第52話 よさこい祭り

2018年8月11日(土・祝) 高知市内 帯屋町アーケード <雪村 裕子>

 今日は高知市内へ予定が合うメンバーで『よさこい祭り』を見に来ています。総勢で16名ほどで観に行く事になりましたが、地元出身の皆のアドバイスで全員でぞろぞろと見るよりは何組かに分かれて観た方が行動しやすいそうなので、4人のグループに分かれる事になりました。


 私は直美(秋山)さんと及川さんと古川君の4人です。

 いえっ!!別に!!及川さんと観たかったとかそう言う事ではありませんので!直美さんが気遣って及川さんに説明をお願いしたとか、それを「ラッキー!」って思ったとかそんなんじゃないのでっ!!!


 及川さんと古川君は前職の上本食品さんにいらっしゃった時からプライベートでも出かける事が多いそうで、私と直美さんの県外組によさこい祭りについて丁寧に説明してくれます。


 よさこい祭りは高知市内の商店街を演舞場として、踊り子が隊列を組み練り歩きながら踊るんだそうです。8月9日に花火大会と前夜祭があり、10日・11日が本祭、12日が全国大会の計4日間で行われ、日にちは絶対に動かさず開催される年によっては4日間とも平日だった時もあったそうです。

 昔はチームの参加ルールも非常に緩く、奇抜なチームなんかも多かったそうです。

 私からすれば今の参加ルールも非常に緩く感じます。だって、鳴子が使用されてて音楽の中によさこい節の歌詞と音楽が一節入っていれば良いって、はっきり言ってグローブ填めてれば何しても良い異種格闘技戦みたいに聞こえます。


 それでも参加チームが大幅に増えた事もあって、この数年で「何分間の間に何m歩ける振付にしてください」とか、最低人数を設定したりなどルールは段々と増えているんだそうです。演舞場も大型商業施設の駐車場やお城の敷地内にステージを作る等、新たな演舞場も少しづつ増えているんだそうです。


 帯屋町アーケードで四人で見ていたのですが、アーケード内は音が響く事もあって地方車じかたしゃ(踊り子の列を先導して音楽を流す装飾されたトラック)から流れる重低音がお腹の中でズンズンと響きます。


 「雪村さん!凄い音でしょ!?」


 及川さんが耳元で大きな声で話しかけてくれます!いやっ....近いです!でも、そうしないと隣の人の声も聞こえないくらいにすごい音なんです。


 「初めて生で観ました!なんか音が体の中に響いてくすぐったいくらいです!」

 「そうながですよ!地元の生粋の踊り子はこの感覚を味わうと体がウズウズし出して踊りたくなるがです!」


 その感覚は何となく分かる気がします。この感覚は体をワクワクさせる感じがします。そう話すと及川さんは「雪村さんにも高知の血が流れ始めたがですよ」と嬉しい事を言ってくれました。

 すると古川君が及川さんに話しかけていました。


 「司さん!○○(チーム名)ですよ!」

 「おう!賞取りのチームやか!」

 「....及川さん!ショウトリって何ですか?」


 及川さんの説明では『賞取り』と言うのは地元の方の隠語みたいな物で、よさこい祭りではいくつかの賞が設定されているのですが、その賞を複数回受賞していたり毎度の様に受賞するようなチームをそう呼ぶのだそうです。


 今でこそ本祭で賞を受賞したチームと県外参加のチームだけで踊る「全国大会」と言う日が最終日に設定されるほど全国的な広がりを見せているよさこい踊りですが、そうなるまでは毎年のように数チームがよさこい大賞を順番に取る様な時代があったんだそうです。その時代にそんなチームに皮肉を込めて「あそこは賞取りのチームやから」と言う人達がいたんだそうです。


 今はその時のような悪い印象で使われる単語では無く、優勝候補とか有名チームみたいな感覚で使われているそうです。


 それにしても本当にすごい観客の数です。しかも、メインの演舞場である追手筋と呼ばれる場所には特別に席を設置したりしていますが、帯屋町アーケードやその他の商店街などでは席は無く、立ち見で皆さんが踊りを楽しまれています。


 にも関わらず、誰かが先導している訳でも注意書きが書かれている訳でも無いのに立ち見で見ている方達の後方は通過する人達の為に少し開けられていて、揉みくちゃになるみたいな事はあまりありません。聞くとこれも長年の祭りの中で自然と生まれた暗黙のルールなんだそうです。


 帯屋町アーケードの途中にある中央公園では特設ステージが設置されていて、ここでは他の演舞場とは違いステージ上で踊りが披露されます。練り歩きとはまた違った踊り方をしているチームもいたりして面白いなぁと興奮しながら見ました。


 何が一番楽しいかって躍っている皆さんの表情です。チームによっては落ち着いた和のテイストの音楽でしんなり踊って真剣な表情なのですが、その表情の奥に『たのしぃ~!!』って叫んでいそうな表情が見え隠れしているんです。

 当然アップテンポな曲調のチームなんかは観ている方を煽るように手拍子や掛け声を求めたり、本当に「弾ける笑顔」とはあの事を言うのだろうなと思えるほど皆さん楽しそうです。


 最近は県外のよさこい祭りでよさこいを初体験して、高知で踊る為に移住してくる人もいるんだそうです。『よさこい移住』ですか。うん。何かヒントになりそうな予感です。


 「暑いしそろそろお昼にしますか。」


 と、古川君が声をかけてくれて帯屋町内にある小さな路地に入っていきます。見た感じ飲み屋街のような場所でほとんど人もいません。一軒のお店が見た感じは完全に居酒屋さんですが、この時間からでも営業しているようです。

 お店の名前は『鉄』と書かれていました。


 「大将~!!キンキンッに冷えたウーロン茶4つ!!」


 古川君が入り口を入るなり叫んでいます。中にいらっしゃった大将さんと店員さんが大笑いされていました。聞くと、この店はVandits安芸の行きつけだそうで、上本食品サッカー部にクラブチーム立上げの話をしたのもここなんだそうです!


 そう言えば何度か試合後に高知市内で打ち上げをされてると聞いた事がありました。私はあまりお酒を飲まないので参加した事が無かったのですが、どうやらここが打ち上げ会場だったんですね。


 大将さんは見た目少し厳しそうな方ですが、とても気さくに話して下さり、今日も本当は昼間は営業してないのに皆がよさこいを観に来ると話したら「休憩場所が欲しいだろ」とヴァンディッツメンバーの為だけに店を開けてくれたんだそうです。


 「大将!すまんね。開けてもろうて。」

 「夕方には開けるがやき、一緒よ。こんな日はどの店も一杯になるき、ゆっくりも出来んやろ。まぁ、クーラーもかかって涼しいき、気にせんとゆっくりしていきや。」


 私は及川さんお勧めの焼きそばと串の盛り合わせをお願いしました。大将さんが焼きながら、及川さん達に話しかけます。


 「綺麗なお嬢さん達連れて、居酒屋らぁぃいだち。お嬢さんらぁもせっかくお洒落しちゅうに服に煙の臭いが付くじゃか。気の効かん男らぁやのぉ。」

 「せっかくやき、うちのチームの行きつけに来てもらいたいと思うたに。」

 「いえ、嬉しいです。居酒屋大好きなんです!」

 「私も大好きです。」


 直美さんの言葉に乗っかります。大将さんは「気ぃ遣わすねぇ」と言いながらも嬉しそうにしてくれています。

 出していただいた焼きそばもホントに美味しくて皆さんが通う理由が分かりました。でも、及川さんの話では和馬さんに紹介されるまでは誰もこの店を知らなかったと言います。大将さんに聞いても和馬さんは常連では無かったみたいで。一体誰に聞いたんでしょうか。


 お店の位置が追手筋とアーケードに挟まれてる小路にあるので、食事しながらでも音楽がうっすらと聞こえてきます。クーラーの効いた涼しい店内では壁にかけられた小さなテレビでもよさこい祭りの中継が流れていました。


 「雪村さん、楽しめました?」


 及川さんが笑顔で聞いてくれます。楽しめてるに決まってるじゃないですか!とはとても言えません。でも、ホントに良い1日です。


 「こんなに盛り上がってるなんて知りませんでした。北海道のよさこいには行った事があるんですけど。また違った感じですね。」


 そう言うと、古川君が「あっ、それ地元民には禁句です。」と笑いながら話してくれました。と言うのも、北海道で開催されているのは「よさこいソーラン祭り」で「よさこい祭り」とは別物なんだそうです。

 しかも、観光客の方で非常に多い誤解が「よさこいソーラン」がよさこいの発祥だと思っていたり、それを真似して高知がよさこい祭りを始めたと言う人がいたりするんだそうです。


 さすがに地元の方の前で言う人は少ないそうですが、万が一そんな発言をしようものならこういった居酒屋ではそのまま席に座っていられなくなるくらい雰囲気は悪くなるそうです。


 元々は北海道の大学生の有志が高知のよさこい祭りを北海道のソーラン節と融合して、夏に避暑地として北海道に訪れる人達に向けたイベントとして立ち上げたのが始まりだそうです。高知のよさこい祭りがよさこい節を組み込むルールがあるように、よさこいソーラン祭りではソーラン節を組み込むと言うルールがあるそうです。


 「去年は事務所立ち上げの準備で忙しかったですからね。今年は来たいなぁって思ってたんですよ。及川さん、誘ってくれてありがとうございます!古川君もありがとうね?」

 「有難うございます。」


 直美さんが二人にお礼を言ってくれたのをきっかけに私もお礼を言います。つい最近、「せっかく高知に来てくれたのにまだ見てないのは可哀想」って話に寮でなったそうで、それなら皆で観光案内しましょうと言う話になったと教えてくれました。


 「来年もまた観に来ましょうね?」

 「えっ......っはい!!」


 及川さんからの嬉しい言葉に気分が上がりました。来年も来たいなぁ。


 ・・・・・・・・・・

2018年9月3日(月) Vandits事務所 <冴木 和馬>

 夕方頃に板垣から「時間が欲しい」と言われた。事務所2階の使われていない1室に入ると樋口・入船・尾道がいた。部屋には使われていないデスクがいくつか置かれていてそれぞれ座っていた。俺は近くにあった椅子を引き寄せて腰掛ける。


 「で?時間が欲しいって事だけど、珍しいメンツだな。まぁ、このメンツって事はヴァンディッツ関連の事か?」


 俺がそう聞くと板垣が入船と尾道に話を促す。緊張した様子で代表して入船が話し始めた。


 「冴木さん、サッカー選手としての活動を今季で終わりたいと思ってます。監督には相談させてもらって、冴木さんに報告しようと言う事になりました。」

 「........尾道も同じか。」


 尾道は静かに頷いた。何となくこの二人はいつか話に来ると思っていた。特に尾道に関しては、チーム立上げの時からプロになりたいと言う意識は無かった。食事会の時に個人的に「いつかは社員としてお世話になりたいと思っています」と宣言されたくらいだった。

 しかし、不真面目とかそう言った事は無く、非常に仕事にもサッカーにも真面目な男だ。最近のチーム事情を鑑みて判断したようだ。


 「良いのか?早すぎやしないか?」

 「いえ、これからJFLを意識したチーム作りをしていくなら、俺達のようなメンバーがいてはいけません。これからは事務所スタッフ、運営スタッフとして皆を支えたいと思っています。せっかくチームに誘っていただけたのに申し訳ありません。」


 二人が揃って頭を下げる。


 「........頭なんて下げるなよ。」


 思わず声に寂しさが出てしまった。二人は驚いた様子で俺を見ている。


 「お前たちがどう言う思いで決断してくれたか。本当に申し訳なく思うよ。」

 「でも、サッカーは趣味で続けますから。これからはサッカースクールのコーチを俺達がお手伝い出来ればなって。選手への負担も少しは減るだろうし。小学生の基礎練習なら俺達も監督にアドバイス貰いながら教えられそうだって思ったので。」

 「....そうか。そこまで考えてくれてるなら俺からは引き留められないな。分かった。いつ付で退部になる?」


 板垣が真剣な表情で「選手登録としては今月末。試合には来週9月9日の第4節で出場させようと考えています。」と答えた。俺はあまりに早い引退試合に驚いたが、それも二人の希望なのだそうだ。

 今度の第4節の相手は県2部の中では一番勝ちが想定できるチームで、メンバーのほとんどが30代後半から40代で、それこそ「試合相手確保の為に2部に登録している」チームのようだ。

 なので、そのチーム相手であれば現状のチームからすると二人が試合に出場しても万が一にも負ける事は無いだろうとの判断なのだそうだ。


 「そうか。まぁ、相手に失礼にならない判断なんだったら、俺からは何もないよ。でも、板垣。一つだけ我儘を言っても良いか?」

 「何でしょう?」

 「今まで試合の事に関しては一切口を出してこなかったが、今回だけ越権行為をさせてくれ。その試合で樋口も出場させてほしい。」

 「....えっ!?」


 樋口が驚いた表情で俺を見る。


 「樋口がしっかりと自分の中で決断してくれた事は分かっている。でも、一度も試合出場もなく、選手登録から外すのはどうしても俺にはツラすぎる。頼む。一試合、前後半どちらかでも構わない。樋口が試合に出るチャンスを作ってもらえないか?」


 板垣はなぜか優しい笑顔だった。樋口は戸惑った表情のままだ。


 「樋口君は今でもトレーニング指導しながらも練習には欠かさず参加してくれています。試合に出る事に反対はありません。樋口君も9日の試合に出てもらいます。」

 「すまん!」

 「いえ。こうして気にかけていただけて選手達は幸せ者です。しっかりと気持ちの踏ん切りを付けられますから。」


 3人が頭を下げる。俺はそんな大層な思いがあった訳じゃない。もしかしたらこう言う事は真剣にサッカーに向かい合う人達には失礼に映るのかもしれない。でも、何とか彼らにその機会があればと思った。

 誰にも知られる事無くいつの間にかHPのメンバー欄から名前が消えるような存在にしたくなかった。


 「しっかりと勝利も掴み取ります。彼らの最後の雄姿を見てあげてください。」


 もちろんだ。刻むよ。

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