第66話 喧嘩、買います
2018年11月28日(水) Vandits garage <冴木 和馬>
「和馬さん、もう少し言葉を選んでください。皆さんが引いてます。」
「あっ、申し訳ない。」
常藤さんが呆れて注意する。ちょっと楽しみ過ぎたな。
「ぐうの音も出ない状況ってどう言う事ですか?」
「まぁ、アプローチの仕方は色々あるんだが、一番の理想は高知市内のスタジアムに関しては高知ユナイテッドさんがJリーグ入りする事で先に押さえてくれる。ユナイテッドさんの次に高知からJリーグチームが生まれそうな状態で人気も注目もあるにも関わらず、スタジアムを建設する為の用地が見つからない。となれば?」
「本拠地としている芸西村では無理って事は少し調べれば大概の人は分かりますよね。となれば、隣の安芸市が注目を集める。」
「そんな中で安芸市は協力的では無い上に、市が管理する運動施設は年間稼働率があまり宜しくない。となれば。」
「まぁ、話題の矢面には立たされますよね。」
「ま、そこが交渉のチャンスってトコだな。」
「限りなく少ないチャンスじゃないですか?」
確かにそうだ。もっと安全策で行くならば奈半利町や室戸市も考えた。しかし、圧倒的に交通面で厳しい状況に立たされている。もし、奈半利町にスタジアムを建築し、ホームゲームを行えば高知市から観戦に来ようと思う人は車で往復3時間かけるか、ごめんなはり線で往復3000円支払うかの二択を迫られる。はっきり言って春野陸上競技場の坂よりもキツイ。
それが芸西村なら往復1時間半。運賃2000円以下。タイガースタウンのある安芸球場前でも同じくらいの運賃になる。そして安芸球場には駐車場が広く取られているので、バスでの往復ツアーも組みやすい。安芸市よりも東部にスタジアムを構える事は相当にリスクが高すぎるのだ。
それにごめんなはり線を運営する土佐くろしお鉄道株式会社と組めば、観戦チケットに乗車券をセットにした販売も出来るかも知れない(おそらくこの手が通用するのはJFLまでだろう)。Jリーグに行けばチケット販売は一括管理になる。こちらから何か手心を加える事は出来ない。
「Jリーグ入りしてるチームでもスタジアムの交通アクセスが極端に厳しいチームはいくらでもある。しかし、それはスタジアムがと言うだけであって、うちはそれに高知県と言う厳しさも加わる。」
「県外から観戦に来ていただける方からすると高知市までの交通費も馬鹿にならないと言う事ですね?」
常藤さんの言葉に頷く。新幹線が通っている訳でも無い。空港の便数も多い訳ではない。県内に高速道路が張り巡らされている訳でも無い。やっとの思いで高知についてそこからまた一時間以上の移動はかなり堪える。
「と、まぁ、挙げ始めたらキリが無い。そんな中でJリーグを目指すと決めて走り出したんだからな。今は最大限、芸西村でJリーグを戦う方法を全員で知恵を持ち寄るしか無いさ。」
「和馬さん。........あの事は話さなくて大丈夫ですか?」
常藤さんが真剣な顔で問いかける。次々と問題を皆に突き付けたくは無いんだけどな。しかし、話さないのはフェアじゃないな。
「ふぅ....そうですね。皆に話しておく最後の話だ。」
俺と常藤さんの様子を見て、全員が注目する。物音一つ立てず注視している。
「私、冴木和馬は数年の猶予をもって(株)ファミリアの代表取締役を辞任する事を決めております。それはすでにファミリアの役員数名には伝えております。」
今日の話し合いの中で一番ざわついた。
「これは冴木真子元役員が同じく役員を辞任する事を決めた際に、家族として話し合いを進めていく中で自分の中で考えた末の答えです。」
「並んでになりますが、私、常藤正昭も役員辞任を申し出る予定でおります。恐らく冴木和馬社長よりは早い段階での辞任になるかと思います。」
「待ってください!!何でそうなるんですかっ!!」
秋山が噛みつく。しかし、その後ろでは同じように今にも飛び掛かりそうな坂口さんや雪村さんの顔が見える。俺は一度目を閉じ、一呼吸置いて皆をしっかりと見て説明を始める。
「やはり本社の中でのデポルト・ファミリアに対する良くないイメージを払拭するには相当な期間と覚悟が必要になると分かった。まぁ、俺が喧嘩を売ってしまったからな。入手達を引き抜いたのも拍車をかけた。あっ、責任を感じるなよ。俺が決めた事だ。誰にも文句は言わせない。」
これは皆には話せないが、この雰囲気を作り出している最大の原因となる人物が最近になって分かった。と言うか、この人以外には考えられなかったのだが、なかなか尻尾を掴ませて貰えなかった。
それは創業メンバーでは無いが、8人目の役員でもある。
きっと東城の中でずっと俺は目の上のたんこぶだったはずだ。小さなリノベーション設計事務所だったファミリアがここまで大きな会社となれたのは自分の貢献があってこそだと東城なら考えるだろう。しかし、世間の注目は否が応でも俺に集まってしまっていた。それが東城には我慢できなかったのだろう。
そんな時に向こうが手を尽くす前に、勝手に俺が子会社を作ってコケる機会を作ってくれた。これこそチャンスと東城は思ったはずだ。そして、自分の手が届きやすい場所で誰にも分からないように巧妙に子会社の評判を落とし始めた。
「なぜ自分達が子会社の手伝いをしなければいけない」「子会社に比べれば自分達は本社でエリートなはずだ」。恐らく上手い具合に不満を掻き立てたはずだ。それは段々と職場を蝕み、修復不可能な程の溝を作った。そして、その責任は子会社を作り勝手のままに権力を行使している俺にある。そう責任を問えるはずだった。
しかし、それを真子が止めた。代わりに自分が責任を取り子会社へ移った。この行動に本社の子会社否定派の考えを持っていた社員も大手を振って批判できなくなった。それほど真子の影響力・人気は本社の中で絶大だったのだ。
それでも事態は好転した訳ではない。一時的に悪化していないだけの話なのだ。これまでに他の役員とは何度も個人的に話を続けて来た。そして、自分の意志を伝えた。俺はファミリアから離れると決めた。これ以上、本社の状況を悪化させてはいけない。それを阻止するのは完全にうちがファミリアから独立してしまえば良い。
この3~4ヶ月が1年以上に感じるほど悩みに悩んだ。しかし、それでも考えは変わらなかった。その事を真子と常藤さんに最初に話した。真子は「分かった。支えるわ。」だけ。そして常藤さんは「お供します」と応えてくれた。
「俺は最大限の努力を最後まで続ける。しかし、これ以上この事でデポルトの歩みを止める訳にはいかない。それはリゾートホテル建設を控える本社も同じだ。ならば、お互いの利益の為に袂を分かつのがベストだとお互いに判断したんだ。」
「そんなっ!!ずっと同級生で大きくしてきた会社じゃないですか!?宿泊業界で最大手になる可能性だって十分にあるのに!!」
「その可能性を低くしてしまいそうなほど状況は悪化し始めてるんだよ。」
「........社長が逃げたって思われるじゃないですか。悔しく無いんスか?」
「俺の評判くらいでお互いの会社がまた成長できるなら、いくらだって情けない姿は晒すし、道化にもなるさ。良いか。会社を生かし続けるって事は自分の見た目や評価なんかを超えた場所に有るものなんだ。それを気にしてるうちは大して会社なんて大きくは出来ないよ。」
秋山も八木も悔しそうに「でも....でも..」と何か言いたそうにしている。そこで板垣が俺の目をじっと見て質問する。
「負ける為に引いた訳では無いんですよね?勝算があるからこそ、本社を離れると決意されたんですよね?」
確認するようにゆっくりとしっかりと言葉を選んだ。
「八木の移籍話を相談された時に言った言葉の繰り返しになるが。」
全員の顔を見ながら言葉をぶつける。
「当たり前の事を聞くな。勝てない勝負はしない。勝てないと思っているなら、早々に子会社を畳んで土下座して皆で本社に戻ってるさ。」
板垣がふぅっと息を吐き、他の皆は安心したような顔をしている。
「皆には勘違いして欲しくない。俺と常藤さん、真子が考える勝負はファミリアを負かす事や潰す事が目的じゃない。きっといつかは全ての事が明るみになる。そうなった時にお前達に心配もかけるし迷惑をかけるかも知れない。しかし、一つ間違わないで欲しいのは俺達がこれからしていく事は両方の会社が今以上に発展し続けていく為に必要なプロセスだと言う事だ。だから、信じて付いて来て欲しい。」
俺はしっかりと腰を折り、頭を下げる。すると秋山の声が聞こえた。
「こんな話聞いて本社戻るなんて言えるはず無いじゃないですか!?戻る気なんか無かったですけど!!人生かけてますから!!私も!!絶対にどこのどいつかは知りませんけど、そいつらに悔し涙流させてやるんですから!!!」
秋山の言葉に拍手と笑い声が混ざる。「俺もやります!」「私だって!」と賛同してくれる声が聞こえる。
そして俺はゆっくりと頭をあげ、もう一度皆に声をかける。
「卑怯なやり方は承知の上だ。それでも、自分達の人生だ。しっかりと判断してくれ。俺達は本社から自ら離れる。これからは本社へ戻ると言う選択肢の無い状況になる。ちゃんと将来の事を考慮して答えを出してくれ。」
皆にツラい思いをさせたままで全体ミーティングは終了した。
・・・・・・・・・・
その後、東京初期メンバーだけで自宅に集まった。自宅と言っても元事務所だ。事務所として借りていた一軒家は現在、冴木家として継続してお借りしている。拓斗はまだ学校だ。返って来るまでは皆でゆっくり話せるはずだ。
常藤さん、雪村さん、坂口さん、秋山、山下、北川、杉山さん、高瀬、そして真子。皆には本当の事情を全て話した。当然、この話は心に納めると約束してもらった上でだ。
ダンッ!と机を叩く音が響く。秋山だ。
「やっっっっぱり!!!あのバカ役員でしたか!!くそぉ!!」
「落ち着きなさい。直美ちゃん。」
「あっ、すみません。真子さん。」
本社で数年働いてる皆からすれば、おおよその検討は付いていたようだった。しかし、相手は馬鹿だろうと役員だ。決定的な証拠が無ければ追及も出来ない。
「馬鹿の証拠はあったんですか?」
冷めた声で坂口さんが質問する。坂口さんまで。
「今回の事で依願退職を申し出た社員が良心の呵責に苛まれて洗いざらい話してくれました。まぁ、その証言だけなので証拠には薄いですが。」
常藤さんの報告に坂口さんだけでなく雪村さんも深いため息を零す。
「遅かれ早かれこうなっていたと言えば負け惜しみになるかも知れない。しかし、俺も売られた喧嘩をはいそうですかと脇に流せるほど人間出来ちゃいないんでね。しっかりと喧嘩は買わせてもらう予定だ。」
「具体的には?」
「俺の持ち株は全て真子に譲る。」
全員の顔が引きつっている。最凶の大株主様のお通りだ。これで真子への相談なくして役員会は何も決定出来ない事になる。役員会は形式だけのものになった。
「でも、それでも全体の2割くらいの株ですよね?」
「それに常藤さんが持つ株、そして須田役員の持つ株が加わる。」
俺の言葉に山下が首を傾げる。
「須田統括部長ですか?あまり私は存じ上げないんですけど、自宅勤務が多いと聞いてます。お体が悪いと。」
「あぁ、車椅子生活だからね。」
「なぜ、須田さんのお名前が出るんですか?」
「トモは会社がどんな状況になろうとも真子の味方だ。それは天地がひっくり返っても変わらない事実だ。」
俺の言葉に真子と常藤さんは苦笑いしている。しかし、この話をトモが聞けばあいつは子会社に移ると言いかねない。俺達にとってはトモは本社にいてもらわなければいけない存在だ。
「これでデポルトの息のかかった株は全体の4割を占める。東城が役員会を使って何かをしようと思えば、他の役員を全て味方に付ける以外に方法は無くなる。」
「あぁ~....それは厳しそうですよねぇ。なんたって林常務いますし、ファミリアの鉄の心臓で有名な高野役員も残ってます。あのバカじゃお二人を味方に付けるなんて余程説得力のあるモノでも無ければ不可能ですね。」
「ホントに言いたい放題だな。」
「でも、動くのはそれだけなんですか?言ってしまえば本社からの嫌がらせや介入を役員会レベルでは防げるってのは分かりましたけど。」
高瀬の疑問はご尤も。そこでしっかりと本社からの独立の筋道を立てる。ただ喧嘩を売って本社から離れた所で会社の規模も何もかもがあちらの方が上だ。どんなに足掻いた所でまだその差は埋められない。しかし、こういった時に創業メンバーって言うのはいくつかの手札を持ってるもんだ。
「実は創業メンバー以外は誰も知らないが、創業メンバーはそれぞれに会社の中に自分の資産を持ってる。それが株式なのか、現金なのか、それとも他のものなのかは個人個人違うんだけどな。その俺の資産を一切合切デポルト管理に切り替える。その為に数年の猶予が必要だった。」
「和馬さんの個人資産ってもうデポルト立ち上げに使っちゃってるじゃないですか。他にもあったって事ですか?」
「まぁな。元を辿ればデポルトで使った俺の現金もその個人資産から生み出されたものだよ。」
「.......ちょっと想像付かないです。」
「ホテルだよ。大型・中型合わせて5つのビジネスホテルと3つのシティホテルの所有と経営権を持ってる。」
高瀬が口を開けたまま呆然としている。驚いたろ?これは公開もしてないから、知ってるのは創業メンバーだけだ。それを全部デポルトで貰ってしまおうってのが俺の考えたデポルト成長の策だ。
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