第70話 あの日の清算

2018年12月9日(日) 春野陸上競技場 球技場 <宗石 詩織>

 試合は後半、3対0。非常に安定した守備で固く守られた相手ディフェンスを早々に崩せないヴァンディッツですが、それはこちらも同じ。しっかりと最終ラインが大西選手と及川選手によって統率されていて、もうすぐ試合は終わると言うのに相手チームはほとんどエリア内に侵入出来ていません。


 私は目深に帽子を被り、伊達眼鏡をして大きなマスクで顔を覆い、女性用のオーバートレンチを着た状態で観客席の隅っこに座っています。席の隣はすぐに階段になっていて、何かあればすぐに階段からチームの車へと乗り込めるようにしてくださっています。隣には水木さんと雨宮さんが座ってくれていて、前後の席は森さん・尾道さんが挟んでくれています。本当に有難いし申し訳ない気持ちでいっぱいです。


 「早くこんな事しなくても観戦できるようになりたいわ。皆さんに申し訳ない。」

 「詩織、そんな事言わないの。こうやって席に座って観戦出来るだけでもヴァンディッツさんがホントに手を尽くしてくれてるのよ?」

 「分かってますぅ。それが痛いくらいに分かるから申し訳ないって思ってるの。」


 私と水木さんの会話を聞きながら、隣でクスクスと雨宮さんが笑っている。


 「大丈夫ですよ。来年からはうちのスタジアムでの練習試合が始まりますから。そうすれば放送ブースの隣にある特別室でマスクも帽子も取って、大声で応援出来ますから。」

 「ホントですか!?楽しみぃ!!」

 「JFLに行けばリーグ戦も自分達のスタジアムで開催する事が出来るようになります。もっともっと盛り上がった状態で観戦出来ますから。そうなれるように頑張りますからね!!」


 雨宮さんが胸の前でグッと拳を握ります。私も釣られて拳を握り返します。可愛い人だなぁ。タレントさんとかモデルさんになっても人気出そうな子だなぁ。興味無いかなぁ。

 ダメダメ!!試合に集中!!


 「今日は八木さんポジションがいつもの中盤の一列目じゃなかったから、荒れてませんでした?」


 雨宮さんが森さんに話しかけます。森さんは呆れたような顔で応えていました。


 「いつもの事ながら納得半分な感じだったよ。まぁ、ある意味そう言う部分が彼のモチベーションみたいなところはあるから。」

 「男の子ですもんね!慣れてるポジションで活躍したいですよね。」

 「まぁ、チームとしては中心選手なんで、もう少しチーム全体を考えられるような大人になってくれると助かるんですが。」


 私の言葉に苦笑いで答えてくれる。確かに八木選手は少し子供っぽい所があって感情も表に出やすい印象があります。でも、ホントに素直な性格だし、皆に愛されてる選手。チラッと聞いたけど、移籍の話も来てたって聞きました。ホントに残ってくれて良かった。彼がいるといないとでは今のヴァンディッツには大きな変化になってしまう気がします。


 「今度のイベントって皆さんも参加されるんですか?」

 「出役と裏方には分かれてますが、全員が何かしらの役割は貰ってます。」

 「雨宮さんは?」

 「私は....と言うか、ここにいる3人は皆、出役です....」


 出役、と言う事は私の様に観客の皆さんの前に出て何かしらコメントしたりする役割が貰えていると言う事。裏方はほとんどお客様の前に姿を現す事は無いと聞いています。


 「あの、本職の方に本当に失礼かと思うんですが、お聞きしていいですか?」


 後ろに座っていた尾道さんが声をかけてくれました。最初はすごく寡黙な方と聞いていたので、話しかけて貰えた時には凄くビックリしました。でも、私がヴァンディッツ関連のお仕事でスタジアムや事務所を訪れた際に、尾道さんが案内や護衛?みたいな事をしていただける事が多く、今は時々こうしてお話しする事が増えました。

 お聞きすると尾道さんも出役としてイベントに参加されるそうなのですが、性格上ホントに向いていないと自分で分かっているらしく断りたかったそうですが、「皆も向き不向きあると思うが、己の場所で最大限努力をしてほしい。その努力が大きな成果に繋がると思ってる。」と和馬さんがイベントのポジション発表をした際に仰ってたそうで、言い出しづらい雰囲気になったそうです。


 「尾道さんの出役はどんな事をされるんですか?」


 聞くと尾道さんだけなく、森さんも雨宮さんも私と同じメインイベントの重要なポジションでした。そりゃ、緊張しますよね。全く畑違いの事をしなさいって言われてるわけですから。


 「宗石さんはご自身が自分に自信が無いと感じている役割や役どころを貰った時にどうやって取り組まれているのかと。ぜひ参考にさせていただきたくて。」


 ホントに真面目な方。年下の私にもこんなに丁寧に、いつも話してくれる。私と尾道さんは時々お話する事はありますが、周りの部員さん達がホントに驚かれるんです。「尾道さんがシオンと喋ってる!」って。


 「私は自分が経験した事の無い人物の方が多いです。主婦なんてした事無いし、子供も持った事ありませんし、人に手をかけた事も無ければ、パン屋さんで働いた事もありません。だから、私が一番大事にしている事は想像力と創造力です。」

 「ソウゾウ....」

 「はい。そのキャラクターは、人物は、どのような性格で、どのような人生を歩んできたのか、台本には書かれていないその部分を想像して、この状況でこういう台詞(言葉)を言うって事はこう言う性格なんじゃないかとか、この行動一つに実はこんな意味が込められてるんじゃないかとか。だから、原作がある作品に関しては台本以上に原作を読み込むようにしています。」

 「なるほど。しかし....」

 「そうですよね。今回の場合はそれが出来ません。何とかあの本の中の世界観を作り出す為に出役の皆さんのそれぞれの行動が、あんなに細かく本になってるんだと思うんです。それを自分以外の部分を深く読み込むしか理解を深める方法は無いと思うんですよ。すごく難しい事をさせていただいてるって事は私も理解してます。でも、私は楽しくて。」

 「楽しい....ですか。」

 「はい。違う誰かの人生を紡ぐ、歩む。それはもしかしたら私が歩めなかった人生かも知れないから。初めて私を見た人からすれば、そのキャラクターの性格が私の性格だと錯覚させてしまうくらいの演技をしたいっていつも思ってます。ほら、よくあるじゃないですか、当たり役を演じた俳優さんがその作品のイメージでなかなか次に攻めたキャラクターを演じれなくなるって。」


 これは本当に良くある事です。国民的な作品に成長したような映画やドラマに出演された主役クラスの俳優さんがそのキャラクターの印象が付き過ぎて、他の役どころを演じた時に「〇〇らしくない。」「似合ってない。」と批判を集める事がよくあるんです。


 「でもそれって凄い事だと思うんです。わざとらしさが無いって事ですから。こんなはずないよ、こんな性格な訳ないじゃんって思われてないって事ですから。この人のこの顔で、喋り方で、身振り手振りで、だったらこういう性格もありえるかって思って貰えてるって事なんです。それって実は凄い事なんですよ。」

 「なるほど。」

 「だから、皆さんも普段の自分では無く、その出役になりきるって事に集中すると良いのかも。私が本を読んだ感じですけど、台詞は多少間違った所で大きく流れは狂わないと思うんです。ならば、雰囲気を、現場の空気感を完璧に作り上げる事に集中する方が観ている方達は引き込まれると思うんです。そこが実際にそうであると見えるように私達が振る舞う事で、イベントに参加していただいた方が非日常を感じて帰る事が出来る。千葉にある夢の国と同じですね。あれが最高峰です。」


 尾道さんは「なるほど....」と言いながら考え始めました。


 「身振り手振りは今からではなかなか身に付けるのは難しいかも知れませんが、ネットの中にも色んなヒントは転がってますから。やれる事はあるはずですよ。」

 「ありがとうございます。足掻いてみます。」


 ・・・・・・・・・・

試合後お見送りタイム前 <板垣 信也>

 ホッとしています。さすがに今日はメンバーに無理をさせてしまいました。特にFWとMFに関しては及川君以外は全員が普段のポジションとは違う場所に配置して可能性を探ってみました。

 特にサイドハーフの八木君と幡君は相当に苦労したはずです。いつもと動きも視野も求められる事も全く違う訳ですから。


 特に八木君に関しては非常に気にしました。しかし、試合を終わってみれば新たな気づきがあったのか、新たなポジションに挑戦した事にも感謝をされました。


 「監督、お疲れ様です。」

 「あっ、冴木さん。お疲れ様です。何とか無事に。」

 「良い試合だったじゃないか。あっ、こちら上本食品の上本悟郎社長だ。」

 「初めまして。上本でございます。」

 「これはっ!!はっ...初めまして!板垣信也と申します。」 

 「私の至らなさで板垣さんにはご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。」


 恐らく及川君達の退職、チーム結成の事を仰っているのでしょう。


 「いえ、私は上本さんの英断に非常に感謝しております。彼らがもう一度日の目を浴びる、浴びようとするチャンスをいただけたと思っています。私も含めてですが。」

 「そう言っていただけると。これからは企業としてのお付き合いも出てくるかと思います。どうか宜しくお願いします。」

 「....あの、宜しいでしょうか。高知テレビの山本と申します。冴木社長と板垣監督にインタビューさせていただきたいのですが。」


 こう言った形でのインタビューは非常に困ります。こちらにも広報担当がいて、そこの許可が無ければインタビューを気軽に受ける事は出来ません。しかもテレビカメラまであるとなれば、こちらが発言した事はチームの発言と言う事になってしまいます。慎重にならざるを得ません。


 「広報にインタビューの許可は取られていますか?」


 冴木さんの言葉に山本と言う記者?アナウンサー?の眉間に皺が寄ります。恐らく「県2部ごときのチームが許可だと?取り上げて貰えるだけ有難いだろ」とでも、言いたいのでしょう。明らかに不機嫌な顔をされます。


 「申し訳ありませんが、広報を通して取材許可を得てください。それで無ければお応えは出来ません。」


 冴木さんの態度は一貫していました。相手に怯む事も威圧する事も無く、当たり前の対応を当たり前にしているだけです。


 「では、今後はヴァンディッツさんとのお付き合いは少なくなりそうですね。残念ですねぇ~。」

 「どう言った意味でしょうか?」

 「いやぁ、そのままの意味ですよ。こうやってわざわざ来て取材しているのに無下にあしらわれるような対応を取られるのであれば、今後はお付き合いは少なくなるだろうなぁと。まぁ、高知には他にも有望なサッカーチームはありますからねぇ。」


 売り言葉にもならない冴木さんの言葉に買い言葉でしょうか。自尊心を傷つけられたのでしょう。小さなプライドを必死に振りかざしています。


 「えぇ、高知テレビさんですね。承知しました。ルールをお守りいただけないような媒体とは今後のお付き合いは不安が付きまといますので、こちらとしてもそう言った対応を取らせていただく方が賢明かも知れません。今月末にあるイベントへの取材も入っていただく予定でしたが、お断りのご連絡を明日にでも差し上げますので、山本さんからもそう言う事になったとお伝えください。ご期待に沿えず申し訳ございません。板垣、上本さん、参りましょう。」


 そう言って冴木さんは関係者以外入れない控室へと入っていく。私は上本社長の腰に手を当てながら誘導する。「いや、待ってください」と引き留める声が聞こえたが、無視をしてそのまま引き戸を閉めた。


 控室の中では何事があったのかと入り口付近にメンバー達が集まりかけていたが、私と上本さんが入って来たのを見て、皆は一気に背筋が伸びていました。

 上本さんにとっても不意打ちになってしまったでしょう。今まで何度となく試合会場には足を運んでいただいていると聞いていましたが、メンバーと直接顔を合わせた事は無かったはずです。


 「皆、お疲れ。今日は上本さんをお連れした。上本さん、予告なくお連れして申し訳ありません。」

 「いえ、私も一度会って話したいと思っておりました。お気遣いありがとうございます。」


 上本さんがメンバーを向き合います。メンバーからは只ならぬ緊張感が流れています。すると上本さんが深々と頭を下げられました。


 「皆を放り出すような形になり、冴木さんに全てをお任せする事になって、本当に申し訳なかった。その上、ラグビーチームを実業団チーム化してしまって。皆の気持ちを踏みにじる結果になって申し訳ない。」


 誰も答えられません。まさか頭を下げられるとは思っていなかったのかも知れません。しかし、冴木さんは助け舟を出します。


 「皆は知らないかも知れないが、上本さんからは国人衆として50万円のご支援をいただいている。」


 メンバーから「えっ!?」と言う驚きが聞こえます。冴木さんがさらに続けます。


 「何人のメンバーが気付いているかは知らんが、上本さんは今日までVandits安芸の全試合の観戦に来ていただいている。誰よりもお前達の行く先を心配し、期待してくれている。」


 メンバーの輪の中から及川君が歩み出ます。そして頭を下げました。


 「ご無沙汰しております。私は社長..上本さんが会場にお越しになられていたのも、国人衆のご支援をしていただいていた事も冴木から聞いておりましたし、目にもしておりました。今までご挨拶と感謝をお伝え出来ず、申し訳ありませんでした。」

 「いや、謝らなければいけないのは私だ。ようやく1部だな。来季も楽しみにしている。」

 「ありがとうございます。あの日........会社を去る最後の日、上本さんからかけていただいた『何かの力になりたい』と言っていただけた事が、あの時、私の新たな門出の大きな後押しになりました。本当に感謝をしております。」

 「そうか。ありがとう。これからはデポルト・ファミリアさん、そしてVandits安芸さんとはチーム・企業として協力していただける事になった。こんな頼りない社長だが今後は宜しくお願いします。」

 「はい。今後『も』宜しくお願いします。」


 そう答えた及川君を見て上本さんが笑います。そして堅く握手をしました。


 やっと彼らはそれぞれの道に一つピリオドが付けられたのだなと思いました。

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