第64話 県2部リーグ 第8節

2018年11月18日(日) 高知市 某グラウンド <有澤 由紀>

【高知県社会人サッカーリーグ2部 第8節 対 泉野SC】

 四月から始まった県2部リーグも第8節まで来ました。今節、ヴァンディッツが勝利すると得失点差を考えてもほぼ優勝が確定します。

 と言うのも、今節勝利すると二敗チームは第5節で戦った須崎クラブのみ。残りの2節をうちが落としたとしても直接対決を制しているヴァンディッツが断然有利です。もし、須崎クラブが優勝するには須崎クラブは8節から最終節まで3連勝して、ヴァンディッツとの得失点差26を埋めなければいけません。簡単に言えばバンディッツが残り試合を連敗したとしても、須崎クラブが3連勝した上で得失点差を埋めなければ逆転は出来ないのです。

 勝負に絶対はありませんが、かなり厳しい条件と言えます。


 「カメラ設置OKです。今回は右カメラが応援団の方のすぐ近くです。入手さんが貼り付きで見てくれてます。」

 「ありがとう。ここは有澤くんに任せようか。さすがにメインカメラだからね。」

 「分かりました。」


 杉山さんとカメラ位置と撮影担当の確認を今一度行います。うちのカメラワークは両ゴール付近から撮れるようにしているカメラ2台とセンターカメラがメインで、後は写真班が時々撮っている動画が思わぬシーンを生んでくれたりします。

 広報部は試合の日は基本的に全員運営に参加します。カメラ設置と管理はもちろんですが、今後は選手へのインタビュー等も含めて今まで裕子さんに頼りきりだった部分を早く自分達で出来るようにしなければいけません。


 第7節から写真の量を確保する為に、高知県の香美市土佐山田町にある高知工科大学の写真部の部員さんの中で将来写真の仕事を考えている方に、試合撮影のアルバイトをお願いしました。前節と今節で2名づつお手伝いに来てくれて、本当に助かっています。

 これだけでも写真撮影から私と杉山さんが解放される事で、広報としての他の仕事に目を向けられるようになりました。


 選手達が整列して写真撮影をします。今から勝負の場へ向かう選手達の表情はいつ見てもこちらの心を昂らせてくれます。

 さぁ、試合開始です!!


 ・・・・・・・・・・

試合中 <冴木 和馬>

 今回の試合前に板垣が練習で選手達に伝えた起用方針が、多少選手の中で波紋を呼んでいた。それは一番近日でチームに合流した新卒組の古賀と市川の起用を今シーズン中は見送るとした事だ。

 ここまで第5節と第7節後半で出場機会のあった二人だったが、個人のスキルの高さは認めるもののチーム内での連携を考えると不安が多く、急いで試合経験を積ませるよりもしっかりと練習を重ねて来シーズンの県1部からしっかりとメンバー入りを目指してもらいたいと言う内容だった。


 確かに古賀と市川を初起用した第5節の須崎クラブ戦はうちが唯一の失点を喫した試合だった。2失点目に関しては市川のエリア内でのファウルが相手にPKを献上する形となった。しかしそれも板垣の中ではチームの中に大きな変化を起こせたと言っていた。

 そして、第7節の後半起用は前半での大量得点があっての事だったが、攻撃・守備共にやはり不安の残る内容だったようだ。素人目からはそんな感じには見えなかったんだが。

 二人は落ち込んでいたが、その後きちんと板垣が意図を説明し納得したようだ。


 試合は終始こちらのペースだ。今回の相手の泉野SCは高知市内にある医療事務の仕事をされている皆さんで組まれたチームらしいが、申し訳ないがうちと当たるとなった時点でかなりモチベーションは低かったように見えた。

 おそらくここまでの試合結果を見て、「うちでは勝てない」と言う雰囲気が試合前からチーム全体に広がってしまったのだろう。

 試合内容を見ていてもボールを積極的に追う姿勢が見られず、終始防戦一方になっている。そんな中でもうちのメンバーは当然手を緩めるはずもない。


 しかし、俺が気になったのはベンチにいる板垣の様子だった。明らかに様子が可笑しい。怒っている?眉間に皺を寄せて、ずっと腕組みをしたままピッチを見つめている。俺はとなりにいる常藤さんにそっと聞いてみた。


 「板垣、怒ってるように見えるんですが。」

 「明らかに怒っていますね。」

 「やはりですか?それはメンバーの状態が悪いのか、相手のやる気の無さに怒ってるのか。」

 「恐らく後者でしょうね。」


 やはりそうか。こちらが日々の練習を積み重ねて、メンバーを厳選し挑んでいるリーグ戦でこれほどまでに士気の低いチームは初めてだった。真剣勝負の場で、まだ終了のホイッスルが鳴る前から試合を諦めている相手チームに苛立ちを覚えるのは俺でも理解出来る。


 「良くも悪くも県リーグにいる間はこのようなチームとやり合う可能性はあります。県1部ですら四国リーグに上がる意思が無いチームもいるんですから。自分達と実力の近しいチームとの対戦は望んでいますが、こんなに戦力差のある相手との試合は望んでいないと言った所でしょうね。」

 「一つでも多く試合経験を積ませてあげたいのに。仕方のない事とは言え。」


 前半だけで6点。一方的な試合とは言え、ハーフタイム中も板垣が表情を崩す事はない。メンバー達もその様子を察しているのか終始厳しい表情のままだった。出来るならばこのような試合はさせてやりたくない。

 後半開始時に交代枠をすべて使い、控えメンバーを出場させる時にメンバーに対して板垣が言った。


 「相手の状況などに流されないように。こういったチーム相手でもしっかりと結果を見せられるチームにならなければいけません。6点取ったからもう十分などと言う事はありません。交代したメンバーは尚の事、しっかりと自分自身のすべき事を成してください。」


 そう言ってメンバーを送り出す。応援団の皆さんの方へチラッと視線を移すが、皆さんもいつもと同様に声の限りに力を送ってくれている。そこに恥ずかしくない自分達でいなければ。


 試合は11対0だった。これだけの圧勝にも関わらず、メンバーに笑顔は無かった。しかも試合終了後に握手を求めたうちのメンバーと握手せずベンチへと引き返した相手選手が数人おり、それを見た応援団からもすこしざわついた雰囲気が起こった。


 選手達と板垣たちは構わず応援団の前へと並び、応援への感謝の挨拶をする。


 「このような内容の試合をお見せしてしまい、大変申し訳ありません。」


 深々と頭を下げる監督に選手達も続く。しかし、応援団を率いる三原さん達から温かい言葉が飛ぶ。


 「しっかり結果出せたんだから、胸張って!私達は応援しか出来んきね!」


 その言葉に板垣の顔に笑みが戻る。


 「ありがとうございます!残り2節もしっかりと勝利を目指し、全勝で1部昇格を皆さんとお祝い出来るように引き続き頑張ります。本日はありがとうございました!」


 その言葉に観客の皆さんから大きな拍手をいただく。良い雰囲気を作れた事に胸を撫でおろす。試合中の雰囲気のまま、お見送りタイムに突入させたくなかった。


 お見送りタイムでは選手達を励ます観客の方の様子がチラホラと見えて、観客側からも今回の試合観戦のテンションの持っていき方が難しかった事が窺えた。


 そうは言ってもしっかりと8勝目を掴むことが出来た。いよいよ県1部が視野に入って来た。残された試合をしっかりと勝ち切るのみだ。


 ・・・・・・・・・・

2018年11月28日(水) Vandits garage <及川 司>

 連休明けの月曜日の午後、デポルト・ファミリアの全社員がガレージのコミュニティスペースに集まっている。普段なかなか勢揃いする事がないので、こうして集まるとこんなにも人が増えたのだなと驚く。今日集まったのは調理部以外の全社員。38名だ。全体ミーティングとなっていた。相当前から予定は組まれていた。


 しかも今日は全社員が服装指定だった。ヴァンディッツメンバーは練習用ジャージ、事務社員に関してはスーツだった。普段は事務所内でも設計部や広報部の人は私服で働いている事が多かった。しかし、今日はマコや杉山さんもしっかりとスーツに身を包み真剣な表情で座っている。


 和くんと常藤さんが前に立ち、説明を始めた。


 「本日はお集まりいただきありがとうございます。本日は経営・運営部のトップとして皆様にお話しする事がありますので、このような形でお集まりいただきました。では、冴木より話を続けます。」

 「皆さん、お疲れ様です。今日は経営・運営として皆に話しておきたい事があるのと、伝える事・考えてもらう事があるのでこのような場を設けました。」


 皆の顔にも緊張が走っているように感じた。営業部から施設管理部へ移り、一社員としての判断ではあるけどうちの会社はやっと軌道に乗り始めたと言えると思う。その中で伝える事とは。


 「まずは一番大事な話から始めよう。皆の契約更新が来年の3月に迫っている。ふふっ。あっ忘れてたって顔のメンバーが何人もいるな。高知で限られたメンバーでずっと働いてるから忘れがちになるが、今皆は本社所属で出向扱いの社員と言う事になってる。このプロジェクトを立ち上げた時に本社と約束した出向期限が来年の3月に迫っている。そこで、皆には今後の身の振り方をしっかりと決めて貰いたい。」


 申し訳ないがオレ自身も忘れていた一人だ。そう言えばオレ達サッカー部は契約社員扱いだったはずだ。その事も踏まえての契約更新なのだろう。


 「東京から来た最初のメンバーと東京本社で社員採用されたメンバーに関しては、4月付でのデポルト・ファミリアとの正規雇用契約を結ぶかどうかの判断。残るか戻るか。サッカー部のメンバーに関しても社員採用としてチームに残るか、他チーム移籍を含めて退職も視野に入れるか。その2つに分かれる。」


 ざわっとした空気が流れる。東京に戻る、会社を辞める、しっかりと口にした。有耶無耶にしない。和くんらしい物言いだ。


 「と、言うのも。ここで初めて皆に報告しておく。本人には既に伝えてある。サッカー部の八木和信に対してJFLに所属している『ヴィアベル三重』さんから移籍を視野に入れた本人との話し合いの機会を設けていただきたいと連絡が入った。」


 八木本人からも全く聞いていなかった部員達からは動揺が走る。チームの中心選手。そして相手はJFLでJリーグ入りに近いチーム。


 「恐らく来年1月から始まる移籍期間での登録を目指しているんだろう。電話とメールで連絡をいただいたその日に八木には俺と常藤さんから直接伝えた。」


 返事は?誰もがその答えを聞きたいと言う目で和くんと八木を交互に見る。八木が答える。


 「2日間考えさせてもらって、常藤さんと監督と一緒にネット電話で相手のフロントスタッフさんとお話しさせてもらって、お断りさせてもらいました。」


 空気がグッと緩む。緊張感が緩和される。


 「判断は全て八木に委ねた。俺はこの移籍話は本人に伝えただけで、その後は結果だけを聞いた。」

 「何か放任されてるようで寂しく感じるわ。」


 マコがつぶやく。苦笑いで和くんが言葉を続ける。


 「八木の人生だ。自分自身で判断するべきだ。それは他の皆であったとしても同じだ。俺は皆に移籍の話が来たとしても隠す事無くすべて本人に伝える。チームの勝手な判断で断るなんて事はしない。その上で本人に判断をさせる。もちろん相談してくれれば全力で乗るさ。」

 「俺は相談したっスよ。」

 「あんなものは相談とは言わん。チームに俺は必要ですか?なんて聞いてくるから、当たり前の事を聞くなと返しただけだ。」


 八木と和くんのやり取りに皆から少し笑いが起きる。


 「いつも言っているはずだ。現状、うちのメンバー、それは運営や事務スタッフに至るまで無駄なメンバーなんて一人もいない。誰かの代わりは誰かが一時的には埋めるだろうが埋める為の労力を考えてくれ。もし今、自分がこの会社で必要とされてるかどうかなんて悩みを持ってる者がいるなら早々に認識を改めてくれ。はっきり言う。誰一人欠けられては困る。しかし、会社との契約の判断は自分達の人生だ。しっかりと冷静に判断してくれ。」


 期限は来年1月末と言う事になった。それまでに自分の身の振り方が決まった人から常藤さんか和くんに報告して、契約更新の本格的な話に入ると言う流れだ。全員が給料等の見直しが図られる事になっている。


 「と、まぁ、皆に少し真剣に悩んでもらう事ってのはその事だけだ。ここから先はこちら側からの報告のみになるのでメモしたい者はしてくれて良い。一応、業務にも関わる事だし、皆の今日までの頑張りの結果報告って所だ。」


 そこからデポルト・ファミリアが立ち上がってから現在までの物件の売り上げや賃貸状況などが事細かに発表されたが、確かにかなり忙しかったと感じていたが物件などは担当エリア分けされていて、他の担当がどれだけ物件を管理しているかはざっくりでしか把握しておらず、和くんはそう言った状況からも今後は出来る限り全員で把握しておけるようなシステム作りを考えていくそうだ。


 「物件のみで販売したのが13件。リフォーム後に販売した物件が6件。そして買い上げてマンション・アパートとして賃貸管理している物件が52件。売り上げとして上がっているのはそれくらいだ。」

 「そうは申しますが現在家賃収入と販売した物件の収入を合わせて、本当にざっくりではありますが純利益は2億を超えました。本当に素晴らしい頑張りだと思います。」

 「それはそうだな。本当に皆の頑張りのおかげだ。ありがとう。これでうちはやっと火の車から飛び降りて、しっかりとした歩みを始められる事になった。」


 常藤さんと和くんは落ち着いて話しているが、部員達は口を開けて呆然としながら話を聞いていた。そりゃ、そうだろう。1年畑を耕していたら年収2億って現実味が無さすぎる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る