第65話 成長と共に生まれる課題

2018年11月28日(水) Vandits garage <冴木 和馬>

 今、うちがどれだけの物件を扱ってどれだけ収入があるかを説明していく。家賃収入は放っておいても入ってくると思っている者もいたようだが、司達が担当している施設管理部のメンバーなら理解しているだろうが、この賃貸物件は1ヶ月もしくは3週間に一度は施設管理部の担当が見廻り確認をし、共用部分に汚れた場所は無いか、電球が切れている所は無いか等を確認している。


 それが高知県東部だけならそれほど手間では無いしもう少し短いスパンで見廻りも出来るが、管理物件は既に高知県西部にも数件ある。今後は高知県外と言う事も考えればかなりの手間と労力が必要になる。


 「皆には少しうちの会社の今後の方針を話しておきたいと思う。とは言っても、俺と常藤さんとで話しただけでこれが会社としての決定では無いから。そうだな、こうなれたら良いなと俺達が考えてるくらいの気持ちで聞いてくれ。」

 

 そこからは常藤さんが言葉を預かる。


 「現在、私達の最大の収入となっている賃貸物件の家賃収入ですが、今後はこのペースで管理物件を増やすつもりはありません。」


 若干の社員がざわつく。真子や東京組のメンバーはある程度予想が付いていたのだろう。驚きの表情は無かった。


 「確かに居住者さえいれば安定収入が見込める賃貸物件管理はかなり旨味はあります。しかし、我々の当初の目的は何であったのかを見失ってはいけません。馬場君、分かりますか?」


 急にご指名を受けた馬場は驚くが少し考えて答える。


 「ヴァンディッツがJリーグへ行く事と、芸西村や安芸市の人達の中に俺達の存在が日常になる事、ですかね?」


 自信無さげに答えた馬場をにっこりと笑いながら常藤さんは拍手する。


 「百点満点の答えです。そう、我々はこの地にサッカー文化を根付かせる為に、それは高知ユナイテッドSCさんのように我々の先を走り続けてくれている方々と共に、このJ無し県と言われる高知県にサッカー観戦と言う物が日常となり、新たな観光資源となり得るようにする為に高知にやってきました。」


 さすがは常藤さんだ。盛り上げ方が上手い。ヴァンディッツのメンバーはもう目がキラキラしながら常藤さんの話に聞き入っている。


 「先行契約していた管理物件を利益ベースに乗せる事を優先していた為に、皆さんにはうちが賃貸物件の管理を事業の中心としていくのかと勘違いさせた部分もあったかと思います。大変申し訳ありません。」

 「言ってしまえばここまでは自分達の最大の強みを活かして会社の体力を付ける事に集中してきた。そして、その体力がある程度付いたと言う訳だ。」

 「ヴァンディッツになぞらえて言うならば、我々はやっとメンバーが揃いリーグ戦に挑んでいけるだけのチームになれたと言う事です。」


 皆からは「おぉ!」と言った反応が返ってくる。少し大袈裟かもしれないが常藤さんの例えは言い得ている。


 「ここからはヴァンディッツと同じように我々も自分達の未知数な分野での挑戦に入っていきます。それが農業部門とサッカー部門を利益ベースに乗せる事です。」


 ピリッとした空気が流れる。言ってしまえば、今の賃貸物件の利益はこの2部門の赤字を埋める為に急ぎ拵えた物に過ぎない。

 あまりに先行契約物件が多かった為に後回しにせざるを得なかったが、デポルト立ち上げ当初は今頃には農地で育てた野菜を売る為の直売所は既に動き出している予定だった。


 「直売所の予定地に関しては二転三転してしまいましたが、スタジアムから南に走る道が国道にぶつかる手前の敷地の確保が出来ました。」

 「農地だらけの中にポツンと倉庫として使われていた敷地が30年以上放り出されていた。役所の高橋さんの話ではかなり昔に離農された方の所有地でその方も既に亡くなられていて、ご家族が管理されていたそうだがそのご家族も県外で長く生活されているので管理を悩まれていたそうだ。」

 「その大きな土地に直売所と簡易加工所、そして駐車場を構える。ただ、問題がない訳じゃない。」


 ざわっとなる。色々と話が増えてすまんな。


 「その土地の真横にも休耕地になっている畑があるが、そこの所有者はトヨさんだ。」


 予想通りの反応が皆から返ってくる。そりゃそうだ。


 「馬場、その後トヨさんとはどうだ?しばらく先生の所へ馬場が送迎してくれてたって聞いたが。」

 「3週間くらい前に自分で運転しても構わないって先生に許可を貰えたからもう送り迎えはいらないって言われて、送り迎えはしてないですけど、前みたいにうちらを毛嫌いする感じは無くなりましたね。何よりこないだ梅の木の剪定を手伝ってくれたぐらいですから。」


 この発言には事務所スタッフから驚きの声が上がる。最初の事を考えれば、とてもではないが今の関係は望めなかった。


 「畑で見かけて挨拶しても、そっぽは向いてますけど手は上げてくれるようになったっスよ。あとはこっち見てニコッとしてくれりゃ、俺らの勝ちっス!」


 訳の分からん勝負をしていたらしい八木の発言に皆から笑い声が起こる。八木が「いや、大事な事なんスよぉ!」と皆に抗議するが、笑い声を増すだけだった。


 「そうか。馬場達農園組のおかげだな。今度、トヨさんにご挨拶に行く。すまんが馬場、同行してくれるか?」

 「分かりました。」


 話を軌道修正して続きを話し始める。そのデポルト・ファミリアとしての目的に向けた今後の歩み方だ。


 「その直売所に併設する簡易加工所は今、農園メンバーが取り組んでくれている漬け物や梅酒・梅干しの加工をするための場所だ。将来的には横にキッチンも併設してスタジアムで販売するためのスタグル調理の場にしたいとも思ってる。当然、直売所でも販売する予定だ。」


 皆から拍手が起こる。スタグルとはスタジアムグルメ、いわゆるサッカー観戦の際に現地で楽しめるグルメだ。

 本当ならば現地で調理スペースを構えたいが、キッチン設備の新設はもちろんだが、スタジアムで調理して販売しようと思うと意外に取らなくてはならない許可や認可が多い事が分かった。

 例えばピザを販売したいとなり本格的に窯で焼きたいなんて考えれば調理場所の申請の他に消防法の許可も得なければならない。


 それならば他の場所に調理スペースを設けて調理されたものをスタジアムで販売する方が費用は節約出来る。直売所には将来的にカフェかレストランを併設する予定なので、調理スペースだけ先に作ってしまえば良い話だ。


 「来期、来年の四月からは農園メンバーは施設管理部とタッグを組んで、この直売所の黒字化とVandits fieldの宿泊施設の黒字化を目指して貰う。農園管理には来月からアルバイトスタッフが入る。四月までに簡単な作業、特に毎日のルーティーンワークは指示すれば問題なく出来るレベルに育成して貰う。」


 農園メンバーが一斉にメモを取り始める。望月は馬場と和瀧に話しかけて何やら簡単な打ち合わせをしている。


 「農園は野菜を育てると言うどの部署よりも先の予想が難しい中で、1年間様々な野菜の成育にチャレンジして充分すぎる結果を見せてくれてた。西村さんとも話をして直売所への安定納品もある程度見込めるだろうとの予想を貰えた。いよいよ、動いて貰うぞ?」


 皆が頷き自信に溢れた笑顔を返す。頼もしいじゃないか。そうは言っても結局は自然・天候との付き合いがあるのだ。自分達の思うようにはいかないだろう。しかし、それも経験だと西村さんからはアドバイスを貰っている。


 「12月からは宿泊施設を使って、民宿・宿泊施設で働くスタッフの教育が始まります。担当は雪村くんと私が行います。施設管理部のメンバーも同様に全員参加して貰います。」


 東京組から動揺が流れる。それを不思議そうに見ているメンバーに助け船を出してやる。


 「教育講習を受けるメンバーは覚悟しとけ。東京本社で財務担当であるはずの常藤さんになぜ運営統括のポジションを俺がお願いしたのか、嫌と言うほど知ることになる。」


 俺の言葉に苦笑いを浮かべるメンバーがいたが、常藤さんがその言葉を受けて不適な笑みを浮かべた事で、その苦笑いは冷や汗へと変わったはずだ。


 「宿泊施設の予約受付を開始するのは1月中旬。今までに利用して貰っていた小・中学校には2週間早く案内を持参する。これに関しては実際現地に営業部に回って貰う形になるので、これからスケジュール調整をしておいてほしい。」

 「分かりました。別班を組んで専属で動けるようにします。」


 秋山の判断は早かった。この1年半、未経験ながら部署の責任者を直向きに務めてきた。間違いなく初期のメンバーの中で一番の成長株だ。


 「営業部の尽力ももちろん必要だが、最初の勢いを付けるとすれば、大評定祭の成功がそれを左右するだろう。それはその後の施設利用はもちろん、直売所や農園の認知・利用の勢いも左右する。」


 正直、この大評定祭を失敗すれば大きく出鼻を挫かれる事になるだろう。それは県リーグに参加するメンバー達にかけた言葉そのものが、そのまま自分達に返ってくる事になった。

 直売所の完成は大評定祭までには間に合わない。しかし、何もかもがこちらの狙いどおりにうまく運ぶならば、これほど苦労はしていない。今ある手札でしっかりと勝負していくしか方法は無いのだ。


 「全ての事に危機感を持つ必要はないが、楽観視し過ぎないように細心の注意を払っていこう。」


 皆のプレッシャーにならないように出来る限り笑顔で話す。すると、八木が手を上げる。


 「あのぉ、この機会に冴木さんと常藤さんに聞いてみたい事があるんですけど。」

 「何だ?あまりにプライベートな質問は勘弁してくれよ?」

 「あっ、いや、試合の時に観客の人からも聞かれた事があるんスけど、冴木さん達はこの芸西村をどう変えてきたいって思ってるのかなって。前に話してくれたフットボールパーク計画ってのも、新人の皆は聞いてないだろうし。」

 「そうか。そうだな。ちゃんと話しておこうか。俺の考えるお伽噺を。」


 東京から芸西村に来た当初、俺と常藤さんの中にある青写真は安芸市にあるタイガースタウンをヴァンディッツ・フィールド化する事だった。しかし、以前にも説明した通り現状で安芸市からの良い返事は貰えそうにないのが現実だった。

 となれば、ある手札を駆使していくしか方法はない。今のVandits fieldをJ1規格へと成長させていく事が、困難は多いが現実的な道筋だ。


 「俺自身が思い描いてるのはサッカーだけではない様々な目的でVandits fieldを利用して貰えるような空間にしていく事が目標だ。サッカー観戦や宿泊だけではない、例えば花見・体育館を使った高齢者への運動支援の教室を開いたり、当然公園施設も作りたいな。それに買い物が出来るショッピングエリアも設けたい。」


 どんどんと夢は語るが、それには当然だが敷地が足りない。今のJ1規格のスタジアムを作る事ですら敷地はギリギリだし、敷地は有っても森を切り開かなくてはいけない。すぐ隣には村の管理する公園がある。おそらくうちの敷地内だからと勝手に木を伐採なんてしようもんなら、公園の景観を損ねるなんてご意見が飛んできそうだ。


 「これに関しては近々、役場の方とも意見交換をする予定ではある。しかし、それに関しても意見を聞いて貰った所で村が出来る事は限られている。それに頼る様なチーム運営をするつもりは毛頭ない。」

 「狭いっスもんね。」

 「芸西村は村の範囲のほとんどが山だ。少ない平野部分に畑と小さな集落が密集している状態だ。はっきり言えば俺達が畑を借りて宿泊施設を買い取れただけでも奇跡に近いんだ。リサーチ部の入手達にも参加して貰ったが、運営部が考えている施設を全て芸西村に建てたいとなったら、村全体の畑の作付面積の8%を買い占めて宅地化・商業地化しなければならない。農業推進県の高知ではどだい無理な話なんだ。そんな狭い芸西村で茄子がこれだけ作付けされてるんだ。どう足掻いたってこれ以上の敷地は手に入らない。」

 「そんなに凄いんですか?芸西村の茄子って。」


 ほとんど意識はしていないだろうが、全国市町村別の茄子の出荷量で芸西村は全国4位だ。しかも作付面積で言えば全国10位以下なのだ。どれだけ狭い範囲で効率的に育てて収穫しているか分かる。しかも、この市町村別50位の中に村単位で名前を並べているのは芸西村だけだ。あとは市か町なのだ。相手にしている面積が違い過ぎるのにこれだけ成果を上げている。だからこそ、茄子の村と胸を張れるのだ。


 「その村としての売りを俺達が邪魔する訳にはいかない。俺達がレンタルしている休耕地ですらやっと見つけて貰った畑だ。これだけ広い範囲を借りるなんて役場も思ってなかったはずだ。」

 「じゃぁ、いつかは芸西村が本拠点じゃ無くなる時が来るって事ですか?」


 そんな寂しそうな目で見るなよ。


 「Jリーグが定めている規定を満たそうと思うならば芸西村ではいつか限界が来る。そうなれば山を切り開くしかない。簡単に言ってるが、木を伐り、広大な範囲を整地して巨大な施設を建てる。それが自然に及ぼす影響、それに対する地元住民の反応。考えるだけで怖くなる。」

 「だから安芸市の施設を改築してスタジアムにしたいって思ってるんですね?」

 「義理や人情をかなぐり捨てて言うならば、安芸市の市営球場を中心とした施設群には敷地があり、年間で使われていない日の方が多い。そして敷地の真ん前に後免奈半利線の駅があり、十分な駐車場も構えられている。比べるべくもない。」

 「他の場所へ移るって事も考えてるんですか?高知県西部とか?」


 え?何を言ってるんだ。こいつらは。


 「....馬鹿な事を言わないでくれ。今の状況で芸西村を含めて安芸市に対しても俺の個人資産ではあるが、どれだけの資金を投入してると思ってる。それを全部捨てて別の地に移るなんてそんな事するはずが無いだろう。」

 「えっと....じゃぁ、どうするんスか?」

 「ぐうの音も出ない状況を作って安芸市を脅すのさ。」


 全員の顔が引きつっていた。

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