第67話 秘密教えてあげる

2018年11月28日(水) 安芸市 冴木家 <冴木 和馬>

 「えっと....経営権って事は今までは経営を委託してたって事ですか?」

 「そうだね。ビジネスホテルの建設を急いでいた時に建設資金を俺個人の資産から捻出した。その見返りが物件と土地の権利と経営権を持つ事だった。しかし、当然代表取締役として会社の売り上げに貢献する為にホテル建設の資金を捻出したんだから運営はファミリアに任せた。その見返りに全体の売り上げのほんの数%を報酬として受け取ってたって事だ。」

 「そんな事、可能なんですか?」

 「どうしてだ?今、デポルト・ファミリアでも同じ事をしてるじゃないか。お客様から土地をお借りして建物を買い取り、リノベーションやリフォームをして、物件を運営し、お客様には土地の賃貸料をお支払いする。何が違う。」

 「そう言われればそうですけど、あまりにも話が大きすぎて。」


 まぁ、最初に資金を捻出した北海道のホテルははっきり言えば半分は俺と真子のお金でもう半分は親父と真子の両親のお金だった。親父に俺と真子で頭を下げ借りたのだ。親父は何も言わず貸してくれた。数年後に無事に返せた時も「心配はしてなかった」と貸した金が返って来た事を孫たちの良いプレゼント資金が出来たと喜んでいた。どんな高級なプレゼント買うつもりなんだと呆れたが。


 それから、札幌・仙台・東京2件・名古屋・大阪・福岡・鹿児島と10年間の間に8件のホテルの建設資金を会社の株を担保に工面した。ファミリアの中では当たり前のように建設は進んだが、俺達創業メンバーの中では和馬案件として別采配になるようにプロジェクトは組まれていた。

 俺がそうやって資金を捻出したからこそ、これだけのハイペースでビジネスホテルを乱立し経営をしてこられた。そしてその度に加速度を速めながら会社は成長していった。


 「今、ファミリアが持ってるホテルは何件でしたっけ?」

 「ビジネスホテル34件、シティホテル14件。そして建設中のリゾートホテルだな。」

 「年間収益の差はあれど、全体の10~15%の売上をファミリアは失うって事ですか。」

 「喧嘩を売る相手を間違うと自分の足元に大火が迫っている事にすら気付けないまま火だるまになるって事を教えてやらないとな。」

 「でも、そんな事してファミリアは大丈夫なんですか?経営が傾くとか、そんなのヤですよ。同期も先輩も可愛い後輩たちもいるんですから。」

 「秋山先輩は優しいねぇ。そうならない為に数年の猶予を持ってるんだ。そこの所も林達とは今後も話し合いは続ける。俺達と林達の目的は一致してる。経営権と所有権譲渡の流れの中で、東城を会社での重要事項の決定権を取り上げる方向に持っていく。まぁ、少しづつ証拠集めは進んでる。しかし、それに皆を付き合わせるつもりはない。俺達で責任もって終わらせる。どんな手立てを取っても東城をファミリアから退場させる。二度と戻れないように。」


 はっきり言ってしまえば、役員の状況だけで言えばもう東城対他の図式が出来上がっている。その事にまだ東城は気付けていない。それで東城がいなくなったとしても、やはり遺恨やシコリは会社の中に残ってしまう。その遺恨となる社員を切り離せば、新たな遺恨を生みかねない。であるならば、きちんと枝分かれをした方がお互いの為だ。


 「じゃあ、明日にもこの8件をうちが引き受けますとなっても運営なんて出来ないだろ?だから、3年の間に順次俺所有のホテルの従業員をデポルト社員に切り替えていく。」

 「え?バレません?」

 「あいつ(東城)に人事権は無い。それに関しては全て高野を中心とした人事部が仕切ってる。俺ですら手が出せない分野だ。高野とも話はついてる。それにあいつ(東城)が色々と噂をばらまける事が出来るのは結局本社勤務の従業員だけなんだ。今だって全国の支店の社員や管理職はデポルトに対して非常に好意的だし協力的だ。」

 「追い出される社員はどうなるんですか?」

 「追い出される訳では無く、めでたく沖縄のリゾートで働く事になるさ。超栄転だ。その後にうちの従業員が穴埋めの為に配属されるってだけだ。」

 「うわぁ!沖縄リゾートですか。ホテル部門の人間からすれば望んでも歩ける出世道じゃないですもんね。そりゃ飛びつきますね。皆。」


 俺の中では大型シティホテルの3件が目安だと思っている。東京一件、大阪、福岡のホテルを完全にこちらに譲渡させれば他の5件に関しては何とでもなる。東京・大阪・福岡・高知で育てた社員達を8件に分配して新たな人材を数年かけて育てる。その頃にはもう8件ともデポルト所有となっている。あくまで予定だ。


 「でも、そんな大量の人件費、どうやって....あっ、それが受け取ってる報酬って事ですか。」

 「高瀬はホントに成長したな。そう言う事だ。受け取っている8件の報酬をそっくりそのまま人件費に充てる。それでも問題ないくらいに報酬は貰ってるんだけどな。」

 「ヤバい。ワクワクしてきちゃった。」


 秋山の目が若干ギラついている。


 「俺達には時間が無い。このヴァンディッツプロジェクトを立ち上げた時から言い続けている事だ。理由はなぜだ?高瀬。」

 「司さんの現役としての残された時間です。」

 「そうだ。ついに俺達も来年で40歳だ。社会人としては絶好に脂が乗って来る年齢だが、サッカー選手としては完全に終わりが見え始めている。いや、既に引退していても可笑しくない年齢だ。恐らく県2部でいるからこそ、まだ十分に戦えているって可能性の方が大きい。」


 皆もそれは気付いているはずだ。特に反論も無く真剣な表情のまま話を聞いている。


 「状況なんてどうでも良い。這っている状態であってもあいつをJリーグに連れていく。それが俺の目標だ。その為の体制作りがちょっと、どころかかなり早まったって事だ。」

 「来期はどこから始めるんですか?」

 「今年度の2月に沖縄へ異動するメンバーが決まる。俺所有の8件のホテルの中で新たに新入社員で従業員を補填する人材の後釜に全てデポルトで採用した新入社員を送り込む。新規社員に関してはすでに内定は知らせてある。四月に新年度になった時点で東京・札幌・大阪への人事異動が発令される。本人達は本社に研修に行かされてると思ってるが、育った頃にはそのホテルの中心メンバーになってるって寸法だ。」

 「ヤバい計画ですね。一日も無駄に出来ないですよ。それにまだ高知での宿泊施設運営やヴァンディッツの県1部の戦いもあるんですから。和馬さん、倒れちゃいますよ。」

 「倒れないように助けてくれよ。全員の協力無くしては乗り切るのは不可能だと思ってる。他のメンバーには言わないが、皆には頭を下げてお願いする。デポルトに残ってくれ。」


 机におでこが引っ付くくらいに深々と頭を下げる。皆から呆れたようなため息が聞こえる。そんな俺に声をかけたのは山下だった。


 「高知に来るまで和馬さんは何をするにも完璧な経営者なんだって思ってました。でも、良い意味でそのイメージはどんどん崩されて、今完全に崩壊しました。」

 「そうか....すまん。崩壊した後に残った俺はどんな人間だった。」

 「人情味が濃くてどうしようもないくらい純粋で、守らなきゃ、支えなきゃ、何仕出かすか分かんない、少年みたいな人です。真子さんの大変さが分かりました。」

 「千佳ちゃん、見る目あるわ。」


 真子の言葉に皆が大笑いする。何とでも言え!


 「あの、諸々質問です。」


 雪村さんが手を上げた。何かを考えながらなのか表情が冴えない。


 「その8件のホテルで得てる和馬さんの報酬っていくらくらいなんですか?」

 「まぁ、年間1億から2億の間って感じだね。」

 「もし8件がデポルト所有となると年間売上高はいくらほど加算されるのでしょうか。」

 「その年によっても客室の稼働率が違うから一概には言えないけど、ざっくり言っても50億くらいは見込めるね。」


 常藤さんと真子以外のメンバーが固まる。昨日まで、いやさっきまで家賃収入も含めてデポルトの利益が2億を超えたと喜んでいた。それを遥かに上回る金額が数年のうちに転がり込んでくる。


 「とは言ってもホテルの利益は家賃収入などとは違い、恐ろしいくらいに利益率は低いからね。経常利益は100室以下のホテルなら年間1億は余裕で下回る。東京・大阪・福岡のホテルに関しては括りとしてはシティホテルに該当するから、他の5件と同様には考えれないけど、それでも8件合計の年間利益は10億もいかないだろう。」

 「本社からすればこれから先、所有権が完全に移るまでは和馬さん所有のホテル従業員の人件費が大幅に削減されて、今まで以上に利益が出るって事ですね。」

 「まぁ、ファミリアへの迷惑料と思って。」


 デポルトに急にホテル事業部がメイン事業として加わると言う話だ。しかし、俺と常藤さんの中ではホテル事業は今、デポルトが行っている他事業とは切り離して考える事が出来る。そりゃ、多少の人の異動は起こるだろうが管理・運営は別と考えてお互いの事業がそれぞれに利益を目指せば、デポルト・ファミリア全体としてはしっかりと利益には繋がるだろうと言う予測だ。


 「そんな訳でこれからはデポルトの母体を大きくしていく動きはちょいと加速するってご報告だ。」

 「ホントに簡単に言いますねぇ。でも、おそらくこの数年の間に爆発的に社員は増えるって事ですね。」

 「そうだな。でも、皆がホテル事業部の社員と交流する事はほとんど無いと思うぞ?責任者に据える人間とは会う事もあるだろうが、基本的にはやってる仕事が違い過ぎるからな。ファミリアのホテル事業部とリノベーション部門みたいなもんだよ。」


 そう言われると皆は想像が付きやすいのかそれぞれに納得した様子だった。ファミリアでも部署が違えば全く会う事無く今まで勤めている人たちも相当数いる。


 「当面の目標は大評定祭の成功と県1部への昇格。それ以外の事は流れに身を任せるか、担当でない人間は目を逸らして自分の事に集中して欲しい。そこは俺と真子と常藤さんで何とかする。」

 「「分かりました。」」

 「本当に混乱させてしまい誠に申し訳ありません。私も和馬さん、真子さんと何度も話し合って出した決断です。皆さんが今までと変わらず、いえ、今まで以上に笑顔で働いて貰えるように努力します。」

 「いやぁ....デポルトに来て一番の衝撃でしたね。今日は。でも、ホテル事業ですか。サッカー部とはかなりかけ離れた事業が始まりますね。」

 「確かに事業としてはサッカーチーム運営とは色が違うかも知れないが、全く無関係って事では無いんだぞ?」


 俺の言葉に皆は不思議そうな顔をする。高瀬を見ながら「サッカーとホテルの関りは?」と質問すると、高瀬はすぐに「あっ!」と気付いた。


 「遠征ですね?」

 「そう。県リーグ四国リーグ中はそれほど移動にストレスは無いが、JFLで戦い始めれば相手チームのホームタウンへ出向く必要が出てくる。そうなった時に全国に自社のホテルがあるってのは大きな財産だよ。」


 あまりピンと来ていないメンバーに説明すると、現在のJFLに加盟しているチームですら、北は青森、南は宮崎まで全国の16チームだ。と言う事は少なく見積もっても年間で15試合アウェイゲームに出向かなくてはいけない。関西や四国のチームがいるならばそれほど移動に負担は無いのかも知れないが、それが青森ともなれば話は別だ。バスで移動しようと思えば15時間以上の移動を強いられる。それだけで試合のパフォーマンスには大きく影響するだろう。

 それが全国にホテルを持っていれば前日に出発し、ホテルに宿泊して次の日に余裕を持って試合会場に向かう事が出来る。そして、同じ方法を他チームが行うよりも宿泊に必要な費用が大幅に格安で済む。強権発動するなら無料で部屋を構える事も出来るのだ。


 「うちは県リーグのうちから専用スタジアムを構えて遠距離遠征への準備も進めている。そして、何よりスポンサーだけに頼らない経営母体の成長にも挑戦中だ。まぁ、これに関してはJリーグの全てのチームが取り組んでいる事だろうから、あまり自慢にはならないだろうがね。」


 ・・・・・・・・・・

同日 安芸市内 秋山直美宅 <秋山 直美>

 冴木さんのお宅で話が終わり、皆それぞれに帰宅の途に就いた。私と裕子ちゃん、祥子さんは同じアパートに住んでる事もあり、今日はミーティングしか予定が無かったので私の車で一緒に行動していた。

 沢山の衝撃発言と新事実に襲われた日だった。私達3人は何となく私の部屋でお茶をする事になった。そうでもしないと頭の中の整理が付かない。

 私は誰に話すでもなく、質問してみた。


 「和馬さんと常藤さんはずっとこうなる事を想定してたんでしょうか?」

 「それは無いわね。何より和馬さんにとってファミリアは颯一君や拓斗君と同じように子供の様に育て上げて来た存在ですもの。それを自ら手放すなんて、簡単に出来る事では無いし、それを将来の選択肢に入れる事すら我慢ならなかったはずよ。」

 「でも、何となくですけど、ホテルの経営権をデポルトに移す事はプロジェクト開始当初から考えていたと思うんです。」


 裕子ちゃんの発言に私と祥子さんは驚いた。「どうしてそう思ったの?」と言う祥子さんの質問に裕子ちゃんは昔を思い出しながら話してくれた。


 「まだ高知へ移って来る前、東京本社で事前準備をしていた頃の話です。部員寮や事務所、私達の社員寮の他にも早急にリノベーションが開始できそうな物件とか、和馬さんは資金に糸目を付けずに買い漁ってた時期があるんです。」

 「確かに最初の準備が異常に早かったのは記憶にあるわ。」

 「私は現地に早めに入って担当していたのもありましたから、和馬さんに確認をした事があったんです。このままでは5年10年と言わず資金を使い切ってしまいますよって。」

 「で?和馬さんは何て?」

 「最悪の場合、持ち株を売るって仰って。その後は及川さんとの関係をチラッと話されたので、そちらばかりが印象に残っていたんですが、和馬さんはもしかするとご自身の所有しているホテルの経営権をファミリアに売る事で資金を用意しようと考えていたんじゃないかってさっき気付いたんです。」


 裕子ちゃんの言葉で合点がいった。それならば確かにあれだけ尋常ならざるペースで会社の土台を作り上げていけた理由に説明が付く。


 「和馬さんが最初に資金を用意したと言う札幌のホテルは恐らくホテル事業に乗り出した当初に建設された物なので、現在はファミリアから和馬さんへの捻出資金の返済は間違いなく終了してると思います。しかし、東京と大阪のシティホテルに関しては建設されてまだ数年です。資金の返済は済んでいないのでは無いかと。」

 「なるほどね。その資金の返済と経営権を売り渡す金額でデポルトの資本にしようと考えたのね。」

 「あくまで推測ですけど。」


 私はホテル事業に乗り出したばかりのファミリアってどんな感じだったのかを祥子さんに質問してみた。祥子さんは苦笑いしながら言葉を選んでいた。


 「どこから話せば良いかしら。そうね。あの頃はね....」

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