第72話 運命なんてない
2018年12月15日(土) Vandits garage <有澤 由紀>
「リストの名前とレターパックの名前が同じかどうかを確認して、注文されてる商品に間違いないかを確認してください。」
作業してくれている皆さんに流れを確認してもらえるように声をかける。今日は施設管理部以外は全ての業務をストップして広報部の手伝いに来ていただいています。
皆さんに手伝っていただいているのは『ヴァンディッツグッズの発送作業』です。本日中に安芸市内にある郵便局に持ち込めば、20日くらいまでには全国に着くと郵便局からお返事はいただいています。
「背番号指定の選手のサインも頑張って書いてくださいね。サプライズプレゼントですから、何か一言添えていただけると嬉しいです。あと、転売対策の為に相手のお名前と日付は確実に入れてください。」
「サインなんか書いた事が無いがやけど。」
困ったように及川さんが私を見ます。泣き落としですか?無駄ですよ。
「サイン考えといてくださいってお願いしてたじゃないですか。今さら苦情は受け付けません!及川さん書く枚数も多いんですから頑張って考えてください。しかも作業終わったらすぐに施設に来させるように裕子さんに言われてますから、頑張ってください。」
選手指定の予約注文に関しては今回に限り選手のサイン色紙をお付けする事に決まりました。八木君と及川さんが相変わらずの人気で二人だけで、ユニフォーム予約162枚のうちの46枚を占めています。
特に八木君はやはりこれから更に活躍すると期待されてか今でも予約は入っています。イベント前日までにお手元に届ける為の商品予約期限は既に締め切っていますので、もし今予約のメールが入っていたとしてもその方に関しては正式販売日以降の商品到着になります。
施設管理部のメンバーに関してはサインとメッセージさえ書いたら、field内の宿泊施設で行われている研修に戻るように言われています。
しかし、私達も話しか聞いていませんが、この研修がなかなか厳しいと噂になっています。常藤さんと裕子さんの本性を見たと何人かからお聞きしました。本性って....
触らぬ神に祟りなし。私は一刻も早く彼らを送り込むだけです。
グッズとしては他にTシャツ286枚。マフラータオル420枚。正直言ってこんなにご予約いただけるとは思いませんでした。グリットさんにも追加発注に対応していただき、イベントでの販売分も考えて対応していただける限界枚数をお願いしました。
他にも芸陽印刷さんには以前よりグラウンドやfield敷地内に設置する全選手ののぼり旗の印刷をお願いしています。試合の時はもちろんですが、こういったイベントの時にも選手達ののぼりを施設内に設置する事で雰囲気を盛り上げます。
そして、隠し球としてイベント当日に会場限定で発売するのが2種類のタイプ別の『スマホケース』と選手別のステッカーシールです。
ステッカーシールに関してはのぼり旗と同じデザインになっており、全選手分を用意しています。
一番迷ったのはスマホケースでした。スマホは様々なタイプがあり、それに合うスマホケースとなるとかなりの種類を用意する必要がありました。しかし、それだけ用意出来るはずもなく、最も売れている2つのタイプに絞り他のタイプに関しては今後お客様からご要望が集まるようであれば作成すると言う事になりました。
スマホケースはどちらのタイプも限定30個としました。広報部としてはかなりのチャレンジだったので、何とか完売してくれる事を祈っています。
「初物特需は成功したと考えて良いかな?有澤。」
振り返ると和馬さんでした。にっこりと微笑みながら作業を見つめています。
「そうですね。素晴らしい結果、とまでは言えませんが良かったと思います。何よりご予約いただいた方の7割が高知県内で、そのうちの6割が高知県東部の方でした。地元の方にも一定数の認知をいただけたと考えて良いと思います。」
「そうか。広報部の日頃の活動のおかげだな。」
「ありがとうございます。でも、ホントに良いんですか?ロイヤリティーの件。」
「当然の権利だ。特別手当てとして給料に上乗せしてあげれば選手達のやる気にも繋がる。」
実は今回から始まったグッズ販売。選手別に販売される物に関しては、その商品の5%の金額がロイヤリティーとしてその選手に支払われます。
ユニフォーム一着売れて700円程度ですが、今の選手達にとっては非常にやる気に繋がる指針となるかも知れません。
既に予約分だけで八木君は2万円近い特別手当を手にすることになっています。
「今後、チームがもっと軌道に乗れば選手だけじゃなく、広報部や営業部にだって特別手当を出してやりたい。まだまだ足りないよ。」
「今でも充分すぎるくらいお給料いただいてますよ?高知にいますから飲食くらいしか出費無いですし。」
「気楽に構えてろ。有澤は大評定祭の前と後で生活は一変するぞ?嘘だと思うなら宗石さんに相談してみると良い。周りから想像以上の注目を浴びる生活がどういうものか参考になるかもしれん。」
「たかだか地方のサッカーチームのスタジアムMCですよ?」
「そう考えてるならデポルト・ファミリアと宗石詩織と言うブランド力を舐めてるな。まぁ、すぐに分かるさ。」
そんな訳。宗石さんはもう一度スターダムの道を駆け上がるだろうけど、私は一サッカーチームの広報なんだから。あり得ないあり得ない。
・・・・・・・・・・
2018年12月17日(月) 居酒屋『鉄』 <冴木 和馬>
「はいよぉ。お待たせ。」
「ありがとうございます。....はぁ。上手い。」
今日は司と二人で食事に出ている。連日の研修で相当参っていたようで、真子から「息抜きに連れてってあげなさい」と御使命があった。
「だいぶ絞られゆぅみたいやな。」
「うん。凄いね。東京の社員さんらぁは皆あれをやりゆうがかえ?」
「まぁ、ほとんどがホテル勤務の社員にしかやりやぁせんけどにゃ。でも新人研修では2週間くらいは挨拶研修はやるで?」
「いやぁ、どこの自衛隊に入れられたかと思うたわ。ホンマ、久々に学生時代の部活を思い出した。」
「脱落者が出たって聞いた。」
「うん。敬語を覚えれんって言うか、使う気が無いご婦人が一人。何回注意しても『こう言った施設で固すぎる接客は必要ない』って口答えが多かったきね。もう来なくて結構と言う判断になりましたぁ。」
そう言って深々と頭を下げる。俺がふぅっと息を吐くと「やりすぎか?」と聞いてくる。
「ツカっちゃんのわざとらしいお辞儀はいらんけんど、研修に関しては俺は常藤さんに絶対の信頼を置いてる。何て言うてもうちのホテル事業の接客スキルの最低ラインを作ってくれた人やから。ほやき、それを見て指導しゆぅ雪村さんも当然信頼しちゅう。」
「そうか。まぁ、分かる気がするわ。何か自信に満ちちゅうがよ。『うちの会社ではこれが正解です!』って態度と顔にはっきり出ちゅう。」
「自信も無くて指導出来る訳ないやか。それに期限も少ないしにゃ。詰め込み教育になってるのは申し訳なく思うちゅう。」
「まぁにゃぁ。」
そう言いながら二人でしばらく食事を楽しむ。俺も司もあの日以来、完全に酒は断っているのでこう言った店に来ても食事を楽しむ事がメインになった。最初は大将も「酒はいらんがか?」と聞いて来ていたが、今は慣れてくれたのか黙っていてもウーロン茶が出てくるようになった。
「契約更新、第一号。ありがとう。」
「当たり前や。危うく秋山さんに掻っ攫われるところやった。」
「ははは。彼女も更新してくれる事がほぼ確定やったきにゃ。数時間差でツカっちゃんが一位やったわ。」
そう言って二人で笑いながらグラスを合わせる。更新内容は一年。と言ってもサッカー部員に関しては原則単年契約だ。そして、司は施設管理部の副主任の手当てが上乗せされる事になり、若干ではあるが給料(年俸)は上がった。
黙食をしばらく楽しんでいたが、ここで真子から「はっきりさせてこい」と厳命されていた話題に触れる事にした。司の顔を見ず、前を見たまま話す。
「....司、彼女の気持ち、どうする気や。」
司はウーロン茶を吹き出しそうになる。俺の顔を見るが、俺が茶化して聞いていないのを察するとテーブルを見ながら、ぽつりぽつりと話し始める。
「....どうするも何も、オレはバツイチやし、彼女はまだ、若いし。」
「それ、理由にもなってない事、分かっちゅうよね。」
「........」
「司は彼女に気持ちはない?それならハッキリさせてあげんと辛い時間が増えるだけで?」
「....どうして、オレながやろう。他にももっと彼女にピッタリな奴はおるのに。」
「それ、間違っても本人の前で言うなよ?侮辱以外の何物でも無いぞ?」
驚いた表情で俺を見る。当たり前だろう。男も女も相手からの告白を断わる時に「自分よりも相応しい人がいる」とか言ったりする奴がいるが、俺から言わせれば好意を寄せてくれている相手にそれを口にするのは馬鹿にしているとしか思えない。
他の誰かなんて見えていないのだ。自分の心が揺れて、立場や状況や今後の事や、色んな事を考えても、自分の気持ちを伝える事を選んだ。その人に対してかける言葉ではない。断る自分を正当化・美化したいから言ってるだけだ。
「お前が自分で線引きできないならそう言え。」
「態度に出ちゅうか?」
「他は分からんだろうが、俺と真子と雪村さん本人は誤魔化せん。これが続くようなら司を施設運営部から外す。」
「........」
「....すまん。真子に言われたんでな。もう口は出さんき、まぁ、そう言う事や。」
「もう裏切られたくない。あんな思いは二度と嫌や。」
「....そうか。しかし、彼女は元嫁じゃない。一緒にするな。」
「....うん。」
「俺はお前の事はこの二年、そして学生時代の5年しか知らない。もちろん雪村さんの事もサポート部に入ってくれてからしか話した事は無かった。」
「....」
「お前が仕事だけじゃない、全ての事に対して真摯な男なのは分かってる。彼女は仕事をほっぽり出せるような人では無いし、何とか今は仕事とプライベートを割り切ろうと努力し続けてる。でもな、はっきり言える。彼女はお前がサッカー選手だから、俺と真子の幼馴染だからお前を好きになったんじゃない。それだけは誤解してあげるなよ。」
「うん....」
「ここからはもうお前にしか出せない答えだ。ただ、社長として言っておく。この状態を見てられるのは今年だけだ。来月には決断せざるを得なくなるぞ。」
その後は二人でゆっくり食事をした。
・・・・・・・・・・
同日夜 安芸市内
手が震える。そんな手でスマホから電話帳で名前を探し、鳴らした。しばらくして呼び出し音が途切れる。
「っはい!こんばんわ!雪村です。」
「....夜分にすみません。及川です。」
「はい!あの、今日はお食事会って聞いてましたけど。」
「はい、研修、早上がりしてしまい、申し訳ありませんでした。」
違うだろ。こんな話をしたかったんじゃないだろう。
「もう!及川さん真面目ですねぇ。私達だって食事会で仕事早上がりする事あるんですから。大丈夫ですよ。今日もしっかりスケジュール消化しました。」
「そうですか。不味いな。僕も頑張らないと置いてかれちゃいますね。」
「はははっ!そうですね。頑張りましょう。」
いつも通りに話してくれる彼女の声が痛かった。
「雪村さん、今、時間って大丈夫ですか?」
「えっ?はい。まぁ、寝るにはまだ早いですし。」
「実は雪村さん達のアパートの近くの公園にいます。本当に失礼なお願いですが、会ってお話出来ませんか?」
「えっ!?......ちょっと、待ってください!10分っ!15分で良いです。お願いします。」
そう言って電話が切られる。落ち着け。きっと話が終わった後も以前のように仕事が出来る間柄に戻れる。大丈夫だ。
しばらくして弾む息遣いと共に雪村さんが公園に表れた。少しお化粧したような、そうだよな。こんな時間じゃ風呂も入って化粧も落としてたか。ミスった。
「本当に申し訳ありません。お呼び立てして。」
「いえ、大丈夫です。」
自分の言葉が震えているのが分かった。
・・・・・・・・・・
すぐに準備して公園へ来ましたが、及川さんの表情は非常に硬く真剣でした。私も学生の恋愛をしていた訳ではありません。何となく察してしまいました。
彼は本当に真面目な人。きっと電話やメールではお断りなんて出来ない人。きちんと会って話そうと思ってくれていたはず。
あの日、二人で野市町にある民宿のリノベーション後の出来栄えとその後必要になる従業員を想定した内見を終えた日の帰り、私は及川さんに気持ちを伝えました。すごく驚かれていて、色々と話はしましたが「少し考えさせてください」と言われました。
その後は彼が私を避けるようになっていました。やはり迷惑だったんだろうと。このまま無かった事にしようとするのかなと落ち込みかけましたが、仕事は仕事。和馬さんや真子さんを見習って、何とか堪えました。
それも今日で終わり。
「ずっとお返事を待たせてしまい、本当に申し訳ありません。」
「いえ、大丈夫です。」
会社でお客様に使うような敬語。突き放されているように感じた。何度も何度も唾を飲み込んでいるような様子の及川さん。無理をさせてしまった。
堪える目に涙が溢れる。泣かないで。重い女になんてなりたくない。
そんな私を見て、及川さんがにっこり笑いました。
「裕子さん、あなたの隣にこれからも一緒にいさせてください。」
「....え?」
あまりに予想外の言葉に理解が追い付きません。
「仕事以外の時間にあなたの隣にいる理由をください。あなたが好きです。お待たせして....すみません。」
涙が止まらない。どうして?ずっと避けてたのに。さっきだって突き放すみたいに敬語ばっかりで。なんで。
「バツイチです。女性の気持ちに疎いです。おじさんです。夢を追いかける現実見えてない男です。それでも、あなたの隣にいたいと、そう思いました。最初はダメだって諦めようとしました。でも、あなたの隣にいたいと言う気持ちがだんだん大きくなって。」
「ごめんなさい....ごめん..なさい....あっ!このごめんなさいはそう言うんじゃなくて....」
そう言いながら泣き続ける私を優しく及川さんは抱きしめてくれました。
「大丈夫です。こんなオレですけど、会社でも普段でもあなたを支えられる男になります。一緒にいてください。」
「....はい。....はい。」
私が泣き止むまでずっと背中を優しく撫でながら待っていてくれました。やっぱり真面目な人です。その後、二人でベンチで話したんですが、及川さんはずっと「寒くないですか?大丈夫ですか?」ばっかりなんです。ちょっとは一緒にいさせてください。
「もうこんな齢ですし、誰かとどうにかなるなんて考えてなかったんです。そんな人生ある訳ないって。」
「枯れるには早すぎます。若い方とずっとサッカーしてるから世話焼きおじさん化しちゃうんですよ?ダメです。若くいてください。」
「はい....努力します。」
「ふふふ。及川さん、私....」
「あっ!二人の時はちゃんと名前で呼びましょう。普段まで仕事みたいな会話になっちゃいそうじゃないですか。ね?裕子さん。」
あぁ、この人は恋愛に対しては天然さんなんですね。気を付けなければ!こんな会話を他の女子社員の前でされたら女の子はイチコロじゃないですか!ダメ、私以外との恋愛トーク禁止!!
「わっ....分かりました。....司さん。」
だめぇ!!頭なでなでしないで!!
「司さんがこんな人生ある訳ないって言ったじゃないですか?私は違うんです。私の好きな言葉で、『人生にはふたつの道がある。運命なんてないと思いながら生きる道か、全てを運命のように思いながら生きる道か。』って言う言葉があって。」
「あっ、アインシュタイン。」
「ご存じなんですか?」
「和くんとマコが大好きながよ。その手の言葉。」
「ふふふ。私は司さんとの事は運命だったと信じたいです。」
「....ふぅ。オレはそんな事よぉ口にしません。でも、ちゃんと好きな気持ちは伝えます。」
「はい。お願いします。」
もう少し。手を繋いだまま。もう少しだけ一緒にいてください。
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