第51話 たくさんの可能性
2018年7月30日(月) Vandits事務所 <常藤 正昭>
和馬さんの言葉に板垣君が慌てて答えます。
「いや!高知県で最初にJリーグ入りしたって箔がある方が良いじゃないですか。特に高知はJ無し県な訳ですから。」
「うぅ~ん。そこは皆との認識の違いかなぁ。俺はJリーグに一番に乗り込める事を重要視してないんだよね。そりゃ、それが叶えば嬉しいけど。俺らのチームがJリーグ入りするまでユナイテッドさんがJリーグにいけないって事の方を、高知県のサッカー関係者的には危険視しなきゃいけないと思うんだよ。」
「........なるほど。確かに。」
どんなプロスポーツだけに留まらず、実業団スポーツでも戦力・環境を整える最大の要因はマネーゲームが関わってきます。有るに越した事は無いし、無い事で出来ない事が増えるのですから。
それだとしても現状で高知ユナイテッドSCさんはVandits安芸よりも2つカテゴリーが上。しかも去年は四国リーグを優勝されており、その後の地域チャンピオンリーグ(通称:地域CL)で敗退しましたが、既に四国リーグを抜けられるだけの力を持っているのは確実です。
「今年の四国リーグのここまでの成績を見ても、相当な番狂わせが連発しない限り、後1ヶ月半で高知ユナイテッドの独走に絡めるのは徳島くらいだろう。それを考えれば恐らく今年も地域CLに進出するのはユナイテッドだ。確率の問題だが、俺らが四国リーグを戦う時には既にユナイテッドはJFLにいるはずだ。」
それはどんなにうちを贔屓目に見ても覆せない現実でしょう。恐らく追いつけるチャンスがあるとすればJFL。下手をすればうちがJFLに上がる段階でユナイテッドさんは既にJリーグ入りしている可能性もあります。
「まぁ、簡単に言えばうちが四国リーグで上位に入る成績を収める、もしくはJFL入りした後でなければユナイテッドと『高知最強決定戦』なんてやっても地元の人ですら鼻で笑われてしまう内容になるって事だ。悔しいだろうが現実だ。」
「と、するならば、こけら落しはどうされる予定ですか?」
和馬さんの中でもまだ考えが纏まっていないようでした。
「例えばだけどさ、俺達がお世話になっているサッカースクールの子達で紅白戦をデモンストレーションしてもらう。前後半20分づつくらいで。その後に高知県東部の高校に所属するサッカー部員のメンバーで一つのチームを組んでもらい、そことVandits安芸が練習試合をするって事の方が、本当の意味での地元への還元に繋がるんじゃないかと思ったりもしたんだけど....」
板垣君の反応を見ても悪くなさそうです。しかし、何かピンと来ていない感じを和馬さんから感じます。
「良いと思いますが、なぜ悩んでるんですか?」
「いやさ、今後Jリーグ入りを目指すチームが全国大会はおろか県大会でも上位には入れてない子達と戦うって苛めみたいに見えないかなぁって。」
いくつかの苦笑いが聞こえてきます。和馬さんが考えている事をとりあえず話してもらう事にしました。
「将来的にさ、この交流マッチはうちのグラウンドの毎年の恒例行事みたいにしたいんだよ。高知県東部の高校で頑張って3年間サッカー部で居続けてくれた子達へのご褒美、なんて言ったら偉そうだけど。最後の最後、引退試合として親御さんなんかも無料で招待して、高校最後の雄姿を見てもらうみたいなさ。」
皆が真剣に話を聞きながらそれぞれ検討しています。和馬さんがそれを考えたきっかけはテレビで放送されていた県外のある野球部強豪校のドキュメントだったそうです。レギュラーになれなかった3年生がレギュラー組と引退試合を行い、最後に卒業生全員が監督からノックを受けて引退すると言った内容だったそうです。
「今は県2部だけどさ、それがJリーグ入りしたりしたらさ。思い出になると思うんだ。おらがチームと最後に試合して高校サッカー引退なんてのはさ。まぁ、それで高知県東部のサッカー熱が上がってくれて部員増えたり技術上がれば、それこそ有難い事だしさ。」
「なるほど。一考の余地はありますね。」
地元に根付いたクラブ運営を志すならば、サッカー教育への寄与も当然に候補には入ってきます。そう言った意味で今の段階ならば高知ユナイテッドさんと交流マッチをやるよりは遥かに地元への還元と言う意味合いは大きくなるでしょう。
「高校サッカーの冬の選手権の高知予選は11月の中旬には決勝が終わってる。そしてその後の就職活動や県外への引っ越しも考えれば、一月末まではたぶん部員達も少しは日程的に余裕があると思うんだ。その間のどこかで出来ないかなぁと。」
そこでその考えが今年限定である事を和馬さんは付け加えました。
「この日程でやれるのは県リーグに所属してる間だけだ。四国リーグに入ればこの時期は地域CL真っ只中だ。とてもじゃないが日程的に選手に無理をさせるしかなくなる。だから、とりあえず今年は見切り発車してみて、来年は今年の反省点を持ち寄った上で定期開催が出来るかどうかを検討するって感じかな。最悪は春先に日程を変えて、高校生の最後の一年を後押しするって方向にも変えられる訳だし。」
ざっくりとした案ですが、反対意見や代替案は無いようでした。
「まぁ、何よりヴァンディッツの皆が乗り気で無いならやる意味は無いから、まずは皆に話してみてからだな。今日の練習、俺も見学に行くからその時に板垣と一緒に話してみるよ。それで良いかな?」
そう言って和馬さんが板垣君を見ます。板垣君も頷き、とりあえずはチームで検討と言うことになりました。
「よし、グッズはデザイン全く問題なし。タオルマフラーなんて俺は今すぐ欲しいぐらいカッコイイしな。この風船みたいなのは応援グッズか?」
「そうです。細長いバルーンになってて膨らませてぶつけ合う事で音で応援を盛り上げる感じです。何度か繰り返し使えない事は無いですが、基本は使い捨てなので今の販売価格は200円~250円くらいですね。」
「なるほど。バルーンに空気を入れるサービスと一緒に販売すれば良さそうだな。後は使い捨てって事で試合会場や会場周辺でのポイ捨ての可能性が出てくるから、そこに対する対応も含めてこれはもう少し検討だな。」
「分かりました。」
有澤さんと山下くんがメモを取って今後の改善点を洗い出します。
「グリットさんはユニフォームとTシャツのサイズ対応はどこくらいまで出来るって?」
「TシャツはメンズS~3Lまで。レディースはS・Mのみですね。と言うかメンズとレディースでユニフォームのフォルムデザインを変えないなら、レディースLサイズはメンズのMで対応出来るそうです。」
「ユニフォームに関してはS~LLまで。それ以上のサイズは個別発注で少し値段が乗ります。こちらもレディースはTシャツ同様ですね。」
「なるほど。」
和馬さんがまた考え始めます。見本品を見ながら自分のスマホに表示しているカレンダーを交互に見ています。
「よし。ユニフォームとTシャツに関しては予約販売をまず開始しよう。販売開始の日をしっかり設定しないと後で
「分かりました。」
「早い段階でリーグ戦で応援して下さる皆さんに着て貰いたいのはあるが、焦る必要は無い。来季の県1部が始まるまでに皆さんの手元に確実に届く日程で組むぐらいの気持ちでいてくれ。ただ、当然だけどそれだけ期間を設けるんだから、くだらないミスは勘弁してくれ。『ほうれん草隠そう』で頼むぞ。」
「分かりました。」
ほうれん草隠そうとはうちのファミリアの全ての部署で徹底されている事です。社会人なら当たり前に徹底されるべき「報告」「連絡」「相談」に加えて、「確認」「想定」の要素を徹底させています。分からなくなれば周りに丸投げではなく、自分の中でどう言う流れ・結果になりそうか想定し、それを何度も確認してから周りに「報連相」する。これがファミリア流です。
「まぁ、でもこうやってグッズが目の前で見れてファンの人達に届くと思うと、やっぱり自然とテンションは上がるな。良いデザインで尚の事だ。さぁ、しっかり売りましょう!」
会議が始まった時の空気と今はガラリと変わり、皆の顔も楽しそうでした。
・・・・・・・・・・
同日夜 安芸中学グラウンド <冴木 和馬>
「ってな話なんだけど、皆の意見を聞かせて欲しいんだ。」
練習終わりのメンバーに昼間の話を聞いてみる。着替えと汗の処理が終わったメンバーはグラウンドの隅にある街灯が明るい場所に集まっていた。
中堀と司が賛成の意思を見せた。
「オレは賛成やにゃ。まぁ、ナカと一緒にサッカースクールの手伝いを始めた張本人やから、スクールの子達にそう言う機会を与えて貰えるのは正直嬉しい。」
司の発言に中堀も頷いている。
「それに高校も中学も勝ち進めるような学校ならまだ出場機会もあるやろうけど、東部の学校は元より合同チームな上に一回戦を勝てるかどうかのチームながやき、年間で3~4試合しか公式戦が無い。練習試合したくても保護者や地元協力者に頼らんと移動すらも難しいがよ。」
なるほど。確かに話を聞いた時に中学の大会が高知市内であった時は指導者含めて全員で後免奈半利線に乗って高知市内に向かって、市内ではバス移動したって言ってたな。
「東部合同のチーム言うても東部も広いやか?芸西村とか高知市内に近い子らぁやったらまだ家族の協力もあるかも知れんけど、室戸の子になったら子供の送迎言うだけで一日仕事やから。なかなか協力は難しくなるがよ。」
「そうながか。それやったら中学・高校の試合の時にはバスを支援する活動も考えても良いかも知れんね。うちらが使いゆうみたいな観光バスじゃなくて、マイクロバスならそれほど向こうも遠慮せず受けてくれそうやし。」
司と話していて自然と方言に戻ってしまった俺を、生暖かい眼で見るメンバー達。事務所にいる時には一切方言は出ないから、俺が土佐弁を話してるのを見るのは貴重なんだそうだ。
軽く咳ばらいをして空気を変える。
「今年に関してはそれでやってみて皆さんの反応も知りたいし、皆にもどれくらいの負担になるかも知りたい。あまりにスケジュール的にだったり、身体的に負担が大きいなら続けられないからな。」
「この活動が続いていつかその子達がヴァンディッツのユースチームに!みたいになったら嬉しいですよね。」
「まぁ、そうなる為にはユースチームに入りたいって思われるようなトップチームにならないとな。」
笑顔でさらりとプレッシャーをかけておく。苦笑いするメンバーもいれば気合が入っているメンバーもいる。しかし、その辺がしっかりしてるのが中堀と樋口だ。
「と言う事はユースチームを作る方向になるって事ですね。」
「まぁ、遠からず考えなきゃいけない事ではあるだろうな。」
「そんなに簡単には出来ないんでしょうね。」
「そうだな。まずは子供達の確保って、言い方が悪いかな。最低11人の入団が無いとチームとして協会から申請の許可が下りない。」
その他にもJFA認定のC級ライセンスを持つ専任の指導者。3級審判2名などなど色々と制約がある。結成時に全てが揃っている必要はないが、最低でも結成3~5年の間には全ての要素を満たさないと恐らく認可が取り消される。
「一番の問題は子供達の数と指導者だな。指導者に関しては専任って所が問題だ。うちの選手やコーチ陣がユース監督を兼任して指導する事が出来ない。コーチとして兼任指導は出来るけどな。いわゆるユース監督を新たに構える必要がある。」
「それは俺がやるって事ではダメって事ですね。」
「中堀の気持ちは嬉しいが、もし中堀がユースチームの監督をやるのだとすれば、Vandits安芸の選手登録から外れた上でトップチームのコーチ指導からも外れる必要がある。まぁ、実質のユース専属だからな。」
全員の表情が厳しくなる。
「板垣とはその辺の話なんてした事も無いが、はっきり俺の考えを言っておくが中堀をユース監督にするつもりはないぞ?それだったらユースチーム何て作らずに中堀に選手兼コーチ兼スクールコーチを兼任しまくってもらう方が良いんだ。」
何となく全員から安堵感が流れて来た。そりゃ、そうだろう。何のためにB級講習を受けさせて将来的にA級ジェネラルを合格して貰うつもりで長期スケジュール組んでると思ってるんだ。
「ユースチームは今のスクールを継続しながら3年以内くらいの中期スケジュールで設立の可能性を探れればと考えてる。と言ってもユースで無く、U-15(15歳以下)のジュニアユースチームになるだろうけどな。」
今のサッカースクールをそのままジュニアユースチームとしてうちのクラブで引き取る。そして、指導しながらその経験を学童サッカーで発揮して貰いたい。
「まぁ、語り始めたら夢は尽きないが、今はしっかり自分達の現実を掴み取ろう。今日の昼間にグッズの販売も決まった。着々と環境は整いつつあるからな。」
皆から「おぉ....」と言う驚きの声が上がる。
「年末から年始くらいには宿泊施設の本格的な営業準備も始まる。施設管理部に配属された入船や五月達には、今までとは違った仕事になって負担も増えると思う。農園はメンバー減ってるしな。そう言った事がチームとしての活動にも影響してくると思う。そうなった時にチームとしての厚みみたいなモノが問われると思ってる。だから、普段から体調管理・スケジュール管理はしっかりと頼むぞ。」
「「「はい。」」」
何となくそのまま解散の流れになり、皆が車へ移動しようとした板垣の背中に俺は言い忘れていた事を告げる。
「板垣っ!来年の2月にまたセレクションやるからな。その時までにスタッフの拡充もするから、今週・来週は空いてる時間は俺とミーティングだと思っておいてくれ。」
メンバーがざわつき、板垣は俺の所へ走って来る。
「それは今の思い付きですか?それとも以前から考えていたんですか?」
「セレクションに関しては今年はいつにするか板垣に相談しようと思ったのは今週になってからだよ。スタッフに関しては話してあったろ?」
その話に釣られてメンバー達も近寄って来る。
「やっぱり今年もセレクションするんですね。」
「それも皆と話し合って最終決定するが、必要ない理由が見つからないからな。お前たちが全員A代表だからセレクションは必要が無いってくらいの説得力が無いとな。」
苦笑いが乱発する。
「まぁ、そこは強化部と話して、当然皆にも近々意見は求めるからそのつもりでいてくれ。」
そんなこんなで長いミーティングだらけの一日は終了した。
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