第59話 家族になろうよ
2018年10月14日(日) 須崎市 横浪運動広場 <冴木 和馬>
俺は応援団の中にいる真子の肩を叩く。そして車の方向へ来てもらうように表情で伝える。すると、真子は応援席の最前列で観客を鼓舞する拓斗に手招きをする。
すると、拓斗と一緒に三原さんまで来てしまった。真子が拓斗に事情を説明し始める。
「ちょっとお父さんと仕事で離れなきゃいけなくなったから、拓斗は常藤さんの傍にいてもらいたいんだけど。ダメかな?」
「えっ....」
明らかに表情が曇る。そりゃ、そうだわな。しかし、そこで三原さんがフォローを入れてくれた。
「そう言う事でしたら、私が責任持ってお預かりします。帰りもきっちり事務所まで送り届けますので。他にも見知ったメンバーで周り固めちょきます!安心してお仕事してください!!」
にっこりと良い笑顔で両手をマッスルポーズで力こぶ。ホントにさすが高知の女性だよ。何度もお礼を言い、拓斗にもご迷惑を掛けない事を約束させ、何かあったら使いなさいとポケットに5000円を忍ばせた。
当然、常藤さんにも事情を伝え、俺達が戻るまでは常藤さんと秋山が現場責任者を務めてくれとお願いした。
車へ行きながらグラウンドを見ると、試合はまだ前半40分。試合は1対0のままだった。やはり普段よりも固い芝グラウンドなうえに雨が選手達を苦戦させているようだ。そんなお行儀良いチームじゃ困るぞと思いながら、車の運転席のドアを開ける。
「お待たせしました。挨拶は後にして、とりあえずゆっくり話が出来る場所で改めて伺います。」
そう言って車のエンジンをかける。真子が助手席に座り、後ろの二人に会釈だけしようとした時。
「えっっ!?木崎汐里っっ!?」
大声で後ろの女性を指差した。すぐに冷静になり、「ごめんなさい!」と言って前を向きシートベルトを締める。俺は肘掛に体を預けるようにしながら、前を向いたまま小声で真子に話しかける。
「知ってる人か?」
「何言ってるの。女優の木崎汐里よ。あの、あなたと観に行った映画の『天の軌跡』に出てた子。」
「あぁ、何となく....」
「私達世代で木崎汐里の顔を何となくしか覚えてないのはあなたくらいよ。」
解せぬ。俺だって覚えてない事だってある。まぁ、とりあえずは移動しよう。ゆっくりと車を走らせた。
・・・・・・・・・・
同日 高知市 『土佐金』 <冴木 和馬>
移動中に雪村さんのお知り合いに食べたい物を聞いたりしたのだが、まぁ希望が出るはずも無く横浪運動公園近くには飲食店は無いので須崎市のレストランに行ったのだが、さすがに日曜の昼間と言う事もあり客が多かったので、入るのは止めた。
もうこの時間であれば食事をしてから運動公園に戻っても試合は終わっているだろうと言う事で、お二人の泊っているホテルを聞くと高知市内の高級ホテルだった。なので、高知市内で個室で食事を出来る店を真子に探してもらい、俺達が取引先や地主さん達との食事会で良く使わせてもらう鮨屋の個室を予約した。
食事は話を聞いていただいてからにさせてくださいとあちらから提案されたので、軽くつまめる物だけお願いした。
雪村さんから最初は事情を聞き、その後マネージャーの水木さんから現状のお話を聞いた。そう言えば、その芸能事務所の裁判はテレビで見た覚えがあるな。専門知識も無いタレントを食い物にして、強い立場の人間が搾取していた事に珍しく怒りを覚えた記憶がある。
そして、水木さん・宗石さんからお仕事の依頼のお願いをされた。自分達が芸能界でもう一度しっかり立ち上がる為に、自分のプライベートの知り合いであろうが頭を下げる事にした。その心意気や良し。しかし。
「なるほど。お話は分かりました....」
「何か気になる事があるの?」
考え込む俺を見て真子が尋ねる。気になっている事はあるんだ。
「もう一度、芸能界へ。と言う事は、もう一度あの日の事に晒されると言う覚悟もあると言う事ですか?」
二人の表情は硬くなる。しかし、宗石さんがはっきりとした口調で答える。
「今度はしっかり向き合います。もし、そのような事になっても今度はしっかりと自分達の居場所を守ります。」
「もし....ではなく、確実に晒される事にはなりますよ。間違いなく。」
「和くんっ!!」
「俺のこんな言葉くらいで凹んでるなら、はっきり言って芸能界に復帰してもすぐにまた休業する羽目になるさ。俺は目の前で自分の名前も立場も曝け出して、宗石さんと水木さんと向き合ってる。しかし、ネットにのさばる奴らは自分達の事は何も晒す事無く、人を貶める辱める傷つける事に何の感情も生まない奴ら。いや、そんな事に楽しさを感じるような奴らだ。それともう一度、いや、今度こそ向き合えるだけの強さを持っていると断言出来ますか?」
自分でも厳しい言葉をぶつけていると自覚している。しかし、忘れて欲しくないのは彼女たちが歩もうとする復帰の道には俺達も一緒に乗る事になるのだ。彼女を起用する事が、もしかすると自分達の会社のネガティブなイメージを作りかねない。
「プロフィールブックも確認させていただきましたが、それを確認した上でお聞きします。もし、宗石さんが当社と御縁を持てるとするならば、うちで仕事をお願いするとすればYtubeチャンネルのメインキャストとしての出演になると思います。他に考えられるとしてもやはり広報、人の目に晒されるお仕事がメインとなりますが大丈夫ですか?」
「はい!大丈夫です。」
彼女はしっかりと俺の目を見て話す。水木さんも額が机に付きそうなほど深く礼をしている。
「少し失礼します。」
俺はその場で携帯を取り出し、杉さんの携帯の番号を押した。
「....もしもし。俺だ。試合はどうだった?そっか。良かった。また動画編集で忙しくなるかも知れないけど、一つ頼まれてくれないか?明日、杉さんと有澤の仕事はどうなってる?.......うん。そうか。昼から時間が欲しい。」
『何かあったんですか?』
「ずっと探してた配信動画のメインキャスト。今、そのクライアントと会ってる。」
『クライアント?と言う事は、向こうから依頼されたと言う事ですか?』
「そうだ。判断を決めかねてるが、当然広報部の意見も聞きたいし、クライアントにも会ってもらいたいと思ってる。」
『お相手は?』
「........女優の木崎汐里。今は宗石詩織と言う名前で活動されてる。」
『っ!』
杉さんが息を飲む音が聞こえた。やはりか。
『劇薬ですよ?』
「それを承知してるからすぐに電話をかけた。この時点で責任者である杉さんがNOなら俺も迷わずNOだ。この分野の判断に関しては俺は無知過ぎる。」
『どちらに転ぶにしてもクライアントにお会いせずにお断りするのは僕の流儀に反します。どうしましょう?僕らが市内へ行きますか?』
「いや、こちらへ来てもらう。明日の昼前の時間を空けといてくれ。すまんが、緊急の仕事で無ければ後回しで。有澤と常藤さんは絶対参加だ。あと、俺からご連絡するが静佳(常藤)さんにも参加してもらう。」
『........なるほど。分かりました。....回りくどいですが、あなたらしいですね。』
「宜しく頼みます。」
『分かりました。あっ!選手の皆、お三方がいなくて残念がってたんで、ちゃんと労いの言葉かけてあげてくださいね。』
「もちろん。じゃぁ、頼みます。」
そう言って電話を切り、宗石さんと水木さんに向き合う。
「とりあえず担当者からは一度お会いしてみたいと。私としてもこの手の知識が乏しいので、彼らの判断を仰ぐ以外に選択肢がありません。申し訳ない。二度手間になりますが。」
「とんでもないです。考慮していただけるだけでも本当に有難く思っております。」
「宜しくお願いします。」
水木さんの言葉に続いて宗石さんも頭を下げる。
「まぁ、じゃあ今日の所は美味しいお寿司をいただきましょう。雪村さんの学生時代の話も聞きたいしな。」
俺の言葉にやっと宗石さんの顔に小さく笑みが浮かんだ。
・・・・・・・・・・
2018年10月15日(月) Vandits garage <冴木 和馬>
コミュニティスペースとは別に設けてある個室型の会議室に双方のメンバーが揃った。こちらは俺、常藤さん、雪村さん、杉さん、有澤、そして常藤さんの奥さんで弁護士の静佳さん。あちらは宗石さんと水木さん。非常に緊張されている様子だ。
「これだけ大勢で申し訳ありません。きちんとご相談できる体制を整えようとするとこのメンバーになってしまいました。一人一人自己紹介をさせていただきます。」
こちらのメンバーが名乗っていく。最後に静佳さんが自己紹介した時に明らかに二人の表情が硬くなった。まぁ、弁護士まで来るとは思ってなかったのだろう。お二人も自己紹介してもらい、メンバーには事前に説明はしているが、共有事項に齟齬が無い様にもう一度事の経緯を確認する。
「と言う事で、うちで仕事をさせてほしいと依頼された訳だけど、杉さんの見解は?」
「ご本人の前で失礼な事を申しますが、かなり検討は必要かと思います。それは受ける受けないももちろんですが、受けてからどのように関わっていただくかと言う事が一番大事な事だと思います。」
「なるほど。」
「当然ですがチームの広報に関わっていただくのですから、双方にマイナスになるようなマネージメントは出来ません。それは水木さんとも認識を共有させていただきながら、決めていく必要はあるかと思います。」
「分かった。常藤さんは....あっ、正昭さんはどうですか?」
「私個人の意見としてはお断りする理由は無いように思います。」
「理由は?」
「彼女はたくさんのネガティブなイメージをお持ちですが、それはイメージなだけであって、それが彼女の真実ではありません。それを私達がしっかりと理解出来ているなら、周りの有象無象の意見に流される必要は無いかと思います。」
「でも、その有象無象のイメージが、得てしてチームのイメージに直結しかねない状況もあると思うけど。」
こんな明け透けな意見が飛び交う中にいる宗石さんと水木さんは針の筵に座っている気持ちだろう。しかし、これが世間の現実だと言う事を理解して貰わなければならない。
「それも先ほど杉山君が言ったように、我々からしっかりとした広報イメージの徹底とバックフォローをする事で問題ない事かと思います。」
「なるほど。静佳さん、弁護士としての見解は?」
「名誉棄損に関してはその事実が認められた時点から半年が訴える為の時効期限になります。なので、過去の虚偽報告・ネガティブキャンペーンに対しては法律上で対抗する事は現時点では不可能です。」
これは二人も知っていたのか、真剣な表情で頷くだけだった。
「しかし。これからの事は違います。宗石さんが新たに芸能活動を始められた時に、過去の事例を思い起こさせるような誹謗中傷があった場合には新たな名誉棄損罪として訴える事は可能です。」
「確かに。」
「ただ、それもSNSで不特定の人に向けて発信されるような発言や番組内でコメントされるような事でないと名誉棄損の事実としては認められません。例えばDMなどで個人的に攻撃してくる物に関しては名誉棄損にならない可能性があります。」
「そうなんですね。」
杉さんが驚いたように聞き返す。俺も初めて知った時は驚いた。静佳さんは頷きながら説明を続ける。
「公然の場でそれが宗石さんだと分かる形で名誉を棄損される事象が起こる必要があります。分かりやすく言えば、【その発言で『宗石さんが傷つけられた』ではなく、『宗石詩織のイメージと活動を阻害された』と言う事実】が必要なんです。それは宗石さんだと名前を挙げなくても、イニシャルや宗石さんだと想像しやすいような人物像を書いているだけでも十分に名誉棄損は問えます。」
そこまでを聞いた中で俺は宗石さんと水木さんに向き合う。
「当社としては常藤静佳弁護士を契約の法務確認(リーガルチェック)の担当とさせていただく事がまず条件です。その上で今後の宗石さんの活動の中で当社にも関わって来るような法的事項が起こった場合には、確実にご報告・ご相談いただけるお約束をしていただきたいのが二点目。」
二人は頷く。
「そして、三点目はこれは絶対ではありませんが、出来るならばスキルアップの為に元アナウンサーの方にアナウンスと活舌のレッスンを受けていただきたいです。」
水木さんの眉がピクリと動く。そりゃ、女優に対して活舌と言われれば良い感情は湧かないだろう。
「恐らく今後、宗石さんとお仕事させていただく事になればスタジアムでのイベントのMCや配信内でアナウンサーやレポーターのような活動もしていただく事があると思います。」
宗石さんが頷く。ここはきちんと説明しておかないと相手からの印象が悪くなりかねない。
「私も今回の事で初めて知ったのですが、俳優の方のドラマ等でのセリフ回しとアナウンサーの方達が話すアナウンス技術は似て非なるモノなんだそうです。どちらかと言えば、舞台での発声に近いんだそうです。宗石さんのプロフィールブックを確認させていただいた時に舞台経験があまり多くないように感じました。ですので、スタジアムMCとしての技術を習得していただきたいと言う事です。」
水木さんはすぐにメモに書き込んでいた。俺はうちの伝手で高知で長年アナウンサーを務められていた女性に知り合いがおり、昨日連絡を取ったら現在はアナウンス業から離れていて、高知の小さな劇団や地元アイドルなんかの発声や活舌を指導していると教えて貰った。その人にレッスンをお願いしようかと考えていた。
「こちらが用意しなければならない先生をデポルト・ファミリア様にご紹介いただける事は本当に有難い事です。ぜひお願いしたいと考えています。良いわね?詩織。」
「もちろんです。頑張ります!」
「まぁ、そうは言ってもまずは仕事内容とそちらが考えている今後の宗石さんの活動展望が折り合わない事にはお話は進みません。そこはこの後で担当の杉山と有澤、そして常藤弁護士がしっかりと対応してくれますので。」
「はい。」
俺は常藤(正昭)さんと視線を合わせ、そろそろ俺らは退室しますかと言う雰囲気を出す。すると、宗石さんが急に立ち上がり俺を真っすぐ見る。
「あのっっ!!一つだけ!!お聞きして良いですか?」
「何でしょう?」
「私の事情は一切関係なく、冴木さん個人がチームの広報イメージを担当する事になる人物に求める事を教えてください!それは、会社としてではなく、冴木さん個人の意見をお伺いしたいです。」
「....あなたの望むような事では無いかもしれませんよ?」
「........お願いします。」
「私達は選手と、応援して下さる方達と、そして支えて下さる方達。皆さんと家族になりたいと思って今日まで短い年月ですが走り続けています。それは私個人としても想いは変わりません。私は、その活動の所謂イメージとなる人物には、出来るならばその期間だけの付き合いでなく、一生チームに関り続けていただきたいと考えています。」
「....はい。」
「あなたが女優として復活を果たし、なかなかうちのお仕事を受けていただける状況では無かったとしても、私達は、チームは、地元の人たちは、あなたの事を家族として応援できる人であって欲しい。それが望む事です。」
彼女は目に一杯の涙を浮かべて頷く。
「私は人生をかけてこのチームに関わっています。恐らくうちの事務所のメンバーも同じ想いでいてくれていると信じています。だからこそ、あなたにも、それは水木さんも含めて、あなた方もそうであっていただきたい。私達はあなたの家族になりたい。だからこそ、あなたが成功する事も嬉しいが、あなたが大変な時にこそ手を差し伸べられる、あなたから無条件に助けを求められる存在でいたいと考えています。」
「....ありがとう..ございます。」
「まぁ、まずはこれからの厳しい審査を通って下さい。うちの広報部は歯に衣着せませんから。覚悟しといてくださいね。」
俺の冗談に大粒の涙と最高の笑顔で彼女は応えてくれた。
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