第73話 祭、前夜
2018年12月18日(火) Vandits garage <冴木 和馬>
個室のミーティングルームに俺と真子、そして常藤さんが並んで座っている。その向かいに雪村さん、いや雪村くんと司が座っていた。司からの報告に応える。
「そうか。分かった。」
「ご迷惑をおかけしました。」
司が頭を下げる。まぁ、まだ仕事に実害が出た訳では無かったが、本人達がやりづらさを感じていたのであれば、それは影響が出ていたのだろう。
「今後はきっちり仕事は出来ると言えるんだな。」
「はい。弁えます。」
「当たり前だ。サッカーに打ち込んでる若手の前でお前らがイチャイチャし始めたら暴動が起こるわ。」
「暴動って!」
俺の言葉に司が反発するが、他の3人が笑ってしまって場が和んでしまう。
「まぁ、そう言う事なら良かった。雪村くん、大丈夫なんだな?」
「はい。仕事は仕事です。」
「そうか。分かった。」
「おめでとう。裕子ちゃん。」
「良かったですね。雪村くん。」
「はい。ご心配おかけしました。」
「良いのよ。及川君がはっきりしないからよ。待たせちゃって。」
「....すまん。」
真子に突っつかれて司が居た堪れない感じだ。ここは助け舟を出してやろう。
「まぁまぁ。良い方に転んだんだから良しとしよう。司、覚悟を決めろよ。あと、同棲先を探すようならリサーチ部に聞いてみろ。一軒家を賃貸で借りても良いしな。」
「同棲って!!」
「お前は童〇か!気持ち悪いわ!良い年齢のおっさんと可愛い妹のような部下が付き合うんだ。まさかダラダラ付き合って別れましたなんて認めねぇからな。」
「和くん、それパワハラとセクハラの合わせ技やで?」
「構うか。俺は親友に助言してるんだ。こんな女性は恐らく日本中・世界中探してもお前はもう巡り合えんからな!別れる事があれば、原因は間違いなくお前だ!」
「酷いっ!!」
「うるせぇ!!早く結婚して安心させてくれ!!」
「いつからオレの親になったがよ!」
「うるさい。おっさん二人。」
「....おっさ...」
真子のあまりの返しに反論するが、相手から差すような視線が飛んで来る。
「反論があるなら言ってごらん?」
「いえ....」
本艦は完全に沈黙。やはり敵母艦は強力でした。
「これから色々と大変だろうけど、頑張ってね。」
「はい。ありがとうございます。真子さん。」
良いトコを全部真子に持ってかれて二人は退室した。ふぅっと背もたれに体を預ける。
「納まる所に納まったと言う事でしょうか。雪村くんは非常に競合相手も多そうでしたから、本人が想う相手と一緒になれたのはホッとしました。」
「まぁ、なんだかんだ彼女も仕事に影響が出始めそうな雰囲気でしたから。これで仕事に更に打ち込んでくれれば良いんですが。」
「大丈夫よ。あの子なら。」
自信一杯の真子の言葉に苦笑いを浮かべながら、そっと目を閉じる。
・・・・・・・・・
2018年12月22日(土) 芸西村 Vandits field付近 <常藤 正昭>
現在、Vandits fieldでは明日に控えた大評定祭のリハーサルが行われています。出来るだけ周りに音が漏れないように、本番より小さな音でリハーサルは行われていますが、それでも本番は昼過ぎから20時頃まで多少の音が施設から周辺にお住いの皆さんのお宅まで聞こえる可能性があります。
事前にお電話や直接出向いてのご説明とお詫び等は済んでいますが、前日にもう一度ご挨拶に回らさせていただいています。事前のご挨拶の際にはどちらのお宅の方々も非常に好意的な反応で、実際にイベントを見に来ていただける方もいらっしゃると報告は受けています。
和馬さんと二人で一軒一軒回っています。あと3軒ほどでしょうか。
「和馬さん、こちらです。現在は営業されていない工場兼自宅ですが、人は住んでいらっしゃいます。尾崎さんです。安芸市でスーパーに勤務されている50代の女性単身です。」
「分かりました。」
事前に入っている情報は和馬さんにご挨拶前にお知らせします。この情報だけで和馬さんならば見事に乗り切るのだから不思議です。玄関に呼び鈴はありません。本当にこの地域にはよくあるパターンです。大きな声で和馬さんが呼びかけます。
「ごめんください!お邪魔します!」
「........はぁ~い!!ちょっと待ってよぉ!!」
お返事が聞こえたかと思うと入り口の引き戸の向こうからドンドンドンと勢いある足音が聞こえてきます。ガラッと戸が開くと、恰幅の良い女性が笑顔でこちらを見ています。
「はいはい!お待たせっと.......あれ?冴木さん?」
「あっ、尾崎さんのご自宅ここだったんですか!?すみません。急に押しかけて。」
「かまんかまん!どいたが?」
尾崎さんと聞いて、私ももしかしたらと思っていましたが、西村強(息子)さんの奥様の亮子さんのお知り合いの尾崎さんでした。亮子さん達と一緒によく試合を観にきてくれていて、何度かご挨拶もさせていただいた事もあります。
「今日もちょっと聞こえてきゆぅかもしれんですけど、明日、うちの施設内で大評定祭ってヴァンディッツがイベントをするがですよ。」
「知っちゅう。知っちゅう。行くきね!」
「ありがとうございます。でも、今日と明日の一日、ちょっと音がうるさいと思いますき、ご迷惑おかけすると思いますけんど。どうか宜しくお願いします。もし何かあればすぐに事務所に連絡ください。」
冴木さんと共に頭を下げると、尾崎さんは高らかに笑いながら手をブンブンと振ります。
「かまんかまん!!文句言う人はそらおるかも知れんけんど、私らぁは冴木さんらぁが芸西へ来てくれて感謝しちゅうがやき。若い人らぁが農業頑張ってくれゆうし、それに私らぁみたいなおばちゃんでも働けるような場所も作ってくれゆうやか?ホンマに助かっちゅうがで?」
「ありがとうございます。こちらこそ助けられてます。」
「そう?まぁ、持ちつ持たれつよねぇ。私らぁて亮子(西村)ちゃんに誘われんかったら、サッカーらぁ見た事も無かったけんど。今はすっかりハマってしもうて。ユニフォームもこないだ届いたき。着るがが今から楽しみながよ。」
「楽しんでいただけるイベントにしますので。宜しくお願いします。」
楽しそうに話していただける尾崎さんが急に真剣な表情に変わります。
「でもね、冴木さん、常藤さん。頼むで?大きい事はせんでかまんき、
「....はい。肝に銘じます。」
「私らぁみたいな地方でも更に田舎の人間はそうやって都会の人らぁに裏切られた人もおったりするき。なかなか冴木さんらぁがやりゆう事を認めてくれん人もおるろうけんど、長ぅやりよったらいつの間にか評価は変わって来るもんやと思うき。粘り強ぅ頑張ってよ。」
「はい!ありがとうございます!」
有難い言葉をいただきお宅を失礼しました。次のお宅までの道で二人で話します。
「大きな事よりも長く、か。刺さりますね。」
「はい。我々のような仕事にはまさに痛点を突かれる言葉でした。」
「俺達が芸西村の、高知県東部地区の皆さんの日常になる。言葉では簡単ですが、この二年。本当に苦しかった。全員が誰にも言えない苦しみをどこかに抱えながら、ひたすらに走ってきました。」
「はい。でも、明日、その事に一つの評価を下していただけます。我々の二年間の言うなれば通信簿を付けていただける日だと思っています。」
「通信簿....そうですね。確かに。」
この2年間が本当に間違っていなかったかの通信簿。それを受け取る日です。
・・・・・・・・・・
<冴木 和馬>
一通りのリハーサルが終わり、ピッチ上に全ての社員と協力業者、アルバイトスタッフや警備員の皆さんが集まってくれている。本日の全作業の終了と明日に向けての声掛けをさせていただく事になった。
マイクを手に取り、ゆっくりと話し始める。
「皆さま、本日は長丁場で何度も確認作業を取らせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。しかし、皆様のご協力のおかげで、我々は明日の本番を憂いなく迎える事が出来ます。」
業者や警備員、アルバイトスタッフの皆さんから拍手が起こり、我々運営スタッフが皆さんに向かってお辞儀をする。
「明日、我々の会社は大きな船出をします。いえ、出陣ですね。その中には皆様のお力も大きく加わって、自分達では作る事の出来なかった力を手にする事が出来ました。これから、今まで以上に長く過酷な戦いへと我々は歩み出します。今日、そして明日、ここでご協力いただいた皆様に、いつかあの時我々を信じ力を貸した事は間違いでは無かったと言っていただけるような、大きな成功を目指し歩んでまいります。」
またも起こる拍手。
「では、明日に向けた出陣の
目を閉じ、心を静める。
「必ずッッ!!成功させるぞ!!鋭ッッッ!鋭ッッッ!応ォォォォォォォ!!」
「「「「「鋭ッッッ!鋭ッッッ!応ォォォォォォォ!!」」」」
勇ましい声がグラウンドに響き渡る。リハーサルは無事に終了した。
・・・・・・・・・・
ひんやりとした芝の感触が背中と頭に感じる。メインのLED照明は消され、わずかにピッチを照らす照明の中でグラウンドに寝ころんでいた。
「なにやってるの?風邪ひくわよ?」
「....少し、寝ころんでみないか?」
暗闇の空を見つめながら真子が声をかけてくる。俺の誘いに呆れたため息とともに、隣に寝転がる気配がする。
「吸い込まれそうな空ね。」
「そうだな。」
二人でぼんやりと空を眺めていると、新たな訪問者だ。
「何をされてるんですか?お行儀が悪いですよ。」
「ご一緒して良いですか?」
「子供や無いがやき。」
常藤さんが、雪村くんが、司が、同じようにピッチに寝転がる。
「あぁ~!楽しそうな事やってるぅ!」
「ずるいっスぅ!!」
秋山と八木の声が聞こえてくる。ふと見ると次々に皆が思い思い、芝に寝ころんでいる。そんな中で中堀が急に正座して話し始めた。
「和馬さん、ここまで連れて来ていただいてありがとうございます。あの日のあなたの一言がなければ、ここにいる誰一人このピッチに寝ころんだ幸せを感じる事は出来ませんでした。」
泣かせるような事を言う。
「それを言うなら司に感謝しろ。司が恥も外聞も捨てて俺に手を差し出してくれたから今がある。もし、あの日、司が勇気を出してくれなかったら、俺はもしかしたら一生後悔していたかも知れない。」
少し鼻を啜るような音も聞こえてくる。うちの奴らは感激屋が多い。
「私も入れていただいて良いですか?」
皆が声の方を見ると、宗石さんと水木さんが立っていた。
「もちろんですよ。家族じゃないですか。」
宗石さんは嬉しそうに雪村くんの隣に寝転がる。水木さんも「良いのかしら」みたいな感じで恐る恐る寝転がる。
「家族、増えたっスねぇ!!大家族っス!!」
皆が笑う。
「そうだな。でも、きっともっともっと増える。時には抱えきれないくらいになるかもしれない。でも、一人で抱えなければ良い。誰かがツラそうなら皆で抱えるんだ。そうやって家族は支え合うもんだ。」
「さすが、二児のパパの言葉は重いねぇ。」
「お前も早くパパになってくれよ。」
司に投げかけた俺の言葉に真子と常藤さん以外の全員が飛び起きる。
「和馬さん、今の言葉はどういう事ですか!?」
「和くん、余計な事言うなや!!」
「ちょっと聞き捨てならんっスよ!今の一言は!!」
「司と雪村くんは晴れて交際を始めた。皆、今日から思いっきりからかってやりなさい。」
「「「「なんだとぉぉ!!!こらぁぁ!!!」」」」
サッカー部員は司に掴みかかり、女子社員達は雪村くんを取り囲む。
「さぁ、洗いざらい吐くっスよ。いつからっスか!!」
「裕子ちゃん?行動早すぎない?こないだ話したばっかじゃん。もう置いてくの!?」
「裕子ちゃん!教えて!どうやって付き合う事になったの!?」
まさかの宗石さんまで興奮して雪村くんに質問している。さっきまでの落ち着いた雰囲気は吹っ飛んだ。急に肩に衝撃を感じる。真子が見事なグーパンチを喰らわせてきた。
「もう!言っちゃうんだから。」
「家族の幸せ事だ。皆で共有しないとな。」
「ははは!さすが和馬さんですね。」
「ほら、意外に皆も楽しそうじゃないですか。この方がうちっぽいですよ。」
常藤さんと3人で皆の騒ぎっぷりを見つめる。あのレストランから始まった冒険は沢山の挑戦と困難を経験しながら、これからの不安も感じながら、これだけの多くの家族と共に賑やかに歩みを進める。
明日、出陣の時!
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