第45話 県2部リーグ 第3節

2018年6月17日(日) 高知市総合運動場補助グラウンド <八木 和信>

【高知県社会人サッカーリーグ2部 第3節 対 T高OBチーム】

 県2部リーグの第3節。今回は絶対に結果を出したいと思っている。前節、俺はスタメンを外された。様々な可能性を探るってのが理由なのは分かってる。理由も監督から説明された。でも、悔しいもんは悔しい!

 しかも五月さんは大野さんと司さんと見事に連携を取って、練習試合も含めて得点で来ていなかった賢太(飯島)さんと洋平(鈴木)を見事に得点に繋げたんだ。五月さんはセレクションで一緒にやった時からそのパスセンスはめちゃくちゃすげぇとは思ってた。でも、俺だってこのチームの中盤を守って来たプライドはあるんだ。

 こんな悔しさは学生以来だった。今日の試合は何としても結果を残すっス!


 試合のスタメンは前日の練習開始前に発表される事が多い。これは試合会場に入ってスタメンと控えでしっかりと準備に取り組めるようにする為だ。今日はスタメンかどうかを気にしながらアップをさせない為だと監督は言ってた。


 正直、昨日スタメンで名前が呼ばれた時はホッとした。運営スタッフの皆もそうだし応援してくれてる皆さんから聞こえるのは、上本食品組がレギュラーでセレクション組がそれにどう食い込めるかみたいに見てるらしいけど、実際俺達からすればレギュラー組なんて存在しない。


 チーム自体が出来たばかりで当然レギュラーなんているはずがない。今は色んなパターンを監督が試している段階だと思っていて、そのパターンに上本食品組が絡む事が多いからレギュラーと見られる事が多いんだと思ってる。現にリーグ2節が終わって、2試合を前後半に分けた4つの時間帯、一度として同じメンバー・戦術は無かった。

 今は上手く自分のプレイをチームにフィットしてるけど、これがいつ監督の中で「よし!このメンバーで行こう」ってなるか分からない。俺からすれば毎回試験受けてる感じだ。


 セレクションで入ってくれた皆もレギュラー組からポジション奪うぞ!って意識が凄く感じる。それは全体がギスギスするような感じでは無く、静かに皆闘争心を燃やしてる感じだ。それが本当に全員に良い向上心を生んでいる気がする。

 そして、こないだ監督から7月末くらいから新たに2人、東京本社の社員さんで大学サッカー経験者が加入すると発表があった。まだポジションとか詳しい事は聞いていないけど、今ヴァンディッツは21人のメンバーがいる。その中で樋口さんが強化部に入り試合への出場はしない事が決まった。20人の中に新たに2人。間違いなくベンチ入りすら出来ないメンバーが出来てくる。それは皆も口にしていないが危機感は感じているはずだ。


 アップが終わり整列する前に応援の皆さんに挨拶する。今回も70人くらい来てくれてると雪村姉さんは言ってた。ホントにいつもこんなに集まって貰えてるのが嬉しいし気合が入る。今回も観光バスの会社にお願いしてバスを借りて応援に来てくれている。


 今日の相手は高校サッカー部のOBで結成されたチーム。中には半分ほどが大学・社会人でもサッカーを続けていたメンバーだ。年齢層は若干高いが、メンバー全員が学生サッカー経験のあるチームは初めて対戦する。油断は出来ない。


 FWはナカ(中堀)さんと賢太(飯島)君。うちのツインタワーでフィジカル面とゴール前の制空権を握る狙いだ。MFは攻撃的な位置に俺、ダブルボランチで古川さんと大野さん。サイドハーフは高瀬さんと馬場さんの二人。まさか今までの練習試合も含めた全ての試合でスタメンを張っていた司さんが外された。でも、司さんも監督から事前に説明を受けていたのか昨日の発表の時は驚いた感じも無かった。

 DFは悟(大西)さん、登(和瀧)君、マモルッチ(青木)の3人。ここはさすがに即失点に繋がるポジションだから新しい布陣を試しづらいだろうな。今までも大きく変えたのは前半で複数点取れた試合だけだ。俺らが頑張ってDF陣にもチャンスあげないとな。


 「おい、八木。」


 急に後ろから呼ばれる。振り返ると馬場さんがいた。


 「あのさぁ、こないだ広げた東側の畑だけどさぁ、トマト植えるっつってたけどもうちょい広く植えても良い気がしねぇか?」

 「....っえっ?トマト?何言ってんスか?試合前っスよ。」

 「いやさぁ、たぶんトマトって結構年間で皆食うと思うんだよ。だったらさ、ハウスで作る分もあるんだから路地で作る分は増やしても良いんじゃねぇかと思って。」


 いや、この人試合前に何言ってんだろ?


 「いや....まぁ、かなり植える広さで悩みましたから、あれだったらもうちょい広げても良い気がしますけど。馬場さん、分かってます?試合前っスよ?」

 「やっぱそうだよなぁ。茂さんに明日相談してみるかぁ。いや、今日観に来てくれてたから後で相談してみるか。」


 俺は呆れてもう一度気合を入れ直しグラウンドに向かおうとした。その瞬間、後ろから頭を叩かれた。馬場さんだ!


 「いっってっ!!もう!何なんスか!?」

 「馬鹿野郎。お前だけ何力んでんだよ。ゲームメイクしなきゃいけない奴が周り見えねぇぐらいイキリ立ってたら、そりゃ声もかけるだろ。」

 「....えっ。」

 「お前ひとりで試合する訳じゃねぇし、お前ひとりに責任負わせる訳じゃねぇ。でもな、司さんがいない中盤で一番冷静でいなきゃいけねぇのは誰だ。もう一回、そこしっかり考えてからピッチ出ろ。」


 馬場さんはそう言い残して先にグラウンドに出る。はぁ~....やっちまった。結果ばっか考えて冷静さ失くしてた。くそぉ。まだまだだな。

 やっぱ馬場さんすげぇわ。ちゃんと見てくれてるなぁ。俺も成長しないと。


 さぁ、楽しんでくるくらいの感覚でしっかり勝ってきますかね!


 ・・・・・・・・・・

同日 試合会場 <冴木 和馬>

 なんだ?何が起こってる?試合自体は再三こちらが攻め込んでいるように見えるがまったくチャンスにならない。サイドを駆け上がってもしっかりとマークが付いていて振り切れず後ろに戻す。ラストパスは完全に相手ラインの上げ下げでチャンスを逃している。そして、何より厄介なのが前線から中盤の選手の恐ろしいくらいのプレッシャーだ。

 こちらのパスを受けようとする選手へ近くの相手選手が猛ダッシュで突っ込んでプレッシャーをかける。後ろへ下げたり他の選手へパスを出しても別の選手がプレッシャーに入る。なので、中盤はなかなか前を向けない。

 決定的なチャンスが無いまま前半を終えた。


 「いやぁ、点取れませんでしたねぇ。キツイなぁ。」


 隣に立つ常藤さんにそう話すと、常藤さんは笑顔で答える。


 「冴木さん、両チームのベンチの雰囲気を見てください。」


 そう言われてベンチを見ると、ヴァンディッツはベンチに戻った選手と控えの選手がハイタッチしながら笑顔だ。これだけチャンスを潰されているにも関わらず。

 相手チームのベンチを見ると........何人かの選手が仰向けになって倒れ、周りの選手が風を送ったり水を渡したりしている。他にもすでに膝に手を突いて息を切らしている。


 「相手ベンチ、余裕なさそうですね。」

 「そう言う事です。」


 何が起こってるんだ?


 ・・・・・・・・・・

<板垣 信也>

 「皆さん、よく耐えてくれました。相手はあの通りです。攻めきれなかった分、後半しっかりと決めましょう。」


 こちらの士気は高いです。相手チームが早いプレッシャーでこちらのパスミスを誘う戦術で来たので、こちらはしっかりとボール保持し相手を走らせる戦術に切り替えました。最終ラインも4バックでしっかりと閉められていては、なかなかチャンスは生まれませんでした。相手としてももう少しで取れそうなプレッシャーが何度か見えたので、焦ってしまったのか前半ずっとプレッシャーを掛け続ける形になりました。

 試合途中の古川君と八木君、大野君の合図を見ると思っているほど相手のプレッシャー自体は脅威では無いようでした。そうなれば無理に攻めてボールを取られるならば前半はきっちりと支配率を上げて、相手のスタミナを削る作戦に出ました。


 試合の交代枠は5人。今の状態だとどう見ても後半開始時に中盤3枚を変えざるを得ないでしょう。後から出てくる3人が全員元々のレギュラーでも無い限り、確実に中盤の統率もしくはプレッシャーは落ちます。そこが私達の攻め所です。

 それに相手のCBと2トップの一枚も膝に手を当てている状態。交代は近いでしょう。開始直後に何としても1点取りに行きたい状況です。


 こちらにもキツイ所が無い訳ではありません。相手のプレッシャーを引き出す為に飯島君には相当無理をさせました。おそらく試合終了までは体力が持たないでしょう。しかし、手を緩める訳にはいきません。


 「後半、飯島君に変えて幡君。飯島君が削ってくれたDFラインの体力を幡君のスピードで一気に勝負かけます。」


 メンバー全員が飯島君の背中や肩を叩き、前半の貢献を称えます。飯島君も悔しさはあるでしょうが、幡君とハイタッチして想いを繋ぎます。


 「さぁ、勝負の時間帯です!一気に決めましょう!!」

 「おおっっっ!!!!」


 ・・・・・・・・・・

<八木 和信>

 後半、予想通り相手はFW1人とMF3人を変えて来た。しかし動きが明らかに可笑しい。MFの2人が恐らく自分のメインポジションじゃない場所を担当してるからか、チームに入って間もないからか。明らかに周りをキョロキョロ見過ぎだし、顔に自信が見えない。これ、芝居だったら役者になれそうなレベルっス。


 俺は後半開始直後にボールを受けると、腰の横で両手をすっと前へ突き出した。それを見たこちらの前線の選手は一気にラインを押し上げる。そして自分も一気にドリブル突破を狙う。


 相手は前半と全く違う動きになったうちに対応出来てない。相手FW陣のラインを超えた所で前を見ると相手のDFラインがこちらに押し上げて来ていた。前半のプレッシャーをしなきゃって意識が頭に残っている中で、こちらが一気に前線を押し上げたのでそれに対応しようとすると、当然こちらのFW2人とサイド2人に誰かがマークに付こうとするから、DFラインは横に間延びする。その上、最終ラインを押し上げちゃってるからMFとの間にスペースが無く窮屈な状態になる。


 狙い通り!!俺は一気に全力気味の縦のスルーパスを間の空いた最終ラインに通す。相手のCBを完全に振り切った幡さんが完璧な状態でフリーになって待望の先制点!!良しっ!決まった!!


 そこからはこちらはサイドを使いながら、前半とは違いサイド2人が中央へグラウンダーのパスをFW陣に送る。体格で相手に勝るナカさんと速さで掻き回す幡さんの違うプレイスタイルに相手のDFも上手くマークの交換が出来てない。そしてエリア外からミドルを狙った馬場さんのシュートがエリア内の相手DFの足に当たり、クリアボールが俺の前に飛んで来る。


 相手DFが慌てて俺に走り込んでくる。後ろからはMFが来てる気配もある。

 でも........あれ?エリア内のナカさんがフリーっぽいけど、ゴールキーパーってナカさんに意識が持ってかれ過ぎ?

 ゴールまで40mくらいあるけど、これ、打ったら入るんじゃね?


 そう考えながら飛んできたボールをそのまま左足で振り抜く。すると上手く足の外側に当たってくれたボールは左に曲がりながらゴール左隅へ吸い込まれた。


 やべぇっっ!鳥肌立ってる!!その瞬間、チームメイトが飛び掛かって来る!観客の皆からは聞いた事も無いような歓声?悲鳴?が響いていた。「馬鹿野郎!カッコ良すぎだろ!」と馬場さん。「やべぇ!すごいの見ちゃった!」と幡さん。


 揉みくちゃにされながらポジションに戻ろうとすると、ナカさんに肩を組まれ「間違いなく今まで見たお前のゴールの中でベストワンだ。」と褒めてくれた。

 ナカさん、大丈夫っス。俺もあんなシュート学生時代にも決めた事無いっス。相手は呆然としてる選手が多い。キャプテンが必死に声を張り上げてるけど、何人か立ち直れてない。


 2点のリードをもらった。そこからは逆にこちらが相手選手にプレッシャーを掛けていく。こちらの早いプレッシャーに相手はトラップミスを連発する。そう、相手チームが前半に狙っていたプレイはまさにこれだ。そのトラップミスを逃す事無く、こちらは奪いに更に走る。残りは25分。残す体力は全て出し切る。


 左サイドの高瀬さんが早いクロスをエリア内に放り込み、ナカさんが得意の強烈なヘッドでゴールを奪う。相手も競り合いに来てたが、ナカさんの胸板に弾かれてるよ。いやぁ、逆にファール取られなくて良かった。

 ナカさんは胸を叩きながら俺にニッと歯を見せる。やっぱMFの俺が点決めたの悔しかったんだな。


 相手DFは前半からのプレスが90分間持たず、そこからはラインが完全に崩壊。残り15分で高瀬さん、ナカさんが1点づつ追加し試合は5対0で勝利した。


 ・・・・・・・・・・

《今日のVandits的MOM(マン・オブ・ザ・マッチ)はもちろんこの人でしょう。八木和信選手です。おめでとうございます。》

 ありがとうございます!やりましたぁ!


《いやぁ、もう今日はあのスーパーゴールに尽きます!本当に見事なボレーでした。打った時の感覚は?》

 いやぁ、幡さんがDFを引き付けてくれてて、ナカさ..中堀さんもゴールキーパーの意識を引いててくれたから、これもしかしたら直接打ったら入るかなぁって思って振り抜いたら入っちゃいました。


《いやぁ、ホントに動画に納められなかったのが残念なくらい素晴らしいゴールでした!これでチームは開幕3連勝ですね。この勢いの要因はどこにあると思われますか?》

 もちろん、チーム全体が意識高くやれてる事が大きいと思います。それにチーム内に競争も生まれて一人一人が良い意味でどん欲になってる気がします。


《なるほど。さて、次節は間が空いて9月となります。意気込みを聞かせてください。》

 はい。もちろん4連勝を狙いたいと思ってますが、油断なく臨めるようにしっかり準備します。


《普段のキャラと違って優等生な八木選手でした!》

 雪村さん!!なんスかそれ!!


ブツッ!(映像切れる)

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