第53話 県2部リーグ 第4節

2018年9月9日(日) 高知市内某グラウンド <冴木 和馬>

【高知県社会人サッカーリーグ2部 第4節 対 土佐路スポーツクラブ】

 二か月間のサマーブレイクを挟んでのリーグ第4節。今回も高知市内のグラウンドには芸西村・安芸市以外からも国人衆や興味を持っていただいた方がたくさん見に来てくれていた。

 サッカー観戦に不慣れな方の為に運営スタッフが、リーグ運営の方々にご迷惑にならないようにどのスペースで観戦すれば良いかを案内する。拓斗と三原さん達が「こんな感じの手拍子をやってま~す」とか「試合開始前に一緒に練習しましょ~!」と観客の皆さんに声掛けをしてくれている。本当に頭が下がる。


 昨日の時点で今日のスタメンに入船・尾道・樋口の名前が入っていた。入船が左サイドとして、尾道が右サイドバック、樋口が左サイドバックだ。普段はCB一枚の3バックの布陣が多いが、今日は大西と和瀧の二人でCBを務め4バックとし、FWを中堀1トップにした。うちの中では守備的なフォーメーションになった。


 スタメンが誰なのか観客の皆さんにも分かって来たようだ。多少のざわめきを感じる。それはそうだろう。ここまでベンチ入りすらしていなかった3人をいきなりスタメン起用しているのだ。

 拓斗と三原さんがこちらに近寄って来る。


 「父さん。今日のスタメンって....」

 「冴木さん。思い切ったスタメンですけど、何か聞いてますか?」


 俺は真剣な眼差しで二人を見つめる。


 「....どうか、あの3人のプレイを胸に焼き付けてあげてください。」


 三原さんはその一言で察してくれたようだ。「えっ....」と言う言葉と共に悲痛な顔でアップを続けるメンバーを見つめる。


 「拓斗。お前も応援する立場として選手達の人生を一緒に見守ってくれ。」

 「........うん。」


 3人の引退試合が、始まる。


 ・・・・・・・・・・

同日 高知市内某グラウンド <板垣 信也>

 前半、相手は予想通りこれまでの3チームに比べると少し、いえ、はっきり言うべきでしょうね。かなり物足りないチームでした。最近の若い子達の言葉を借りれば、「エンジョイ勢」と言うのでしょうか。状況はこちらにかなり押されているにも関わらず、終始楽しそうに試合をしています。

 メンバーが気持ちを切らしてしまわないように、中堀君と及川君に引き締めを徹底するよう指示します。しかし、私のそんな心配は全く無駄でした。何か鬼気迫るモノを感じるほどに全員が集中しています。恐らく今日引退試合の3人を想っての事だと感じました。


 試合も左サイドバックに入った樋口君はサイドを駆け上がろうとする相手選手にしっかりと貼り付き、簡単にパスを受けさせる隙を与えません。相手選手も樋口君の方が少し体が小さいので押し切ろうとしたりしてきますが、そこはトレーニングマニアの樋口君です。体幹と下半身がしっかりと鍛えられていて、多少揺さぶられたくらいでは引き剥がす事は出来ません。

 正直言って、右サイドバックの尾道君の冷静なディフェンスもあって、いつものディフェンスラインと変わらず安定感のある守備が続きました。


 攻撃陣に関しては何の心配もありません。はっきり言ってパス練習かと思わせるほどにパスが通り、次々とチャンスを演出してそれをしっかりと中堀君が決めてくれています。前半を終えた時点で4点を奪い、失点はもちろんありません。

 やはりレギュラー・控えに入れていないとは言え、県2部の下位チーム相手なら樋口君達は十分に渡り合える実力は持っています。だからこそ、とも思うのですがこれからのチームを考えて彼らは決断をしてくれました。


 ハーフタイムに入りました。全員の状態を確かめながら後半のポイントを確認していきます。全員まだ集中力・気力共に落ちてはいないようでした。

 3人にも確認します。


 「後半、行けますか?冷静に判断してください。」


 皆が緊張した面持ちで見つめる中、3人は笑顔で親指を立てて問題ないとアピールします。「最後まで行かせます。やれますね?」私の表情を読み取り、真剣に頷く3人。全員の覚悟が決まりました。


 私はあえて円陣を組みました。及川君に掛け声を頼みます。こういった時にしっかりとチームの方向性を作ってくれるのが、及川君です。


 「良いな。悔いを残すサッカーするな。最後だ。出し切って絞り出して『何であいつらが辞めなきゃいけないんだ』とバッシングされるくらいの内容を魅せよう。樋口、尾道、入船。最後まで諦めるなよ。」

 「「「はい!!」」」

 「さぁ!送り出すぞッッ!!」

 「「「「「応ッッッッッ!!!!!」」」」」


 さぁ、後半です。


 ・・・・・・・・・・

同日 試合後半 <五月 淳也>

 あぁ、嫉妬してしまいそうなほどチーム一丸となっていた。アマチュアチーム。発足一年目。そして過去に輝かしい栄光があった訳では無い。そんな小さなチームの一選手がサッカー引退する事に際して、これだけチームが纏まり必死に試合をする。

 これがどれだけ幸せな事か。選手達だけじゃない。運営スタッフはもちろん。どこかで感じたのか聞いたのか、恐らくヴァンディッツ側の観客の皆さんも気付いている。この試合全体が3人を送り出すぞと言う雰囲気に満ち溢れている。


 尾道さんとは同じ大阪出身と言う事もあり、農園の作業では同じ班になる事が多かった。寡黙な人で余計な事は話さないけど、俺が他の人と笑いながら話をしていると、作業しながらそれを楽しそうに聞いてくれているような人だ。

 黙々とひたすらに仕事をこなす姿はサッカースタイルも同じだ。愚直にひたすらに相手のチャンスの芽になるモノを潰していく。「俺はこれしか出来ん」と開き直れるのが羨ましくもあった。自分のプレイを理解出来ている。


 後半に入っても尾道さんの運動量は落ちない。一年も畑で毎日作業して来ているんだ。その辺の人よりはよっぽど体力がある。初めてこのチームの試合を観た人ならば、なぜこの3人が引退と言う決断をしたのか不思議に思うほど動けているし、チームの中で機能出来ている。

 でも、それはこの県2部リーグだからと言う事も尾道さん達自身も分かっている。この先のカテゴリーを考えた時に自分達がチームの中で機能出来るのかどうか。だからこその今回の決断だったはずだ。


 後半に入って相手チームの動きは明らかに悪くなった。年齢層も相当高いのだから仕方がない。そうでなくても今日のうちの戦術は細かいパス回しで相手のスペースを狙っている。相手も必死にボールを追いかける。自然と相手の注意がボールに集まる。相手陣内真ん中にぽっかりとスペースが生まれる。


 その瞬間、ボールを持った尾道さんが「淳ッッッッ!!!!」と叫んだ。パスが来る!相手DFが必死に詰めてくるがワンタッチでかわせるだけの余裕はある。

 しかし、尾道さんのパスを出した瞬間の目が心のどこかで引っ掛かる。ただ出したパスじゃない。ちらりと目線だけで左サイドを見る。それを確認し、俺は出されたパスをそのまま股下を通してスルーした。


 そのボールの先には完全にマークを振り切った明(入船)が走り込んでいた。相手ゴールエリア前。完全フリー。迷うことなく足を振り抜き、ボールは真っすぐにゴールマウスに吸い込まれる。


 あぁ、嫉妬するよ。最後の試合でこんな連携を魅せられたら。ガッツポーズをする明と駆け寄って来る尾道さんの目には小さく光るものが見えた。


 ・・・・・・・・・・

同日 試合終了後 <樋口 光>

 試合を壊す事無く無事に終われました。失点なく勝てた事はDFとしては誇っていい結果だったと思います。応援に来てくれた方の前で全員で整列し、試合後の挨拶を中堀さんがします。

 その時に応援してくれていた皆さんが尾道さん、入船さん、僕の名前をコールしながら手拍子をしてくれました。たった1試合しか出ていない自分の為に、有難くもあり恥ずかしくもある心地良い時間でした。


 お見送りの時間の前に着替えを済ませようとシャワーを浴びて着替えを済ませます。その間も何となく頭がボーッとする感じがします。体調が悪いと言う事は無いのですが、何となく気持ちがハイになっているのかも知れません。


 先にお見送りに向かったメンバーに追いつくように更衣室を出ました。すると廊下で和馬さんが尾道さんと入船さんに握手をしていました。僕に気付くと和馬さんは笑顔で手を差し出します。


 ....なぜでしょう。目の前が歪んで見えます。溺れたように歪む視界に、自分が泣いているのだと気付くのに少し時間がかかりました。和馬さんは握手をしたままグッと抱き寄せてくれます。


 そうなった後はもう駄目でした。周りの状況などお構いなしに嗚咽をあげながら、膝を付き号泣してしまいました。自分がこんなにも現役を退く事に悲しさを持っていたのかと。

 子供が泣くようにひたすらに和馬さんの胸の中で泣き続けます。


 和馬さんは何も言わず、一緒に膝を付いてずっと背中をさすってくれていました。その温かさと優しさに自分の決断は決して間違いでは無かったと教えて貰えているようでした。


 ・・・・・・・・・・

同日 試合終了後 <三原 洋子>

 今日のお見送りの時間はいつもとは違った空気が流れていました。試合前に冴木さんから聞いていた事は、ハーフタイム中に裕子(雪村)ちゃんから3人の引退試合なのだと正式に発表がありました。

 そこからの観客の皆さんの団結と言ったら今までで一番声も手拍子もすごかった。80人程集まってくれていた観客のほとんどは複数回応援に来てくれている方達。そして、そのほとんどがチームメンバーと何かしらの形で生活を共にしている方達。尾道君、入船君、樋口君の普段の人となりを知り、社会人としての3人を知る人達。


 何人かの方は手拍子しながら涙されている方もいました。それくらい彼らがサッカーに賭けている情熱を知っているんだと思います。そして、それはチームから告げられた幕引きでは無く、自分達自身で現役選手と言う舞台に幕を引く覚悟をしたと知りました。


 少し遅れて3人が冴木さんと共に私達が待っている駐車場へとやってきました。樋口君の目は真っ赤になり、それを見て私も拓斗君も涙が止まりません。


 「ひっぐっちっっ!!!(ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!)いりふねっっ!!(ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!)おのみちっっ!!(ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!)」


 拓斗君が震える声を必死に張り上げ、皆で3人のコールをします!!3人は深々と頭を下げ、コールに応えてくれました。

 今回は監督から残った観客の皆さんへ感謝の言葉がありました。


 「皆さんもご存じの通り、本日の試合を持ちまして樋口選手、入船選手、尾道選手はVandits安芸での選手としての活動を終了する事となりました。このような温かい声援と拍手をもって送りだしていただける3人は本当に幸せ者だと思います。有難い事に3人共、今後もVanditsの裏方として支え続けてくれる道を選んでくれました。ピッチの上での活動は無くなりますが、今後のヴァンディッツの力に加わってくれる3人をこれからもどうか応援よろしくお願いします。」


 監督と共に選手・スタッフの皆さんが一斉にお辞儀をし、私達は拍手とヴァンディッツコールで応えます。

 その後は皆さんがこぞって3人との記念撮影をお願いしていました。本当にまるでプロ選手みたい。


 私は今日の事で思った事を伝えたいと思い、私の店で働いてくれている希美ちゃんと祐実ちゃん、そして拓斗君と共に冴木さんと常藤さんの元へ向かいます。

 冴木さんは私達の真剣な表情に少し驚いていました。


 「えっと....三原さん、どうされました?そんな顔で詰め寄られたら怖いですよ。」

 「あっ....すみません!あのっ....4連勝おめでとうございます!」

 「いえ、応援のおかげです。今日は最高の送り出しが出来ました。チーム一同感謝しております。」


 向かい合ってお辞儀合戦になりました。


 「冴木さん、常藤さん、お願いがあってきました。」

 「はい。何でしょう?」

 「今まで何となくで私達と拓斗君で仕切って来た応援なんですけど。」

 「はい。有難く思っています。」


 緊張する。ふぅっと息を吐き、決意を伝える。


 「正式に応援団として結成したいので、チームから公式応援団として認めていただく為の条件を教えていただけませんか?」


 お二人は私達が「お願いがある」と言った時点で、予想は出来ていたのかも知れません。表情に驚いた風は見えませんでした。冴木さんの口元にグッと力が入るのが見えました。


 「お気持ち有難く頂戴します。その事に関しては運営としても考える事もあるので、一度お話を聞かせていただく機会を作らせていただいて良いですか?」

 「もちろんです。」

 「ありがとうございます。では、一度持ち帰らせていただいて日程を決めましょう。今後の皆さんとチームの関りに関する事ですので、しっかりとお話しできればと思っておりますので。」

 「ありがとうございます。宜しくお願いします。」


 そこで話しは終わり、その後はいつものお見送りの時間を満喫しました。しかし、私も拓斗君もどこか引っ掛かっていました。


 冴木さんと常藤さんがあの話をしている間、一度も笑顔が無かった事を。


 ・・・・・・・・・・

【Vandits安芸】県リーグ2部4節 現地観戦してきたぞ

01:bandana

 現地で観て来たわ。Vandits安芸。


02:panda

 おぉ!やりますなぁバンダナ氏!どうでした!?


03:bandana

 涙してしまったよ。


04:rockriver

 どう言う事だ?涙するような試合(;´・ω・)


05:bandana

 まさかの3人の選手の引退試合だった。選手登録外して今後は運営として活動するらしい。


06:✖△

 県リーグくらいのアマチュアで引退試合??おいおい、贅沢だな。


07:panda

 試合自体はどうだった?


08:bandana

 正直言って実力差はかなりあったね。だからこそ引退試合としてやったのかも。しかも発表されてる訳じゃなかったし。ワシも試合後のお見送りイベントみたいなので気付いたぐらいだったから。


09:rockriver

 まぁ、そうだよな。前もって発表何てしたら相手チームに失礼だしな。


10:bandana

 お見送りイベントがあるって言うから、その前にお手洗いだと思って施設内に戻ったら廊下で、引退する選手がオーナーの冴木氏に背中さすられながら大号泣してる場面に鉢合わせちゃってトイレしながら若干泣いてたワシ。


11:〇✖◇

 オーナーの冴木和馬って結構クールで仕事にはかなり厳しいみたいな記事を経済誌で読む事多いけど、選手に寄り添えるオーナーなのかね?


12:✖△

 誰だって目の前で泣かれりゃ慰めるしかないだろ。そんな善人じゃねぇよ。


13:panda

 >✖△ とりあえず冴木氏に何されたかは知らんが、背中撫でてやるから落ち着けww


14:rockriver

 それな!否定的な意見も具体例が無けりゃただのクレーマーだからなww

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