第61話 県2部リーグ 第7節
2018年10月28日(日) 三原村 ふれあい広場グラウンド <冴木 和馬>
【高知県社会人サッカーリーグ2部 第7節 対 FC宿毛】
最近は非常に時の流れを速く感じる。10月はリーグ戦が二回予定されていた。今日の相手FC宿毛は現在5勝1敗のリーグ二位。この直接対決に並々ならぬ意気込みで臨んできている事は、試合前練習の雰囲気を見ても伝わって来る。
対するVandits安芸は前節の黒潮クラブ戦を3対0で勝利し、6戦全勝で今日を迎えた。今回のFC宿毛に勝利する事は県2部リーグ優勝を大きく引き寄せる事になる。こちらとしても少し構えてしまうが、試合前の選手の雰囲気はいつもと変わらず、司と話しても「いつもの試合と変わらんようにやるだけよ」と気負いも感じられなかった。
FC宿毛は県1部で戦っていた前歴もあり、今までの対戦相手とは少し雰囲気が違って見えた。常藤さんに話を聞くと、前年に1部で最下位となり2部へ降格となった。今年度は何が何でも1部に戻ると言う意気込みが開幕当初からチーム全体にあったそうだ。
チームユニフォームを見てもいくつかのスポンサーが入っている事を想えば、FC宿毛さんもJリーグを目指しているチームなのではないだろうか。
「そう言えば宗石さん達は?」
「あちらに見えてる駐車場から観戦されてます。少し遠いですが、念には念をと言う事で。」
宗石さんは皆と並んで観戦したがったが、観戦席があり周りを固められる状況なのであればそれも考えられたが、今回の試合会場の様に席の無い立ち見会場だとまさかの事態に対応が出来ない。それもあって水木さんと話し合い、車から観戦して貰う事で宗石さんには納得してもらった。
今日は久々に上本食品メンバーがスタメンを占めた。
FWは中堀と幡、MFが八木、司、馬場、古川、DFが大西、和瀧、青木、GKが望月。そこにMFで高瀬が加わる。そう、樋口・尾道・入船が部員登録を抹消した事により、上本食品のメンバーは10人になった。
そう言った意味では、最近スタメンから外れる事の増えた幡や青木はアピールの機会に燃えているようだった。
今回は試合前の更衣室に呼ばれていた。板垣に頼まれごとをしたのもあっての事だが。
板垣の言葉が終わりチームが輪になろうとした時に、板垣が俺に一言を求める。
「まぁ、そうだな。今日は久しぶりに揃うメンバーばっかりだが、後から加わってくれたメンバーが入ってる方が安定してるとか、得点力があるとか観客の皆さんに思われないような試合を期待してるよ。」
俺の言葉にメンバーは反応なくポカンとしている。すると五月が笑いながら話す。
「何ですかぁ。冴木さん!監督に俺らを煽ってくれとか言われたんですか?似合わないですよぉ。冴木さんが誰かを貶めて話すような人じゃないのは、ここにいる全員分かってますから。ちょっと人選を誤りましたね。監督。」
その言葉に俺と板垣は苦笑いだ。その通り。チームの心情を乱して欲しいと頼まれたのだ。だが、完全に見破られていた。俺はそんな良い人では無いんだがなぁ。
「バレてるなら仕方ない。でも、期待してるのは変わらないからな。始まりのメンバーだ。成長を見せてくれ。」
そう言うとメンバー全員が「よっしゃぁあぁ!!」と声高らかに更衣室を出て行った。あれ?輪になるんじゃないの?そう思ってキョロキョロしていると、板垣に肩を叩かれた。
「狙いとは違いましたが、完璧に気持ちを高めてもらいました。ありがとうございます。」
まぁ、やる気を出してくれたなら良いか。
・・・・・・・・・・・
同日 Vandits garage <雨宮 加奈>
静かな部屋の中ではクリック音とペンが走る音が聞こえています。私は今、事務所で祥子さん、真子さんと一緒に設計図と睨めっこをしています。
「加奈ちゃん、ごめんなさいね。試合お休みさせちゃって。」
「いえ!設計部大変ですから。それに葵(山口)もいるし。」
「今度、皆で焼肉行きましょうね!」
「はいっ!」
真子さんの嬉しいお誘いにテンションが上がります。今、設計部は宿泊施設の設計・施工確認がほぼ終わった事で、ようやくリノベーション物件や他の民宿設計に本格的に取り掛かれるようになり、何軒も掛け持ちで設計をしています。
私はまだ設計は出来ませんが、祥子さんや真子さんが引く図面を見せていただいて、どういったイメージなのか、この線の意味は?など気になる事を質問しながら作業のお手伝いをしています。お二人は絶対に忙しいはずなのに、私の質問に嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれます。
高瀬さんは本当に申し訳なさそうでしたが、真子さんから「目的を間違えない!」と背中を叩かれていました。ホントにカッコイイ女性です。一度お食事会の時に「憧れます」と祥子さんと話していたら、真子さんから「ダメだよぉ。」と止められてしまって理由をお聞きしたら、祥子さんが「婚期が遅れるよ」と寂しそうに肩を叩かれました。
ちょっと困ります。お嫁さんも私の夢なんです。
すると携帯がブルっと震えました。作業中なので携帯の通知画面だけみると葵からでした。『前半8分、幡さん先制点。』の文字。
お二人がチラッとこちらを見るので、「幡さんです。」と言いながら親指でグッドポーズをすると、二人は両手を振り上げて「「よしっ!」」と気合を入れてまた作業に戻ります。そりゃ、気になりますよね。
お二人の凄い所は難しい設計を頭の中でイメージしながら線を引いてるはずなのに、世間話が出来る所です。普通に喋り過ぎない程度に雑談を織り交ぜるんです。
「幡君、アピール出来たね。祥子ちゃん。」
「本人は優しい性格であんまり表に出しませんけど、今うちで最もポジション争いの激しいFW陣の中では出場機会が減ってましたから。先制点って言うのは大きいですね。」
「でも、新戦力も入って監督としては全メンバーを試したいって思いもあったんじゃないでしょうか?」
「そうね。選手の皆もそれぞれはちゃんと理解はしてるけど、そんなに割り切れるモノでも無いんじゃない?前節で幡君、スタメン発表されてた時にやっぱり悔しそうにしてたし。」
「良いじゃん。男の子だねぇ。」
こんな忙しい中でも練習見学に行かれている祥子さんだからこそ気付ける部分なのかも知れません。
「葵ちゃんや加奈ちゃんが来てくれてさ、和馬さんが試合のお手伝い無理しなくていいよって言ってくれるのも嬉しいんだけどさ、やっぱり見には行きたいんだよねぇ。分かってるますよ?優先順位はこっちが優先だって事は。」
真子さんに必死に言い訳する祥子さんを見て、私と真子さんはクスクス笑います。祥子さんは年上ですけど、ホントに可愛い人なんです。
「そう言えばさ、和くんから社内恋愛OKって言われたらしいじゃん。どうなの?その後は?」
「OKって言われたって言うか、ずっとOKだったのに皆が勝手にダメだって思ってただけなんですけどね。」
「ちょっと考えれば分かるはずなんだけどね。まぁ、社内結婚した子達もあんまり大っぴらに言わない子達ばっかりだったからね。」
「そうなんですよ。しかも、巧い具合にお互いが別の支社勤務になってる隙に結婚してたりして。」
デポルトでは女性陣が集まると大体恋愛話に発展する事が多いです。こんなにざっくばらんに話せる方達なのに仕事となると完璧なんですから、私達新人メンバーは遠い背中に眼が眩みます。
「今日の相手は二位のチームなんだっけ?」
「そうですね。FC宿毛さんです。」
真子さんは和馬さん以上にサッカーの知識はありません。でも、なぜかポジション覚えるのも早いし、今の日本代表や四国のJリーグチームに所属している、もしくは四国出身のJリーグプレイヤーの名前はスラスラ出てきます。
「二位を突き放すチャンスだね。」
「はい。一位の場合は自動昇格ですけど、二位だと1部との入れ替え戦がありますからね。正念場です。」
「そうなの?」
真子さんはやはり昇降格の条件まではまだ頭に入ってなかったようです。分かりやすく説明してきます。
「県リーグからどんなにカテゴリーが上がっていっても、基本的には優勝(一位)のチームは上のカテゴリーへ自動昇格します。最下位の自動降格も同じですね。」
「確かにせっかく優勝したのに上のリーグの最下位と対戦して負けたら上がれないって何かモヤっとしちゃうしね。」
「そうですね。でも、例外もあるんですけどね。」
「例外?」
「はい。真子さんも聞いた事あると思いますけど、地域CLって呼ばれてる地域チャンピオンリーグですね。あれだけは四国リーグに優勝しても地域CLで優勝しないとJFLには上がれません。」
「って事は、地域CLに負けたらもう一回四国リーグで優勝しなきゃいけないって事?」
「そうですね。まさに今の高知ユナイテッドSCさんがその状況です。」
「うわぁ、厳しいぃぃ。」
「でも、JFLからJリーグは更に過酷なんですよ?」
「え?JFLは優勝すればJリーグって聞いたよ?」
「簡単に言えばそうなんですが、実は違うんです。いわゆるJリーグチームになる為の審査に通らない事には優勝しても昇格認めて貰えないんです。」
「えっ!?何それ!!」
真子さんが驚くのも当然です。Jリーグは成績のみならず経営面でもチームをJリーグで存続させていけるかどうかをしっかりと審査されます。どんなに成績が良くても経営が著しく悪いと判断されたりすると昇格は見送られます。
様々ある昇格条件の中でも、特に守らなければいけないと私が考えているのが、①リーグ最終順位、②ホーム試合の平均入場者数、③J3クラブライセンスの取得です。①に関しては問答無用ですのでここは説明不要として、②はホームと登録したスタジアムで行われた試合の平均入場者数が2000人を超える事。そして③に関しては先ほどの経営面の判断をクリアしないといただけないライセンスなので、このライセンスをクリアする事が経営面と興行ハード(スタジアム設備)面ではお墨付きをいただけたと言う判断になります。
恐らく地方でJリーグ入りを目指すチームにとって最もクリア条件として厳しいのが平均入場者数のクリアではないでしょうか。同じく入場料収入の下限も設けられていますが、これは平均入場者数をクリアすれば自ずとクリア出来る数字になっています。
「毎試合2000人かぁ。厳しそうだよねぇ。」
「正直厳しいですね。今の芸西村のスタジアムの観客席をほぼ常に満席にするって事ですから。」
和馬さんや常藤さんからVanditsのホームグラウンドは最大2580名が座れるシートを作る予定と聞いています。立ち見のお客様を入れれば3000名はいけるかもしれませんが、JFLで相当な人気チームにならない限りはそれを達成するのは難しいと言えます。
「そっかぁ。そうだよねぇ。成績だけ良くてもJリーグに入って赤字続きで経営出来ないチームが出たらJリーグ自体の運営も疑われちゃうもんねぇ。」
「おそらく選手が一流選手としてしっかり報酬を貰える土台作りも含めての事だと思うんです。」
「加奈ちゃん、勉強してるねぇ。」
「大学でアメフトの主務をさせて貰ってた時に、スポーツ別の経営やマネージメント、運営主体の違いなんかを勉強したので。」
「アメフトのアメリカ国内の人気ってすごいよね。日本の野球とかサッカーとは運営面で何が違うって感じてる?」
「そうですねぇ。」
これに関しては人によって様々な捉え方があり、何が正解と言う事もなかなか難しいんです。ウェーバー制のドラフトによって前年リーグ下位のチームから新人選手の指名権を得られる事もそうですが、なんと言ってもサラリーキャップ制は素晴らしいと言えます。リーグ全体の収益によって次の年にチームが強化費として使える金額の上限が定められると言う制度。これはチームの成績に関係なく、全てのチームが一律に定められる為、優秀で高額な選手が1チームに集中する事を防ぐ効果があります。
それによって絶対とは言えませんが、実力の均衡化を図る事が出来るのです。
まぁ、そうは言ってもNFL(アメリカのプロアメフトリーグの名称)でも連覇をするチームは度々出ますが。
「なるほどねぇ。Jリーグもそうすれば良いのに。」
「それはNFLの放映権やCM契約料が馬鹿げた金額になっているからこそ出来る事なんです。言ってみれば、どうやってもリーグとしては赤字が無いからこそ、そのルールに全チームが承諾出来るんですよ。」
「放映権収入ってW杯やオリンピックでもそうだけど、凄い金額だって言うもんねぇ。」
「そうですね。そのせいでオリンピックなんかは莫大な放映権料を支払ってくれる国が一番視聴率が高くなりそうな時間帯に、その国で人気の種目を実施するなんて言う事もあるくらいですから。」
「そう言えば、昔早朝にマラソン走らせたり、夜に100mの決勝があったりした時に不思議に思ってたけど、そう言う事も関わってたのかぁ。」
「まぁ、眉唾ものの噂レベルのお話ですけど。」
噂でしかないですが、こんな事を疑い出したら純粋な目でスポーツの祭典を見れなくなってしまいそうです。
「なので、新聞社や放送局がスポンサーに入っている日本のプロ野球界が放映権を一括管理なんて絶対に無理ですし、サッカーに関しては世界リーグの放映権が高過ぎて日本では放送出来る局が少なくなって来てます。そのうちW杯の放送も難しくなるのではなんて噂まで飛ぶくらいです。」
「そうなると何か本末転倒な気もするね。」
「ですね。何の為に出場権を獲得したんだって国もいると思いますよ。実際。」
そんな事を話しながらも作業は進んでいきます。するとまた携帯が震えました。
『2対0で前半終了。』
それを見て3人でガッツポーズをして作業に戻りました。
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