笑い声が響く。


 『そう言う事だそうなので、これからも長いお付き合いが出来そうです。皆様、どうか宗石詩織さんも我々の家族として、今まで以上に応援していただけますよう宜しくお願い致します。』


 万雷の拍手の中、大評定祭の全ての予定は終了した。

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