幕間 碧き者

2018年7月3日(火) 選手寮 <中堀 貴之>

 誰がこの結果を予想しただろう。ワールドカップ2018ロシア大会。グループステージを1勝1敗1分けで何とか勝ち上がった日本は、ラウンド16で強豪ベルギーと対戦した。


 試合開始からベルギーの猛攻を抑えながら、何度かチャンスを演出した日本代表。お互いに無得点のまま前半を終えた。ベルギーにはルカクがいた。やはりゴール前での存在感はワールドクラス。日本のディフェンス陣がいかにルカクの自由を奪うかがベルギーの決定機を奪う事に直結しているように見えた。


 後半開始2分過ぎ、柴崎のディフェンスラインを抜くスルーパスに原口が見事に反応し、待望の先制点を上げた!!早朝の選手寮ではメンバーが集まって観戦していたが、ご近所に迷惑ではと思うほどの大歓声を上げた。

 まぁ、半径200mくらいにお隣さんはいないのだが。


 しかもその直後の後半6分に相手ゴール前でのクリアボールを香川がトラップし後ろに控えていた乾にワンタッチで落とすと、エリア外からの芸術的なミドルで2点目をもぎ取る。ボルテージは更に上がった。


 しかし、地獄はここからだった。


 その後のベルギーの猛攻を凌いでいた日本代表だったが、後半23分に自陣ゴール前でクリアしたボールをベルギー選手がゴール前に放り込むような形でヘディングしたボールが、まさかそのままゴールキーパー川島の頭の上を通り抜け、そのままゴールに吸い込まれた。


 そして後半29分にサイドからのセンタリングをフェライニが完璧なヘディングで押し込む。まさか同点に追いつかれ、試合が振り出しに戻った。


 それでもその後、日本代表も何度も相手ゴールに迫り、ベルギーの猛攻を川島が神懸かりなスーパーセーブを魅せて守っていた。

 そして、延長戦を意識した後半のアディショナルタイム。


 日本のコーナーキックを直接キャッチしたベルギーGKがカウンターを仕掛けた。最後の最後まで得点を狙っていた日本代表はこのコーナーキックに人数を割いていた。それをベルギーは見逃さなかった。

 一気に反転した勢いに日本代表は間に合わず、コーナーキックからわずか10秒でまさかの3点目を奪われてしまった。


 残り時間は残されておらず、そのまま試合終了。日本代表のロシアワールドカップはベスト16で終わった。


 「皆、仕事の準備をしよう。」


 俺を含めて呆然とテレビを観ていたメンバーに、司さんが声をかける。そう言われ外を見ると少し明るくなってきていた。

 部屋の奥にあるキッチンでは調理部の方が既に朝食の準備をしてくれていた。それに気付けない程、皆試合に集中していた。


 皆、ゴソゴソと立ち上がり着替える為に各部屋へと戻っていく。

 その後、朝食を食べる為に食堂に集まるが、皆の顔に活力が無い。そんな時、司さんが手を叩き皆に声をかける。


 「気持ちは分かるけんど、切り替えよう。そんな気持ちで食事をしたら作ってくれた方達に失礼や。はい!笑顔ぉぉ~~!!」


 司さんが皆に向かってクシャっと変顔をする。八木と馬場が思わず吹き出す。それを見て他の数名も笑い始める。そこからは皆が気持ちを切り替えて食事を始めた。


 そろそろ仕事に行こうかとしている所に寮の電話が鳴る。鈴木が電話を取ると、「はい。分かりました。」と言って電話をスピーカーにして、皆に声をかける。


 「和馬さんです!皆さん、電話に注目!!」


 全員が行動を止め、電話に集中する。鈴木が「大丈夫です。」と電話に声をかける。すると電話の向こうから和馬さんの声がした。


 「皆、おはよう。皆が観戦してた事は聞いてる。今日一日、なかなか気分を上げる事が難しいかも知れないが、今日一日を一つの試合と考えて臨んで欲しい。落ち込んだままで仕事に入れば効率も落ちるし、怪我をしたり、一緒に仕事をする人や取引先の方に悪い印象を与えかねない。皆、切り替えて試合に臨もう。じゃあ、今日も宜しく。」


 そう言って電話が切れた。


 八木が「ふふふ」と笑う。皆が注目する。


 「やっぱ、和馬さんと司さんは親友ですね。皆の状態をちゃんと分かってる。よし!気合入れていきましょぉ~~~!!!」


 何人かが芝居がかったように「おぉ~~!!」と応える。

 俺達の今日はこれから始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る