第75話 大評定祭②

<冴木 和馬>

 フレンドリーマッチが始まる。高校生達はやや緊張した表情。こんなに人に囲まれた状態で試合をするのは、もしかしたら初めてなのかも知れない。しかし、それでも果敢にボールを奪いにプレッシャーを掛ける。


 ここで驚いたのは三原さん達の応援団だった。応援団が陣取った側のゴール裏は前半は高校生選抜サイドになった。すると、ドラムと小太鼓を使って、高校生の応援を始めたのだ。


 『GO!GO!安芸高ッッ!!GO!GO!むろ高ッッ!!』


 その声援に一瞬振り返った高校生がいたくらいだ。しかし、その声援に他の観戦されている方達も拍手を送り、一緒に声を出してくれる。ヴァンディッツメンバーからすれば、まさかの完全アウェイでの前半となった。


 「はっはっは!こりゃ面白い!ホームであるはずのヴァンディッツがまさかのアウェイ状態で試合する事になるとはのぉ!応援団も粋な事をするもんじゃ。高校生たちは燃えるのぉ。」


 徳蔵さんが非常に喜んでいる。隣で並んで観戦している正樹さんも楽しそうだ。他の譜代衆の皆さんも興味深そうにガラス窓からグラウンドを見下ろす。


 必死にプレッシャーを掛け続ける高校生達の間を五月のスルーパスが切り裂き、幡が一気にゴール前へと詰め寄った。ゴールキーパーがスライディングで止めに行くが、幡が冷静にそれを躱し先制点はヴァンディッツがもぎ取る。


 大きな歓声の中に「あぁ....」と言うため息も聞こえるが、応援は更に熱気を増す。手拍子とチャントで高校生達を後押しする。

 しかし、実力差は明白。早々に覆るものではない。徐々に押し込まれ、またしても失点する。

 『Vandits安芸から1点を!!』

 その目標の為にグラウンドが一つになりかけていた。


 ・・・・・・・・・・

<八木 和信>

 マジかよ。めちゃくちゃやりづらい。まるでアウェイじゃないっスか。話が違うっスよ。

 でも、燃えるっスねぇ!!手ぇ抜いたりなんかしないっスよ。Jリーグ目指してる俺らがこれだけ強いんだってトコをしっかり見せつけるっス。


 ナカさんと幡さんは執拗なDFのマークにイライラしてるなぁ。ここは一度落ち着ける為にボールキープで流れを止めよう。ボールキープしながらメンバーに向けて胸をトントンと叩く。

 『落ち着いていきましょう』の合図。メンバーが熱くなり過ぎていたり、連携に雑さが見える時などに気付いたメンバーが出すボディサイン。


 幡さんからもサインが出る。え?相手の左SB注意?確かにさっきから幡さんのドリブルに付いて来てる気がするっスね。ダッシュ力では間違いなく幡さんに分があるけど、体を寄せるタイミングと当て方が上手いっスね。マジで一回戦負け常連のチームなんスか。


 あの左SB、うちのセレクション受けないかなぁ。トータルでは他の高校生に追いつけていなくても、こうやって何か一つのスキルに光るものがある選手はうちの監督大好きっスからねぇ。考えてみればうちのチームも尖った才能の選手ばっかですもんねぇ。


 おっと!油断したらこっちもヤバいですね。申し訳ないっスけど、1点もやる気は無いっスよ!!

 さぁ!!!かかってらっしゃい!!!


 ・・・・・・・・・・

<中堀 貴之>

 恐らく相手の合同チームの監督さんは相当うちのチームを研究して来てる。俺と幡の動き出しを完全に把握してる。そこは個人のフィジカルやテクニックが追い付いて無くて完全にカバーしきれてない所もあるが、それでもこれキツ過ぎるわ。


 あの監督さん、板垣さんの情報だと今日だけの為の監督だって聞いたけど、合同チームを率いる為だけに監督用意したって事なのか?偉い贅沢だな。


 くそぉ!CBとボランチのマークを剥がせない。俺のイライラするマークの付かれ方を理解してるのか?こりゃ、間違いなくうちから情報いってるな。うちのチームのイベントだよな?これ。

 点差は付いてても要所要所で高校生が良いプレイでこちらの動きを止めるから、観客の皆さんも盛り上がってんだよなぁ。くそぉ。何か悔しいぞ。まだ俺と幡で1点づつしか取れていない。このままじゃ勝ったのに評価下がりかねない。


 その時だった。後ろからブチギレた司さんの檄が飛ぶ!!


 「なにやってんだ!!!自分達のしなきゃならん事に徹しろ!!相手を高校生だと思って舐めてたら、負けるぞッッッッ!!!!」


 ピリッとした空気がチーム内に流れる。くそっ!悔しいけどその通りだ。冷静になれ。リーグ戦と同じだと思え。勝てなきゃ優勝は無い。それぐらいの覚悟を持て!


 メンバー全員の目の色が変わる。それを見た高校生達に緊張感が走る。

 待たせたね。こっからがホントのVandits安芸だよ。


 さぁ!最高の勝負をしよう!


 ・・・・・・・・・・

<及川 司>

 全く。やっと気合が入ったか。いや、入り過ぎていたんだろう。高校生に負ける訳にはいかない。負ける訳がない。その驕りが自分達の動きと考えを狂わせる。

 試合前に個人的に監督から指示されてなかったら俺も見失ってたかもしれない。相手チームの監督は完全にうちへの対応を事前に練りつくした状態で試合に挑んでる。


 メンバーそれぞれの癖や弱点を嫌らしく突いてくる。急ごしらえのチームでこれだけ出来るのか。あの監督何モンだ?


 しかし、こちらのディフェンスラインはしっかりと安定している。大西がかなり神経を尖らせている。と言うのも、相手のFWが事あるたびに最終ラインを飛び越えるようなロングボールに飛び込もうとチャレンジしてくる。今は問題なく対応出来てるが、もし何かの拍子で人数をかけられたりしたら、最悪のケースも想定できる。


 いや、何がフレンドリーマッチだ。完全に真剣勝負じゃないか。


 なかなか自分達のサッカーをさせて貰えない中で前半終了のホイッスルが鳴る。


 ・・・・・・・・・・

<冴木 和馬>

 『前半終了です!本日の来場者数の発表を行います。本日の来場者数、2102名。本日の来場者数は2102名の皆様にお越しいただきました。誠にありがとうございます!!』


 その発表で観客席のボルテージは一気に上がる。俺達のいる部屋でも譜代衆の皆さまから拍手をいただく。


 「2000人を超えるか。凄いの。坊。」

 「....正直、驚いています。我々の予想では800~1000名お越しいただければ成功と思っておりましたので。」

 「では、大成功と言う事だの。それだけ注目をされとると言う事じゃ。」

 「はい。背筋が伸びます。」


 そんな話をしていると秋山が部屋に入って来て、常藤さんに耳打ちをして部屋を出ていく。気付いた正樹さんが声をかける。


 「何かありましたか?こちらは大丈夫なので、行ってください。」


 すると常藤さんは笑顔で頭を下げる。


 「ご心配いただきありがとうございます。本日のグッズ販売でユニフォームとTシャツが完売したとの報告でした。」


 その言葉に部屋は「おぉ~!」と盛り上がる。


 「来季の1部に向けて良い推進力を得られていますね。」

 「ありがとうございます。しかし、それもこの後の2部の出来次第で止めてしまう可能性があります。そこをしっかり乗り切れば、大きく注目していただけると確信しています。」

 「そう言えば、内容は教えていただけませんでしたね。それは今も変わりませんか?」

 「ご期待いただいてお待ちください。きっとご満足いただけると思います。」

 「良いですねぇ。」


 自らハードルを上げてしまった。しかし、2部の出来はこの1部の良い勢いをさらに伸ばす為には必要不可欠だ。そしてそれに見合うだけのモノが出来上がったと自負している。


 後半が始まる。両ベンチから気合の入った掛け声が響き、その声でまた観客席に火が点く。予想以上に良い試合にしてくれたじゃないか。板垣。


 ・・・・・・・・・・

<三原 洋子>

 ハーフタイム中に応援の中心になっている私達に観客の皆さんの注目が集まります。理由は分かっています。後半は守備攻撃のサイドが変わり、私達が陣取っているゴール裏は前半とは逆にVandits安芸のサイドとなるのです。

 後半はヴァンディッツの応援にするの?そんな雰囲気が伝わってきます。

 中心メンバーで集まります。そこに拓斗君が真剣な表情で提案してくれます。


 「後半も高校生応援で行くべきです。前後半で応援を変えてると初めて観戦をしている方達は普段の応援もどちらもして良いって勘違いを生んじゃうと思います。メインスタンドとかでしてる分には良いですけど、相手のゴール裏で別チームの応援なんかしたら、トラブルになる事もあるかもしれません。だったら、今日は徹底して高校生を応援しましょう。Vandits安芸って言う大きな目標に挑戦する高校生の感じは、この先のヴァンディッツの道程に似てます。」


 全員が納得しました。私は拡声器を拓斗君に預けます。スタジアムでは拡声器は観客席に向けて観客に対しての使用は認められています。


 『皆さん!!!前半の応援、素晴らしかったです。その応援をぜひ後半も、高校生の頑張りに向けてあげてください!!ヴァンディッツと言う大きな目標に挑戦する高校生を一丸となって応援しましょう!!』


 観客席から大きな拍手が湧きます。人伝いで「後半も高校生応援だって」と伝わっていきます。


 『そして、皆さんにお願いがあります。僕達応援団ではヴァンディッツに対してはもちろんですが、相手チームであっても、ブーイングは一切行いません。相手へのリスペクトを持って、もし許されない行為が行われた時は沈黙を持って抗議する!その気持ちで一緒にヴァンディッツを、高校生を支えてください!!』


 拍手が起きます。拓斗君は立派にサポーターを引っぱってくれています。


 『後半も、最高の応援を届けましょう!!』


 選手達がピッチに戻ります!!また一気にボルテージが上がりました。


 ・・・・・・・・・・

<五月 淳也>

 高校生チームは後半に一気に5人変えて来た。そんなに変えて前半の根気強い守備が継続出来るのかと思っていると、まさかの一気に攻撃に転じて来た。

 嘘だろ!?前半、あれだけ守りを固めて2失点してるんだぞ?いや、もう失点どうこうではなく、1点を奪いに来る作戦に切り替えたって事か。


 応援は前半以上に高校生に傾いている。いやぁ、ここまで悪役になるとは思ってなかったよ。考えればヴァンディッツに入団してから、これだけ相手チームの応援が多い状況で試合をするのは初めてだ。きっとこの先、アウェイ戦へ行った時にはこんな状態で試合をする事になるんだろう。


 そんな瞬間だった。後半から投入されていた相手の右サイドハーフが一気に駆け上がる。青木と高瀬の反応が遅れる。いや、あんな足の速さなんか聞いてねぇって!


 相手MFからのパスをワンタッチから一気に中央へクロスを入れる。くそぉ!まずい!!相手FWと望月さんが競り合うが、落ち着いてパンチングでクリアしたと思った瞬間だった。クリアボールを奪った相手MFがそのままシュート。大西が足を伸ばして止めるが跳ね返ったボールに、幡さんがずっと注意しろと言っていた相手の左SBがそのこぼれ球に滑り込む。

 反応できず、ボールはそのままゴールへ雪崩れ込んだ。


 爆発したかと思うほどの歓声が高校生達を包む。望月さんと大西が芝を思いっきり叩いて悔しがる。俺達も空を見上げる。点差では勝っている。しかし、取らせてはいけない1点だった。今日の試合で失点する事はイコール自分達の負けを意味すると、メンバーの誰もが思っていた。


 自分達の甘さを痛感させられる。及川さんとナカさんが気持ちの切り替えを指示する。そうだ!もう1点だ!突き放す。

 負けたまんまで終われるかよ!!!


 ・・・・・・・・・

<及川 司>

 試合終了のホイッスルが鳴る。6対『1』。重く圧し掛かる。取られてはいけない1点だった。両チームが並んで終了の礼をする。高校生達が並んで俺達と握手を交わして健闘を讃え合う。結果は負けているが、彼らの表情は明るかった。


 その握手の流れで、相手の背番号24番。左SBを守っていた子が俺との握手になった時に話しかけた。


 「お疲れ様。」

 「お疲れ様です。ありがとうございました。」


 握手の手を緩め、隣のナカと握手に向かおうとする彼の腕を掴む。驚いた顔で俺を見る。隣にいたナカや五月、彼らのチームメイトも驚いて俺を見ている。


 「高校卒業後はどうするが?」

 「専門学校受けるか、仕事探します。」

 「サッカー続けるが?」

 「趣味で続けたいです。」

 「....本気で続ける気あるなら、うちのセレクション受けや。待ちゆうで。」

 「えっ!?」


 驚いた表情の彼に五月とナカも話しかける。


 「おいでよ。本気でプロを目指してみたいと思うなら。」

 「キツいけど、楽しいよ?」


 その言葉に彼は力強く頷く。そして両チームでグラウンドを一周しながら観客の皆さんに応援の感謝を伝える。中央に戻る頃にはインタビューの準備が出来ていた。インタビューに呼ばれたのは監督とオレだった。

 有澤さんが監督に質問する。


 『高知県東部の高校生選抜を迎えてのこけら落としの一戦でした。戦いを終えての感想をお願いします。』

 『結果の数字以上に非常に苦しめられたと言う印象です。我々のリーグ戦をご存じの方はまさにそう思われたと思います。高校生には非常に失礼に聞こえるかも知れませんが、失点をしてしまった事は我々にとっては敗北に近いほどの大きな衝撃でした。その勢いを作り上げた彼らに最大の賞賛を送りたいです。本当に良い機会をいただきました。』

 『つぎにチームを代表して及川選手に伺います。今日の試合、これだけ多くの方が詰めかけた中での試合は初めてだったと思います。いかがでしたか?』

 『そうですね。自分のサッカー人生の中でもこれだけの観客がいる中でプレイしたのは初めての経験でした。しかも、まさかの完全アウェイでしたから。ちょっとびっくりしました。』


 会場から笑い声が聞こえる。


 『確かに高校生への応援一色になりかけた場面もありましたね。』

 『いやぁ、まさか普段応援していただいてる応援団の皆さんが率先して高校生を応援するとは予想外でした。そこの所は後ほど膝を突き合わせて話し合いが必要になると思います。』


 更に大きな笑い声が起こる。


 『そんな中で高校生にも大きな可能性が見えた一戦に見えました。共にこのピッチで戦った高校生達に一言お願いします。』

 『いやぁ、偉そうな事は言えませんが、もし今、サッカーを諦めかけてる子達がいて、少しでも心に後悔があるなら、続けて欲しい。それはオレ達が歩むかも知れなかった道です。仕事してても専門学校でも草サッカーでも良い。自分が十二分にやり切ったと思えるまで続けて欲しい。そうなってくれたら、今日の一戦に大きな意味があったと思います。本当にありがとうと伝えたい。お疲れさまでした。』


 会場から大きな拍手が起こる。ベンチで見ていた高校生達も全員が深く頭を下げている。


 『今一度、両チームに大きな拍手をお願いします!これにてフレンドリーマッチを終了します。この後、30分の休憩を挟みましてVandits安芸の出陣式を行います。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る