第57話 新たな住まい
2018年10月1日(月) Vandits事務所 <冴木 和馬>
「なるほど。....了解。うん。伝えとく。じゃあ、気を付けて戻って来てくれ。はぁ~い。........ほいほぉ~い。皆、注目ぅ~。」
電話を切りデスクスペースにいる皆に声をかける。雪村さんにお願いして2階にいるメンバーで下りてこられる者にも声をかけてもらった。
ずらっと、揃いも揃った22名。これでも営業やリサーチで外に出ている者もいるから事務所メンバーとしては勢揃いでは無い。ホントによくこの一軒家に収まってたもんだよ。
皆の注目が集まってから話を始める。
「お待たせしました。先程、真子と坂口さんから連絡がありまして........新事務所、受け渡し終わりました!」
「「「やったぁぁ~!!」」」
「ホントに皆、お待たせしてしまってすまない。後、新しい事務所はVandits garage(ヴァンディッツ・ガレージ)って名前になりましたので。まぁ、事務所ってのも何か見た目からして違う気がしたんで。」
皆の嬉しそうな様子にホッとする。しかし、ここからが大変だ。
「はい!ここで引っ越しスケジュールを決めます。デスクや椅子なんかは新事務所に合わせて新しい物を購入して、明日からその他の什器と共に順次運び込みが始まるから申し訳ないが施設管理部からだれか2名。現地で受け渡しの確認で明日は新事務所に一日詰めててほしい。」
「畏まりました。中堀さん、山口さん、お願い出来ますか?」
「「はい。」」
さっそく雪村さんが指示してくれる。普段は「葵ちゃん」呼びの雪村さんがしっかりと苗字で呼ぶところは、仕事とプライベートを分けられてる証だ。
「電気・水道・ガス・ネットは全て繋がってる。だから中堀と山口は明日、食事したければIHキッチンと電子レンジを今、真子達が買いに行って設置してくれてるはずだから使って構わないからな。もちろんトイレも使えるから。あっ、トイレットペーパーを買っといてくれ。トイレ内の飾り付けっちゅうか、備品類は女性陣に聞こう。男性用はきっちりしてる中堀と五月で担当して貰おうか。頼むな。」
細々した買い物もお願いしつつ、一番大事なスケジュールを決めていく。
「問題は設計部のPCをいつ運び出すかって事だ。設計部はスケジュールパンパンで現在進行形だからな。設計部の都合に合わせてこの家の全PCと複合機を新事務所に移す。これに関してはPCパートナー(お世話になっているPCショップ)さんに一任してある。あちらもこちらの予定に合わせて貰えるように人は構えてくれてるから、設計部は申し訳ないが今日中にいつ移すかを決めてくれ。じゃあ、設計部は部屋に戻って良いよ。真子達も一時間しないうちには戻るから。」
高瀬と雨宮が2階へと上がっていく。そして俺は皆が見やすいように強化部の部屋からホワイトボードを引っぱってきて、そこに新事務所の見取り図とイメージ図を貼り付けた。
皆から「おぉ....」と感嘆の声が漏れる。まぁ、外面は見てたかも知れないが、内装工事は設計部と常藤さんくらいしか中に入れてなかったからな。皆も忙しかったから新事務所の確認なんてしてる暇も無かっただろうし。
もとよりかなり広かった店舗内だが、真子と坂口さんが上げて来た設計図は驚きの内容だった。店舗前には30台近い駐車場があり、店舗の裏手にも10台ほど停められる駐車スペースがある。無駄を嫌う真子としては、この駐車スペースを削減する事から始まった。
だからと言って新たな建物を建てるとなると、土台部分の掘り返しを含めて相当な費用と期間を要する。そこで思いついたのがコンテナハウスだった。20ft(フィート)コンテナを二段に重ねてL字に配置する。それを店舗の壁にくっ付けて店舗の壁を繰り抜けばコンテナと店舗が繋がる。そしてL字コンテナが四角になるように壁と天井を作ると大きな部屋として独立する。
今、コンテナハウスは非常に人気だ。都内や都市部でもカフェとしてコンテナハウスを利用するオーナーさんは増えている。コンテナだから暑さ・寒さが厳しいんじゃないと思われがちだが、断熱やエアコン設置・電気・ネット配線も問題なく出来るし15cmほど狭くなって良いのなら、防音施工も出来る。
「ここのコンテナ部分の部屋は広報部の部屋だ。防音対策はしっかりしてるから、編集作業はもちろんだがここで選手達にインタビューや実況のアテレコ収録も出来るようになる。外側の壁は全面ガラス張りにしてる。将来的に駐車場も使ってここでうちのYtubeチャンネルの公開放送イベントなんか出来るようにしたいと思ってる。」
広報部から拍手が起こる。今まで狭い部屋の中で膝を付き合わせていた事を考えれば天国のような部屋をご用意した。
しかし、それは他の部署に対しても同じだ。
「次に広報部以外で場所を指定して座ってもらうのは設計部だけだ。設計部はこの店舗の奥。この強化パネルで覆った部屋が設計部の部屋になる。一番人が集まるスペースからは離してあるから音はほとんど気にならないはずだ。」
そして、うちの目玉ともなるべき部分の説明に入る。
「さて、うちの目玉はこの入り口に設けたスペースにある。大きな解放空間に打ち合わせでも使用できる開放した会議スペースをいくつか置き、高い天井を利用してVandits安芸のエンブレムを描いたタペストリーと選手の写真をプリントした垂れ幕を飾って、来ていただいたクライアントやお客様にVandits安芸のアピールを出来るようにする。」
そのイメージ画を取り出すと皆が興奮した様子でそれを眺める。
「それ以外の営業部・施設管理部・リサーチ部に関しては本社と同じくオープンスペースだ。どこのデスクを使用して貰っても構わない。基本は今と同じく全員が専用のノートPCを使用して貰い、デスクには自分が使う時以外には私物の持ち込みは認めない。会社に置いておきたい私物に関してはこの部分に設置してる個人用のロッカーに閉まってくれ。」
その他にも色々と説明したのだが、なかなかと伝達事項が多く結局1時間ほど掛かってしまった。そろそろまとめに入る。
「今日中に設計部からPC持ち出しの予定が出たら、全員それに合わせて荷物も運びだしになる。すぐに必要としない物に関してはどんどん荷造りを始めよう。段ボールは裏の倉庫にかなりの量を昨日買って来てあるから、力のあるメンバーは部署関係なく手伝ってやってくれ。じゃあ、そう言う事で今日も頑張ろう!」
皆から「「「おぉーーー!!!」」」と元気な掛け声を貰い、通常業務へと戻る。
・・・・・・・・・・
2018年10月9日(火) Vanditsガレージ <常藤 正昭>
新事務所への引っ越し作業は順調に進んでいます。ほとんどの物を運び終えました。今、和馬さんと私、そして各部署の責任者が追い込まれているのが、面接ラッシュです。今年の6月頃から募集が始まっていた来期の新卒社員採用。デポルト・ファミリアに関しては極力四国内の人材にフォーカスを当てて採用に踏み切る予定です。
書類やエントリーシートなどを考慮しながら、現在は直接面接またはネット面接を行っている最中です。遅くとも来月中旬までには内定通知を出してあげたいと思っています。
他にも農園のアルバイトスタッフの募集や、宿泊施設や民宿で働いてくれる方の採用面接なども行われています。新しい事務所『Vanditsガレージ』のコミュニティスペースでも面接が今日から行われる予定です。
そんな時でした。雪村さんから私と和馬さんに報告書が回ってきました。私と和馬さんの両方が目を通す報告書、しかも各部署の責任者を素っ飛ばしての報告書と言うのはなかなかありません。さて、何でしょう?
和馬さんは昼食に出ている為、先に報告書を確認します。すると、電話とネット対応での経緯が書かれている報告書の内容は、【高知県東部への移住の為の相談】でした。ついに!初めての移住相談が来ました!
今までデポルト・ファミリアのHP上では移住相談のコンテンツを掲載し、当社が行っている移住事業の案内や先輩移住者の体験談や、我が社で扱う賃貸・売却用のリノベ住居のご紹介。そしてどういったお仕事が人手を必要としているかなどの情報も掲載していました。閲覧はそれなりにあったようですが、私と和馬さんの所に報告書が回って来るまでの方がいると言う事は、雪村さん判断でかなり移住の意思が高いと言う事でしょう。
お問い合わせいただけたのは東京都在住の40代後半の男性の方。独身。現在は一般企業にお勤めの方。とりあえずは雪村さんの印象を聞いてみましょうか。
「お仕事の方は特にこだわりは無いようです。ご自身でご自宅のリフォームと言いますか、リノベーションをやってみたいようです。」
「なるほどぉ。ご連絡出来る時間帯はどうなってますか?」
「基本的には仕事中でもお電話は大丈夫と仰ってました。」
「分かりました。私からご連絡してみましょう。」
和馬さんに電話で知らせ、まずはお客様のご要望を聞き取ろうと言う話になりました。担当を指名していただき、この会社の初めての移住希望のお客様を担当できる事になりました。
お客様のお名前は山本様。詳しいご相談の予定を立てる為、お伺いのメールを差し上げた所、すぐにご返信いただけ、本日・明日であれば何時でも構わないとの事。さっそく今からご連絡して構わないかお伺いした所、それも大丈夫との事でした。
「はい。山本です。」
「お忙しい時間に申し訳ございません。さきほどメールにてご連絡させていただきました、デポルト・ファミリア移住相談担当の常藤と申します。」
「あっ、わざわざお電話ありがとうございます。山本でございます。」
「今回、高知県東部への移住をお考えと伺いました。わたくし共でどの程度お手伝いをさせていただけるかお伺い出来ればと思います。まずは住居のご購入をお考えと伺いました。ご予算はリノベーション費用も含めて3500万円でお間違えないでしょうか?」
「はい。それほど大きい家も望んでいません。晩婚の予定もありませんし、平屋で良い家があればと考えています。」
「畏まりました。ご自身でのリノベーションもお考えと伺いましたが、どの程度手を加えられるご予定でしょう?」
「実はリノベーションをしたいと言っても専門知識は無く、インターネットでかじった程度なんです。」
なるほど。さて、どうご提案したものでしょうか。
「では、全てをお一人で、と言う事では無いと言う事で宜しいでしょうか?」
「そうですね。業者さんにお手伝いをお願いしながら気長にと思っています。それこそ土台や耐震部分に関しては全く知識がありませんので、専門の方にお伺い出来ればと。」
「畏まりました。では、どうでしょう?設計段階でご相談させていただきながら、土台部分と耐震補強が必要な場合はそれもお伝えして、業者と山本様でお話合いの中で一緒に作業できるならそれで良し、もし業者判断で危ないと言う事でしたらお任せいただくと言う流れはいかがでございましょう?」
「あっ、それは嬉しいですね。」
反応が良くて助かりました。お客様によってはやはり思い入れのある家ならば全て自分でと考えられる方もいらっしゃいます。しかし、ある程度の知識・経験が無いと危ない作業などもありますので。
「ありがとうございます。では、当社管理以外の住宅も含めまして何軒かを何度かにお分けしてデータをお送りして、その中で気になる物件がございましたら一度内見などもご検討いただくと言うのは?」
「えっ!?デポルト・ファミリアさんの管理してない物件もご紹介していただけるんですか?」
「もちろんでございます。私どもも高知で営業を始めてまだ2年ほどでございまして、把握出来ていない物件はたくさんございます。山本様の御希望をお伺いして、それに沿うような物件が見つかりましたら、持ち主様との交渉の仲介もさせていただきます。」
「それは助かります。」
ここで気になった事を聞いてみる事にしました。
「本件と少し話がそれるかも知れませんが、山本様が高知県の東部をご指摘いただきました理由と言うのは何なのでしょう?」
「あっ、常藤さんは高知県の北川村と言う所にある『不動の滝』ってご存じですか。」
「はい。存じております。私どもの会社の社長が高知県出身でして、去年の残暑厳しい時期に社長に連れて行っていただきました。残暑を忘れるほど涼しく綺麗な場所でした。」
「そうなんですっ!!そりゃ、他の観光名所にあるような大瀑布とかに比べれば小さな滝ですけど、あれを十数年前に見た時に、あぁ、また来たい!って感動して。その時に自分の終の棲家にするのは高知だなと。」
「なるほど。素晴らしいですね。そう言った出会いをされた山本様が羨ましく思います。私も仕事ではありますが、芸西村に来て、恐らくここが私の最後の場所になるだろうと思えるほど、たくさんの感動をもらっています。」
「....そうですかぁ。嬉しいなぁ。いやぁ、ぜひ引き続きご相談お願いしたいです。」
「ありがとうございます。では、一度山本様が終の棲家とされるご自宅に求められているものをゆっくりとお伺い出来ればと思いますので、一週間後にまたご連絡させていただきたいと思います。それまでに山本様の方ではゆっくりお考えを整理していただければと。条件だけでなく、気になった住宅の写真やイメージに近いリノベーション物件の画像などでも構いません。発想のヒントになるモノをいただけると助かります。」
「分かりました。........常藤さん、宜しくお願いします。」
「畏まりました。この度はありがとうございます。また、ご連絡差し上げます。失礼いたします。」
ふぅ....初手としては好印象だったでしょうか。自分が管理職になり、上へ上がるにつれて個人のお客様とお話しする機会はグッと減ってきました。話をするにしてもお互いに会社の要職である事が多く、する話も会社全体に関わる大きな仕事ばかりでした。
高知へ来て、今一度原点に返れている事に幸せを感じています。お客様の一喜一憂を共に感じられる幸せは、久しく自分が忘れていたものでした。
さて、リサーチ部と話をしなければ。良い物件をご提案しましょう。
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