第62話 期待と可能性
2018年10月28日(日) 三原村 ふれあい広場グラウンド <幡 雄人>
【試合開始直前に時間は遡る....】
気負いみたいなものは感じてなかった。それでも自分のスタメンが少ない事には不安は感じていた。もちろんポジション争いが激化しているFW陣はたくさんの可能性を試す為に入れ替わりが激しい。
今日までのリーグ戦で自分が出場出来たのは、1節と3節後半、そして5節。全部の試合の半分も出られていない。FW陣は本当にこれと言った固定メンバーがいない。誰もが出場機会を与えられ、高卒の鈴木は経験の差もありまだ思うプレイは出来ていないかも知れないが、それでもここまでFW陣全員が起用に応える結果を残せていると思う。
でも、メンバー同士で寮でミーティングする時に中堀さんと司さんが繰り返し言う言葉が「今の結果を良しとしない。ここはまだ県2部だ。」と。
そして、ほとんどのメンバーの中に薄々と感じ始めている不安。
『自分達の実力は一体どこまで通用するのか。』
八木や五月君はきっとプロへ行っても活躍出来るんだろうと思う。高瀬や大西も恐らく。司さんだって年齢の事がネックになってるだけで、実力で言えば十分に上のリーグでも活躍出来る。
時々、馬場や古川とは外食をした時に何となく話題に出たりする。自分達は県リーグより上のカテゴリーに上がった時に、試合に出られるだけの場所にいられるのかと言う不安。この不安とずっと戦い続けていく。
その中で掴んだ今日のスタメン。しっかりと自分の出来る事をする。ミーティングも終わり、ピッチに出ようとした時に監督から個人的に指示が出た。
「あなたの長所を出し切ってください。」
きっと僕は呆れるくらいポカンとした顔をしてたろう。僕の長所。足の速さ?
「具体的に言います。ラストパスへ抜け出す事はもちろんです。しかし、ドリブル突破を試みてください。チャンスと思わなくても構いません。少し不安を覚える状況でも迷わず前を目指してください。」
「でも........」
「あなたはあなたを過小評価し過ぎです。あなたならば問題ありません。私を含め、あなたのドリブル突破を評価しているメンバーをガッカリさせないでください。」
監督の表情は厳しかった。少しビビる。しかし、背中をバンッと叩かれた。驚いて監督を見るといつもの笑顔だった。
「出来ます。出来なければ私の指示ミスです。私に責任を擦り付けるつもりで思いっきり走ってきてください。前半で変えられるつもりで走り切って構いません!」
いやいや、監督。変えられるつもりでピッチに立ってる選手なんていませんよ!........でも、やりきります!!
・・・・・・・・・・
<三原 洋子>
「「「望月ッッ!!」」」〔ダンッ!ダンッ!ダッ!〕
「「「望月ッッ!!」」」〔ダンッ!ダンッ!ダッ!〕
今日スタメンで出場する選手から控えの選手まで一人一人をコールする。まさかGKのスタメンが望月選手から和田選手に変わっていた。練習試合で起用されたのは見た事があったけど、県リーグで起用されたのはこれが初めてなはず。
気合入ってる!!頑張ってぇぇ!
「では、簡単なGO!GO!ヴァンディッツ!!から練習しましょうぉ!良いですかぁ~!GO~!!GO~!!ヴァンディッツッッ!!」〔ダンッ!ダンッ!ダッ!ダッ!ダンッ!〕
「「「「GO~!!GO~!!ヴァンディッツッッ!!」」」」〔ダンッ!ダンッ!ダッ!ダッ!ダンッ!〕
拓斗君のリードに合わせて観戦に来てくれた皆さんも一緒にコールしてくれる。さぁ、拓斗君頑張ってるのに私も頑張んなきゃ!
「初めての方は恥ずかしかったら手拍子だけでも大丈夫ですから!応援したいって気持ちで来てくれてるだけで選手も私達も嬉しいです!良かったら一緒に手拍子お願いします!もう一回いきましょぉ~~!」
すると2度めは少し手拍子が増えた。私達の集団から少し離れてこちらをチラチラ気にしている方にも「ありがとぉ~!」とお声をかけながら、応援練習をする。
いつも来てくれてる人達には「前節より応援上手くなってるぅ!」とか「今日は気合入ってますねぇ!」とか、気付いた事をちゃんと伝えてあげると楽しそうに更に声を出してくれる!
そこですかさず拓斗君タイム!!
「おっきい声、ずっと出しますから。試合前とハーフタイムにのど飴配るので舐めながら応援してください!喉、お大事にいきましょぉ~!」
いつものその声に応援団からは「いつもの来たよ」とばかりに笑い声が上がる。それを見て、さっき離れた所で応援練習に参加してくれてた女性二人組がゆっくり近寄ってくれている。皆の注目を集めないように、拓斗君にリードを任せてお二人に近付く。
「これ、のど飴、味気に入らなかったらごめんね?」
「いえ、ありがとうございます!」
「応援、初めてですか?」
「はい。弟が試合に出てるんです。」
え?弟........えっ!?
「えっ..えっと、どなたのご家族ですか?」
するとショートヘアの女性が手を挙げて応えてくれる。笑顔が素敵な子だけど、たぶんすごく若いはず。
「私、八木香苗って言います。MFの八木和信の姉です。」
「あっ!愛媛FCレディースの!!うわ!ごめんなさい!HPのお写真しか見てなくて。」
「いえ、知ってくれてるだけで嬉しいです。」
「えっと....皆に紹介しても良いですか?」
「もちろんです。あっ、隣にいるのは同じチームの酒井彩芽ちゃんです。」
「はじめまして!」
綺麗な髪の女性も女子サッカー選手だった。お二人と握手を交わす。
ご了承いただけたので応援団の皆に、「八木選手のお姉さんでSC愛媛レディース所属の八木香苗選手と、酒井彩芽選手が応援に来てくれましたぁぁ!」と伝えると、応援席は一気にテンションが上がる。
何度も観戦に来ている人たちはお姉さんと酒井選手と握手する為に向かう。中には写真を一緒に撮ってる人もいた。
ここぞとばかりに拓斗君が盛り上げる!
「さぁ!最高の応援助っ人も来てくれました!この盛り上がりでしっかり選手達を後押しして7連勝勝ち取ってもらいましょぉ~~!!」
「「「「応ぉぉぉぉぉ~!!!!」」」」
・・・・・・・・・・
<幡 雄人>
相手のキックオフから試合が始まる。やはり中盤でボールを回してこちらの出方を窺うだろうという監督の予想はバッチリ当たった。自分達の中でも県リーグを戦う中で身に付いたものがある。
『先取点を取ると相手は慌てる』
これは恐らく上のカテゴリーへ行けば行くほど先取点を取られても時間を考えながら自分達のサッカーを貫けるチームが増えてくる。しかし、ここまでに戦ってきたチームのほとんどはこちらが先取点を取ると、必ずと言って良いほど取り返そうと躍起になり連携やラインが乱れる。
こうなるとなかなか立て直すのは難しい。うちがここまでの7節、後半を危なげなく戦えているのは前半に確実に先取点を奪っているからだと言える。今節も確実に狙いにいく。
僕と中堀さんで相手の中盤2列目と最終ラインにプレッシャーをかけていく。このチームは詰められると最終ラインへ戻すと言うのが約束事なのかもしれない。
そうなると中盤でのボール保有の技術に自信がないのかな。そう言った事も最近は試合中・練習中にも考えるようになってきた。
案の定、相手MF同士のパスが五月の足元に収まる。これからはうちの約束事、僕と中堀さんが前に走る。五月が早い縦パスを中堀さんに渡すが、それを中堀さんはワンタッチで僕へと流す。
『ガッカリさせないでください』
頭の中にあの言葉が鳴る。自分の中でカチリとスイッチが入る様な感覚があった。前は二人。行くぞ!
相手は僕がドリブル突破を仕掛けると言う意識が無かったのか反応が遅れる。CBと右SBのうち、僕に遠いポジションを取っていたはずの右SBが詰めてくる。CBとSBの間にぽっかりとスペースが生まれる。
いけるっ!ゆっくりと小刻みなドリブルでSBとの間を詰めると、SBの両足が揃い重心が浮いているのが見えた。抜ける!体を一瞬右に振ると相手の重心が完全にそちら側に振られた!一気に加速して反対側を抜き去る。
CBはその攻防の間も詰めてこなかった。サイドを駆け上がって来た馬場へのパスを危険視したのだろう。今更詰めて来ても遅いけど。ゴールを見るとCBとGKが縦にポジションが被っている。一気に間を詰めるとCBが慌てたように間を詰めてくる。
左からは中堀さんが左SBを引き連れてエリアに侵入してくる。GKの注意がそちらに逸れた!右足を一気に振り抜く!
ボールは低い弾道でゴール右隅に吸い込まれた。前半8分、先制点!
狙い通りのドリブル突破に興奮を感じていた。
・・・・・・・・・・
<冴木 和馬>
試合が終わった。結果は6対0。完璧な内容。常藤さんの解説に寄れば、幡の先制点のおかげで相手ディフェンス陣には幡のドリブル突破と言う今までに無かったこちらの手札が増えた事により、対応が後手後手になって結果崩れてしまったとの事だった。また、司と古川が攻守の切り替えを務めているが、今日はDF主体でほぼ5バック状態で守りを固めていた事も失点を防げた理由だったそうだ。
幡は圧巻の4得点。ドリブル突破でのハットトリックとセットプレイのこぼれ球を押し込んでの結果。しかも3点目は相手カウンターをしっかり防いだ和田が前線に一気にパントして、走っていた幡にボールが渡る。その時にはセンターサークル付近だったが前にはCBとGKしかいなかった。
あっという間にCBを置き去りにして、最後は前へシュートコースを消す為に滑り込んで来たGKを切り返して抜き去り、そのまま体ごとゴールに雪崩れ込んだ。
今までに見た事の無かった幡の攻撃的な姿勢に俺も胸が熱くなった。運営メンバーで片づけをしていると、応援団へ挨拶に行ったメンバー達が何やら盛り上がっている。常藤さんと首を傾げながら片づけを続け、お見送りの場所へと向かった。
盛り上がりの理由は八木のお姉さんが観戦に来てくれていたからだった。一緒にきていただいた方を含め、しっかりと挨拶をする。あちらも俺が社長と分かると非常に恐縮していたが、少し話すと緊張感を解いてくれたようで「弟にはサッカーでプロを目指して欲しかったから本当に感謝しています」と何度も頭を下げられた。
お姉さんの話では八木3兄妹の中で弟の和信が一番才能があるとお兄さんとお姉さんは思っていたそうだ。高校卒業時にプロを諦めた時には何度も説得したが、折れた心を戻す事が出来なかったそうだ。
そう言った意味で今、楽しそうにプロを目指してサッカーを続けてくれている弟にお姉さんも刺激を貰っていると話してくれた。八木が照れくさそうに「もう良いから!」と俺とお姉さんを離す。まぁ、お年頃か。
ここで俺はパンッ!と手を叩き、皆の注目を集める。
「申し訳ありません。観戦に来ていただけた方に運営からお知らせがありますので、少しお時間いただけますでしょうか。」
その言葉で運営メンバーとVanditsメンバーは俺の後ろへと整列する。応援していただいた皆さんも向かい合うように集まってくれた。
「本日もたくさんの応援、誠にありがとうございました。明日0時に公式ホームページでは発表されますが、我々Vandits安芸の初めてのイベントを開催する事となりました。」
その言葉に観客の皆さんがワッと湧いてくれる。
「ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、芸西村に我々の専用グラウンドが完成しました。そのお披露目とこけら落しのイベントを12月23日の日曜祝日に行う事となりました。年末のお忙しい時となりますが、ぜひご参加お待ちしております。」
たくさんの拍手をいただけた。全員で一度お辞儀をする。
「イベント名は【大
続けてもう一つの報告をする。
「そして明日の発表に合わせまして、大変お待たせしておりましたチームのグッズ販売をホームページの特設ページでお受けする事が出来るようになります!」
更に観客の皆さんが湧く。そして俺の隣に雪村さんと有澤さんが並び。チームユニフォームとTシャツを大きく広げて見せる。「おおっ!」と言う良い反応がいただけた。
「チームユニフォームとチームTシャツになります。ユニフォームに関しては完全なオフィシャルユニフォームとなりますので、今選手達が試合中に着用している物と全く同じ物となります。」
えぇっ!?と言う驚きと拍手が返って来る。
「続いては応援用の手持ちフラッグ、バルーンスティック、そしてタオルマフラーになります。」
常藤さん、秋山、北川がそれぞれを手に持って見せる。
「今回販売させていただくのは以上の5点になります。正式な発売日はイベント日の12月23日となります。ユニフォームに関しては背番号の指定もしていただけますが、完全予約制となりますのでお早めにご注文をお願いします。尚、予約期間は11月末日までとさせていただき、それ以降はイベント会場かそれ以降にホームページの方でご購入いただく形となります。ご予約いただけるとイベントには間に合うようにご自宅にお届け出来るかと思います。」
ここで雪村さんが言葉を預かる。
「また【大評定祭】でもグッズの販売は行います。ユニフォームとTシャツに関しては在庫限りになりますので、推し選手のユニフォームのご購入をお考えの方はぜひホームページの方からご予約下さい。」
「購入には超楽ショッピングさんのストアをお借りしてVandits安芸のストアを開設しております。出来る限り皆様のお手元に早くお届け出来るようには考えておりますが、何分少数精鋭で行っておりますのでご理解下さいますよう宜しくお願い致します。」
皆さんから温かい拍手をいただけた。まずはホッとする。その後、皆さんが遠巻きにグッズを見たそうだったので順番に見て触っていただく時間を設けた。反応は上々だ。
グッズと選手に集まる皆さんを見ながら、常藤さんと熱い握手を交わした。
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