第71話 拒否と挑戦
2018年12月10日(月) Vandits garage <雪村 裕子>
「ねぇ、裕子ちゃん。あれ、どう言う事なの?」
直美ちゃんがお茶の準備をしている私にこっそりと話しかけてきます。直美ちゃんと私の目線の先のコミュニティスペースでは土下座をして額を床に押し付けている男性と立ち上がって深々と頭を下げている男性。そしてその横で目を閉じて眉間に皺を寄せている女性。その向かいに和馬さんと常藤さんが座っています。
「私も詳しく知らないんですけど、昨日試合会場で報道ルール破ってインタビューしようとして断ったら関係切るって脅してきたらしいです。」
「うわぁ。馬鹿ねぇ。監督に脅しかけて和馬さんの耳に入っちゃったんだ?」
「いえ、和馬さん相手に脅したらしいです。」
「....え?ホントに馬鹿なの?」
「お茶、持っていきますね。」
呆然としている直美ちゃんを置いて私はコミュニティスペースに向かいます。机の上にそれぞれのお茶を置いて、和馬さん達の座る卓の後ろに椅子を運び、控えます。
「誠にッッ!誠に申し訳ございませんでしたッッ!!」
土下座をしている男性が必死に謝っています。しかし、和馬さんも常藤さんもその男性の事は一切見ていません。見ているのは立ち上がって頭を下げている男性です。どうやら土下座している男性の上司のようです。
「田中さん。残念です。このような形になってしまい。」
「冴木さん!どうか、今一度お考え直し下さい。私共と致しましても今後しっかりと取材姿勢を見直し、このような事の無い様に務めますので。」
「まさかっ!!無かった事になさるおつもりですか。ルール無用の取材をした上に、冴木をこちらの最高責任者だと理解した上で取材拒否・圧力とも取れるような態度を取ったにも関わらず、頭を下げて今まで通り。まさかとは思いますが、これは小学生の喧嘩や諍いの類なのでしょうか?」
私でも見た事が無いほどに常藤さんが怒っています。当然ではあります。自分の会社の社長を馬鹿にされ、それだけでなく報道機関が一企業に対して圧力をかけたのですから。
「冴木さん、常藤さん。このような局を紹介してしまい申し訳ありませんでした。私としても非常に腹が立ち、いえ、それ以上に本当にデポルト・ファミリア様に対して申し訳ない気持ちで。」
「いえ、阿部先生には何も非はございません。何でしたらこのような場所に連れ出した高知テレビさんに更に腹が立っているほどですよ。阿部先生は今回の一件に何も関係ないではないですか。なんですか?阿部先生に同行してもらえば、穏便に解決できるとでも考えたんですか。」
常藤さんの正論に高知テレビのお二人は何も言えずにいます。しかし、私が一番怖いのはここまで和馬さんが一言も話していないと言う事です。相当腹に据えかねていると言う事でしょうか。それとも。
「こちらとしては高知テレビ様の謝罪は受け取りました。」
「ではっ!」
「しかし、こちらとしても当初の対応を変えるつもりはございません。今後、高知テレビさんとの個別の取材に対しては一切お断りさせていただきます。ただし、試合の取材やリーグや協会が取り仕切る取材に対しては私共も一切物申す事はありませんので、引き続き取材はお続けください。しかし、チーム主体またはデポルト・ファミリア主体での取材やインタビュー、その他の番組への出演、報道等は一切お断りさせていただき、許可なく動画・写真・インタビュー内容等が使用された場合には然るべき対応を取らせていただきます。」
「いえ、そこをなんと..」
「こちらから申し上げる事は以上です。阿部先生、本当に申し訳ありませんでした。ぜひ後日またお詫びの機会を設けさせてください。」
「とんでもございません。お会いいただきありがとうございます。」
「何を仰ってるんですか。阿部先生なら喜んで会いますよ。それにもう少し気軽に事務所にも遊びに来てください。歓迎しますので。」
和馬さんの笑顔と言葉に阿部さんは安心されたようでした。そのまま謝り続ける二人に声をかけ事務所を退散されました。表情を崩される事無く、常藤さんと和馬さんがデスクスペースに戻ってきます。誰も声を掛けられない雰囲気です。
「皆、すまん。しかし、うちの社としての対応を皆に見ておいて欲しかったんでな。こんな形になった。申し訳ない。」
「高知テレビとは今後付き合いは無いと言う事ですか?」
「そうなる。大人気ないと言う者がいるかも知れないが、ルールを守らず一方の立場の強さを利用して、強引に事を推し進めるような企業とは付き合えない。それを許せばどこかでまた同じ事を仕出かす。しかも、会場でのあの物言いを聞いてると恐らくあのやり方は常套化してる。地方テレビ局が自分達の地方での影響力の優位性を盾にしてあのような取材をしているのだとすれば、許されてはいけない大事件だ。皆も肝に銘じてくれ。これは俺達にも起こり得る事だ。自分の会社を大きな会社だと勘違いしてしまうような事の無いように。忘れるなよ。忘れるといつか、また泥をぶつけられる事になるぞ。」
皆が険しい表情に変わります。胸がキュッと痛くなります。あの日の光景があの日の当事者にはフラッシュバックしたはずです。忘れていません。大丈夫です。
・・・・・・・・・・
2018年12月14日(金) 安芸中学校グラウンド <冴木 和馬>
「こんばんわ~!!」
子供達の元気な声が聞こえる。ちょうど休憩時間だったようだ。
「こんばんわ!練習してるかぁ!美味しいシュークリームとエクレア買って来たから練習終わりに食べて良いからね!」
「「「やったぁ~!!いぇ~い!!」」」
「こらぁ!ありがとうございますだろぉ!」
「「「ありがとうございますっ!!」」」
「はははっ!元気が一番ですよ。子供達は。ね?高木先生。」
「いやぁ、申し訳ありません。ごちそうさまです。」
「じゃぁ、皆練習頑張れよぉ!....高木先生、能美先生。少しお話宜しいですか。」
スクールでご指導いただいているお二人に声をかけ、皆の輪から少し外れる。
「冴木さん、何かスクールでお困りの事があるんでしょうか?」
高木先生が困り顔だ。いかんな。俺は何にしてもちょっと神妙に語り掛けすぎるのか。もう少しフランクに話さなくては。
「あぁぁっ!いえいえっ!そうではありません。実は、我々デポルト・ファミリアの運営部で先日、Vandits安芸のジュニアユースチームを作る事が決まりました。」
「「えっ!?」」
お二人とも非常に驚かれている。まぁ、一切その雰囲気は見せていなかったし、コーチに来ている選手達にも決定するまで絶対に話すなと厳命していた。変に期待をさせて話が流れてしまったりしたら、信頼を失いかねない。
「正式に活動するのはおそらく再来年の春です。来年は体制作りとメンバー募集に追われる事になると思います。」
「....では、あの....」
すごく話しづらそうにこちらの様子を窺っている。心配している事は分かっている。
「ご安心ください。サッカースクールは継続しますので。」
その言葉にお二人は大きく息を吐いた。
「出来るならば、今の中学生メンバーは全員ジュニアユースに入って貰いたいと考えていますが、やはりそこはしっかりと実力や人となりを見せていただいてと言うトップチームの判断になりました。ですので、サッカースクールはうちの練習用グラウンドをお貸しして継続していただけるように手配します。」
「え?貸していただけるんですか?」
「メイングラウンドをお貸しすると言えない所が情けない限りですが、今まで通り先生方がご指導される時は中学校のグラウンドで継続していただき、うちの選手が参加する日はこちらまでバスで迎えを寄こしますので、芸西村の練習グラウンドに来ていただき、芝での練習を思いっきりやっていただければと。」
「「ありがとうございます。」」
「いえいえ、お二人の頑張りにやっと企業としてお手伝い出来るだけの体制が整いそうです。ホントに継続していただいてありがとうございました。いえ、これからもですね。宜しくお願いします。」
お二人は照れながら言葉を返してくれた。教諭をしながら夜にサッカースクールを指導すると言うのは本当に大変だったと思う。これからは少しはお二人の負担を減らせる協力が出来れば良いのだが。
「しかし、そうなると残念ですね。拓斗君は。」
「拓斗が何か。」
「彼も含めですが、中学校3年の4人はいつかVandits安芸の選手になる事が夢なんです。ジュニアユースチームと言う事は来年度には高校に上がる4人は参加出来なくなると言う事ですね。」
「.......そうですね。申し訳なく思っています。どうしてもユースチームの体制を整えるのは今の現状は難しそうです。」
「あっ、いえ!愚痴に聞こえてしまったなら申し訳ありません!私としましても彼らの才能と努力は活かしてあげたいですし、それに自分達の地元のチームに入りたいなんて関わってる人間としても嬉しいじゃないですか。」
「そうですね。有難い限りです。」
「いつかは....と思ってて良いですよね?」
「もちろんです。18歳以下から児童年代まで。Vandits安芸の傘下としてお預かり出来る体制をいつか整えて見せます。」
「ありがとうございます。その言葉だけで子供達は希望が持てます。」
先生方と握手を交わす。また、裏切れない人たちが増えた。沢山の方達の期待が、励ましが、自分達の背中を押し続けてくれている。
・・・・・・・・・・
同日夜 安芸市内 冴木家 <冴木 和馬>
「父さん。起きてる?」
リビングに拓斗が起きて来た。時間はすでに23時を回っている。今日は真子は会社で女性同士で喋りながら飲むと言っていた。帰りはきっともっと遅いだろう。
「どうした?寝れないって事も無いだろう。話か?」
「....うん。」
そうか。先生達から今日の話を聞いたんだな。俺は拓斗をソファに座らせる。高知に来て以来大好きになったと言うリープルをコップに移し、拓斗の前にあるテーブルに置く。
「ありがとう。」
「で、話ってなんだ?」
「コーチからヴァンディッツのジュニアユースが出来るって聞いた。」
「そうか。今日話に行かせてもらってたからな。まぁ、正式には再来年の春からだ。来年は試運転って形になる。」
「....うん。」
「どうした?自分達が入れないのが不満か?」
「違う。高校でもサッカーは続けるけど、高校でチームが組めるかどうか分からないんだって。ヒロ君が言ってた。」
「ヒロ君ってあのスクールの子か?確か同じ安芸高校行くんだよな?」
「うん。今、安芸高校のサッカー部と室戸高校のサッカー部でギリギリ13人しかいないんだって。でも、今年で5人卒業しちゃうんだ。」
「....そうなのか。ヒロ君と拓斗が入学しても人数が足りないって事か。」
「うん。」
「じゃぁ、頑張るしかないな。」
「え?」
人数が足りないと言う絶望に打ちひしがれているようだが、それは全く俺にとっては問題にはならない。
「どうして凹んでるんだ?」
「だって!人数足りないんだよ!!サッカー出来ないじゃないか!?」
「入学するのはお前とヒロ君だけなのか?」
「..え?」
「サッカーやった事無かろうが、やってみたくても出来ない子達に手当たり次第に声をかけろよ。自分達で集める努力をしろよ。」
「そんな事言ったって....」
「父さんたちや司はやったぞ?」
拓斗の顔がツラそうになる。厳しい事を言ってるのだろうか。いや、努力の方向を教えてやりたい。
「拓斗は安芸高校で全国制覇したいのか?」
「無理だよ。」
「じゃぁ、どうしたいんだ?」
「3年間ちゃんとサッカーしたい。負けても良いから、頑張って皆でサッカーをしたい。」
「なら、答えは出てるじゃないか。全国制覇しようなんて思うならサッカー留学も視野に入れて学校自体変えないといけないが、拓斗の言う目標を達成する為なら十分安芸高校でも出来るじゃないか。」
「........」
「人を集めるのが嫌か?恥ずかしいか?でも、もしかしたら声をかけてくれるのを待ってる子がいるかも知れない。もしかしたらその子に声をかける事で、その子の人生が変わるかも知れない。それは拓斗の人生にも関わる事かも知れない。」
じっと下を向いたまま話を聞いている。昔からこうだ。拓斗は自分の中でしっかりと俺と真子の話を咀嚼出来る子だ。今、必死に何が出来るかを考えているはずだ。
「自分達がちゃんとサッカーしたいなら、そうなれる環境作りをしなきゃ。人を誘う。それがまず第一じゃないか?」
「....うん。」
「ヒロ君と話してみろよ。案外簡単に手段は見つかるかも知れないぞ。」
「父さんは不安じゃなかった?高知へ来る事。チームを作る事。」
「不安じゃないよ。俺にはお前達がいた。お前達に恥ずかしくない父親でいたかった。それに司がいる。あいつの夢を手伝いたかった。その二つだけだよ。案外ちゃっちいだろ?」
「そんな事無い!!パパはカッコいい!!」
久しぶりにパパなんて呼ばれたな。そうか、カッコいいと思ってくれているのか。まだまだ俺も捨てたもんじゃないじゃないか。
「じゃぁ、拓斗も俺の中でカッコイイ頼もしい拓斗でいてくれよ。やっぱりあいつはやれる奴だったって。お風呂で頭ゴシゴシして褒めさせてくれよ。」
「分かった....頑張る!」
一気にリープルを飲み干して、「おやすみ!!」と階段を駆け上がっていく。足音からやる気が漲っているように聞こえた。
あいつも今日から挑戦の日々だな。
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