第63話 祭りの準備

2018年10月29日(月) Vandits garage <有澤 由紀>

 「どうだ?」


 冴木さんを含めて皆さんが私のデスク廻りに集まりました。お昼休みに入る直前、その時間までグッズの予約状況は私しか見ていませんでした。皆さん絶対気になってたはずなのに一度も聞いて来なかったんです。


 「発表します........」


 わざと勿体ぶりました。皆さんの緊張が伝わってきます。


 「ユニフォーム21着。Tシャツ18着。フラッグ5つ。タオルマフラー41個。残念ながらバルーンスティックは0です。」


 「おぉ....」と驚く反応が返ってきました。確かにもう少し少ないかと思っていました。しかも予約を始めてまだ半日。恐らくご購入いただけたのは昨日観戦に来ていただいていた方がほとんどでしょう。メール会員の方には今日の9時に一斉メールがお知らせとして送信されています。


 尚、譜代衆または国人衆の5万円以上のご支援いただけている方には漏れなくユニフォームとTシャツを1着づつお送りする形となっています。特に譜代衆の高額スポンサーの数社にはお電話とメールでご連絡し、ご希望の背番号があればお聞きするようにもしています。


 「まだ半日だが俺としては予想以上の反応だと思うけど、杉さん有澤としてはどうだ?」

 「いや、十分な反応だと思います。これはユニフォームとTシャツに関しては追加の発注も考えなければいけませんが、予約分の背番号の兼ね合いもありますので反応も見ながらと言った感じでしょうか。」

 「ユニフォームの一番人気は八木選手の5枚、次いで及川選手4枚です。」


 皆の視線が及川さんに集まります。普段通りを装っていますが、少し照れてる?


 「うん。嬉しいな。よし、グッズに関しては好評と考えよう。フラッグとバルーンに関してはイベント当日に購入しようと考えている人がいたり、試合を観に行く日に合わせて購入しようと思っている人もいるだろうからここで反応が無くても問題は無いだろう。」


 グッズ販売は当然、県リーグ四国リーグにいる間は試合会場での販売は出来ません。ですから、その辺りはホームページ上でもしっかりとお伝えして、会場にお越しになる前にネット購入をお勧めしています。


 今、【大評定祭】に向けての準備で決まっている事は、警備員の依頼と配置・マイクロバス3台でのスタジアムと最寄りの後免奈半利線「和食わじき駅」との往復送迎・地元の安芸高校と室戸高校合同チームとのフレンドリーマッチです。

 その中で他に決まっている細かな事も各部署から報告がありました。営業部から秋山さんが報告してくれます。


 「芸西バスさんにお願いしたマイクロバスですが、当日は運転手さんにチームユニフォームを着ていただける許可をいただきました。今までに観光バスやマイクロバスで何度もご協力いただいているので、ユニフォームはそのまま差し上げる形になっています。」


 施設管理部からの報告は裕子さんです。


 「グラウンド周辺のショップや受付ブース用のコンテナハウスの設置と施工は全て終了しました。当日はアルバイトスタッフを含めて、グッズ販売と入場管理を行えるようにはしています。」


 私は当初、グッズ販売や受付ブースなどはテントを使うのかと思っていたんですが、以前に和馬さんのお話を聞くと「うちの専用スタジアムなのに何で間に合わせ施設にする必要があるんだ。」と、言われてみれば当たり前の返答をされました。


 スポーツ興行と言うと基本的には施設を自治体等にお借りして行う事が多いので、その日のうちに撤去出来るような物しか準備が出来ません。しかし、自前のスタジアムになるとそう言った施設を全て常設に出来ると言うメリットがあります。

 グッズ販売の為に20ftコンテナを3基使ってショップを作り、お客様がコンテナ内に入る手間を失くすようにコンテナをコの字型に配置して真ん中のスペースには屋根だけを設置し、そこで買えるようにしています。そしてコンテナは受付ブースも含めてヴァンディッツカラーに塗られています。


 唯一L字に置かれた20ftコンテナに屋根を取り付けたブースだけは真っ白なコンテナにしてあります。これはJFLや練習試合で相手チームが来られた際に、相手チームのグッズ販売を行えるようにする為のブースです。しかも、和馬さんの話では基本的には無料で貸し出すようにする予定だそうです。


 更に裕子さんからの報告は続きます。


 「宗石さん参加の事を伝えずに警備の特別配置は無理です。なので、当日は不測の事態を予想して宗石さんはすぐにメインスタンド下のスタッフスペースに逃げ込めるような動線を作る予定です。」

 「まぁ、それしか対応策が今は無いよな。後はネット等の反応を見てあまりにも人が集まりそうな時は最悪はイベントの中止も視野に入れよう。」


 その言葉に全員の顔が暗くなります。しかし、宗石さんの参加を決めたのは全員です。そうならない為の準備の時間なのです。今日からホームページに掲載したイベント案内は宗石さんの名前を含めて、私の名前も元高知テレビアナウンサーの阿部さんのお名前も載せない決定をしました。少しでも不測の事態を防ぐためです。もし、宗石さんの参加が事前に漏れるような事になれば、恐らく今準備している全ての事が吹っ飛ぶくらいの集客になってしまうはずです。


 「またホームページ上ではもちろんですが、グッズ予約をいただいたお客様へもイベント当日の自家用車での来場はお断りしています。ここは明確にしておこうと言う和馬さんと常藤さんの提案から、当日は駐車できるのはスタッフのみ。スタッフも駐車は施設内を通り抜けて野球場前のスペースへ駐車する事。しかもイベント3時間前からはスタッフですら車の入退場は認めません。これは厳守です。」

 「どうしても会場を出て移動しなければならない時は?」

 「バイクを二台構えているので、バイクを運転出来るメンバーに用事を頼んで下さい。出来ればそうならないように事前の準備を完璧にしましょう。」


 観客の皆さんに車入場をお断りしてるのに、私達だけが出入りしてたら不満を生んでしまう可能性もあります。なので、先手を打つ事になりました。


 「幸いにも施設内に関しては砦(ゲート)を抜けないと中には入れませんので、混乱が予想される時には入場ゲートを封鎖してそれ以上のお客様の入場をお断りする形を取ります。これもホームページ上では大きくお知らせしています。」


 芸西村の宿泊施設は施設全体が高いフェンスで囲われています。これを改修して施設内の入場は北・南・西の三つのゲートからしか入れないようになっています。当日は北と南のゲートは完全封鎖して警備員の方に交代で警備していただく予定です。

 秋山さんが続けます。


 「以前から交渉していたキッチンカーに関しては3軒がOKいただきました。残り2件に関してはお返事待ちです。」


 当日は高知県内を中心にキッチンカーで営業されている飲食店をお迎えする予定です。和馬さんから再確認の注意が飛びます。


 「絶対条件として飲み物の販売に関しては、紙コップ・プラスチックコップ・600ml以下のペットボトル以外はお断りする。これはうちが出す予定のドリンクコーナーでも絶対厳守だからそのつもりで。」

 「はい。」


 飲食物の販売に関しては和馬さんが事前にJリーグではどういったルールになっているかを調べ、それに倣う形にしました。今からそう言った意識を植え付けていく狙いです。

 今、参加が決定しているキッチンカーの飲食店さんは『土佐赤牛の牛串』『ケバブ』『クレープ』を取り扱う3店舗さんです。来年度からは本格的に施設内に自動販売機等を設置しますが、施設外に置かれる自動販売機については全てペットボトル販売のみにする予定です。


 「どれだけの方が来ていただけるかの想像が付かないから対策も後手に回る事もあると思うが、出来る限り事前準備はしっかりしていこう。皆からも懸念点があったらどんどんと提案・指摘して欲しい。」


 今のところの準備としてはこれくらいでしょうか。出来れば施設へ向かう田んぼの間を通り抜ける道を片側通行にするようにしたかったのですが、警察にご相談にいったらこの条件では道路使用許可は出せないと言われてしまいました。ですので、敷地の入り口に警備員を数名置いて車で来た方はそこで折り返していただく措置を取ります。

 しかし、警察の方からも今回の事で渋滞や通行不順等が起きるようであれば、次回の申請時には検討していただけるとの事でした。言い方を変えれば「気は配っておくから今回は自分達で対策してみてください」と言う事でしょう。


 「まぁ、警察関連から好意的な反応が貰えたのは良かったな。こことの関り次第では今後のチーム運営にも関わって来る事もあるだろうから。」

 「応援団の中にも安芸警察署の署員さんも何人かいらっしゃるみたいですよ。その方達が上手く担当者に話してくれたのもあったみたいです。」

 「そうか。繋がりに感謝だな。誰か顔を知ってる者がいたら次に試合会場でお見掛けしたら俺か常藤さんに声かけてくれ。それとなくお礼を伝えたい。」


 各部署の対応を全員で共有し、それでは、お昼ご飯に行ってきます。


 ・・・・・・・・・・

2018年11月10日(土) Vandits garage <冴木 和馬>

 11月1日をもって、芸西村の宿泊施設一体の敷地を『Vandits field(ヴァンディッツ・フィールド)』と命名した。来月に芸西村で配布される広報誌にも小さな記事ではあるが載せていただける事になった。

 大評定祭も当日に地元の高知テレビの取材が入っていただける事になった。恐らく元高知テレビのアナウンサーである阿部さんの口利きがあったのだろう。有難い事だ。


 しかし現在、Ytubeチャンネルに関する内容で我々は若干の話し合いをしなければならない事案が出て来ている。コミュニティスペースでの今日の外部の方との打ち合わせ予定は無いとの事で、そこに俺と杉さん、雪村さんと有澤が座っている。


 「そうか。俺は二人の気持ちを尊重したい。なので、特に俺の判断を待つ必要は無いよ。」

 「そうですか。雪村さん、有澤くん、どうする?」


 話し合わなければいけない事案とは、Ytubeチャンネルへの雪村さんと有澤の出演についてだ。実は今までの試合結果の動画に関しては、写真を使ったハイライト実況部分を有澤が、監督・選手へのインタビューを雪村さんが担当してくれていた。

 当然だが二人ともデポルトの一社員で一般人と言う事もあり、徹底して顔出しはしてこなかった。雪村さんは今までの社内広報や社外対応等でも顔を出した事は無いし、有澤も自分のYtubeチャンネルを運営していた頃(現在は辞めている)は顔出しはしていなかった。


 ここまで10本近い動画に参加してくれていて、だんだんとコメント等でも二人へのコメントが増えてきてはいた。それがここに来て一気に増加した。原因は大評定祭だ。ここまで動画を支えて来た二人がこのイベントに参加しない理由が無かった。

 当然、こちらとしても有澤がメインMCを宗石さんと共に勤め、雪村さんは場内インフォメーションを前撮りして流す予定でいた。


 そうやってチャンネルが注目を集める事も有難い事なのだが、間違ってはいけないのは二人は芸能人や著名人では無く、一般の社員と言う事だ。ここで顔を知られて今後の彼女たちの生活が大きく変わってしまう事も無い可能性とは言えない。

 雪村さんが慎重に言葉を選びながら自分の意見を述べる。


 「私は、出来るならば顔を出してのイベント参加や動画出演は避けたいです。今後自分が宿泊施設や民宿の担当者としてお客様の前に出る事が多くなりますので、それで混乱が起こる事は少しでも回避したいです。」


 真っ当な理由だ。人によっては雪村さんの顔が売れる事で、民宿や宿泊施設の客寄せになると思う人もいるだろうが、もう一度言うが彼女は芸能人でも無ければ、ましてやこの会社の役員や経営者でもない。


 「分かった。今後の動画への参加も踏まえて話し合いは続けていこう。出来れば別の者を構えるまでの時間だけでも出演して貰えると助かる。来期になれば若干名の広報の新入社員も入るはずだ。そこから担当を選ぶ事も出来なくは無い。」

 「分かりました。我儘を言って申し訳ありません。」

 「これは我儘じゃない。当然の主張だよ。今までフォローが遅くなってすまなかった。」


 続いて有澤が意見を述べる。


 「私は顔出しする事も今後出演を続ける事も全く問題ありません。それによっていただいてる手当もありますから。特に自分は広報担当ですし、このような業務もあり得ると思って入社したつもりです。」

 「そうか。今後は動画やチャンネルへの出演する社員に対するフォローをしっかり考えて行かないといけないな。今度時間があると時に宗石さんのマネージャーの水木さんにその辺の所をレクチャーしていただけないか聞いてみよう。」


 やはり餅は餅屋。水木さんならばマスコミ対応や出演者の生活に対するフォローなどの知識は一日以上の長がある。


 今後は雪村さんが自分の担当部署に集中出来るようにしていこう。だんだんと広報部も仕事が多岐に広がり始めた。来期にはしっかりと人員を配置出来るようにしなければいけない。

 チームとしては県1部昇格が目前となった状態で、来期からのチーム状況はガラリと変わる事になる。それはメンバーにも、そして運営スタッフにも通告する事になる。そして、それぞれに決断をしてもらわなければいけない。


 ある意味、大きな決断の後に祭りが待ち構えている事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る