第54話 和馬、サポーターと向き合う

2018年9月13日(木) パン屋『apaiserペイジ』イートインコーナー <冴木 和馬>


 第4節後に三原さん達からお願いされた「チーム公認応援団設立」の打ち合わせで三原さんが経営されているパン屋へ常藤さんと常藤静佳さんの3人で訪れた。常藤静佳さんは常藤さんの奥様で弁護士をされている。今は個人事務所を設立する為の準備に奔走されていて、うちもチーム関連の法律面でご相談させていただく事が多い。


 お店には閉店後にお邪魔した。拓斗は先にお邪魔していたようで、中に入るとイートインスペースの窓ガラスが全てロールカーテンで閉じられており、外からは中の様子は分からないようになっていた。

 三原さんと拓斗の他には三原さんのお店で働かれている従業員の方お二人と20代くらいの男がお一人の計5名だ。いくつかのテーブルを繋げてゆったり座れるようにしてくれていた。


 「すみません。わざわざ来ていただいて。」

 「いえ、大切な事ですのでしっかりお話出来る場所が良いでしょうから。こちらとしても場所をご用意していただいて申し訳なく思っております。」


 まずこちらのメンバーを自己紹介する。静佳さんの紹介をするとかなり驚かれた。まぁ、なぜ呼んだかは後にゆっくり話す事になる。

 三原さん達は三原さん、拓斗、従業員の瀬戸希美さんと木村祐実さん。そして、男性は三田浩伸さん。当初は応援や練習見学に行く三原さん達の運転手だったそうだが、一緒に観ている間にハマったそうだ。ちなみに瀬戸さんの彼氏らしい。


 「以前にお話ししていただいたVandits安芸の応援団を作りたいと言うお話ですが。」

 「はい。」

 「正直、我々としてはかなりこの事に関しては悩んでいます。」


 明らかに5人の顔色が変わる。良い返事を貰えると思っていたのだろう。しかし、こちらとしても懸念点はしっかりとクリアしないとOKは出せない。


 ・・・・・・・・・・

同日 同所 <三原 洋子>

 やっぱりあの日の冴木さん達の反応は間違ってなかったんだ。何となく不安に思っていたけど、何か応援団を作る事に問題があるのかしら。


 「応援団を公認で作る事に問題があるがでしょうか?」

 「うぅ~ん....そうですね。どう説明すれば良いか。応援団を作っていただいて応援をしていただける事は本当に有難く思っていますし、今も本当にチームの力になっている事は間違いありません。しかし、それを公認とする事にメリットがあるのかどうか。それは私達では無く、三原さん達にとって。」


 え?公認を貰えたら嬉しいに決まってるし。しっかりとチームに認めて貰えた応援団だと言うのはこれ以上に無いくらいのやる気にも繋がるのに。


 「私達にメリットが無いって事ですか?」

 「今、現状で私達が公認を出さない事で何か不都合ありますか?」

 「....ありません..ね。」

 「ですよね。公認する事で生まれるメリットは今後の活動でどうしても必要な物でしょうか?」

 「........そう言われると。」


 何でっ!?応援したいって言ってるだけなのに!なぜ反対されなきゃいけないの!?


 「私達が公認を迷っている事の一つに昨今のサポーター問題があります。」


 冴木さんの説明では、最近のJリーグでは行き過ぎたサポーターの行動が試合の進行の妨げになったり、酷い時には差別的な言葉や横断幕が掲げられたりと非常に問題視されているんだそうです。


 「誤解していただきたくないのは、我々は三原さん達がそういった応援団になってしまうのではないかと言う事を心配しているのではなく、もしそう言ったサポーターが現れてしまった時に自ずと矢面に立たされるのは三原さん達になってしまう可能性があると言う事なんです。」

 「あっ....」


 言われて気付きました。たとえどんなに運営の方と信頼関係があろうとも、自分達の関係ない所で起こったアクシデントが『公認』と言う看板を掲げているが為に自分達に降りかかって来る可能性があると言う事を言ってくれているのね。


 「これから先、お話しする事は出来ればここだけの話にしていただけると有難いのですが。」

 「もちろんです。大丈夫よね?皆。」


 皆も頷いてくれます。


 「これは公認するしない関係無く、私達運営側としてのスタンスをご理解いただきたいのですが。我々は現在の日本のサッカー界における過激なサポーターの問題をうちのチームに持ち込ませない予防線を今張ろうとしています。」

 「どういう事でしょう?」

 「ここからは少し国人衆としてもチームを支えていただいている皆様には、大変不快な話になってしまうかも知れませんが。Jリーグなどでも見られる、連敗が続くチームに対して応援団が監督解雇を叫んだり、経営陣を出せ等と騒ぐ行為が見受けられますが、もし同一の状況に我々のチームでなった場合、私達はそれに対して一切反応する事はありません。」


 え?サポーターの声を無視するって事?


 「はっきりと申し上げますが、運営とチームは運命共同体としてJリーグを目指しながら行動と意識を共にしていきますが、私個人の考えとしてはそこにサポーターの皆様を組み込むべきではないと思っています。」

 「それはっ!....あまりにも..ツラい言葉です。」

 「もちろんです。皆さんのチームを想う行動にNOを突きつける訳ですから。しかし、我々はチームが勝利すると言う事ももちろん大事ですが、それと同じくらい経済活動・クラブ経営の面でも選手達とは運命を共にしています。」

 「....はい。」

 「サポーターの方からすれば、年間で国人衆として支援をし、グッズを買い、入場料を払って応援している。自分達もその経済活動に関わっていると思われるでしょう。しかし、では同じファンとして、例えばアイドルのコンサートの出来が悪かったからメンバーを変えろとか、舞台の出来が悪かったから脚本家を変えろと会場で騒ぎますか?」


 それは、何か違う気がした。サッカーのサポーターとアイドルファンを同一視して欲しくない。


 「もしかするとそれは違うと思われるかも知れませんが、経営者の目線で言わせていただければ同じです。サッカーの試合とアイドルのコンサートと言う同じ興行行為の結果に対して入場料・チケット代を払ったから、内容・キャストを変えろなんてのは暴論なんですよ。こちらが興行を実施出来なかった、またはその人物が興行を拒否したのであれば、返金や降板等の形で対応する事は出来ます。しかし、だからと言って今日と言う日まで毎日練習を重ね、歌や台詞を覚え、2時間3時間と言うプレッシャーに耐えてパフォーマンスした人に対して、セリフを二~三度トチってしまった事で客がお前を変えろと言ってるから明日から舞台を降りてくれなんて言えませんよ。それこそこちらの信頼関係に完全にヒビが入ります。」


 え?これは同じ問題なの?


 「決して三原さん達を怒らせたくて言っているのではないと言う事はご理解下さい。しかし、サッカーのサポーターとアイドルファン。どちらがより熱が入っている、相手を応援しているなんて誰も決められないんですよ。現にアイドルファンも自分の推しに対して何万円もグッズを買ったりCDを買ったりする訳ですから。しかし、そのファンが自分の推しに対してストーカーや迷惑行為をすれば、刑事罰や行政罰が下るでしょ?」

 「はい。」

 「サッカーで言えば、差別的な発言を選手に投げかける。そう言ったフラッグや横断幕を掲げる。物を投げ込む。最悪の場合は海外のようにグラウンドに雪崩れ込んで試合進行を止める。そんな事が許されて良い訳が無いんです。」

 「分かります。」

 「そんな事をしておいて数試合の入場禁止程度で済ませているのはスポーツぐらいのもんですよ。他の経済活動でこんな事すれば損害賠償や訴訟起こされるレベルです。それにチーム側が警備員を使って鎮静化を必死に図ったにも関わらず、JFAから制裁金を要求されるケースもあります。はっきり言って非常に不愉快です。」

 「そうですね。」

 「JFAからすれば規約にしっかりとその辺りを明記してますので、制裁金や入場禁止の措置は当然の行為なのですが、実際に一番迷惑を被ったチーム自身は「お前のチームのサポーターはどうなってるんだ」と言う目で見られる上に、当事者に対しては効果的かどうかも分からない入場禁止措置くらいしか取れる対応が無いんですよ。フーリガンに憧れてるんだか何だか知りませんが、私から言わせれば『チームへの想いが思い余って』なんてのは何の言い訳にもならないんですよ。そんな一瞬の衝動でチームと選手を危険に晒す訳にはいかないんです。」

 「はい。」


 そこで冴木さんは一度ふぅっと息を吐きました。冴木さんはずっとこのサポーター問題に憤りを感じていたんだなと感じました。


 「そう言ったサポーターが出て来てしまった時に、他のチームやサッカーファン以外の方からの目が『公認応援団』に向けられてしまう事を心配してくださってるんですね。」

 「....はい。そうなった時に皆さんにどう顔向けすれば良いか。何より選手達が一番傷付くと思うんです。だからこそ、我々は色んな有識者の方に相談しながら、我々のホームゲームの時だけでもそう言った行為が起こらない体制を作りたいんです。」


 良かった。冴木さんはやっぱり冴木さんだった。今までに何度か試合会場でお話しさせてもらった時に感じていた、選手ファーストのオーナーさんと言うイメージはやっぱりそうだったんだ。


 「三原さん達の気持ちは本当に嬉しいし、そうやって行動を起こしてくれた事が彼らの日々の努力を認めていただけた何よりの証だと思っています。しかし、我々がその喜びだけに飛びついて、結果皆さんを悲しませる方向に向かわせたくない。だからこそ、しっかりとした予防線を作ってからでも『公認』のお話は遅くないと思っています。」


 あっ、公認がダメって訳ではなかった。それだけでも嬉しい。皆もホッとした顔をしています。


 「僕はすぐに熱くなってしまって....それで何度も常藤さんには迷惑をかけているんです。」

 「大丈夫です。最近はもうその行動も織り込み済みですので。」

 「ね?出来た人でしょ?」


 お二人の冗談に私達も少し気持ちが解れました。そこで冴木さんは何枚かの大きな紙を机の上に広げました。それはサッカー場の見取り図のようでした。


 「これ、今年の秋にはお披露目出来る芸西村に作ってるサッカー専用グラウンドの見取り図です。」

 「「「「「えっっっ!!!???」」」」」


 私達全員が被りつくように図面を眺めます。実は何度か現地には見に行ったのですが、グラウンド自体が高台にある上に周りは資材や足場で囲われて、しかも防音シートなども張られているので中の様子はほとんど分かりませんでした。拓斗君に聞いても詳細は冴木さんから教えて貰えなかったと聞きました。


 「あの....良いんですか?見ちゃって。」

 「ここだけの話にしていただける約束ですよね?」

 「もちろんです!!!」


 食い入るように図面を見る。はっきり言ってプロチームが使うような大きなスタジアムに比べれば小さなものです。でも、私達には夢の箱に見えたんです。


 「私達の夢の砦ですね。」

 「あっ!良いですね。広報で使わせてもらいます。」


 冴木さんはさっきまでの顔と打って変わり、これまでのようなあたたかな笑顔で私達を見ています。そこで浩伸(三田)君がボソリと呟き始めました。


 「いきなり観客席2400人ですか。思い切りましたね。」

 「正直言えば最初は500人くらいかと思ってたんですが、2500人までなら100人の観客席作るのと土台の工事は変わらないって言われて、席の設置の費用の差だけって言われたんでそれなら最初に作っちゃえって事になって。」


 そんな事まで私達に話してくれるの?ワクワクしながら続きを聞きます。


 「でも、最大収容は今のままだと8000くらいが限界なんです。Jリーグ行けた時に対応出来ないのが難点です。」


 もうすでにJリーグに向けて運営は動いてるんだ!そりゃ、そうか。1万人クラスのサッカースタジアムなんて、一年やそこらで完成するものでも無いだろうし。


 そして次に冴木さんが見せてくれたのがゴール裏に当たる観客席を正面から見たイメージ画だった。


 「おそらくここが三原さん達の主戦場になります。その時に横断幕を張っていただくスペースはこことここになります。」


 そう言ってイメージ画を指差しながら説明してくれます。ここが、私達が選手を支える場所。


 「まぁ、サポーターの方への細かい観戦マナーはグラウンドが完成次第、HPの方で通知もしますし希望される方には現地で説明会などもさせて貰う予定です。」


 絶ッッッ対応募しなきゃ!希美ちゃんと祐実ちゃんも私を見て頷いてます。


 「ただ、その時にHPに記載させていただくサポーターの方へのお願いがそれなりにお騒がせする内容になるかも知れません。それは今から覚悟しておいてください。」


 今までの話を聞いていれば、きっとそうなるだろうなと思いました。ただ、冴木さんと常藤さんもまだどういった形にするかを何度も話し合っている最中だと仰っていました。そして、その中でどう言った事が法律に触れるのか、どこまでサポーターと話し合い、最悪の場合はどう想定するのかを常藤さんの奥様である静佳弁護士に相談されているようでした。


 「と言う事ですので、現状は公認を出さず今まで通り応援していただけると助かります。いかがでしょう?」

 「はい。冴木さんや運営の皆さんの考えは分かりました。私達もチームとの関りをもう一度ちゃんと考えて、またお話しする機会をいただけたらと思います。」

 「もちろんです。」


 今日の話し合いはそのような形で終了しました。冴木さん達が帰られた後、私達は店に残り今後の事を話し合いました。今後もこのまま応援を続けていくのは間違いないのですが、どう言った形にする事が冴木さんの話していた運営との関りにマッチするのか。


 今までよりもより真剣にサッカーに向き合う機会になりました。

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