第49話 新たな場所で
2018年7月22日(日) 安芸高校グラウンド <中堀 貴之>
「はぁ~い!皆、集合ぉ~!!」
高木先生の掛け声に子供達が集まる。今日はサッカースクールの指導日。俺を含めて、八木、古川、和瀧、和田の五人で参加している。
以前にこの県立安芸中学校の教諭である高木先生に声をかけてもらい、何度も話し合いを重ねてヴァンディッツの選手がコーチとして参加するサッカースクールが開始されたのは5月だった。
選手が参加するサッカースクールの開催頻度は二週間に一度、それ以外の時は高木先生と清水ヶ丘中学でサッカー部を指導されている能美先生が指導している。なので、サッカースクール自体は週に3日ほど開催している。このスクールを始めるにあたって一番驚いたのは、安芸市内の中学校にサッカー部が無いと言う事だった。
いや、無い訳ではない。部自体はあるのだが、試合が出来る人数が在籍している学校が一つもないのが現実だった。安芸市内で一番大きな県立中学でも全校生徒は100名強。その人数が3学年に分かれていて、しかも一番部員数が多い部活は野球部だ。その野球部すら安芸市内の別の中学と合同チームで大会に出場している。
サッカー部に至っては、中学では市立安芸中学と清水ヶ丘中学の合同チームが唯一の『安芸郡』での大会出場チーム。まさか高校でも県立安芸高校と県立室戸高校が合同でチームを組んで大会に出場している。高校に至っては高知県東部でこの合同チーム1つしかない。(ちなみに高知県東部にある安芸郡の中には安芸市と室戸市は含まれていない。高知県東部の町村のみで構成されている。)
高木先生とも話し合いをする中で、参加して良い学年をどこまで広げるかと言うのが最初の悩みだった。当初は中学生のみの予定だったが、既に高木先生が行っていたサッカー教室には小学生の子達も参加していたので、今回のスクールから参加出来ないとするのは可哀想だと言う意見もあった。
そして参加している子達の学校の教諭の方にも集まってもらい、このスクールに参加するにあたって学校の許可と親御さんの許可をしっかり書面で出してもらう事をルールとした。それで無いと「何か皆でサッカーやってるから参加しよう」のノリで子供達が集まり、万が一に怪我をしてしまった時に責任の所在が分からなくなる。
実際、今日で5回目のスクールになるが、これまでに数人の子供が「一緒にやらせて」と突如参加しようとした例があった。その場合は高木先生がしっかりと参加希望の書類をその子に渡して、親御さんと学校の許可を貰えたら参加できる事を説明してくれている。まぁ、一度だけ親御さんが「許可が無くても参加させれば良いじゃない!」と怒鳴り込んで来た事があったが、高木先生と偶然練習を見学していた教頭先生が対応してくれて事なきを得た。
そして決まったルールは、『小学校4年生~中学3年生まで』『学校と親御さんの許可を得る』『最大人数30名まで』の三つだった。高校生からも参加の申し出があったが、さすがに小学生と高校生では練習の内容があまりにも違い過ぎるし、高校の部活には顧問の先生がいる事が分かったので、高校生の参加は今回は見送った。
今、参加してくれているのは小学生10名と中学生15名だ。小学生を高木先生、和瀧、古川で指導して中学生は俺と八木と和田、そして能美先生で指導する。実質、中学生クラスは県立安芸中学と清水ヶ丘中学の合同練習と言った感じだ。
「よし、3つのグループに分かれてサークルでやるぞぉ。サークルの外に3人、中に二人。こないだの注意点覚えてるかぁ?」
俺が中学生メンバーに声をかけると数人の手が挙がる。一人の子を指差す。
「サークルの外でボールを受ける側は動きを付けてパスコースをしっかり作る。」
「そうだな。他には?」
また別の子から手が挙がる。
「サークルの中のメンバーはパスコースを切る事も大事だけど、プレッシャーをしっかり掛けていく事を心掛ける。」
「おっけぇ~!ちゃんと覚えてるなぁ。そして一番大事な事、パスを受ける時にしっかりと足元で止めないと相手のプレッシャーに負けるぞ。足元でしっかりボールコントロール出来るようにトラップを意識してみよう。じゃあ、はじめぇ!」
ホイッスルと共に練習が開始される。俺以外の3人がそれぞれ3組に分かれて指導に入る。俺は全体を見る感じだ。練習を始める前に自分達で指導の重点をどこに置くかを板垣さんに相談しながらしっかりと決めてきている。そうしないと、指導する人間が変わると指導方針が変わる事になり子供達が迷う事になる。当然、高木先生と能美先生には生徒たちの特長や性格を聞いて、指導する参考にさせてもらっている。
5人づつに分かれているがそれも実力順に分けてある。中学生15名の中で未経験者は6名。なので、経験者のサークルが二つ、未経験者で一つ、未経験者の中で一番巧い子を経験者のサークルに入れている。
その経験者のサークルの中でも特に目を引く3人の子がいる。二人は小学生からサッカーをしており中学になって親の仕事の都合で安芸市に引っ越して来た子だ。そしてもう一人が冴木拓斗君。そう、和馬さんの次男だ。彼は中学からサッカーを始めたと聞いていたが、足元の技術だけで言えば中学生の中ならかなり巧い部類に入るだろう。
「中の二人は相手の動きの先を意識する。難しいかも知れないけど、相手にボールを出させるトコまで行けたらもう代表クラスだぞ!」
このスクールに参加してくれている子達の良い所は皆が楽しそうにサッカーをしてくれている事だ。『やらされている』感覚がないのだろう。それは自分から希望してスクールに参加しているのが大きな要因なのかも知れない。
自分達が練習メニューを決める中で最も大事にしているのは、メニューの内容に『ゴール・目標・スコアを決める事』。なかなか説明が難しいが、時間も正解も分からず黙々とやらせるような練習にはしないと言う事。
例えば今やっている3対2のサークル練習も普通にやらせれば、サークルの中の2人が延々と3人のパス回しを追いかけまわすだけの練習になりかねない。
しかし、それをしっかりと中の2人が相手のゴール方向を意識し、パスカットする際も自分達の足元で止める事も大事だが、3人のサークルを越えてボールをゴール方向へクリアする事がその後の自分達の攻撃に繋がると言う意識を持たせるだけで、中学生レベルならばしっかりと個人個人が考えて動き始める。
そして、ある程度の時間(うちの場合は3~5分で)一度区切り、どこに改善点があったか次はどこに気を付けるかを5人で話し合わせる。この時には5人が同じチームだと言う設定の下で話し合いをする。その話し合いも2分ほどで終わらせる。
これを繰り返す事で自分達の修正点を見つけ出す事が上手くなり、他にも自分が気付けていない良かった部分を他のメンバーから教えて貰える事にも繋がる。そして、話し合いの時間を短く設定しているのも、試合中の修正やハーフタイムや交代時間などの中でメンバー同士で修正をかける時の練習にも繋がる。
「タク!もっと強くくれ!取れる取れる!」
「オッケェー!!」
プレイしながらも自分達でどんどん言葉を交わす。子供の吸収力はホントに半端ない。
「よぉし!水、飲めぇ!ゆっくり深呼吸~!体調悪い奴いないかぁ?我慢ダメだぞぉ!」
ちらりと小学生クラスを見ると、基礎のドリブル練習をしている。時間がかかっても良いからしっかりとコーンの間をスラロームで抜ける練習だ。急ぐ必要はない。まずはしっかりとボールに足がタッチする感覚を覚えていく。それが大事だ。
めちゃくちゃ真面目な練習のはずなのに、なぜか八木が参加した時は小学生クラスは爆笑している事が多い。どんな教え方してるんだ。でも、他の二人が困った顔してる訳でも無いから、ちゃんと指導はしてるんだろう。後で確認しないとな。
・・・・・・・・・・
2018年7月28日(土) Vandits事務所 <常藤 正昭>
正式には8月からデポルト・ファミリア所属となる今年度の新卒社員とリサーチ部の皆さんは実際には今日が初めての顔合わせになっています。
以前と違い社員全員を事務所に集めると、とてもでは無いですが窮屈になってしまうので、今日顔合わせするのは各部署の責任者だけと言う事になりました。なので、今日集まったのは和馬さん、私、雪村さん、秋山くん、坂口さん、杉山さん、望月君です。他のメンバーは仕事が詰まっている設計部は二階で作業していますが、他のメンバーはお休みです。
和馬さんが新卒社員とリサーチ部の皆さんに挨拶をします。
「皆、高知までようこそ!形は違うが、デポルトへの転属を希望してくれて本当にありがとう。これから皆で頑張っていこう。じゃあ、新たなメンバーに自己紹介をしてもらおうか。リサーチ部の3人から。」
「はい。
入手さん達3人が深々と頭を下げますが、和馬さんは笑顔で止めるように言います。
「はいはい。もうこっちに来ちゃえばそんな事は気にしなくて良し!東京に比べて無い物は多いけど、東京に無い物がここにはたくさんあるから。それを感じながら楽しく仕事しよう。もう、謝るのは無しね。」
3人は笑顔で頷きます。自己紹介が続きます。
「改めて、入手さやかと言います。入社7年目で、ずっとリサーチ部勤務でした。高知別班として参加させていただいてる時からずっと機会があれば高知で働いてみたいと思っていました。宜しくお願いします。」
拍手が起こります。和馬さんから新たに設けたリサーチ部の責任者は入手さんだと告げられます。それに関しては事前に告げられていたのか、入手さんも真剣な表情で「頑張ります」と受けました。
次も女性の方です。
「伊崎
最後は男性の方です。
「塩川
三者三様に本社では色々とあった事は聞いています。だからこそ、高知ではそのような事が無い様に気を配らなければいけません。しかし、発足の頃からずっとまるで家族や兄弟のように付き合っている社員達の中ならば、彼女たちも本社の時のような事は無いのではと考えています。
「じゃあ、今年入社して転属を希望してくれた5人にも自己紹介してもらおうか。」
「はい。古賀啓太と言います。長崎出身です。大学ではサッカー部に在籍していてFWをやっていました。デポルト・ファミリアでもVandits安芸に所属したいと考えています。宜しくお願いします。」
古賀君。姿勢正しく優等生タイプでしょうか?
「市川亮です。静岡県出身です。大学ではサッカー部でCBとキャプテンを任されていました。3年の時の大学選手権でベスト8が最高成績でした。Vandits安芸への所属を希望しています。宜しくお願いします。」
市川君。ハキハキした話し方ですが、雰囲気は落ち着いてますね。
「森
森君。この子が噂のアナリスト君ですか。しかも、広報にとっては嬉しい資質の持ち主のようですね。
「山口葵です。福井県出身です。高校までは女子サッカーを選手としてプレイしていました。大学では男子サッカー部のマネージャーをしていました。Vandits安芸ではサポートはもちろんですが、もし許可が出るなら練習にも参加してみたいと思っています。宜しくお願いします。」
山口くん。女子サッカー部があれば大きな戦力となったんですが。ぜひ山口くんが現役としてプレイ出来る間に女子チームの設立も目指したいですね。
「雨宮加奈です。長野県出身です。大学では建築科でした。中学・高校で男子野球部のマネージャーを、大学ではアメリカンフットボール部のマネージャーをしていました。Vandits安芸でもマネージャーをさせていただければ嬉しいです。宜しくお願いします。」
雨宮くん。何と学生時代ずっとマネージャー経験者ですか。競技は違えど通ずるものはあるはずです。貴重な戦力ですね。
あと、本社から聞いた話ですが学生の頃から真子さんに憧れて、大学時代はファミリア以外の就職は考えていなかった程うちへの入社を希望してくれていたようです。せっかく入社したのに真子さんが現場にいないと分かり落胆していた所に、高知で復帰となったので迷わず異動願いを出してくれたそうです。
「ありがとう。この8人が新たにデポルト・ファミリアに加わってくれたメンバーだ。先に話しておくとこの8人に関しては来年3月までは本社からの出向扱いだ。なのでお給料は本社から出る。そして、他の皆と同じように来年の3月時点でデポルト・ファミリアと正社員契約を結ぶかどうかを判断して貰う事になってる。」
出来れば全員が残ってもらいたいですが、こればかりは元々の社員含めどれだけのメンバーが残ってくれるか。これからの頑張り次第ですね。
「じゃあ、新しいメンバーを含めて新たに配置し直した部署の担当を発表していこう。元の部署から異動をお願いしたメンバーもいるが、これまでの期間を見ての判断だ。元いた部署が向いてないとか言う事では無く、可能性を考えて異動してもらってる。じゃあ、発表していこう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます