第55話 県2部リーグ 第5節
2018年9月23日(日・祝) 春野陸上競技場 補助グラウンド <雨宮 加奈>
【高知県社会人サッカーリーグ2部 第5節 対 須崎クラブ】
高知へ来てデポルト・ファミリアで設計の仕事をしながら、Vandits安芸のマネージャーとして活動を始めておよそ二ヶ月が経ちました。
設計部での仕事はまだまだ設計を任せて貰えるとかそんな状態では無く、今はファミリアも含めて今まで我が社で手掛けて来たリノベーションや新しく建てられたホテルなどの設計図を読み解き、どう言った意図でこの設計になったのかを学んでいる段階です。
うちのリノベーション物件に関しては、基本的に数パターンの部屋設計パターンの中から建物の状況やリノベーション後の状況に当てはまる物をチョイスして手直しすると言うのが基本形で、一からリノベーション設計をすると言うのは年間で数件しかないそうです。そうしないと本社・支社合わせて年間数十件のリノベーションを捌き切る事が出来ないんだそうです。
ヴァンディッツの方ではメンバーの練習の補助をしながら、同じ新入社員の森君に教わってサッカーのルールとスコアの付け方を覚えています。
マネージャーと言う役割に憧れたのは幼少時代に呼んだ国民的野球漫画の影響でした。双子の幼馴染を支えるヒロインに憧れ、中学で軟式野球部のマネージャーになりました。入ってみると自分の想像とは違い、体力勝負な上に汗にまみれて当時の私には過酷なものでした。
でも、途中で辞める事はしたくなかったので、必死に続けた中学3年間の最後の試合に負けた次の日に部員の皆からもらった感謝の気持ちを寄せ書きしてくれた木製バットに私は涙が止まりませんでした。
そこからは高校でも硬式野球部のマネージャーを3年間。大学ではアメリカンフットボール部でマネージャーと主務を3年半務めました。『マネージャー』に憧れた私は、いつしか『チームの裏方』と言う仕事に魅力を感じていました。
観客席で森君の隣に座り、二人でタブレット端末を使いながら目の前で起こる試合の流れを逐一入力していきます。森君は大学ではサッカー部のアナリストとして勉強していたと聞いていましたが、話してみると高校2年生に大きな怪我をするまではプレイヤーとしてサッカーをしていたそうです。
「選手の動きに関しては杉山さん達が取ってくれてる動画をデータ化して取り込んで、走破距離とかダッシュ本数とかを割り出します。ここではどちらかと言うと戦術面に合わせた動きが取れている時と取れていない時の試合時間をチェックするくらいですね。」
「じゃぁ、戦術も覚えなきゃダメですね。今はどちらかと言うと守備に重点を置いているように見えますけど。」
「そうですね。今日に関してはうちの3バック、守備の最終ラインの3人の事ですね。その3人が組むのが初めてな上に、CBの市川は初めての起用で、加えて更に県リーグで大西さん以外がCB務めたのは初めてなんです。かなり冒険した布陣と言えますね。」
フォーメーションに関しては前日に森さんと一緒に監督から個別に説明をしてもらう時間を貰えました。監督は選手には言えないが、この試合に関しては落としても構わないつもりでメンバーを組んだそうです。
メンバーが充実し、各ポジション争いも活性化している中で唯一レギュラーメンバーを刺激出来ていないのがCBのポジションでした。森君の説明でもそれだけ大西さんの実力が抜きん出ていて、CBのポジションも出来る和瀧さんや小林さんでも大西さんに比べれば、やはり実力が頭一つ二つ違うんだそうです。
その中で市川さんの加入は大西さんにとっても大きな刺激になっているようです。大学ではキャプテンで選手権ベスト8の実力です。お互いにタイプが違うCBと言う事もその刺激の要因です。
大西さんはラインコントロールが上手く空中戦やボールの競り合いでも存在感を発揮するプレイスタイル。しっかりと攻撃予測をSBの選手と共有する事で安定した守備を生み出しています。
市川さんはコーチングに秀でているCB。ラインコントロールでは大西さんには劣りますが、ボランチやMFのサイドに対して状況に合ったポジション取りや攻撃・守備のスイッチの切り替えが非常に上手いです。
そして、なにより突出すべきはパスも含めた足元の技術です。練習を見ながら森さんに説明してもらって気付きましたが、市川さんはどんな状況でも来たパスに対してほぼ目線を落とす事がありません。来ているパスの軌道を一瞬確認したら、周りを見渡しながら一切ボールを見る事無く足元へ納めます。そして出すパスも早くて正確です。これは中学・高校が一貫校で指導者がパスサッカーを指導していたからだと聞きました。そこでパスの基礎練習の楽しさに目覚め、大学でも継続してボールタッチを磨いて来たんだそうです。
この試合ではCBを市川さん、左SBを小林さん、右SB岸本君が布陣されました。そうです。チーム結成以降、この3バックの中には必ず上本食品トリオが誰か起用されていました。しかし、今日の3バックはセレクション組の岸本君と小林さん、そして市川さんと言う最もヴァンディッツでの練習期間の短い3人で組んでいるのです。
そしてFWの2トップは幡さんと古賀さん。実は私達新卒組が加わってから一度、全メンバーを集めての能力テストが行われました。芸西村の宿泊施設内の体育館と野球場を使って、ベンチプレスや垂直飛び・反復横跳びなどなど。学生時代の体力測定を思わせるような科目を一日で皆の基礎体力を測定しました。
その時に全メンバーに衝撃を与えたのが古賀さんでした。最終項目で行われた50m走。チーム最速はやはり幡さんでした。しかし、スタートからの10mの速さはぶっちぎりで古賀さんだったのです。同じ速さを売りにしている二人でも、ある程度の距離を速く走れる幡さんと、距離は短くとも瞬間の速さが抜きん出ている古賀さん。
しかも、森さんがビデオを使って計測した古賀さんのスプリント力は35.8km。状況やピッチコンディションにもよりますが、数字だけで言うなら世界クラスの瞬発力です。監督も0からトップスピードになるまでの必要距離が普通の選手に比べて段違いに短いからこその結果だと言っていました。
そんなスピードスター2人を配置しているので、八木さん、五月さんはこちらから見てると可哀想になるくらい二人を走らせるスルーパスを送り続けます。当然、試合前日にもこの戦術は前半限定、二人は死に物狂いで走ってくれと指示がありましたがそれでも相手のディフェンスラインの脆さもあってスルーパスは通り続けます。
何本かはオフサイドになりましたが、相手DFからすればこの速さは脅威でしか無いでしょう。それを警戒してラインを下げれば大野さんと及川さんと言う『ミドル大好き兄さん』(私は言ってません。皆さんが付けたあだ名です。)達が待ち構えていたかのようにミドルシュートを打ってきます。
それでなくとも中盤でのボール支配率はこちらが断然に上なのです。やはり県2部リーグではうちの今のメンバーとチーム全体の戦力で渡り合えるチームはほぼいないと言えました。
前半終了のホイッスルが鳴ります。森さんに質問します。
「前半で4点。失点無し。オフサイド4回。どうなんでしょう?この数字は?」
「はっきり言えばあと2点は取れていたと思います。後で映像で確認しないと分かりませんが、オフサイドの4本のうちの1本は恐らくオンサイドだったと思います。」
「やっぱりこれだけの実力差があると実戦経験と言う意味では厳しいんでしょうか?」
森さんが驚いた顔をして私を見ながら質問に答えてくれます。
「そうですね。はっきり言えば今の相手では守備と連携の実戦経験にはなっていないと思います。あとは試合の流れで起こる危機感を感じる瞬間も無い。これは来季の1部から経験出来ると良いんですけど。」
「そう言う話は観客席から離れた場所でしような。」
急に会話に入って来た言葉に私と森さんは驚いて振り返ります。そこには和馬さんと真子さんが座っていました。
「どこに相手チームの関係者が座ってるか分からないんだ。いくら冷静な試合判断だとは言え、相手関係者が聞いたら良い気持ちにならないような事を俺達運営側が話しちゃいけない。」
「「....すみません。」」
やらかしちゃった!試合に集中し過ぎてそう言う配慮が欠けていました。すると、真子さんが苦笑いしながらフォローしてくれます。
「ま、経験ね。次はもうしないでしょ?」
「「はい。」」
「森、お前が考えるうちの改善点は?」
「はいっ。全体的な体力は付いて来ていますが、やはりまだ若いメンバーの体力は不安を感じます。今は一ヶ月に一回の試合ペースで今月初めて2回開催でした。しかし、Jリーグに行けば毎週開催になり、そこにカップ戦や天皇杯も関わってきます。そこを考えると今から連戦に向けたフィジカル面の強化やゲームコントロールを覚えていかないと四国リーグで痛い目をみると思います。体力・技術は1年やそこらで身に付くモノではありませんので、今から改善が必要だと思います。」
「....地域CLか?」
「はい。」
地域チャンピオンズリーグ。全国の地域リーグからJFLへ昇格する為に開催されるリーグ戦。全国を9つの地域に分けてその地域リーグで年間一位になったチームと、全国社会人サッカー選手権大会でベスト4の中の上位3チームが加わり、計12チームで予選ラウンドと決勝ラウンドを戦い上位2チームがJFLへと昇格できます。
私もこの地域CLに関しては勉強しましたが、はっきり言って体壊しちゃうよってレベルのスケジュールです。予選ラウンドは12チームを3つのグループに分けて一回戦の総当たりリーグ戦。決勝ラウンドは各グループの一位と二位の最上位成績1チームを加えた4チームで、これまた一回戦の総当たりリーグ戦。
何がキツイってこの計6試合を1ヶ月の中で短期集中で行うんです。例えば予選ラウンドは11月の前半に3日間で行われます。そうです。3日連続で試合をするんです。そして、1週間(データ的に10日間が多い?)のインターバルの後、1週間の中で決勝ラウンドが3試合行われます。言ってしまえば1日置きに試合があるんです。
ざっくり言えば、1・2・3日に試合を行って12・14・16日に試合をするスケジュールです。
毎週試合をする事ですら蓄積疲労は相当なものだと思いますが、それがたった20日間の間に6試合をこなすのは殺人的スケジュールです。それはチームの1試合の強さでは無く、選手層の厚さも求められているのです。
今のチームは仕事・練習をしながらではありますが、試合は1ヶ月に1試合のペースで行われています。これまでに連戦のキツさを経験していないのです。当然ですが、学生時代でもこんな短期スケジュールで試合をしてきたメンバーはいないでしょう。
「まぁ、そこは板垣からも来季・四国リーグに向けて準備したいと相談は受けてる。近々、何かしら対応は取るはずだ。」
「順調に行けばあと1年半です。あまりに準備期間が短いですね。」
「まぁ、それは走り始める時から分かってた事だ。走り始めてこんなにハイペースなレースになるなんて思わなかったなんて文句は上位陣には通用しない。無理ならレースから下りるだけだ。」
「....そうですね。」
和馬さんの言葉に森さんが落ち込みます。和馬さんは困ったように笑いながら森さんの肩にポンと手を置きます。
「ま、皆が走れるようにするのが俺達運営の力の見せ処だよ。今は未来の心配よりも目の前の現実に向き合おう。」
和馬さんがグラウンドを指差します。メンバーが控室から出てきました。後半が始まります。
・・・・・・・・・・
同日 試合終了後 <板垣 信也>
試合後の更衣室は非常に重苦しい雰囲気に包まれていました。試合結果は5対2。まさかの後半2失点。相手に数で押し込まれた1点と自陣ペナルティエリア内での市川君のファウルによってPKを献上。それをきっちりと決められての失点でした。
着替えも終わり、これからお見送りの時間なのですがメンバー達が一向に動き出しません。いえ、及川君や中堀君などは既に準備をすませていますが、やはり若いメンバーにはこの失点は非常にきつかったようです。
「何やってんだぁ~!皆さん、集まってくれてるぞぉ!」
そこへ和馬さんと森君達が入ってきます。しかし、まだ動き出せません。私が状況を説明すると、和馬さんは笑いながらメンバーに声をかけます。
「おいおい。失点したからって凹んでるのか?本気かよ。」
「凹んじゃいけないんですか!」
市川君が和馬さんへ噛みつきます。他のメンバーが「おいっ!」と窘めると、市川君は慌てて「すみません!」と正気に戻りました。
和馬さんが言葉を続けます。
「お前たちが全勝って事に対して非常に重きを置いてくれてるのは嬉しい。でも、全試合失点するなって俺達は要求したか?まさか自分達が日本代表か世界的プレイヤーにでもなったと自惚れてるんじゃないだろうな?」
和馬さんの煽る様なその言葉にメンバーは顔を上げます。
「必死に試合してるのがお前達だけだと思うなよ?1部に上がりたいのが、Jリーグに行きたいと思ってるのが自分達だけだと思うなよ。今日の対戦相手だって、今までの対戦相手だって、お前達からすれば楽勝だったかも知れないが、彼らだって必死に藻掻いてるのかも知れないんだぞ。失点して凹んでるなんてお前達こそ2部リーグを舐めてたんじゃないのか?」
喰らい付きそうだったメンバー達の顔が少し怯みます。
「自分達の事を過小評価も過大評価もするな。しっかりと現実を冷静に判断出来る脳みそを持て。それはサッカーだけに留まらない。今のお前達には県2部での全勝無失点は無理だったってのが現実だ。しかし、それはお前たちの努力を否定するものじゃない。これだけでモチベーションを落とすような事じゃ困るんだよ。」
いつの間にか若い選手達は和馬さんの言葉に引き込まれています。
「しっかりと大前提の目標をクリアする。その日の1試合1試合に全力を尽くして勝ちを目指す事、その上で1部昇格。それをきっちりと守れた上で、全勝とか無失点なんて評価が後から付いてくるんだ。これでモチベーション落としてこの先の残り5節全敗で1部いけませんとか言ったら全員真冬の太平洋に沈んでもらうぞ?」
冗談っぽく話す和馬さんに八木君が「無理っス!無理っス!絶対死ねる!」と場の雰囲気を和ませます。
「さぁ!まず、お前たちのするべき事は何だ?お前たちはプロなんだろ?今日も声の限りに叫んで手が張り裂けるくらい叩いてくれた皆さんに感謝を伝える事がお前達の最優先にするべき事だろ!凹むのは帰ってからにしろ。」
その言葉に全員が弾かれたように立ち上がり、部屋を出ていきます。その背中に和馬さんが「笑顔だぞぉ!笑顔で挨拶だぞぉ~!」と言葉を投げかけます。
私がしっかりと礼をすると、和馬さんがその背中をポンと叩きます。
「子育ては大変だろ?我儘坊主ばっかりだ。」
私と及川君がその言葉に笑いながら並んで部屋を後にしました。
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