第68話 成長と覚悟
2018年11月28日(水) 安芸市内 秋山宅 <秋山 直美>
祥子さんが話してくれたホテル事業に乗り出した頃のファミリアは本当に無秩序の極みだったみたい。何もかもが手探り、色んな方にアドバイスを求めるけど、本当にファミリアの為を想ってアドバイスをくれる方はそうはいなかったらしい。
そんな中で一番の理解者で支えになってくれたのが、笹見建設さんだったそうだ。「困った事があったら言ってこい。施工は全部こっちに振れ。予算内で何とかしてやる。」笹見会長が何の見返りも求めず、ファミリアの背中を守り続けてくれていた。そんな状況なのでファミリア相手に上手く儲けてやろうと画策していた会社などは蜘蛛の子を散らすようにいなくなったそうだ。
「あの頃の創業者メンバーを見てる社員からすれば、今の落ち着いた5人を信じられない気持ちで見てると思うわ。ホントに会社が落ち着いたんだなって実感出来るもの。」
「そうなんですか?」
「私も一度しか見ていないけど、晴香さんの話じゃ真子さんは夕方、社員達が帰った後のオフィスで毎日泣きながら図面を引いてたって言ってたわ。」
「........真子さんが、ですか?」
「『悔しい、こんなに支えて貰ってるのに、それに応えられるような図面が書けない自分が嫌い!』って、毎日毎日書いては消して、書いては破って、子供みたいに涙と鼻水にまみれて書いてたって。」
「信じられないです....」
「何年かして真子さんから聞いたけど、本当に精神的に参ってたんだって。だから、一線から退いたんだって言ってたわ。『このままじゃ私、あの子達の母親になれない』って。」
その話は私もチラッと真子さんから聞いた事があった。「仕事を人生の全てにしちゃダメよ。何かの為に仕事を頑張れる自分になりなさい。」って声をかけてもらった。
「真子さんだけじゃない。和馬さんも林常務も高野さんも須田さんも、皆が皆の足を引っ張りたくないって必死だった。ホントに鬼気迫る感じがあったのよ。」
「どこの段階で落ち着いたんですか?」
「うぅ~ん。ここって言うのは難しいけど、落ち着いて来たなぁ、もう潰れる心配無いかなぁって感じたのは株式上場した時と、常藤さんを役員として迎え入れた時かな?」
「その頃には私は入社してましたね。裕子ちゃんはその頃に入ったんじゃない?」
「そうですね。入社式には常藤さんは既に役員として並ばれてました。」
確かにその頃にはリノベーション部門も民宿再生の部署もホテル事業も安定して売り上げを伸ばし続けてた。はっきり言って潰れる心配なんてないだろうなんて、同期で飲みながら話してた記憶がある。
「だからね。そうやって乗り越えて来た5人だからこそ、この会社に対する想いは誰よりも強いの。そんなに簡単に割り切って、売るとか独立とか判断出来るものじゃないのよ。だからこそ、私は和馬さんの、真子さんの決断を応援したいし、一緒に歩きたいって思うのよ。」
「じゃあ、残るって事なんですね?」
「真子さんがいなければ今の私はいない。どんなに状況が変わってもそれだけは自信をもって言える。だから、真子さんが助けてって言うなら助けるの。和馬さんと及川さんには及ばないけど、私は同じくらい真子さんに感謝してるの。」
「....私も残ります。」
裕子ちゃんが寂しそうに話す。でも、すごく強い決意に聞こえた。
「きっといつか大きな決断を迫られる時が来ると思うんです。その時に私はあの人の隣にいたい。....私なんてホントに赤の他人だし、ただの社員同士ですけど........それでも、あの人がグラウンドを去るその時に、それを支えているのが他の誰かなんて所を見たくないんです。私でありたいと....我儘ですけど。」
誰の事を言ってるの?なんて、茶化せない。それくらい本気なんだって、もう引けない想いなんだなって。辛い恋してるなぁ。でも、羨ましい。
「そっか。じゃぁ、この3人は無事に来期からも高知で頑張るって事で。まぁ、千佳ちゃんも残るらしいですけど。」
「そうなの?」
「千佳ちゃんはもう何か月も前から来期の契約更新は頭にあったみたいですから、時々一緒に食事してる時に私は残りますって言ってました。」
「そっか。そう考えると初期メンバーは皆残りそうよね?高瀬君が抜けるはず無いし、杉山さんもこっちに奥様と移住しちゃってるしね。あっ、北川君はどうなのかしら?」
「あっ、彼女さんが高知の人だからさすがに置いて東京には戻らないんじゃないですか?」
裕子ちゃんの爆弾発言に私と祥子さんの動きは完全に止められた。動揺が走る。
「どっ..どど....っどう言う事よ!?彼女っっ!?」
「誰っ!!誰よ!!その女!!!」
「浮気現場に乗り込んだ本妻じゃないんですから落ち着いてください。うちの会社がお世話になってるPCパートナーさんの従業員さんらしいですよ。動画編集とかの話題で盛り上がってお互いに好きな配信者さんを教え合ったりとか、北川さんが杉山さんに習った編集技術を彼女さんに教えてあげてるうちに仲良くなったみたいです。」
私と祥子さんがガクリと腰を落とす。
「まさか....北川君にまで先を越されるなんて....」
「私のユートピアはどこにあるの....」
「そう考えると皆さん着々と高知で落ち着いて来てますよね。」
「何よ!!自分だってちゃっかり運命の相手見つけちゃって。どこにいんのよ!誰が紹介してくれんのよ!!私、そのうちタッチペンとマウスが家族になるんじゃないかって思うくらい一緒にいるのに!!....ダメ!!完全に真子さんの後を追いかけてる!!真子さんは和馬さんがいたって言う絶対的なアドバンテージがあったのに!」
そこからはもう私と祥子さんのいつもの愚痴合戦。裕子ちゃんが呆れながらお茶を淹れてくれて、いつもの雰囲気に戻っていく。私だって、いつかは。素敵な彼と海にドライブ行くんだから!!!
・・・・・・・・・・
2018年12月1日(土) Vandits garage <常藤 正昭>
今日は今月末に迫っている大評定祭の業者間ミーティングです。照明や音響設備を担当してくれる東京の業者さんとはオンラインで参加していただき、他にも警備会社の方や衣装を作っていただいているグリットさん、水木さんも参加していただいています。
「と言う流れになりそうです。照明・音響の方は問題なさそうですか?」
『PC上でもそうですし、現地に行ったスタッフの判断でも問題ないと言う判断です。後はイベント二日前に設置とテストをさせていただいて、前日に通しのリハーサルをさせていただければ問題ないかと思います。』
「分かりました。警備の方はどうでしょう?」
「っはい!人数もかなり余裕を持ってご依頼いただいてますので、休憩交代も含めて全く問題はありません。こちらも前日に担当者と現地責任者のメンバーで立ち位置の確認と注意点をデポルト・ファミリア様に立ち会っていただきながら、確認をさせていただければと考えております。」
「もちろんです。恐らくファースト警備さんが一番お客様との会話・接触の多いポジションになるかと思います。不測の事態でクレームが警備員の方に飛ばないようにこちらも細心の注意は払いますが、もし何かあれば警備担当の社員も無線番号を合わせておきますので、すぐに呼び出して下さい。」
「畏まりました。ありがとうございます!」
「....では、長丁場になりましたがここで打ち合わせは終了と言う事で、また変更点や改善点がみられる時にはアドバイスいただきたいですし、こちらも気付いた事はご相談させていただきたいと考えておりますので、当日までどうぞ宜しくお願いします。」
「「「「宜しくお願いします。」」」」
そう言って照明・音響担当の方々はオンラインから退場され、警備会社の担当の方もお帰りになられました。部屋に残ったのは水木さんとグリットの担当者さんです。
「遅くなりました。では、当日のイベント内容でグリットさんとファクトファミリーさんとで確認させていただきたい内容を改めて。」
グリットの担当者である女性の方が資料を何枚か机に広げて見せてくれます。
「今回ご用意する衣装です。着ているのはうちの従業員ですが、男性用衣装、女性用衣装共に準備は出来ました。お伺いしているサイズでご用意はしていますが、ある程度はすぐにサイズ調整が出来るような造りになっておりますので。」
「いやぁ、カッコいいなぁ。さすがはよさこいの衣装を長年デザインされていただけあって、ホントにイメージにピッタリな衣装ですよ!」
和馬さんが興奮しながら資料を覗き込む様子を満足そうに担当者の方も見ていらっしゃいます。確かに本当に素晴らしい出来栄えです。
「こちらも前日に衣装を着られる方と衣装合わせをさせていただいて、最終確認をさせていただきたいです。」
「もちろんです。前日の全体リハーサルははスタッフはもちろんですが、出演者・選手も全員が参加しますので、人数が多いので大変かと思いますが宜しくお願いします。」
「畏まりました。では、私共もこれで失礼いたします。」
「ご苦労様でした。また宜しくお願い致します。」
グリットさんもご満足いただける内容で打ち合わせを終える事が出来ました。さて、最後の確認です。
「詩織さん、入って来て良いですよ。」
業者の皆さんが出入りされていた入り口の反対側にある扉から宗石さんが入って来られました。隣には雪村くんが付き添っています。
「申し訳ありません。私だけこのような形で。」
「問題ありません。今回のイベントの秘密中の秘密ですから。徹底しないとサプライズになりませんよ。楽しんでいきましょう!」
和馬さんの言葉に雪村くんと宗石さん・水木さんは笑顔です。そうなんです。せっかくのお祭り、楽しまなくてどうしますか。
「で、数日前に電話でお話しましたが、フレンドリーマッチ後のチームの決起のようなイベントの内容が若干、いえ、大幅に変更になりました。お話しした通り今回のイベントに当社の雪村は出役としては参加致しません。そこでその代役を宗石さんに勤めていただきたいと考えています。」
「申し訳ありません。」
和馬さんの言葉に雪村くんが続いて謝罪し、私も頭を下げます。しかし、宗石さんと水木さんの反応は非常に頼もしいものでした。
「問題ありません。内容を再確認させていただきましたが、どちらかと言えば裕子ちゃんがするはずだった役割の方が私の得意分野なので。ドンッ!とお任せください。」
そう言って胸をドンと叩く。水木さんが苦笑いして言葉を預かります。
「アナウンスレッスンもしておりましたので、フレンドリーマッチの方のMCを出来なくなるのは非常に残念ですが、事務所としましてもこの大役をお任せいただける事に非常に有難く思っております。」
「当初はピッチサイドのMCでスタジアムヴィジョンにチラチラ映るくらいの露出でと考えていましたが、もうこうなっては存分に宗石さんのお力をお借りしようと腹を括って丸投げする事になってしまいました。」
「お任せください。」
「今までに何度も確認はさせていただきましたが、本当に構わないんですね。これでもうあなたは逃げられないレール作りに参加する事になりますよ。」
「覚悟の上です。それにそのスタートが裕子ちゃんと、ヴァンディッツさんと御一緒出来るのであれば、私にとってはこれ以上の応援はありません。ヴァンディッツの皆さんの、デポルト・ファミリアの皆さんのお力になれるように、今の私の全てをぶつけます。」
「........ありがとうございます。では、こちらが台本です。どうぞ。ご確認下さい。」
今まではざっくりとした流れしか書かれていないプロット台本しかお渡ししていなかったので、この最終稿の台本には宗石さんのセリフや他の出演者のセリフや立ち回りがト書きで全て書かれてあります。
宗石さんと水木さんが中身を確認し読み終えると、宗石さんは目を閉じて天井を見上げながらふぅ~っと大きく息を吐きました。
「詩織。どう?」
水木さんが声をかけると、目線を皆さんに戻した宗石さんの目はやる気に満ちていました。
「こんなカッコイイ台本、ちょっと手が震えてます。でも、やって見せます。10年50年経ったときに、宗石詩織の最高傑作はVandits安芸の第一回の大評定祭だったと言っていただけるような物に仕上げて見せます。」
これが女優の強さでしょうか。あのオドオドしていた最初の頃の宗石さんはもうどこにもいません。
「さきほども申しました通り、宗石さんの出演は今回のイベントの核となります。なので、通しリハーサルは雪村を代役として立てて行います。実質、宗石さんにはぶっつけ本番となってしまいます。」
「問題ありません。」
完全にスイッチが入っているように見える宗石さんの背中をゆっくりと水木さんがさすります。それに気付いた宗石さんが苦笑いしながら、何度か深呼吸をします。水木さんが我々に説明してくれました。
「今回のイベント参加で非常にやる気になっているのは良いんですが、この子は昔から本をいただくと一気にスイッチが入ってしまう性格で。本番までに体内電池使い果たす可能性があるので、しっかり監視しておきます。」
そんな水木さんの冗談に部屋の中には笑い声が溢れました。宗石さんも恥ずかしそうに頭を掻きながら笑っています。
「では、当日、宜しくお願いします。」
我々はそれぞれに熱く握手を交わし、イベントの成功を願いました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます